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寮に帰った瞬間、遅い時間にも関わらず駆け寄ってきたクラスメート達に梓は圧倒された。


「帰ってきたァァ!!」

「お騒がせ娘が帰ってきたぞォ!!」

「梓、怪我ない!?」

「梓ちゃーん!!」

「梓ちゃん、僕もう心臓が止まるかと…!」


ガバァッと葉隠に抱きつかれ、耳郎に詰め寄られ、緑谷に迫られ、梓は思わず後ずさりながら『大丈夫大丈夫!怪我ないよ!』と繰り返した。


「東堂がテレビに映った瞬間寮内絶叫だったぞ!?似てる個性に似てる風貌で、まさかと思えば爆豪と緑谷がお前だって断言するんだもんよ!」

「梓ちゃんなんで首突っ込んじゃうの!?俺らめっちゃ悲鳴あげたんだけど!?」

『せ、瀬呂くん、上鳴くん、ごめん。心配かけた』

「梓さん、なぜあの場にいらしたんです!?」

『たまたまだよ。たまたま、家の都合で福岡にいたらあの場に遭遇して、指くわえて見てらんなくて、割り込んじゃった』

「お前馬鹿なのかよ!?相手はエンデヴァーを瀕死にした…!」

「峰田」


エンデヴァーを瀕死にした程の敵だ。
そう言いかけて常闇に制された峰田は失言したとばかりにパッと口を覆った。
窺うように見るのは、突っ立っている轟である。


「と、轟…悪気は、」

「…いや、いい。事実だ」

『轟くん、エンデヴァーさん一命を取り留めたよ。病院まで付き添ったんだ』

「そうか。東堂も、怪我がなくてよかった」

『うん、エンデヴァーさんとホークスさんのおかげでね』


2人がいなければ自分はここにはいなかったかもしれない。そう思えるほどの強い脳無だった。
肩をすくめて、自分の運が良かっただけだ、と今回の件にため息をついていれば、轟の探るような目と目が合い、梓は首を傾げた。


『何?』

「どうして、親父と一緒にいたんだ」


そう問う轟の目は真剣だった。

彼は、自分の父親が、梓を守ろうとしたことに気づいていた。
囮となり空へ上がった梓を見兼ねて、後を続く脳無を戦意で引きつけ、脳無を倒した後も気にしている様子で。

あの時は、
父親がNo.1としての使命を果たし、梓が無事で、それだけで安心し胸をなでおろしていたが、
時間が経つにつれて釈然としない疑問がわき上がってきた。

なぜ、父親であるエンデヴァーと梓があの場に居合わせたのか。
家の事情とは、エンデヴァーと関係があるのではないか。

父親が嫌いな轟は、父親が梓に対して何か良からぬことを言うのではないか、と危惧していた。


「親父が、お前のこと呼び出したのか」

『轟くん顔怖いよ』

「どうなんだ」

『違うよ。エンデヴァーさんは本当にたまたま居合わせた。私が会いに行ったのは、ホークスさん。家のことで、ちょっと言わなきゃいけないことがあってね』

「ホークスだと?」

『ん。常闇くんのインターン先だね。当主として言わなきゃいけないことだったから、会いに行ったんだけどまさかあの場面に出くわすとは』


エンデヴァーが居合わせたのはたまたまだった。
そう言われ、少しホッとした表情をしている轟をよそに梓は、あの2人じゃなかったら犠牲者ゼロじゃ済まなかったよ、とあの時のことを思い出して身震いをする。
周りも「そりゃそうだ」「災難だったな」と眉を下げており、


「ほんと無事で良かった!心臓止まるかと思ったよ」

『あはは…ごめんねお茶子ちゃん。ってかいずっくん動きづらい』

「…だって梓ちゃんが、びっくりさせるから」


最初に葉隠と一緒に飛びついてきて以来、緑谷はずっと左腕にくっついたまま離れていなかった。

しょうがないな、と荷物を椅子の上に置き、左腕に緑谷をくっつけたまま疲れた体を投げ出すようにポスッとソファに座った梓に、上鳴は不満げに頬を膨らませ向かいに座った。


「つーかさ、前から思ってたんだけど、梓ちゃん酷使されすぎじゃね?俺、梓ちゃん家のことよくわかんないけどさ、梓ちゃんがやることたくさんあって大変ってことぐらいはわかるわけよ」

「だよねぇ…。今回だって、東堂が家の事情で外出してたから出くわしちゃったんでしょ?」


不満げな上鳴に同調した芦戸。
周りもそうだそうだ、と頷いていて、


「そもそも爆豪と梓は狙われてるんだもんな。あんまり外出ねェほうがいいんじゃねーか?」

「るせェ、クソ髪。こいつと一緒にすんじゃねェ」


間髪入れずに吐き捨てたのは、梓が帰ってきて以来ずっと黙って彼女をガン見していた爆豪だった。

一緒だろ、とたしなめる切島に爆豪は違ェよ、と吐き捨てる。
死柄木が梓に向ける目を唯一、見たことがあるのは彼だ。彼だけが、死柄木の梓に対する執着心を目の当たりにしている。

暗闇でも光る太陽を、引きずりおろし自分の物にしたい、と。
あの目を見ているからこそ、自分が狙われる理由と梓は違うと確信していた。


(俺は、仲間要因だが、梓は違ェ。俺よりも優先される筈だ)


「なに爆豪しかめっ面してんだよ。あんなに取り乱してたくせに」

「るせェテープ野郎」

「折角東堂が無事で帰ってきたんだからおかえりくらい言ってやれよー」

「誰が言うか。つーか梓、テメェ表舞台出んのは本免とってからって言ってたろーが。なにしれっと活動始めてんだクソが」

『別に始めてないよ。今回はちょっと、イレギュラーで。っていうか、相澤センセにめっっちゃ怒られたんだよ。九条さんを児相に通告する寸前だよ!』

「「ぶふっ」」


吹き出したのは緑谷と爆豪だ。
昔から一族の掟に厳しい九条は、2人にとって苦手な人物の1人だった。
その感情は雄英に入学してから拍車がかかり、相澤と口論しているのを見て気持ちスッキリしていたりする。

そんな九条が、相澤にこっぴどく怒られ虐待とまで言われたようで、思わず(ざまあみろ)と心の中で叫んでいた。


「九条さん…ふふっ、落ち込んでた?」

『失敬な!ってショック受けてた。いずっくんなに笑ってるのさ』

「ごめんごめん。梓ちゃんも怒られたの?」

『うん、めっっちゃ怒られた。しかもね、もう家の事情を鑑みるのはやめるって。外出する時は、たとえ近くのコンビニでも先生同伴じゃないとダメだって』

「ハッ、ざまァみろ」

『ひどいよかっちゃん!土日家に帰れないのは通常の取り扱い通りだから仕方ないとしても、コンビニやスーパーは行かせてほしいよ!じゃないと、私いつりんごを買えばいいのさ!』

「そこかよ」


どこに怒ってんの。
こいつ頭ん中平和だよな。
と周りに苦笑される幼馴染に、爆豪は大きなため息をつきつつも、
弾ける笑みに、生きた心地がしなかった数時間前を思い出すのだった。


(早く仮免取らねェと)





部屋に戻って携帯を見れば、物凄い数の着信があって、その中に心操の名前を見つけ、梓は眉を下げた。


(心操…申し訳ないな)


福岡に行く直前まで一緒にいた彼の、心配そうな顔が思い出される。
また夜会おう、と約束しておきながら非常事態発生により家に帰ることができなかった。

彼の着信と共に、“余裕が出来たら連絡して”とメッセージがあり、梓は心操あてに帰ってきたよ、とメッセージを送った。
きっと詳細や怪我の有無は九条伝いで泉から聞いているだろうから、無事に寮に帰ってきた、とそれだけ。


(明日、謝らなきゃな)


あの目つきの悪い彼に睨まれることを予想しながらベットにダイブする。

随分とハードな1日だった。


『ふぅ〜…』


大きく息を吐きながら、ベットに沈み込めば、疲れていたのかすぐに瞼が重くなった。
電気を消さなきゃと思いつつも微睡む意識に身を任せ、ゆっくりと目を閉じる。


『……』


体は鉛のように重くなり、梓は規則的な呼吸をしながら、徐々に眠りに入っていった。

しかし、数分後、彼女はふいに目が覚めた。
手も足もまだ眠りの中にあって暖かかったが、意識だけが覚醒し、ふと瞼を開けた。

その理由は、


ーコン


窓に何かが当たる小さな音。
今聞こえたのは2度目。うたた寝している最中に1度目が聞こえ、目が覚めたのだ。


『んん…』


なんだろう。まだ眠気の中でうとうとする少女は、特に警戒することもなくシャッとカーテンを開け、外を見て、視線を地上に下ろした時にゆっくり目を見開いた。


『ん…?心操?』


夢だろうか?寝ぼけているのだろうか?
こんな時間に外に出ているはずのない心操が地上にいるなんて。
窓に向かって投げたであろう小さな石を握りしめたままこちらを見る彼の鋭い目に、梓は驚きと眠気でフリーズする。


(えっ、なんでここに?夢?ん?)


寝る前に心操にメッセージを送ったから夢に出てきたのだろうか?とうとうとしながら考えていれば、バシン!と音がし、ベランダの手すりに見慣れた捕縛布が巻きついた。


『んあ?』


思わず素っ頓狂な声を上げて目をパチクリさせれば、彼は慣れた手つきで捕縛布伝いに壁を登ってきて、ひょいっとベランダに侵入した。

くるくると捕縛布を手早くしまいながら今度は手でコンコン、と窓を叩く。まるで早くこの窓を開けろと言わんばかりの態度に梓はやっと頭を覚醒させた。


『お?』


かちゃん、と鍵を開け、窓を開ければするりと心操が靴を脱いで部屋に入ってきて、


「気づくのが遅い。結構寒かったんだけど」


身震いしながらぴしゃりと窓を閉めるものだから梓はやっと『なんでここに!?』と大きな声でツッコんだ。


「やっと目ェ覚ましたのか。こっちは気が気じゃなかったってのに、お気楽なもんだねェ」

『心操、こんなに遅いのに活動しちゃダメだよ…!それに、別の寮に窓から侵入するのもダメだろ』

「わかってる。けど、」


口籠る心操の表情が険しくて、梓は思わず眉を下げる。
ぐっと眉間に皺を寄せ唇を噛む彼に思わず『どうしたの?なんかあった?』と聞くが、


「……え、本気で言ってる?」

『え?何かあったの?刀折れたとか?鍛冶屋に出す?』

「折れてないし、俺がそんなことで校則破ってまでここに来るわけないだろ」

『じゃあなにさ。相談事?』

「…はァ〜…ああ、もうそれでいいよ。うん、相談事。梓が身の程を知らない首の突っ込み方をしたせいで俺の寿命が縮んだことについて」


ぎくり。
心当たりがありすぎて思わず目をそらすが、5月からずっと側にいる彼は見越していたようで間髪入れずに「逸らすな」と言われ梓の顔には諦めの表情が染み付いた。


『うう…ごめん。っていうか、それだけのためにわざわざここに?』

「それだけ?俺がどんな思いで中継見てたか知ってるのかよ」

『うーごめんって。悪かったと思ってるよ…。ホークスさんにも相澤先生にもこっぴどく怒られたんだ』


あまり聞いたことがないくらいか細い頼りない声音。

虹彩の美しい瞳に悲しみの色が灯り、眉を下げて『だから、心操は怒んないで』なんて珍しくわがまま言うものだからなにも言えなくなって、心操はまた一つ大きなため息をつく。


「ハァ…」

『怒んないでよ。もう怒られるの嫌だよ』

「…ああもう、そんな目で見るなよ。どうすればいいかわかんなくなるだろ」

『心操〜…』

「わかった、わかったから。怒らない。反省してるんだよな?」

『してるよ。でも、あの状況がもう一度目の前で起こったら、また同じことしちゃうかもしれない…。それまでに誰にも心配されないくらい強くならないと…』

「もし、梓が勝てない相手に突っ込んでいこうとしたら俺が捕縛布で拘束するから心配ないよ」

『え、別の意味で心配なんだけど。自分の身が』


っていうかそれ九条さんに聞かれたら怒られるから言わないようにね。
と真面目な顔で忠告する梓に心操はやっと表情を崩すと少しだけ笑った。

昼間は生きた心地がしなかった。

中継でホークスとエンデヴァーが戦っているのが見え、時間的に鉢合わせていそうでヒヤヒヤしていればド派手に登場した見慣れた和装。
弓を放った梓が囮のように空高く舞い上がったのを見て、自分の捕縛布が届けば捕まえて引きずり下ろすのに、と唇をかんだ。

隣で見ていた泉は梓を応援していたようだったが、心操はとてもじゃないがそんな感情にはなれなかった。

無事に帰ると約束したが、帰ってこれるだろうか。

もう一度自分に笑いかけてくれるだろうか。
側にいてくれるだろうか。柄にもないことばかり頭をよぎり祈るように両手を合わせて中継を見守ったのだ。


(早く、強くなって、ヒーロー科に編入して、梓の隣に並んで、堂々とこのリングを表に出して、ピンチの時の支えになるんだ)


首にかけてパーカーの中に仕舞ってある眷属の証であるリングを服の上からぎゅっと握る。


「…梓、あいつ…連合の、荼毘となんか話したのか?」

『荼毘?ああ、神野の時以来だなって。死柄木が待ってるとか、引き摺り下ろすとか、前に言われたこととそんな変わんないよ』

「……くそ、やっぱ、まだあいつらはアンタのことを狙ってんだな」

『ん、そうみたい。あ、そうそう、さっきも言ったけどさ、今回の件で私も九条さんも相澤先生にこっぴどく叱られてさ、もう融通きかせてくれないことになっちゃった』

「は?」

『ほら、土日に家に帰って稽古したりしてたでしょう?あれ、これからは相澤先生の同伴がないとダメだって。だから、これからは学校内での稽古がメインになるし、九条さんたちに稽古つけてもらえる機会も減っちゃう。私のせいで、稽古の機会を潰しちゃってごめんね』

「…ああ、別にいいよ。剣術や身のこなしは梓に稽古つけて貰えばいいし、捕縛布の扱いを磨くいい機会だし。にしても、九条さんと相澤先生、衝突しなかったか?」


仲悪いし、そっちが心配なんだけど。
と心操は顔をしかめるが、梓はなんとも言えない表情で肩をすくめたのを見て(こりゃ衝突したな)と彼女の苦労を察し、ぽん、と肩に手を置いた。


「意外とアンタ、苦労人だよな」

『わかってくれるのは心操だけだよ』


冗談めかして泣き真似する梓の額にデコピンをしながら、心操は当然だろと口角をあげるのだった。

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