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満身創痍のエンデヴァー、羽根のないホークス。
そこに現れた男に、梓だけでなく、中継を見ていた国中の人々が顔をしかめて息を飲んだ。


「お前がいるとは聞いてねぇ」


相対するは敵連合の主要メンバー、荼毘。
エンデヴァーが顔をしかめたまま余力を絞り出すように口を開く。


「…あのスナッチを、殺害したそうだな。敵連合…荼毘…!」


ゼェゼェと息も絶え絶えなエンデヴァーを横目に梓は腹を括った。
ここで戦える人間は自分しかいない。


ーシャンッ


抜刀し、軽く膝を曲げ何が起きても反応できる体勢を取り、つま先に力を入れ全身の神経を研ぎ澄ます。


(動ける人間がやるしか無い)


が、刀を持つ方の腕を座り込むホークスに掴まれ、強く後ろにひかれバランスを崩した。


『ホークスさん…!?』

「出るな。俺の後ろに下がって」


耳元に顔を寄せられ囁かれた小さな声は、有無を言わさない威圧感だった。
腕も強い力で掴まれており、梓は狼狽えつつ言われた通り一歩下がる。


「他のヒーローを待つ」

『でも、そんな時間…』


ホークスの希望を嘲笑うかのように荼毘が手を一振りしたことでゴウッ!!と青い炎の壁がエンデヴァー、ホークス、梓を取り囲むように展開する。


「スナ…?誰だっけ?んなことより少し話そうぜ?せっかくの機会だし」

「ぐっ…」

『話すことなんかないよ。エンデヴァーさん、私の背中じゃ安心させられないかもしれないけど…!』

「だからダメだって。エンデヴァーさんも休んでてください、俺やります」

『なんで…、私しかあいつの相手出来ないですよ…!』

「君、狙われてるだろ」


そうだ、狙われている。だから時間稼ぎの価値があるんじゃないか。そんなのホークスだってわかってるはず。
なのに何故そう言うのかがわからなくて困惑を顔を出してエンデヴァーを支え座りこんでいるホークスを見下ろすが、
いつもはおどけた目をしているのに、厳しい目で諌めるように睨まれ『ひっ』と口を噤んだ。


(なんなんだ…、あなただって、私の囮の価値に気づいてるくせに)


渋々刀を下ろせば荼毘の視線が刺さり眉間にしわを寄せる。


『…』

「東堂梓…神野ん時以来だな。大怪我してた時の方が好みだわ。その目…、そそるねェ」

『はぁ?』

「下がれ」


荼毘の目が梓を捉え卑しく笑ったのを見てホークスは立ち上がると少女の羽織を強く引っ張り背に隠した。


『なんでだ』

「いいから、俺そんなに余裕ないからマジで隠れててくれる?」

「死柄木が待ち侘びてたぜ…ああ、勿論俺も。その目障りな光を引きずり下ろしたくて堪らねェ」


背に隠したのに、ホークスなどいないかのように背の後ろにいる少女に語りかける荼毘にエンデヴァーも厳しい表情をする。


「ホークス…っ」

「わかってます。この子は前に出しません。雨覆しかありませんけど…時間稼ぎくらいは…」

「勘弁してくれよ。そこの脳無を取りに来ただけなんだ。俺が勝てるハズねぇだろ」


ザッザッとゆっくり歩いてくる荼毘。
ホークスは厳しい表情のまま後ろの少女を守らんと雨覆を広げるが、


「満身創痍のトップ2相手によ!」


にこやかに笑っていたその表情が猟奇的に豹変し、勢いよく地面を蹴った瞬間だった。


ーダァンッ!!


上空から現れた髪の長い女性が荼毘とホークスの間に割り込むように現れ、着地時の風圧と衝撃で荼毘本人だけでなく周りの炎もいくらか吹き飛ばした。


「ニュース見て“跳んで”きたぜ!面白ぇ事になってんな、エンデヴァー!ホークス!」

『わっ…』

「てめェ連合だな!蹴っ飛ばす!」


助太刀で割り込んだのはラビットヒーロー、ミルコ。
勝気な表情でぎらりと荼毘を睨むと臨戦態勢に入る。


「ミルコ…!?ったく、いいとこだったのに…」


ミルコの乱入で諦めるように脱力し「氏子さん」と呟けば、荼毘の口内からゴボッと黒い液体が溢れ始め、
見覚えのあるそれに梓は顔をしかめた。

あれは自分の意思とは関係なく体が転送される。神野の時に経験したからこそ、思わず口を覆うと控えめにホークスの服を掴む。


『っ…』

「大丈夫、絶対離れんな」


耳元で囁く声。

ぐっと腕を掴まれ、
自分の口から同じ黒い液体が出てこない事に少し安堵して荼毘を見れば、目が合って、


「また今度な、東堂梓…、と、No.1ヒーローさんよ。また話せる機会が来るだろう。その時まで、」


荼毘の視線が自分から外れエンデヴァーに向く。
好戦的にニヤリと口角を上げると血走った目で膝をついている彼を見下ろし、


「精々頑張れ。死ぬんじゃねぇぞ、轟炎司」


黒い液体が荼毘を覆う。
今話してけ、とミルコが蹴りを入れるが、すでに荼毘はいなくなっていた。


『…いない、消えた』

「消えた…クソ…臭っ!これって…神野ン時のアレじゃねぇか?」

「去ったか…、とりあえずは…一件落着っぽいね」


掴まれていたホークスの腕が離れ、炎の壁が飛散する。
やっと、まともに息を吸った気がする。
梓は思わず腰が砕けたようにエンデヴァーの隣に座り込んだ。
周りに表情が見えないようにグッと目深に帽子をかぶって、情けなく眉を下げて息をつく。


『ふぅ…、』

「ぐ、」

『わ、エンデヴァーさん…、支えます。エッ熱っ』

「梓ちゃん、俺が支えるから」

『あ、じゃあ、私人呼んでき、』

「ここにいて、絶対」


また睨まれた。
なんか嫌われてる?と梓は微妙な顔をして言われた通りホークスの隣に突っ立っていた。
その間もポケットの中の携帯は鳴り続いていた。


ーー


テレビ中継で突然現れたクラスメートは時間稼ぎのための囮となって上空高くに舞い上がり、カメラでは追えなくなった。

雷が鳴らない所を見るに恐らく戦うよりも回避に徹しているのだろう。

中継のカメラは最初は空を映していたものの見えないと分かると、倒れたエンデヴァーや道路で暴れている脳無を映していて、
その有様はやはりパニック状態である。

ヘリコプターから地上に中継が移り変わる。
逃げ惑う人々に押し潰されそうになりながら口を開いたアナウンサーの声がいやにテレビを通して目立つ。


「象徴の不在…」


その象徴の不在を体で感じ取って梓は今上空で命を削っているのだろう。
その時、テレビに映るビルの向こう側で大きな炎と閃光が上がった。


「あっ…」


まだ戦おうとしている。あの炎はエンデヴァーだ。
それを乱暴に肯定するかのようにカメラに少年が映り込む。


〈てきとうな事言うなや!どこ見て喋りよっとやテレビ!やめとけやこんな時に、あれ見ろや!まだ炎が上がっとるやろうが!見えとるやろが!!エンデヴァー生きて戦っとるやろうが!!おらん象徴の尾っぽ引いて絶望すんなや!今俺らのために体張っとる男は誰や!!見ろや!!〉


数秒だったが、少年の魂の叫びは中継を見守る者たちの不安を変えた。エンデヴァー勝利への想いに。


〈再び空からの映像です。先程、袴を着た何者かを追って上空高く飛び上がった敵が、降りてきています。それを追うように何か、蒼い…?〉


刹那、
ズガガァン!!と暴風と豪雨が混ざった落雷が天から脳無に突き刺さった状態で地面に叩きつけられその暴風で中継が乱れた。


〈天から突然の落雷です!先ほどの矢と同じ、いやそれ以上の眩い蒼い光…!先ほどの和装の…ヒーロー?の攻撃でしょうか!?敵が地面に叩きつけられています!〉


サッと空を映すが既に梓はおらず、寮内は騒つく。


「梓ちゃんは!?」

「緑谷落ち着け!さっきの、梓の嵐撃落としだろ!?」

「託したんだ…、あいつ、炎が上がったのを見て、親父に」


絞り出すような声。
思わずクラスメートたちは轟を見る。
一緒に死線をくぐり抜けたことがあるからこそ、窮地での彼女の思考がわかるのかもしれない。

きっと梓は自分があの脳無に敵わない事を十分理解している。
それなのに囮となるため空中に行ったのは、頭でわかっているのに心が了承できなかったから。

パニックに陥る街を見て、象徴の不在を嘆く人を見て、倒れたエンデヴァーを見て、
体が動いたんだ。

それを、エンデヴァーも気づいていた。
梓が脳無に勝てない事も、策無しで囮のためだけに飛び出した事も。
だから、


「あいつも、空からわかるように炎を上げたんだ」

「…俺がやるって、意思表示かよ」


止めていた息を吐くように眉間にしわを寄せたままそう言った爆豪に轟は「多分…」と頷く。


「梓ちゃんはそれを受けて全力の一撃でエンデヴァーさんにこの先を託したのね」

〈あっ、黒の敵が…立ち上がり、動き出します。…ああ!追っています、しかし、追っています!エンデヴァー!!〉


追いつき、エンデヴァーの闘志がむき出しになり火力が上がる。
その熱が中継の中で揺らぎ滾る。

誰もがテレビに釘付けで息をのんで見守っていた。
ホークスが助太刀に入り、彼のアシストでエンデヴァーのスピードが上がる。
乱暴に背中を押す羽は一時だが、脳無のスピードを超えさせた。

轟はその様子を祈るような気持ちで見守っていた。
父親が、少しずつ変わっていることに気づいていた。
少しずつ向き合おうとしている事。
不器用であきらめが悪い事。

母や兄弟や自分にした事を許すつもりはないし嫌いだが、昨日の中継で“俺を見ていてくれ”という彼を見て、言葉ではなく行動で示すつもりなのかと漠然と思った。

その父親が、戦っている。


〈…戦っています、〉

「親父…っ」

〈身をよじり…足掻きながら!!〉

「見てるぞ!!」


相棒に、家族から逃げるなと言われた。
親がいるんだから、と。言われたのだ。

ここから目をそらすわけにはいかない。
轟が見守る中、エンデヴァーはホークス剛翼に背を押され上空に上がっていく。
そして、


更に向こうへ、一歩乗り越えるような特大の必殺技と共に閃光が走った。まるで太陽だ。
その炎と光は黒い脳無を炭にした。


「っ…」


光が止み、炭になった脳無と共にエンデヴァーが落下する。
道路に体がぶつかる寸前、現れた和装の少女の風によってその体が掬い上げられ落下速度が緩まり、ドサっと落ちる。

が、すぐにエンデヴァーは立ち上がると、左手を高く空にあげた。


〈立っています!!スタンディング!!エンデヴァー!!!勝利の!いえ!始まりのスタンディングです!!〉


エンデヴァーの勝利、そして、上空からの一撃以来行方の分からなかった梓がひょっこり現れた事に轟はふらりと座り込んだ。


「っ…はァ、」


胸をなでおろしたのは轟だけではない。
爆豪も手汗をズボンで拭きながら「ハァ〜…」とため息をついてしゃがみ込み、緑谷は轟を気遣いつつもテレビから目を離さない。


「…轟、大丈夫か?」

「はい…」

「東堂も…ピンピンしてるな」

「梓ちゃん、良かった…!」


相澤もホッと胸をなでおろし、一段落だ、と麗日も笑みを浮かべるが、ずっとテレビから視線を外していなかった耳郎と緑谷がハッと息をのんだ。

ヘリコプターの中継映像、エンデヴァー達を映していたそれにぶわりと青い炎が展開したのだ。


「何あれ!?」

「あの炎…合宿の時の!?」


悲鳴じみた耳郎に緑谷は合宿の時の青い炎をハッと思い出す。
青い炎の持ち主、拉致られて連合のメンバー知っているからこそ爆豪はギリリと歯ぎしりをしギラついた目で中継に映る男を睨んだ。


「荼毘…!」

〈敵連合!!荼毘です!!連合メンバーが!!炎の壁を展開し、エンデヴァーらを囲い込んでおります!!〉

「あいつか…!堂々と…どういうつもりだ」

「梓ちゃん、逃げんと!狙われとるし!」

「わぁああホークス梓ちゃん守ってえええ」

「葉隠落ち着け」


ワッと寮内に悲鳴が上がる。
当の本人は抜刀して荼毘に向かい合っていて、それをやめさせるようにホークスが引っ張るのが見える。

少し何かを話したと思えば荼毘がエンデヴァー達に向かって走り出す、が、割り込むようにミルコが現れ勢いよく脚力で荼毘を数メートル吹き飛ばした。


「ミルコだ!」「助太刀だ!」

「なんでもいいから梓ちゃん守ってええ!!」

「梓マジで下がれ!マジで!」

「切島さん落ち着きましょう!大丈夫ですわ、梓さんが飛び出さないようにホークスさんが腕を掴んでいるようです」

「あッ…荼毘が、黒い何かに覆われていなくなる!あれって、確か神野の時のかっちゃんと梓ちゃんが出てきた、」

「あの臭ぇ転送のやつか!梓は…!」

「問題ない、ホークスが保護している」

「そっか…!!よかったァ…!!」


常闇の冷静な答えに思わず緑谷は轟と共に腰を抜かしたように座り込んでいた。
周りもやっと安心できる、と息をついていて。


〈危機は…荼毘は退き、…敵は…消えました…!!っ私の声は彼らに届いておりません…しかし!言わせてください!!エンデヴァー!!ホークス!!守ってくれました!!命を賭して、戦ってくれました!新たなる頂点がそこに!私は伝えたい!!伝えたいよ、あそこにいるヒーローに!ありがとうと!!〉


勝利の余韻に浸る中継を聴きながら相澤はミシミシと握りしめていた携帯を見た。
相も変わらず発信中、無理もない、あの中で電話など出れるわけがない。が、


(無理にでも止めろよ、九条)


脳裏にあのニヒルな笑みが浮かんで思わず舌打ちすれば「あの、先生?」と遠慮がちに耳郎に問われ相澤は自分に視線が集まっている事に気づいた。


「先生…あの、なんで梓があそこにいたんですか?」

「…今朝、あいつの後見人の…アー…泉って後見人じゃないな?」

「泉サンは、ハヤテさんの部下」

「泉さんから連絡があったんですか?」


泉って誰だっけ?とわからなくなって爆豪をチラリと見ればぶっきらぼうだが答えてくれて、泉を知っているらしい緑谷も心配そうに眉を下げて先を促すように相澤を見る。


「ああ、どうしても会わなきゃならん人がいるから今から福岡に行く、と。家庭の事情だと、あいつの一族を引き合いに出されりゃ俺も断るに断れんからな」

「相変わらず卑怯なやり方しやがる」

「爆豪、お前ほんと東堂一族嫌いだよな」

「うるせェクソ髪」


あの一族が気にくわないことについては爆豪と一緒らしい。相澤は同感だとこくりと頷きつつ


「ま、福岡に行くのを望んだのは東堂自身だそうだ。兎に角…、俺は今から福岡に行ってくる。九条に任しちゃおれん」

「今からですか!?」

「ぱっと見、怪我もなさそうだったからな。今から行って夜までには連れ帰る。緑谷、麗日、エリちゃんの事頼んだぞ。東堂の事は言わなくていいからな」

「「は、はい!」」


バタバタと慌ただしく寮から出て行った相澤を見て寮内は一瞬呆気にとられるものの、


「あの相澤先生が手ぇ焼いてら…。東堂の周りであいつの事をちゃんと守ろうとしてる大人ってあの人だけだよな…」


しみじみ言った瀬呂に思わずクラスメート達は頷いていた。


(がんばれ相澤先生!イかれた部下に負けるな!)

(イかれた部下って、透ちゃんお口が悪いわ)
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