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「ホークス、避難誘導を!」

「了解!エンデヴァーさんは!?」


見たこともない形状で人語を話した脳無。
エンデヴァーは強情らしい人に迫るような顔つきで凄む。


「噂ではなかったか。なんとも間の良い奴だ。まァいい」


キィイイン、と炎の出力が上がる。


「どのみちそのつもりで来た!」


赫灼熱拳、ジェットバーン。
拳から最大級の炎が出力され、勢いよく脳無を焼こうと燃え上がり空へ押し戻した。


「来い、No.1を見せてやる」


足から手から吹き出す炎。
級友の轟とは違う種類の炎に梓はポカンと口を開けていた。


「エンデヴァーさん飛べるんですかぁ!?」

「落ちないだけだ!抜かるな!こいつはまだ、動く」

『凄…』

「梓ちゃん九条さん!上階の避難誘導を手伝って!ここはエンデヴァーさんに任せよう!」

『あっ、はい』


言われるがまま部屋からで、突然の騒音でパニックになっている店内を見渡す。


(救助系苦手なんだよな)


梓はサッと目で避難経路を探すと脳無と反対側に普段閉まっているであろう非常階段を発見し、九条とともに力づくでこじ開けた。


『え、と、敵発生!今、エンデヴァーさんが相手をしています!すみやかに避難を!』

「押さない押さない!この階段からできるだけ下の階に、落ち着いて!」

『こちらです!ゆっくり、落ち着いて、足元に気をつけて!』


大きな声で落ち着いて、と叫び続ければ一般客も少しずつ冷静を取り戻し列に並んで非常階段を降り始め、梓はホッと胸をなでおろす。
が、


ーガシャアアンッ!!


上階でけたたましい破壊音が響き、ビルが揺れる。


『えっ』

「おいおいまじかよ」


破壊音はどんどん広がりグラグラとビルが揺れ建物にヒビが入り始める。
そして、


ーガシャアアンッ!!


耳の鼓膜が破れそうな程の破壊音が鳴った後、
ズズズ、と床が動き始めた。


『え、うそ。ちょ、』

「お嬢、やべえ。多分ビルの上半分、脳無に焼き切られた…!ずり落ちるぞ!!」

『どうしよう…!』


どうにもならない。
破壊されたビルの上半分に何人の人がいると思っているんだ。
パニックで悲鳴が錯綜する中、梓は必死に人を助ける術を考えようとするが間に合わず、


「お嬢、とりあえずビルから出るぞ!あんた飛べるだろ!」

『ダメだ…!ここにいる人たちを放っておくわけには!』

「だからってこの人数全員避難させられるわけねえだろ!共倒れする気か!!」

『それでもここから1人だけ動くわけには…』

「お嬢!!」


その時だった。
羽が舞った。

ひゅん、ひゅん、
と一人一人に舞い、服に刺さり、

固くしなやかな羽。


『わぁ、…』


その羽1つ1つが悲鳴、呼吸、布ずれ、人から生じる振動を感じ取り、人を浮かせていく。

梓がすぐに無理だと判断した事を、ホークスはやろうとしている。
その剛翼で、全員を救おうとしている。
その全員の中に自分たちも入っているようで、羽が羽織に刺さると、ぐわりと体が浮いた。

そのまま瓦礫が落ちる危険なビル内から脱出し、空に舞う。


「被害部分の76名、全員避難完了!!」


微かに聞こえたホークスの声。
梓達は羽によって向かいのビルの屋上に連れてこられていた。


「マジかよホークス…!全員助けやがった!」

『うわあぁ…すごい…!』


他の救助された人々と共に先ほどまで自分がいた場所を振り返れば、ビルの上半分が綺麗に斜めに斬られずり落ちるところで、


『お、落ちる…!』

「あれどうすんだ、下大通りだぞ!?」

『ああ、九条さん!あれ見て!』


けたたましい破壊音と共に目が痛くなる程の閃光が走った。
その光の筋のような炎がぶわりと広がると巨大なビルの上半分を賽の目状に焼き切り一気に細かくしていく。


『えええ焼き切った!信じらんない!』

「一瞬で…人間業じゃねえ!」

『凄い…あれがプロ…!』


脳無襲来で一瞬、頭をよぎった。
一緒に戦うべきか、否か。

今、隣のビルに避難させられてから思う。


(絶対足手まといになってた…)


それは流石の九条も同じことを思っていたようで口元をひくつかせ戦う2人を見ながら、


「スピードも力もエンデヴァーを上回ってる。お嬢が前に出てたら瞬殺だったな」

『…うん、今、あの2人との差を痛感してる。あと、私はあそこを目指さなきゃいけないんだって…』


道のりの長さに目眩がした。


「頑張らねェとな。お嬢も、緑谷君も、爆豪君も」

『ん。…あれ、ホークスさんが下降りた。なに、何か降った?』


ビルの屋上から身を乗り出しホークスの姿を追えば、何かもぞもぞと動く奇妙な物体を追いかけていた。
九条も隣で目を凝らす。


「んん?分裂か?別の脳無が道路に…!ああ、ホークスが向かった。でも、あいつスピードはあるがパワー系には割と無力だろ」

『ねぇ…あの白い脳無もだけど、それより、エンデヴァーさんが相手してる黒い脳無、喋ってたよね?今まで見た脳無、喋ったところ見たことないけど、』

「嫌な予感がすんなァ…」


もう一度、2人でエンデヴァーに視線を戻す。
彼は黒い脳無と相対していた。

最初の彼の攻撃が無かったかのようにしているところを見るに、あの脳無は再生する。
それに加えて分裂、変則する腕、
あの速さとパワーにエンデヴァーですらついていけてない。

それに加えて、


『ねぇ、考えてない?』


愕然と言った梓に、だよなァそう見えるよな、と九条は表情を固くした。


『エンデヴァーさんも、厳しい表情をしてる…、うわ、でも戦ってる!眩しい!』

「目が焼ける!再生を超えるほどのダメージを一気にくらわそうとしてんのか…!?」


熱さがここまで来る。
まるで太陽のような高熱で脳無を焼き尽くそうとする。
生身で喰らえば灰も残らないだろうそれに、人々は目を奪われた。

それは梓達も一緒だった。
目が痛いのに、光が収まっていくのを見守り、エンデヴァーの勝ちを確信する。
が、


『「あ」』


消滅したはずの脳無。
なのに、カケラだけ空中にあって、
光で見えなかったがおそらく体の一部を切り離したのかと九条は顔をしかめる。

奴は一気に再生すると、


ードシュッ!


エンデヴァーの左目を潰し、地面に叩きつけた。


『〜っ…!』

「致命傷…!やべえ!あれ抑えられるヒーローいねェぞ…!」

『ど、どうしよ』


思わずその場にいた全員に神野の悪夢が頭を過った。


ーピリリリ


ポケットの中の携帯が鳴る。
こんな時に誰だとハッと画面を見れば担任の相澤の名前が表示されていて、ああきっと心配してる、でも今電話に出ている場合じゃない。
梓はポケットに携帯を戻すとビルから身を乗り出して脳無の様子を見た。

奴は、倒れたエンデヴァーの側で何かを呻いていた。


「もっモッと、強いヒっヒロヒー…ロー…」

『…ヤバイ…このままじゃ、エンデヴァーさんが…』


だが、エンデヴァーはまだ倒れていなかった。
ボウッと背中から炎を噴射し脳無に立ち向かうが、
手負いの彼のスピードは完全に見切られており、渾身の拳はたやすく避けられ代わりにカウンターをくらった。


ーズガガァン!!


腕を鞭のように使いエンデヴァーを投げ飛ばすその力は強大で建物すらもなぎ倒し、エンデヴァーは派手に瓦礫に突っ込んだ。

梓たちと同じくホークスによって避難させられた人々が騒つく。


「…今の、見えたか…?」

「…全く…」

「何でこんなのがポンと出てくるんだ…」


不安が伝播していた。
“街の全員を逃さなければ、神野どころの話じゃなくなる”
それはその場にいた全員が思う最悪の事態だった。
エンデヴァーですら敵わないのだ。
この街は蹂躙されるかもしれない。


『っ〜!』

「お嬢、飛び出すなよ。お前が出ても瞬殺だ、時間稼ぎにもならん。今この場であいつ相手に出るのは、無駄死にになる…!」

『わかってる!!』

「目がわかってねェから言ってんだ!長い目で見ろ、ここであんたが不用心に出ていったところで5秒も持たん!」


ホークスや他のヒーローは白い脳無の相手をしている。エンデヴァーは瓦礫に突っ込んだ後、起き上がれない。
その状況は上空のヘリコプターにより中継されており、梓は国中に不安が伝播していくのを感じくしゃりと袴を握った。

ビルの下、大通りは逃げ惑う大量の人でパニック状態。


「大丈夫!落ち着いて!押さないでください!大丈夫です!案内に従ってください!」

「乗せて!押すんじゃねえ!」

「どいてよ!」

「どけって!」


象徴の不在。オールマイトがどうにかしてくれていた時代は終わった。
それが皆の不安を煽りパニックになり人が団子になっているのだ。
梓は下を見ながら圧迫感にじわりじわりと押しつぶされていくような息苦しさを感じていた。


(私…、何してんだ……?)


パニックになる人々を上から見て、縋るようにエンデヴァーを見てホークスを探して。

何をしてるんだろう。


「やべ…っ、あいつマジで、知能あるぞ!?」


焦る九条が飛び出させないとばかりに梓の首根っこを掴んだまま
大通りを挟んだ向かいのビルを指差す。
黒い脳無はビルの屋上にぶら下がり、逃げ惑う人ごみをジッと見ていた。


「にっ…人間ハ…、あっ…あっちか」


自分が前に出たって絶対に敵わない。
実力差がありすぎて盾にもなれない。
一瞬で消し炭にされるのがオチだから、時間稼ぎにもならない。

そんなの、エンデヴァーと黒い脳無が戦う姿を見て気づいていた。
でも、


『ここで、動かないのは死ぬと同義だ…』


震える声。
梓は九条が羽織の下に背負っていた弓を奪い取った。


「お嬢!?」

『この距離からの斬撃じゃピンポイントは狙いきれない!ここから、射る!』

「ダメだ!攻撃したってお嬢は勝てない!」

『勝てないからって退くのは違う…、ここで、動けなかった業は、背負いたくない!』


九条の制止を振り払って、
静かに息を吐きながら両手で弓を上にあげると同時、彼女を中心に風が吹き始めバチバチと青い稲光が走り、それが矢の先端に圧縮されていく。

少しずつ、息を吐きながら今度は弓を引き分けていく。肩甲骨を寄せ、体を左右に限界まで開き、
キリキリと弓を引く。


「お嬢…マジかよ、」


手は震えている。冷や汗を流し、足も震え、それなのに眉間にしわを寄せ黒い脳無を睨みつける目は光に満ち溢れていて。
そして、嵐の矢はゴウッという爆発するような音ともに放たれた。


ーズガガァン!!


嵐の勢いを携えた矢は黒い脳無の身体に命中した。
その勢いは凄まじく、ぶわりと下の大通りまで風が吹き荒れ何事かと皆、上を見る。
脳無は矢の勢いに押されビルに縫い付けられたかのようにジタバタしたがそれはすぐに収まり、


「…、イる…あっア…そこ、ダ」


ぐわりと黒い腕が翼のような形状に変わる。


ーボッ!!


瞬く暇もない。
気づけば眼前に黒い脳無が迫っており、梓は乱暴に九条を後ろに突き飛ばすと腰に携えていた刀を引き抜いた。
ヘリコプターの中継がこちらを向くが、そんなのガン無視で見つめるは眼前の敵。


(知能があるなら、一か八か…、頼む…!)


縋るような思いで梓は被っていた帽子のツバを親指でピンッとあげ、脳無に顔が見えるようにした。


『っ…、』

「ア…、ア、…生ケ、捕り…」


顔を見た瞬間、微かに聞こえた脳無の声。
奴が敵連合の配下ならきっと自分には価値がある。それはつい数日前身を以て学んだことだった。

梓は冷や汗を流しながらもその声が聞こえた瞬間、口角を上げた。

今の自分ができること。
それは、自分の価値を最大限利用し囮になり、そして、


(人からこいつを引き離す!!)


黒い脳無が自分を掴もうと鞭のような手を動かした瞬間、梓は爆発的勢いで地面を蹴ると一気に上空に舞い上がった。


『こっちだよ!!』


その声は震えていたが、体を押し上げる嵐の威力は火事場の馬鹿力である。
ぐんぐん屋上から距離をとって空に舞い上がっていく梓を脳無は物凄いスピードで追いかけた。

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