130合同戦闘訓練
2日後。

梓はいつも通り寮から学校へ通い勉学と訓練に励み、放課後は心操と鍛錬をする平凡な日々を送っていた。
今日も帰りのホームルーム終了後に鍛錬に直行しようと荷物を鞄にしまっていれば、携帯がぽよん!とメッセージを知らせる音を鳴らした。


『ん?』


心操からである。
相澤先生に呼び出されたから遅れると、それだけ。



(珍しいな)


基本、伝えたいことがあるときは相澤が直接稽古場としている空き教室に来ることが多い。
わざわざ呼び出すなんて、まるで私に聞かれたくないみたいだ。と不思議に思いつつも、男同士で何か話しがあるのかもなぁと楽観的に考えた。


「梓、今日も鍛錬に行くの?」

『耳郎ちゃん、うん、行くけど、今日は一旦寮に帰って荷物置いてから行く』

「ふうん、じゃ一緒に帰ろうよ」

『おー』

「耳郎、東堂、俺もいいか?」


横からサッと現れた轟に耳郎はビクッと肩を揺らした。


「び、びっくりした…いきなり現れるから」

『おー、轟くん。いいよ』

「わりいな」


ウチ邪魔者じゃないよね?と不安になりながらも耳郎と轟で梓を真ん中に挟み、寮までの道のりをのんびり歩く。


「寒くなってきたな。東堂、風邪とかひいてないか?」

『めっちゃ元気。もっと寒くなったら轟くん火ぃ出してよ』

「轟を便利道具扱いするな」

「いいぞ」

「いいのかよ」


平然と人の個性で暖を取ろうとしている梓を諌めるが、轟が頬を緩めながら了承するものだからこいつ梓に激甘だな、と耳郎は口元をひくつかせた。

入学当初は仲がいいわけでもなかったのに。

職場体験をキッカケに急激に梓に入れ込むようになった轟は、彼女と行動を共にするごとに依存度を高めていった。


(わかるんけどね、気持ちは)


クラスメートとして、轟の家の事情も少なからず知っているからこそ、彼が梓に依存する気持ちもわかる。
どうしようもなく太陽な彼女のそばは心地がいいのだ。

無表情に定評のある轟の頬が定期的に緩むほどに。


『あ、そういえばね、こないだエンデヴァーさんに会った時に君のことを聞かれたんだ』

「えっ、何て?」

『私が轟くんと仲良いこと知ってたみたいでね、“俺とは話さんし目も合わさん。なんでだ”とか言うからさ、』

「おう」

『とりあえず、“嫌われてるんじゃないですか?”って言っといた』

「「ブフッ」」


神妙な顔だった轟が吹き出し、見守っていた耳郎も同じタイミングで吹き出した。


『エンデヴァーさん固まってたよ。率直な意見を言っただけなのにね』

「ふ…っ、く、あはは」

「あ、あんた怖いものとか、ないの!?」

『2人ともめっちゃ笑う』


いや笑うしかないでしょ、と轟とともに笑っていれば、梓もつられて笑っていて。


『なんかさ、私あの人としっかり喋ったのって今回が初めてで、もちろん一緒に戦うのも初めてだったんだけどさ、』

「おう」

『あのあっつい炎みて、怒気を感じて、あのおっきな背が後ろに倒れないように支えなきゃって思ったよ。あれがNo.1なんだね。まだ弱いから、支えなきゃと思うことしかできなかったけどさ、次は隣に並ばなきゃなぁ』

「そうか」


人柄はちょっとあれだけど、ヒーローとしては凄い人だよね。
と肩をすくめる少女に、轟も素直な気持ちでこくりと頷く。確かに、炎使いは見習うべきところがある。

珍しそうに轟を見る耳郎の隣で梓は歩きながらゆっくり首を傾げた。


『そういや轟くん、お見舞いとか行ったの?』

「見舞いは行かねえ。けど、今日は実家に帰って姉さんたちと、親父と、蕎麦食う」

『そーなんだ!今から?』

「相澤先生の用事が終わってから、だな」

『いいね、楽しそう。エンデヴァーさんによろしく言っといて』

「嫌だ」

『なんでだよ』

「お前のことをあいつによろしくしたくねえ」

『よくわかんないけどこっちは命救われてるんだって。下からあの人が戦意で釣ってくれなかったらヤバかった』

「それはそれ、これはこれだ。人助けんのがあいつの仕事だからわざわざよろしくしてやる必要はない」

『もう、轟くんわがまま』


やいやいと不毛な言い争いをしながら寮へと変える2人は微妙に注目を集めていて、耳郎は居づらそうに身を小さくするのだった。





一足先に稽古場に着いた梓は先に鍛錬を始めていた。
嵐を纏い、極限まで薄く鋭く研ぎ澄ませた状態で大太刀の素振りを何百回と行う。

開始して既に1時間が経過していた。
そして、ぽたりぽたりと汗が床に落ちる中、ブン、と刀を振り下ろした時、


「お嬢、お疲れさん」


後ろから九条の声が聞こえ、梓は『え!?』と大きな驚きの声と共に後ろを振り返った。
何故学校に九条が!?とびっくりするが、
振り返って声をかけた自分を見て、驚いていた目をゆっくりと緩め大きなため息をつく。


『…はァ〜、なんだ。心操かぁ』

「騙されたな」

『そりゃ騙されるだろ。“ペルソナコード”も使いこなしちゃってさ』


声をかけてきたのは九条の声真似をした心操だったのだ。
少し前に新調したサポートアイテムである専用の変声マスク“ペルソナコード”も随分使いこなしていて、
近づいてかちゃりとマスクをとってやれば、彼のニヤリと口角をあげた顔が露わになる。


『なあに、ご機嫌だね。なんか良いことあった?』

「内緒」

『えぇ〜、教えてよ』

「明日になりゃわかるって」

『なんだそれ。あ、そういえば相澤先生は?』

「今日は轟ん家に行くんだってよ」

『ああ、そういやそんなこと言ってたな。よし、じゃあ鍛錬する?』

「それがさ、相澤先生が今日はやめておけって」


心操が残念そうに肩をすくめるものだから、梓は首をかしげる。


『どうして?』

「明日の、ヒーロー科の授業が結構キツイらしいよ。最近アンタちゃんと休んでないだろうから、今日くらい休めって相澤先生からの伝言」

『えぇ…休んでる場合じゃないんだけどな』

「急がば回れって言うだろ」


休めよ、と大太刀を持つ手を掴んで鞘に戻させぷくりと頬を膨らせている梓の頭をぺしっと叩く。


『叩くなよう』

「いいから、戻してきなよ」

『…わかったよ、心操が先生に告げ口したら困るもんね』

「はは、もし続行したら連絡しろって言われてるからね」

『すでに根回し済みだったのか』


怖い、と身をすくめつつ、心操に背を向けて大太刀を壁掛けに戻しに行く。
のそのそと着ていた羽織を脱ぎ、ハンガーに掛けようと手を伸ばしていれば「…もう、半年経ったな」と感傷に浸る声がして、珍しくて梓は振り返った。


『どうしたの、いきなり』

「いや…、なんとなく。去年の冬の入試で、この個性でロボ倒せなくて落ちてさ、諦めとか受かったやつらに対する嫉妬とかですげー惨めな思いして…それでも諦めらんなくて、普通科に入学して、」

『……うん、』

「梓達がヒーローになるための勉強をしてんのに普通科で普通に授業受けて、やっと体育祭でチャンス来たって思ってさ、俺は協力できる仲間もいないし、素性も知られてないから洗脳でもして騎馬戦組むしかなくて、梓のこと、洗脳したんだよな」

『あー…そんなこともあったね。心操のこと知る前に先に洗脳されたんだった』

「俺、本当に衝撃だったんだよ。洗脳解除されたアンタが、俺に怒るでもなく共闘しようとしたの」


心操は思い出すように視線を上に上げると、口元をゆるめる。

"洗脳"という個性は異質だ。異質で、危険で、信用されにくく、敵向けと称される。
なのに、一方的に洗脳された被害者のはずなのに、あまり抵抗のなさそうな彼女に心操は本当に動揺したのだ。


『あー…そうだったっけ。びっくりしたけど、洗脳って個性は強いから勝てるって思ってさ』

「無条件で信じてくるもんだから、逆に焦ったよ。でも、結局俺は緑谷に負けた」

『うん、覚えてる。見舞いに行ったらめっちゃ睨まれた』

「あの時は…ま、俺も捻くれてて余裕なかったからね。“嵐”なんて、恵まれた個性持ってるやつに俺の何がわかんだよって思ってたから。けど、あの日、あの時、梓が医務室に来てくれなかったら今の俺はいないかもね」

『え、なんで?』

「あの時、初対面で洗脳かましてきて第一印象最悪同然の俺にカミングアウトしたろ。無個性だったことや、個性継承のこと、ずっと鍛錬してきたこと」


“だから、戦闘向きの個性を持たない君の気持ちは少しわかる。それと同時に、ヒーローを諦めてないんなら、もっと鍛練しなよって思う”

そう言われ、それでも半信半疑で馬鹿にした心操に梓は笑ったのだ。


“今までの鍛錬が無駄だったかどうかは、これからの試合を見たらいい。優勝するから”


結局優勝は出来なかったが、芦戸戦、常闇戦で魅せた戦闘術と、あの爆豪と渡り合った戦闘センスは心操の心を大きく揺り動かした。

あの戦いに、生き様を見、背中を押された。
死んでも諦めてやるもんか、とより一層心に深く刻み込んだのだ。


「梓も、あん時は大変だったんだよな」


優しげな目で見つめる心操に梓は体育祭の日を思い出して苦笑いする。


『あはは…まぁ、追い詰められてはいた、かな』

「だよな…、半年、東堂家に入り浸って、色々見てきたから、あの時の重圧が相当なもんだったってのはわかるよ」

『そうだねぇ…心操が来たあの日から、半年以上経つのか。早いね』

「うん、梓、今更だけど俺を門下に入れてくれて、礼を言うよ。最初は踏み台にしてでも強くなってやる、としか思ってなくてさ、この一族頭おかしすぎてついていけないとか思ってたんだよ」

『あはは、知ってるよ。面と向かって言ってたよ。自分のことで必死だから仲良くなるつもりないとかも言ってた』


からからと笑う梓に心操は何度も東堂一族にドン引きしたことを思い出す。


「そりゃあね。イかれた思想のとばっちりはごめんだから。けど、梓の側で鍛錬続けてる間にアンタの危うさや周りのイかれ具合が怖くなって…神野の後には自分の弱さ棚に上げて眷属にまでなっちまった」

『……』

「この一族のイかれ具合は俺が1番わかってる、からこそ…、支えたいって思っちまった。まだ支えられるほど頼りにはなんないかもしれないけど、あの時の決断を後悔したことは一度もないから」

『うん…』

「俺、頑張るわ」


神妙に、でもはっきりと頷いた心操に梓は戸惑い眉を寄せると、


『…うん、ごめん心操。さっきからすんごい真面目に話してるけどどうしたの?明日どっかに特攻するの?余命近いの?怖いんだけど』

「こういう時くらい神妙に振り返らせてくれよ。感傷に浸ってんの」


相変わらずな自分の主人(仮)である少女にイラつきつつも心操は(こういうところが好きなんだけどなァ)と矛盾にも似た感情を覚えるのだった。


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