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ガァンッ!と椅子を蹴って突然書庫を出ていった爆豪に一同ギョッとした。心操だけは、こうなるよな…と苦い顔をしていて、「爆豪、待てって!」「かっちゃん待って!」と追いかけた切島と緑谷背を見て目をパチクリとさせている梓の頭をパシッと叩いた。


「ちょっとは自覚しろよ。自分に対する相手の感情に」

『エッ…かっちゃんすんごいキレてんだけど。心操、理由わかるの?教えてよ』

「なんで俺が」

『……巻き込んだから?この面倒なお家騒動に引っ張り込んだから?いい加減にしろってこと…?』

「違う。あーもう、そんな泣きそうな顔するなよ。とにかく、今アンタが行っても火に油を注ぐだけだから、とりあえずこの扉の先に行こうか。えっと、耳郎さん」

「アッ、うん。ウチらはここで待ってるから、行ってきていいよ」

「すまない、この中から目ぼしい本を見つけたら戻ってくる」

「わかった。ウチらはここの本読んどくね」


申し訳なさそうに頭を下げ、未だ出ていった爆豪を気にする梓と彼が扉の奥の部屋に行くのを見送った。

ギギ、バタン。と当主と眷属しか入れないという部屋の扉が閉まり、2人残された耳郎は気遣わしげに轟をちらりと見る。


「……轟、あの、大丈夫?」

「……………、眷属」

「え?」

「眷属って、言ってたな」

「…あー、うん。た、たしかに…梓にとって心操が特別な存在なのは間違いないんだろうけどさ、今までの轟とアイツの関係も、十分…エッ轟何してんの?」


轟の目が死んでいる。耳郎が慣れないながらも一生懸命彼を慰め励まそうとしている中、彼は唐突に扉まで歩いて行くと手をかけドアノブを回した。


「鍵、締めてねェな」

「え、ちょ、まさか」

「追いかけてくる。お前はここで待ってろ」

「いやまずいって!この先、あの2人しか入っちゃいけないって一族の掟があるんでしょ!?」

「俺は東堂一族の人間じゃないから関係ねえ」


キッパリ言い張って躊躇いなく扉を開けズンズン進んでいった轟に、残された耳郎は「あァ〜、もう、知らないからね!」と半ばやけくそに叫んだのだった。





扉の奥は、書庫と同じく古びた木棚が等間隔に設置された図書室のような空間だった。
相変わらずランプの灯りしか頼りにならず、この膨大な資料から加賀美家のものを探すには二手に分かれるしかないか、と梓と心操は別々の棚を順々に見て回っていた。

入った瞬間はお互い当主と眷属という立場の感慨深さを感じたが、思っていたよりも膨大な資料(しかも一部巻物)ですぐに現実に引き戻され心が折れかかっていたりする。


(どこにあるんだよ〜…)


ランプで背表紙を照らしながらゆっくりと棚の間を歩く。
離れたところで同じく文献を探している心操に『ねぇ、あった?』と何度か聞くが、最初は律儀に「まだない」と答えてくれていた彼も3回目には「良いからさっさと探せよ」と冷たい口調になった。

え、きびし…
と眉を下げつつ文献探しを続行していればふと目の前に人の気配を感じ思わず悲鳴をあげかけた。


『ヒッ…!』


ここには心操と自分しかいないはず。
なのに暗闇に確実に存在するもう1人の気配にゾッとしてランプの灯りを向ければ赤白の頭が見える。


『とっ、どろ…』


突然現れたのは轟だった。まさかここまで入ってきているなんて。
びっくりして後ろの棚にドンッとぶつかり、その衝撃が本棚に伝わりぐらりと揺れる。

嫌な予感がした。


(やば、)


ちらりと視線を上げれば大量の本が自分に降りかかってくるのが見えた。
ぐらりと揺れた本棚は一旦梓と轟がいる側とは反対に倒れそうになるが、がたんっとバランスを持ち直し逆に2人の方に倒れかかってきて。


(エッ、このままじゃ下敷きになるんだけど!?)


本棚も心配だし文献も心配だし埃が巻き上がっちゃうし、どうしよヤバイヤバイと一瞬フリーズした瞬間、ぐいっと轟に引っ張られ視界が反転するとどーんっと床に背中を打ち付けた。

そのコンマ数秒後にガダァン!と重い本棚が倒れてくる音が頭の上すぐ近くで起こり、自分が倒れてきた本棚の下敷きになったことを悟る。


が、痛みは背中だけだった。
恐る恐る目を開ければ、微かに見えるオッドアイ。
さらりと鼻先に髪の毛があたり、そこでやっと梓は轟に庇われたことに気づいた。


『と、どろきくん…!?へぷしっ』

「わり…、大丈夫か、」


巻き上がった埃に思わずくしゃみが出る。
轟は手と膝をついて背で本棚を支え、辛うじて開けたスペースで梓を守っていた。
周りには本が散乱し、視界の中は彼か本である。

本と棚に埋もれてよく聞こえないが、心操が「大丈夫か!?本棚が重すぎて俺1人じゃ動かせない!ごめん、人呼んでくる!」と焦る声が聞こえ、数秒後には勢いよく扉が閉まる音が聞こえた。
助けを呼びに行ってくれたのだろう。とりあえず安堵しつつ、梓は至近距離に迫った彼のオッドアイを覗き込んだ。


『轟く、ごめっ…大丈夫…!?背中、痛くない!?ちょ、私埋もれて良いから、支えなくて良いよ…!!』

「いや…っ、大丈夫だ」

『大丈夫じゃないよ!冷や汗出てるし、それに、昔の本棚ってクッソ重いんだよ!?』

「大丈夫、俺が、ビビらせちまったのが…原因だし、」

『いやっ、気配に気づかなかった私も、………っていうか何でここにいるの!?』

「……………。」


何故ここにいるのか、その問いに轟は答えなかった。
目を伏せ、黙り込んでおり、
沈黙が続く。


『……轟くん、?』

「…梓、」

『!』


初めて、名前を呼ばれた。
思わずピクッと反応すれば、もう一度「梓」と焦がれるような声で呼ばれる。


『……どうしたの、』

「俺は、ずっと…一生、お前の1番じゃないと嫌だ。…最初は、お前の…隣に立てれば、良かったんだが、どんどん足りなくなっちまう…。どうすりゃ良いんだよ、」

『えっえっ』

「お前にとって、俺は…相棒、なんだよな?」

『えっうん、そうだよ。轟くんは相棒、一緒に死線をくぐった、同士』

「…、相棒以上に、なりてえ」

『えっ、なにそれ。相棒以上って具体的になに?えっちょっと待ってほっぺに液体落ちてきたんだけどエッ!?轟くん泣いてる…!?』

「んで、…俺じゃなくてアイツなんだよ…、なんだよ、眷属って…」

『えっちょっ心操…!?アッもしかして君が相棒なのに私が心操のことを眷属って言ったから相棒関係解消したと思ってる!?ちがうよ!?』

「ちげえ」

『アッちがうの!?ええ、ちょっと待ってよ、泣かないでお願い。きみの泣いてるところ見たくないよ。ごめんね、きっと私がなにかやっちゃったんだよね…?』

「………、」

『相棒以上の関係って何かわかんないけど、轟くんとなら私はどこまでもいける気がするから…ねぇ泣かないで。なるよ、相棒以上の関係に。なり方教えて』


思わず親指でわずかに溢れた涙を拭えば、力が抜けてしまったのかがくん、と本棚との距離が近くなる。
かなり無理をして背中で支えているのだろう。

梓は申し訳なさそうに眉をへにょりと下げると、わざと彼の肘の内側を小突きかくん、と肘を曲げさせた。


「おい…!?」


突っ張っていた肘が曲がったせいで重力に耐えきれなくなりがくん、とさらに轟との距離が近くなる。
慌てて肘をついて梓に全体重をかけないようにするが、体は密着し顔面すれすれである。

だが、梓と本棚の距離が近くなったことによって彼女の両手が本棚に届き、支えた。
轟の背に乗っかっていた重圧が少しだけ楽になり、思わずほっと息をつけば、すぐ目の前にある綺麗な双眼がゆるく笑った。


『、泣き、止んだ』

「っ…元々、泣いてねえ」

『、うそだぁ。…っ、ほっぺに落ちたよ』

「よだれだ…っ」

『それはそれで、ちょっと。っ、にしても、重いな…大丈夫?しんどくない?』

「…お前こそ。腕、折れるぞ」

『いや、轟くんも支えてくれてるし、…余裕。ねぇ、相棒以上って、具体的にどうすれば…っ、なれるの?』

「………、」


本棚が重くて、眉間にしわを寄せて手をプルプルさせながらそう問えば、眼前にある轟のオッドアイが揺れた。
少し目を見開き、揺れると、至近距離にあった顔が更に近くなってくる。


『え?』


端正な顔の鼻先が自分の鼻先に触れる寸前、轟がするりと横に顔をずらすと首元に埋めてきた。
息が首元にあたって擽ったくて、こんなに近い距離に彼がいることにびっくりして、梓はやっと顔と耳を赤くさせた。


「この状態で、俺はずっと心臓がバクバクしてんのに、お前…この距離になるまで平気とかちょっと傷つくんだが」

『なに!?どうしたの!?ちょっとそこで喋んないで!?』

「相棒以上になるっつったろ」

『エッ、あれ物理的な距離の話だったの!?ねえめっちゃこしょばゆいしなんか恥ずかしいよ轟くん!離れてよう!』

「相棒以上になってくれるんじゃなかったのかよ…」

『あわわわわうそうそ泣かないで!なるから!離れなくていいから!!』

「よし」

『なんだよもう嘘泣きじゃん!!』


重いし近いし轟くんおかしいし早く誰か助けてえ!
と、顔を赤くして叫ぶ梓の額にごつんと頭突きを食らわせれば『いたっ』と小さく悲鳴をあげて涙目で轟を睨みつける。


『もう〜っ!なんだよ!』

「お前が俺から離れようとするから」

『だからって頭突きするな!』


ぷんぷん怒っている少女に、少々やり過ぎたか、と轟は苦笑した。

やっと、あまり周りには見せない表情を自分に向けてくれたことに轟は内心高揚していた。それと同時に、少しの罪悪感もある。

彼は、自分が梓に依存していることを自覚していた。その依存が日に日に深くなっていくことも。

最初は眼中にもなかったはずなのに、格下に見ていたはずなのにあの日、ギラついた横顔に惚れて、生き様に惚れて、隣にいたい。同じ土俵に立ちたいと思うようになって、それを常日頃から伝えたくなった。
伝えておかないと、彼女は先に階段を登って行ってしまいそうな気がするのだ。
軽やかに登って、いつの間にかいなくなって、誰も知らないところで1人で苦しんでいそうで。

梓の強さと危うさが、轟の依存性を高めた。

依存度が高くなればそれだけ彼女に負担をかけることは気づいていた。
心操が眷属なのも心底嫌だし、爆豪に泣きついたのもムカつくし、緑谷とニコニコ話しているだけでモヤモヤするし、その度に割り込めば流石の梓だってキョトンとびっくりした顔をしていたし、困ってもいた。
気づいていてなお、轟は梓に執着した。
この感情は早々止められるものではない。


「なァ…梓、」


いっそのこと、仲間のうちの1人に過ぎないと突っぱねてくれれば諦めもつくかもしれない。
いい加減にしろとぶん殴ってくれればいいのに。


「お前にとって…俺は、」


眉を下げ、すぐ近くにある美しい虹彩の双眼を見つめれば、その目が不思議そうに丸くなった。


『どうした。轟くん、またご機嫌斜め?』

「……」

『さっきから感情の起伏が激しいなぁ』

「お前の未来に、俺はいるのか?」

『エッ知らないよ。未来視の個性は持ってないし』

「………」

『でも、いたらいいなって思う…。轟くんがいてくれたら、たくさん人を守れそう。強いし、優しいし、頼りになるし』

「、そうか」

『うん、とっても信頼してる。大好き』

「!!」


ーガンッ


『エッ大丈夫!?今すごい勢いで頭打ったけど!!つーか顔赤くない!?大丈夫!?』


いっそのこと冷たくしてくれれば依存度も低くなったかもしれないのに。
あっさり梓の沼に落ちてしまった轟は、彼女への依存度を低くすることを諦めた。
それと同時に、梓に、自分の執着心を受け止めてもらうしかない、腹をくくってもらおう、と勝手に考えるのだった。

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