143
次の日、梓は爆豪、緑谷、轟、切島、耳郎と共に実家へ向かった。もちろん引率は相澤である。


「相澤先生、昨日九条さんと話されたんですか?」

「ああ、案の定話にならんかったがな」


緑谷の問いに苦虫を噛み潰したような顔で答えた彼は不機嫌マックスで、「丁度いい、同伴ついでに直接文句を言ってやる」と眉間にしわを寄せている。


「そっか、アンタ狙われてるから先生同伴じゃないと外出れないんだ」

『うん』

「耳郎、厳密に言えば違う。狙われているにも関わらず後見人が保護者として機能せず本人にも危機感がないから教師同伴でないといけなくなったんだ」

『ひぃ、久しぶりに睨まれた』


反省してますよう、と相澤の視線から逃れるように轟の後ろに隠れれば、彼は守るように手を広げてくれる。


『轟くんありがとう。あ、そういえば轟くんが私の家に来るのって初めてだね』

「ああ…、切島たちは行ったことがあるのか」

『うん、お父さんが亡くなった後に様子を見に来てくれたんだ。色々ゴタついたせいで中に入ってもらうことはできなかったんだけど』

「すげー立派なお屋敷だよな!中も広いんだろうなァ。爆豪と緑谷は中に入ったこともあるんだろ?」

「うん、子供の頃はよく入れてもらってたよ。広いし、厳かだし、昔の日本にタイムスリップしたみたいだよね」

『そうかなぁ、ずっとここにいるから、よくわかんないなぁ』


よしついた、と表情を明るくした梓は、厳かな門扉をギギ、と開け玄関まで続く日本庭園に囲まれた石畳をパタパタと走ってガラリと勢いよく戸を開けた。


『帰ったよ!』

「おかえりなさい、お嬢。ああ、これまた大勢で、一体何の御用で?」

「九条はいるか?」

「いますけど、なんです?挨拶もなしに仰々しい。過干渉ですね、イレイザーヘッド」


出迎えは相澤と相性最悪の泉だった。着流しの上に羽織を着、物腰柔らかな口調ではあるが冷たく相澤を睨む。
態度は歓迎していないが、中には入れてくれるようで「こちらへどうぞ」と長く広い廊下を先導しながら大きな声で「心操!」と呼んだ。


「「「心操?」」」


え、しんそう?シンソウ?心操?
訝しげに聞き返した3人は爆豪、緑谷、轟である。
先日、普通科のポッと出がいつの間にやら梓の隣に違和感なく立っていたのは記憶に新しい。
あの時の衝撃と苛立ちを忘れる訳もない。

そういえば門下生だと言っていたな、と嫌な予感がしていれば、ひょっこり顔をのぞかせたのは袴を着て木刀を帯刀している心操人使、やはりその人である。


「梓ですか、って、ゲッ」

「心操くん!?なんでここに!?」

「それはこっちの台詞。なんでヒーロー科の奴らが……」


心底だるそうに眉間にしわを寄せ、合わせた袖をスィーっと顔を前に持ってきてその嫌悪感丸出しの顔を隠すものだから爆豪のこめかみがヒクつく。


「テメェなに我が物顔でここに、」

「我が物顔でいるに決まっているでしょう、ここは門下生である彼の居場所でもあるんですから。心操、お客様だよ。客間にお通しを」

「……これ、全員客ですか?一体なにしに」

「そうだよ。イレイザーヘッドの要件は恐らく加賀美家の事だろうね。他の子達の要件は知らないが。とりあえず客間に通しておくんな。僕は茶を入れて九条君を向かわせますから」


加賀美家というワードで顔をしかめた心操はそういう事ね、と納得すると泉と分かれて一行を客間に先導し始めた。
が、泉の気配が遠くなったところで彼の足はピタリと止まり、ついてきていた一行を振り返る。


「梓、泉さん近くにいないよな?」

『いない』

「で、いきなり何人も連れて帰省なんてどうしたんだよ」

『ん、書庫に用事』

「やっぱりな。後ろの連中も加賀美の話、知ったんだろ」

『うん、それより、心操なんで最近連絡してくれないの?私とっても君に相談したい事だらけで!』

「アンタが爆弾案件持ってくるから俺なりに頑張ってたんだよ。ごめんって睨むなよ」

『頑張るってなにを』

「多分、そこのヒーロー科のエリート達が今からしようとしてる事」


あ゛?と爆豪に威嚇されるが心操はあまり気にしていないようで、


「イレイザーヘッド、客間はこっちです。頭の固い九条さんの考えはまだ変わってませんけど、どうにか交渉してください」

「言われなくとも。お前は?」

「俺は調べ物の続きがあるので。多分、あの人らも同じ目的ですよね?」

「ああ、ついてくるときかなくてな。連れていってやってくれ」


そう言って客間に入った相澤を見送ると、心操は訝しげに自分を見る爆豪、興味津々の切島と耳郎、ただじっと観察してくる轟と「心操くんと梓ちゃんっていつもそんなに仲良いの!?」とひたすら話しかけてくる緑谷に一つ大きなため息をついた。


「緑谷達も書庫に用があるんだよな?今から案内するけど、あんまり目立つ行為はやめてくれ。ただでさえ最近、いびられて胃が痛いんだよ」

『心操、私ちょっと書庫の鍵取ってくる』

「ああ、俺持ってるよ」

『奥の扉は持ってないでしょ。取ってくるね』

「そりゃあの鍵は梓しか持ってないからね。了解」


バタバタと自分の部屋に走っていく梓を見送っていれば、後ろから耳郎に「いびられるってなに?」と聞かれ心操はため息混じりに胃を抑えて振り返った。


「加賀美家との縁談の話を聞いて、加賀美家の事を知るためにここに来たと認識してるけど、間違いない?」

「う、うん!」「心操も知ってたのかァ」

「俺は、口には出さないけど梓が嫌がってるのがわかるから、破談にさせるために動いてるんだよ。ただ、俺にできることなんてたかが知れてるから、とりあえず加賀美家がどういう家柄なのか調べてる。ただ、九条さんや泉さん達は梓の感情ばかり優先する俺の行いを快く思ってなくてね、まぁ…咎められることが多くて」

「そっか…心操くんも梓ちゃんの味方になってくれてるんだね。梓ちゃんね、かっちゃんや相澤先生に結婚なんてしたくないって訴えたんだ。俺たちにも色々相談してくれて、色々一族の問題も相まって混乱してたみたいだけど、」

「……意思表示したのか」


嫌だと言ったのか、こいつに。
驚いて爆豪を見れば、彼はドヤ顔で口角を上げていて、心操は少し悔しそうに唇を噛むが、それと同時にホッとした。


「そうか…嫌って言えるようになってきたんだな。良かった」

「あのさ、…心操のお陰だと思うよ。…心操がいなかったらウチらに相談するところまでいかなかったかも。諦めてお見合いしてたかも。心操が、梓の本音を汲み取ってくれたから…、多分、諦めがつかなくなってウチらにも相談してくれたんだと思う。汲み取ってくれてありがとね」

「どうかな、俺はまだアイツの力になれるような存在じゃないから。耳郎さんに礼を言われるようなことはしてないよ」


褒めすぎだよ。と苦笑した心操は古びた鍵を取り出し南京錠のかかった扉の前に立つとガチャガチャと鍵を開けた。
ギギ、と金属と木の軋む音がし、ゆっくり扉が開く。

その部屋は暗闇だった。
廊下から入る光で手前数メートルは見えるが先は見えない。
心操は足で扉を支えつつ、入り口付近ある物置台の上からランプを取り手早くマッチで中に火をつけ明かりを灯した。

ボウッ、と炎が燃え、それを顔の高さまで上げると手を伸ばし先を照らす。


「ここが書庫。この部屋、照明ないんだよ」

「マジかよ!?時代錯誤だな!」

「カビ臭ェ…」

「あ、爆豪と轟、火出すなよ。そこら中に書物が散乱してるから引火する」

「るせェ指図すんな」

「わかった。ランプはひとつしかねえのか」

「いや、この部屋の奥の大机にあと何個かある」


慣れた様子でズンズン歩いていく心操の背中を追いかけながら緑谷は複雑な感情になっていた。


「…幼馴染の僕らですら入ったことがない部屋なのに」

「言うなクソナードが」

「まぁまぁ、2人ともさっきからカリカリしすぎだって。しょうがないだろ、体育祭の後からずっと門下生なんだからお前らよりこの家に入り浸ってんだよ」


にしても埃すげーな、と咳き込みつつ進めば、ひとつふたつと灯りが増えた。どうやら先に大机にたどり着いた心操が残りのランプに火を灯したらしい。

大机にはたくさんの書物が山積みになって置かれており、所々に付箋が貼られていた。


「…心操くん、この本の山、もしかして君が読んでるの?」

「ああ…この部屋の中から、加賀美家が関わりそうな時代の歴を片っ端から読んでるところ。俺は、加賀美家がどういうところかも知らないから、まずは知ろうと思ってさ」

「エッ…量やばくね?」

「やばいよ、だから緑谷達が来てくれて正直助かった」


心操が大きくため息をつきながら古びた丸椅子に座ろうとした時、


『えっ…、心操何調べてたの?』


追いついてきた梓が机に広がった書物を見てギョッとしていた。どうやら話を聞いていなかったらしく戸惑っている。


「…何って、加賀美家についてだよ。アンタあんまり知らないんだろ」

『え!?』

「アンタが爆弾案件持ってくるから、調べてたんだよ。俺なりに助けになろうと思って」

『えぇ…そうだったの。心操、私知らなかったよ。ごめんね、ありがとう』

「俺言ったけどな。調べるから待ってろって。放心状態で聞いてなかったのかよ。で、この書庫のどこに何があるかなんてわからないからとりあえず加賀美と背表紙に入ってたやつを片っ端から読んでるんだが訳わからん」


心操がむすっとしたままパタンと書物を閉じたことでボフッと埃が広がり近くにいた切島がむせる。
その書物の表紙をなぞりながら梓は目を細めて、


『あぁ…、これは、200年前の伝記だね』

「ん、加賀美家の事が載ってる。加賀美家は元々その町で一番繁盛していた老舗反物屋だったらしい。商いの大成功もあって裕福な暮らしをしていたところを野盗に目をつけられ度々襲われていた。そして、東堂一族の者が野盗の襲来から命を賭して守り救ったと」

『へぇーそうなんだ』

「他人事だなァ」

『だって私が救ったわけじゃないもん』


けろりとしている梓に相変わらずだと心操が口角をあげて笑うのを、耳郎はぽかんとして見ていた。
あまり話さないイメージのある心操がよく喋るし、梓も気兼ねなくのんびりとしている。

あっけらかんと笑う印象が強い彼女ではあるが、家がらみでは正直表情が硬くなっていることがよくある。
その彼女が、家の話をしているのにのんびりとしていて、少しだけ驚いた。

耳郎や周りの幼馴染とクラスメイトたちを差し置いて2人の会話は進む。


「苦労して一冊は見つけた。これが東堂と加賀美のつながりの始まりらしい。その後の記述を探してるんだけど、この膨大な量から加賀美家に関わるものだけ探し出すのしんどすぎるんだけど。オイ当主、もっと効率の良い探し方知らないのかよ?」

『ううん…ここにある書物は東堂一族の戦記ばかりだからなぁ。どうしてもウチ主観の書き方をしてしまうから、関係家のことについてはまばらに書かれてしまってるんだよね』

「しらみつぶしに探せってか」

『いいや、ひとつだけ心当たりがある』


心底面倒そうに目の下のクマを揉んだ心操に梓は少しだけ口角を上げた。
自室から持ってきたであろう鍵をゆらし、その目が暗闇の奥にある扉をとらえた。

その扉はしばらく開かれていないような重厚さを纏っていた。


「……やっぱ、あの中かァ」

『私も行ったことないんだけどねぇ。話によると、関係各所のあれやこれやが』

「マジか。それ見りゃ加賀美家の最新情報もわかるんじゃないか」

『最新情報とはいえ、お父さんが生きていた時までの情報だろうけど』

「…あの先って歴代当主とその眷属しか入ることを許されなかったんだろ。一介の部下は入れないって」


眷属?聞き慣れない言葉や門下生の割に一族の内情をよく知る心操に不思議に思っていれば、それは周りも一緒だったようで轟が会話を止めるように梓の腕を掴んだ。


「あの先に加賀美家の文献があるんだな?」

『わうっ!?と、轟くん暗闇で腕掴まないでよ。お化けかと思った…!』

「あ、悪い」

『いいよ。うん、たぶんあの先にある』

「歴代当主と眷属しか入れないんだっけ?眷属って何?」

『うん、だから、お父さんとお母さんと、九条さんしか入ってなかったよ。私の代になってからは、九条さんは私の後見人ではあるけど眷属ではないからだーれも入ってない。眷属っていうのはぁ…』


耳郎の問いを受けてちらりと自分を見る梓と、キョトンとしている周りに心操は(あ、やべぇ、だるいことになる)と数秒後の未来を察した。

この過保護三兄弟に自分が眷属だなんてバレたら絶対に面倒なことになる。
門下生というだけでチクチクとした嫉妬を受けているのに。ポッと出がしゃしゃってんじゃねェと言われるのに。

咄嗟に自分の立場を隠そうと首を振ろうとするがそれよりも早く梓は座っている心操の肩をぽんっと叩くと、


『心操、入るかぁ』


一言。
眷属と認めてくれているから入ることを許される。それは素直に喜ばしいしここまで信頼してもらえているとは思っていなかったので感慨深いものがあるが、できれば2人きりの時に言って欲しかった。

まるで親の仇でも見るような目で自分を見る3人と、ギョッとしつつも事態を察して青ざめた2人の視線を痛いほど浴びながら、心操は諦めたように立ち上がった。


「……はいはい」

『エッ、嫌?嫌なの!?めっちゃ嫌そうな顔!!ちょっとショックなんだけど!』

「別に嫌じゃない」

『うそだぁ!』

「嘘じゃない」

『うそだよ!だってすんごい嫌そうな顔してたよ!?』

「騒ぐなよ、埃がたつだろ。ほら、行くよ」

「ちょ、ちょちょちょっと待ったぁ!!!心操くん待って!?何!?眷属!?」

「ほら、早く行かないから緑谷が我に返っちまった」


面倒だと隠さず振り返ればピーンッと指をさされていて、爆豪も愕然と口を開けている。

切島はいつ爆豪が掴みかかっても抑えられるように肩を掴んでいて、耳郎も轟を気遣わしげに様子見している。
どうしたものか、こうなるとは思っていたからずっと隠していたのに。
ちらりと後ろを見れば梓は不思議そうに首を傾げていた。


(何首傾げてんの。原因アンタだろ)


『いずっくんどうしたの。物凄い取り乱して』

「眷属って何!?!?」

『眷属…んん、ちょっと仰々しい言い方だよね。色々意味合いはあるけど、私にとっては…運命共同体って感じ』

「なんで心操くんが眷属なの!?」

『えーと…、心操から言ってくれたんだよ。眷属になるって。止めたけど、本気だって』

「………」

『まだ“仮”だけどね!心操がヒーローになった時、また同じように思っていたら…』

「勝手に言ってろ。俺はなったもんだと思っとく」

『この一点張り。頑固者。まぁ…、とても助けられてるんだけど』


お恥ずかしながら、と苦笑しつつ奥の扉へ向かっていった2人に、耳郎は加賀美家との縁談並みの嵐の予感を感じ取っていた。


(エッ、この嵐ウチと切島じゃ止められなくない!?)

_144/261
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ TOP ]
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -