搬送されたエンデヴァーに付き添って病院に向かった。
足早に取材陣の横をすり抜けると緊急手術の電光板の前に立ち、一息ついていれば後ろからカランコロンと下駄の音がし梓は振り返る。
「お嬢!」
『九条さん、ここ病院。しーっ』
「ああ、悪ィ。お嬢が死ぬかと思ったぜ、結果的に英断だったな」
『んん…1分も時間稼ぎできなかったから何もできなかったのと同義だよ。それよりも…あんな脳無初めてだった。エンデヴァーさんとホークスさんがいなかったら死者0人じゃ済まなかったね』
神妙な顔で袖の中に手を入れ腕を組む少女。
頭をポンポン撫でながら確かにな、と九条は呟くと緊急手術中の電光板を見上げた。
「やっぱすげェな、プロヒーローは」
『うん、力添えしたかったけど、ダメダメだった』
「なんかさ、久しぶりにハヤテさんに付いてた時の気持ち思い出したわ」
『え?』
「ほら、お嬢は“嵐”があるが、ハヤテさん以前は無個性同然だったからな。どうしてもああいう場になったらヒーローに任せるしかなかった。無個性の力が光るのは近接戦や異形系相手のみだし、相手にするにしても限度があるしな。ハヤテさんが守護精神のあまり飛び出しそうになるのを俺や泉さんは必死で抑えたもんだよ」
『…そうなんだ、お父さんって冷静なイメージだから、意外』
「ああ見えて熱いお人だったよ。でも瞬殺されんのがオチだしなァ…。だから今日、お嬢が飛び出そうとすんのを抑えながらちょっとな、思い出しちまった」
しん、とした寂しさが染み込む眼をする九条に梓は少し呆気にとられる。
『九条さん…』
「お嬢もあの人の子なんだなァ。俺の弓使って射った時、震えた。お嬢は全然小せェのに、ハヤテさんの背中と被って見えたよ。立派んなったな」
『…私は、情けなかったよ』
「……」
『ぜんっぜん敵わなかった。囮って、ちゃんと実力があるからこそ機能するのに、中途半端だったから1分も時間稼ぎできなかった。あんな状態のエンデヴァーさんが、脳無の意識を釣ってくれなかったら、どうなってたか…』
「そーだなァ…、お嬢、頑張らねェとな。次代の守護の象徴にならねーとな」
『ん、わかってる。早く、もっと早く強くなんなきゃね。私は先代達とは違って、個性があるから。先代達から脈々と継がれてきた個性と意思があるから。みんなに心配されてちゃ守護一族として失格だ』
“次代の守護の象徴”
九条は、自分の言葉が梓の枷になる事は分かっていた。
立場上、あくまで自分は彼女自身ではなく24代目当主として彼女の背に重荷を乗せなければいけない。
たとえ泣き叫んで嫌われてもそれを続けないといけない。
それが代々仕えてきた自分の役目。
(目くじら立てる輩が眼に浮かぶわ)
相澤とか心操とか爆豪とか相澤とか。
最近なんか俺に対して当たりが強いやつ多くね?と内心モヤモヤしつつドカッと壁際の椅子に座る。
「それにしても、まさかあんな異常な脳無に鉢合わすたァな。お嬢も持ってんねェ。あーあ、立派な袴がボロボロじゃねえか。ブーツ丸見え。ダメージ袴?」
『しょうがないよ、嵐撃落としは雷主体で、この服は雷に対しての耐性ないんだ。燃えちゃうよ。着替えも持ってないし』
「ま、膝丈あるし我慢だな」
パンツ見えてねェだけマシだろ。と笑う九条にこいつデリカシーないなと梓は引きつり笑みを浮かべつつ
『お腹も空いてきたし…飲み物と軽食買ってくる』
「おう、俺ここで待っとくわ」
財布片手に病院内の売店に向かった。
案内板を見て、少し迷いつつもなんとか売店に着いた少女はどれにしようかな、とショーケースの中にあるサンドイッチに目を走らせる。
(結局お昼ご飯食べてないんだよな。もう3時だし、ちょっとだけにしとかないと)
よし、これにしよう。とタマゴサンドに手を伸ばすが、それを横からヒョイっと取られ目をパチクリとさせた。
「タマゴサンド好きなんだ?」
『ホークスさん…』
横取りしたのはホークスだった。
彼も取り立てて目立った怪我はなかったようでピンピンしており、梓の目の前でタマゴサンドをゆらゆら揺らしている。
「どうなんだ?」
『べつに、好きかと聞かれればそこまでじゃないですけど…』
今日1日で5回くらい睨まれた事を思い出し少し気まずそうに顔を背けるが、ホークスは聞いていないようでタマゴサンドとパックジュースを取ってお会計を始めている。
『ホークスさん?即決…そんなにお腹すいてたんですか』
「違う、これ君のだから」
『エッ、私の!?』
「そ。ほら、ついておいで」
ビニール袋に入ったタマゴサンドとパックのりんごジュースをちらつかされ、梓は言われるがまま、誰もいない中庭の片隅にある木のベンチまでついていった。
「座ろう」
『……はい』
「えっ、凄く身構えてるね?俺なんかした?」
『あ、いや』
あなたの機嫌を損ねて睨まれました。多分嫌われてますよね?なんて言えず。
おもむろに座ると、買ってもらったもののお礼を言い、もそもそとタマゴサンドを食べ始めた。
「美味しい?」
『お、美味しいです』
「梓ちゃん、全然目ぇ合わせてくれないな!?」
『えっ、いや、ごめんなさい』
「なんで謝る」
俺なんかした?と少し眉を下げて肩を落としたホークスに梓は慌ててブンブンと首を横に振った。
『ち、ちがいます。むしろ何かしたのは私の方で…』
「え?」
『今日1日で、ホークスさんを何度も怒らせてしまって、た、たぶん…嫌われてると』
「エッ!?そんなふうに思ってたん!?」
『違うんですか!?』
「違う!怒ったのは…怒ったけど!」
頭を抱えて否定したホークスは端正な顔を困ったように歪めると梓の方を向いて、
「梓ちゃんが予想外の動きばかりするからサ」
『…ごめんなさい』
申し訳なさそうに目線を下にやるものだからホークスはうっと押し黙った。
梓の物思いに沈むような目に思わず動揺し、眉を下げる。
ホークスは自分が、人の感情に敏感だと自負している。
ご機嫌をとるのも得意だし、神経を逆なですることも得意。それは大局を見ることができる自分の長所だと思っていたりする。
考えてないように見えて、考え、図り、自身の良いように進めるのだ。
その彼が、天真爛漫だと思っていた梓の憂いの表情にどうしたらいいのかわからないと困惑している。
(なんでそんなに落ち込んだ表情を…。こっちは君が予想外の動きばっかりするから気が気じゃなかったのに)
気が気じゃなかった。
荼毘との打ち合わせでは、脳無の襲撃は明日、海岸沿いで行われる予定だった。
それなのに街中で規格外の脳無を出してきて、運悪く梓も居合わせていて、ヤバイ、最悪の事態だ、と本当に焦ったのだ。
どうか、気づいてくれるな。
荼毘や脳無が梓の存在に気づくな、と。
避難誘導を促したついでに一般市民と同じように避難させたのに。
(俺が、地上の脳無に気を取られた隙に、参戦するなんて…ハァ…)
今でこそあの時梓が飛び出したことについて頭を抱えているが、あの時、地上から脳無に矢が刺さったのを見て、ホークスは焦りとはまた違った感情を持っていた。
あの青い雷の光が、目に届き、矢を放った和装の少女が帽子のつばをピンッとあげて脳無を引きつけんと空を飛んだ時、
焦りよりも先に彼の感情を支配したのは、切ない感動だった。
自ら囮として飛び出した彼女の笑みに一族としての生き様を見せつけられ感動し、それでいて自分の命を駒の一つと考えるその思考に危うさを感じ、切なくなった。
未だ俯いている少女の頭にポン、と手を置く。
「…、あの状況で、飛び出したら死ぬかもしれないとは思わなかった?」
『お、もわなかった。…、それよりも、どれだけ時間を稼げるかのほうが、』
「ハァ…、」
『…ホークスさんが、怒ったのは、私があまりにも足手まといだったから、ですか?囮にもなり得ないほどに、』
ぎゅっとボロボロになった袴を太ももの上で掴んで目を伏せるものだから思わずホークスは何度も首を横に振りながら「そういうことじゃない!」と大声を出していた。
「違うに決まってる!俺が、厳しい目を向けたのは、梓ちゃんに前に出て欲しくなかったから。狙われているし、そもそもあの場は俺とエンデヴァーさんに任せるのがベストやし」
『……え?私が囮として機能しなかったからでは?』
「エッ君の中で俺、どんだけ非情な人なの!?」
『非情だと思ったことないです。ただ、聡明だなぁ、と』
「ああもうわかった!正直に言うから!」
あくまでも囮という話題から離れない梓に、ホークスは観念したとばかりにくしゃくしゃと頭をかくと、自分を見上げる少女の双眼と目を合わせた。
「…確かに、梓ちゃんの言う通り…敵連合との接触のために君を利用することを考えたことはある」
『……』
「ただ、今は正直考えてない。んん…難しいんやけどさ、今日のような場面に出くわして、梓ちゃんが自ら囮として動こうとしてるのを見てさ、ああダメだ俺にはできないって悟った」
ホークスは、あの時悟った。
彼女が自ら囮として身を投げ出したのを見て焦燥と心配で冷静でいられなくなった自分に、ああ彼女に囮としての価値はあるが、それを利用することができる心の余裕が自分にはないことを知った。
荼毘に“差し出せ”と言われて“そんなに親しい間柄じゃないから騙せないかも”と濁していたのに、
彼を目の前にして、思わず梓を自分の背に隠してしまった。
その行為が荼毘の信頼を損ねるとわかっていたのに、あの時ホークスは梓の腕を離すことができなかった。
「はっきり言って、俺には梓ちゃんを囮として使うほどの心の余裕がない」
『……それは、私が弱いからですか』
「危ういからだよ」
『危うい?』
「自分の命をコマの1つとしか思っちゃいない、大義のためなら何でもする。そんな危うい女の子をみすみす敵連合に渡すわけにはいかんでしょ。確かに、俺は君の言う通り、“連合の巨悪を最悪ベースで推し量って、最善の手をとるためには犠牲も必要”だと思った。ただ、それは君じゃない」
『…そう、ですか』
「何を落ち込んだ顔してるんだ。普通ホッとするハズなんだけど」
まさかの表情に、どこまでもイかれた教育を受けているなと顔を引きつらせてば、大きく緩んだ目がホークスをちらりと見上げ、
『んん…、役に立てなかったな、と』
「……」
思わず面食らうが、一拍おいてホークスはニヒルに口角を上げて強めに梓の頭を揺らすように撫でた。
「天下の守護一族は、囮でしか役に立てないんだっけ?」
『んっ?』
「守護の意思を全うする剣の道、の割には随分気弱な発言だ」
『めっちゃ煽ってくるじゃないですか!もー!そうですよ!本当だったら隣に並んで正々堂々戦いたかったですよ!でも、私、弱かったから!』
「アハハ!」
一瞬何を言われたか理解に苦しんだようだが、すぐにわかったようでぷんぷんと怒り始めてホークスは思わず笑ってしまう。
『くそー…、今に見ててくださいよ。すぐ追いついてみせますから』
「ははっ、俺は速すぎる男だからね。隣に並ぶのに何年かかるかな」
『むう…ソッコーで追いつきます…!』
「期待せずに待つよ」
未だぷんぷんしている少女の頭に手を置き、よいしょっと立ち上がったホークスは「じゃ、そろそろ行くかね」と梓にあいさつし、その場を後にしようとするが、
『ホークスさん、待って』
ぱしっと手を掴まれ、動きを止めた。
振り返ればタマゴサンド片手に真っ直ぐこちらを見上げる少女がいて、
「なに?」
『聞きたいことが』
「聞きたいこと?」
『ん。あの、ホークスさんって、荼毘と知り合いなの?』
ど直球に確信をついてくる質問に内心ドキッとしながらも顔に出さなかった自分は偉いと思う。
ホークスは心臓をばくばくさせながら、何のこと?とばかりに首を傾げた。
「初対面だけど?」
『そっか…』
「何故、そう思った?」
『荼毘は、エンデヴァーさんには初めましてと言ったけど、ホークスさんには言わなかったから』
「んー言ってなかったっけ?気にしてなかったな」
『そうですかぁ…。荼毘は、エンデヴァーさんに執着心があるのかな…ちょっと様子が変だった気が』
「ま、No.1ヒーローだしな」
『んん…ちょっと引っかかるけど、これ以上答えが出ないのに考えてもしょうがないですね!』
「そだな。じゃ、またな」
『あ、はい!色々とありがとうございました』
吹っ切れたように口の中に残りのタマゴサンドを放り込んだ梓に改めて手を振りながら、
(妙に鋭くて怖いんだけど…。つーか、この子を庇った事、荼毘になんて言い訳しようかな…)と気が重くなりながらその場を去るホークスだった。
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