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寮内は騒然としていた。

テレビを見ていたら突然中継に切り替わり、級友である轟の父、エンデヴァーが脳無と戦っていたのだ。
エンデヴァーが手こずるほどの改人は今まで見たものと似て非なるようで、映像がヘリからの中継に切り替わった瞬間。


「あ…!」


焼き殺したと思った脳無が再生しエンデヴァーの左目に致命傷を与え地面に叩きつけた。


「轟…!」

「轟くん!」

「ッ!」


心配そうにクラスメート達が轟を見るが彼はギリリと歯を食いしばり画面を食い入るように見つめていて。


〈突如として現れた1人の敵が!!街を蹂躙しております!ハッキリと確認できませんが“改人脳無”も多数出現しているとの情報が。現在ヒーローたちが交戦・避難誘導中!しかし、いち早く応戦したエンデヴァー氏は…〉


カメラが重傷を負って倒れているエンデヴァーを映し出す。


〈この光景、嫌でも思い出される3ヶ月前の悪夢…〉


エンデヴァーが立ち上がり応戦しようとするが投げ飛ばされビルに突っ込み起き上がれなくなる。
画面上は逃げ惑う人々でパニック状態だった。

テレビの周りにクラスメートたちが集まり、愕然とした表情で中継を見守り、轟の様子を心配そうに窺う。


「テレビつけたら…エンデヴァーが!」

「まずいぞ、パニックだ」

「轟さん…!」


ざわつき不安な目で中継を見ていれば、
勢いよく寮内の扉が開き、相澤が入ってきた。


「轟…、もう見てたか…!」

「先生!」


相澤は珍しく焦った様子で轟の隣に立つとテレビに目を凝らし始める。
片手に握られた携帯のディスプレイには通話発信中の文字。


「出ねェ…チッ、緑谷、中継ずっと見てたか!?」

「え、み、見てましたけど…」


テレビの真ん前に座る梓依存症の彼が轟だけを気にしているところを見るに、きっと中継にあの少女は入り込んではいないのだろう。
つまり巻き込まれていない。相澤は祈るような思いで唇を噛んだ。

朝、突然電話で福岡に行くと言われて嫌な予感がしてごねて、泉に押し切られ了承したのだが、
すこぶるタイミングの悪い時期に福岡に行ったものだ。
福岡での用が何かは知らないが人に会うと言っていたところを見るに、その相手はホークスなのではないかと思って相澤は焦っていた。


(居合わせるなよ…!)


画面上では脳無が避難先へ向かおうとビルの屋上に手をかけている。
パニック状態の人々を見て、神野の悪夢が頭を過る。

その不安はヒーロー志望であるA組の生徒たちにも伝播していき表情は固く、息をのむ音が聞こえた、刹那。

画面上、青い閃光が走りぶわりと風が吹き上がった。


「えッ…!」

「なっ…」

「こ、これって…」


青い閃光と風は、彼らにとって見慣れたもの。あの子の激しい個性。
画面が切り替わり、ヘリコプターからの中継によって脳無の体に矢が刺さっているのが見える。


〈ヒーロー…!?エンデヴァー氏ではない…誰かが、敵の動きを止めました!物凄い嵐のような風とともに敵に刺さった矢が放たれた先にいるのは、ああ向かいのビル!弓を構えた和装の…小柄な…、子どもでしょうか!?帽子を目深に被り、どなたか存じ上げませんが、敵の動きを止めました!〉

「あああれ梓ちゃん!?嘘でしょ!?」

「梓!?ハァッ!?あの和装、間違いねェ!」


弾かれたように立ち上がり絶叫した幼馴染2人にクラスメート達は「やっぱりか!」と顔を引きつらせた。


「相澤先生、なんで梓ちゃんが!?」

「〜ッくそ、俺も知らん!」

「あの羽織着てるってことは今、東堂家として動いてるってことね。それよりも、この状況はまずいわ」

「ええ…!梓さんのいる場所を見るに、あれは最初の崩壊したビルから避難した人々がいるところ。彼女はプロヒーローの戦いを見て、自分が介入することを良しとしなかったはずですわ。実力差がありすぎますもの。それなのに、今、この状況で介入したのは、」

「親父が倒れて、他んプロヒーローもいねェ…、敵わなくても、やるしかねェって、腹くくったんだ」


幼馴染2人もだが、轟の表情も見ていられなほどに憔悴していた。


「でも、絶対敵うはずないよ!もしかしたら時間稼ぎにもならないかもしれないのに…!」

「それでもあいつは一歩踏み出しちまうんだよ…!ああ、脳無が動く!」


見ていられない、と手で目を覆う葉隠。
切島も歯を食いしばり震えそうになる手をぎゅっと強く握って画面を食い入るように見つめる。

脳無は一気に梓との距離を詰め、


「ああ!!梓ちゃん逃げて!!」

「逃げろ!!」


ワッと寮内に悲鳴が響く。
瞬間、画面内の少女は刀を抜くと、
目深に被っていた帽子を親指でピンッとあげ、脳無に対して表情を露わにした。

ほんの一瞬だけカメラに映ったその表情は相澤の目に焼き付いた。
引きつっているのに挑戦的に口角を上げており、そこから彼女がやらんとしていることに気づいた相澤は思わず携帯がへし折れそうになる程ミシミシと強く握って、
画面の向こうにいる梓に聞こえるはずもないのに「やめろ!」と叫んだ。


「先生…?」

「あいつ…、囮になるつもりだ…!」


まさか、とクラスメート達が息を飲む中、相澤の予想を肯定するかのように梓が一気に上空へ舞い上がりカメラで追えなくなる。


〈和装の子が!一気に空に舞い上がり、ああ!もう米粒ほどの大きさに!!敵もそれを追いかけます!!〉

「あのバカ…!」

「囮って…そんな無茶苦茶な!死んじゃうよ!」

「葉隠落ち着け!恐らく、東堂は賭けに出たんだろう。黒い脳無が人の言葉を話し、人を探すのを見て知能があると悟ったんだ」

「常闇さんの言うとおりですわ。知能があると悟り、そして自分が敵連合に狙われてることを逆手に取り、生け捕りにされるだろうと踏み、人々からあの脳無を引き離すべく空へ飛んだのでしょう」

「その価値を見出して、あの笑みかよ!?命がいくらあっても足りねぇって!梓ちゃんお願いだから帰ってきてェ!!」


両手を合わせてテレビに向かって祈る上鳴に緑谷も泣きそうにウルウルとした目で画面を懇願するように見つめる。
爆豪はフリーズし、轟は愕然とし、
相澤も貧乏ゆすりをしながら祈るような目で中継を見守っていた。





(うわっ頭痛っ!息できない!)

こんなに一気に高度を上げたことなんてない。
耳鳴りに暴風に漏れ出る雷に、梓は顔をしかめると一旦視界をクリアにする為に月面宙返りさながら、くるんと体を後転させた。


『〜っ、』


宙返りしたことでその“高さ”に驚く。
人々が米粒ほどに見える。ヘリコプターもずいぶん下にいる。
寧ろ雲の方が近く、火事場の馬鹿力ってすごいな、と梓は顔を引きつらせて真下を見た。


ーゴウッ!


(ああ、やっぱり)


この脳無、スピードがエンデヴァーを凌駕するがそれは攻撃などの身体的なスピードのみ。
飛行能力があるが、それはあくまでも風に乗ることで発動する。
つまり、単純飛行に関しては竜巻を発生させる梓の方が速い。


(とはいっても、そんなに差はないか!!)


ビュンッと距離を詰めてきた脳無を引き離すようにもう一度高度を上げる。


(速すぎる!もっと速度をあげたら私の体が持たないし…)

「…オ、追い…つイイ…タ…!」

『げっ!』


いつのまにか真下に迫っていた脳無の腕が足に巻きつきそうになり間一髪で避けた。


『あっぶな…!うわ!』


立て続けに鞭のように伸びる左右の腕から逃げるように身を翻し、刀を太陽にかざし煌めかせ反射で目を潰そうとする、が


『あれ、目どこ…!?っと、!』


立て続けに襲う攻撃を間一髪で避け、
息をつく間も無いそれに梓は刀に雷を凝縮させると、右からくる腕を寸前で避けながらズバァンッとカウンターを放った。

斬撃が脳無の腕を落とすがすぐに再生し、ラチがあかない、と雷を思いっきりぶつけると脳無が怯んでいるうちにもう一度高度を上げる。


(ど、どうしよ…!とりあえず人からこいつを引き離さなきゃと思って飛び出したけど、手詰まりだ!)

「タ…たた、カ…ワ…なイイ…?」

『は!?』


今、戦わない?と問われた?
思わず脳無を見れば追いかけてきていなくて、梓はひやりとする。


(ヤバイ…私への興味が、薄れてる…!)


生け捕りは後でも出来る。
戦うつもりがない人間を追いかけるより、下に密集している人々を殺した方が良いと判断したのかもしれない。
梓は一瞬でそれを読み取ると慌ててバチバチと体全体に嵐を発生させた。


(戦う意思を見せなきゃ…引き止められない!つっても、いつまで持つか!)


攻撃の意識を全て避けることに集中している為ここまで脳無の攻撃を回避できたが、攻撃に転じることでどこまで自分が持つか。
嵐を発生させながら目をギラつかせ脳無を見下ろすが、脳無の意識は既に地上に向かっていた。


『っ…、おい!』

「ア…あア、と…デ」

『何が後でだよ!今じゃないとだめだ!』


地上に降りていこうとする脳無を弾かれたように追いかける、が、
その時、地上に閃光が走り梓はハッと息を飲んだ。

その閃光は、先ほど自分が見たエンデヴァーの光。
まだ彼は生きている。戦う気でいる。
あの灼熱のぎらついた目が脳裏に浮かび上がる。


(エンデヴァーさん…!戦おうとしてくれてる!!)


昨日の、テレビ中継を思い出す。
正式にNo.1になった彼は真っ直ぐに前を向いて、強い目で言っていた。


“俺を、見ていてくれ”


地上であがる閃光、炎に、梓は彼の意思を汲み取った。
まだ自分がいけると、No.1として相手にすると。
その怒気や熱が空まで伝わり脳無の意識を地上に向けさせた。


『〜っ、くそ、せめて!!』


梓は上空で嵐を逆噴射させると落下速度をあげ一気に脳無を追いかけながら、刀にバチバチと嵐を凝縮させる。

そして、


『嵐撃落としッ!!!』


ーズガアアアンッ!!


少しでも、エンデヴァーへ繋ぐまでにダメージを。
梓の渾身の一撃が天からの巨大な落雷となり脳無に突き刺さり、地面に叩きつけんと落下速度を上げた。


『頼む!!エンデヴァーさん!!』


私じゃダメだった!数秒の時間稼ぎしかできなかった!!
頼む、プロヒーロー!!

空からの悲痛な叫びはエンデヴァーに届いていた。
時間稼ぎのために囮になった少女が空から脳無に強烈な一撃を食らわせ空から降ってくる。


(手を出すな…ひよっこが…!)


息子と同じ年齢の、息子の痛みを笑い飛ばす少女。
皮肉にも彼女が命がけで作った時間のおかげでエンデヴァーは立ち上がり、ホークスは助太刀に戻れた。

梓の全力の嵐撃落としで脳無が地面に叩きつけられる。
が、すでに傷は再生し始めておりムクリと起き上がるが、


「エンデヴァー!!」


エンデヴァーが脳無を追いかける姿を見て、ヘリコプターからマイクでリポーターが叫ぶ。

恐らく痛みも感じぬほどのダメージを受けているのだろう。
目も霞んでいるはず。それでもその眼で勝機を見据え、火力を上げ、脳無の再生速度も反応速度も超えて炭にするまで倒れない。

それに呼応するようにホークスも参戦したのを上空で確認した梓は誰もいないビルの上に着地した。


『っ…ふぅ!』


エンデヴァーの火力が上がり、その背を押すようにホークスの剛翼がドドドッと背に刺さる。
物理的に背中を押すホークスの尽力で、エンデヴァーのスピードが脳無を上回った。

エンデヴァーの拳が脳無に届く前、脳無の形相が獣のように変わり噛み付いた。


『うわ…!口の中から焼いてるのに…再生が間に合って…!んっ!?』


もしかして、十分な火力が出ていない?
瞬時に頭に浮かんだ仮説に梓はもう一度ビルの屋上から飛び出そうとした。


(出てないんじゃなくて出せないんだ!こんな人口密集地でこれ以上火力あげられないよね…!周り巻き込む系の個性だから気持ちわかる!)


空に引っ張り上げるか!?
咄嗟に屋上のフェンスに足をかけるが、


ードスッ!


剛翼が1枚足元突き刺さり梓は動きを止めた。
ハッとホークスの方を見れば彼は見たこともない厳しい目で制するように睨んでいて、


(来ちゃダメだ!)

(でも!〜っ!)

「ホークス!!」


ホークスがエンデヴァーと脳無の激戦に飛び込む。
梓はホークスに制された通り大人しくフェンスの上にしゃがみ込んだ。

絶対に倒れない、絶対に負けない、と煮えたぎる強い意志が伝播し、手が震える。
エンデヴァーの目は正しく一歩も引かない覚悟の目で、彼の体が脳無ごと上空に上がっていく。

人も建物も気にする必要のない上空へ。


「貴様は…俺だ…。過去の…、あるいは、別の未来の…、」


身を捩り、足掻きながら、それでも脳無を離さず食らいつき体が燃え尽きるほど火力を上げ尽くす。


「灼けて…眠るがいい…、おおおおおお!!!」


今度は体を切り離すことのないよう、逃さないよう、脳無を離さずにエンデヴァーは全力以上、今までの自分を一歩超える必殺技を爆発させた。


ーPuls ultra プロミネンスバーン!!


その光は太陽のよう。
目を焼くほどの激しい光に梓は思わず目を閉じた。


『ッ…、わ、』


光が止み瞼を上げれば消し炭になった脳無と息も絶え絶えなエンデヴァーがいて、
空から落ちてくる彼に梓は弾かれたように空に飛び出す。

地面に落ちるすれすれで風を巻き起こすと落下速度を下げ、ドサリとエンデヴァーが地に倒れる。
が、すぐにムクリと起き上がり、彼は右手を挙げた。

ぶわりと鳥肌が立った。

スタンディングだ。
その姿はオールマイトを被って見えて、

それでいて俺の時代だと主張するようで


梓は震える足で道路に着地するとホークスとともに彼に駆け寄った。


『エンデヴァーさん…!』

「オールマイトとポーズ同じじゃないですか」


ふらついたエンデヴァーをホークスが支え、頭上にヘリコプターが旋回する。
きっと彼の、彼らの戦いを称えているのだろう。


「腕が…違う。奴は左…逆だ…!」

「知らんですよ。とにかく!勝ってくれてありがとうございました…!」

『ありがとうございましたぁ…!私もほんとどうしたらいいか、何もできなかった…!』

「………0点だ。随分と醜い“スタート”をきった。…ひよっこにも気を使わせたしな」

『す、すみません』

「…すみません、でも、この勝ちは絶対…絶対にデカイはずです…!まずその怪我と出血をなんとかしないと…」

『怪我がヤバイ』

「…俺は、もう動けんぞ。誰か、呼んで来い」

『わ、私呼んできます』

「待て!」


立ち上がって人がいる方に走り出そうとするがホークスに腕を掴まれ動きを止めた。


『え?…いや、私怪我してないので、』

「ダメだ。離れるな」

『エッ』


今日1日でホークスに睨まれるのは3度目である。
なんでこんな睨むの?優しい人じゃないの?と顔を引きつらせつつ、逆らうつもりはないのでコクリと頷く。
が、


「ちょーっと待ってくれよ。色々想定外なんだが」


その声は、絶対に忘れない。
あの日、あの時、爆豪を攫い自分を壁に縛り付けた男の声。
振り返ればやはりそこにいるのは敵連合の1人。
無造作な黒髪に青い眼、皮膚を身体中繋ぎ合わせるようにつなぎ目にピアスが付いている。


「!!」

「!?」

『荼毘!?』

「まァ、とりあえず…初めましてかな?エンデヴァー」


笑った荼毘と目が合い、思わず梓は反射的に抜刀していた。


(これはマジでマズイやつ!!)

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