123リスタート
次の日の朝、梓は心操と共に九条の運転する車に乗って実家に向かっていた。
助手席には珍しく泉が座っており、どうしたのだと聞けば水島が腹を壊して寝込んでいるので代役だと面倒そうに言われた。


「あの人腹壊すんだな…」


何を食べても壊さなそうなのに。と少し失礼なことを思う心操だったが、隣に座る梓が気になってふと横を見た。

朝から様子がおかしい。
ずっと何か考え込んでいるのだ。

今もりんごジュースを飲みながら物思いにふけっていて、ふと、梓の目がミラーに向いた。
バックミラーに写るのは運転をしている九条である。


『ねえ、2人とも』


呼ばれたのは九条と泉。
いつもと違う当主の声色に2人はなんだ、とミラーを見た。
梓の目はまっすぐと聡明で、


『この前、なんでホークスさんが私に会いにきたのか、わかったかもしれない』


静かに、言葉を紡ぎ始めた。


『昨日の中継で、あの人言ってた。過ぎたこと気にしてる場合か、やること変えなくていいのか、って。それは連合の先を、巨悪を見越して安パイ切るなって警鐘だよね』

「…まァ、そうだろうな」

「そうでしょうけど、それとお嬢はなんら関係ないでしょう」

『この前会った時、大義のための犠牲をどう思うかって聞かれたよ。あの時は、東堂一族が救えなかった人や物のことを言ってるんだと思って、“守るためなら鬼にだってならなきゃいけない時もある”から、背負うべきだと言ったけど、あの人…少し辛そうな顔してた』

「だからなんです。全てを守りきれる訳でもない。守る為に何かを失うこともあるでしょう。それが先代達の業で、お嬢はそれを背負って立つ。あの人が辛そうな顔をする意味が、ちょっとわかりませんね」


少し冷めた言い方だが、彼の言わんとしていることはわかった。梓はこくりと頷く。


『うん、私も分からなかった。でも…昨日、わかった気がする。あのね、私、昨日チンピラに襲われてた経営科の子を助けたんだけど、そいつら私が本命だったんだよ。連合のご機嫌を取る為に、華々しい敵デビューをする為に、私を差し出そうとした』

「「「は?」」」

『あ、めっちゃ弱かったからすぐ倒せたんだけどね。ちょ、心操の目怖い』


まさかの襲われた発言に心操はフリーズするが、
彼女が言いたいことはそこではないようで。


『私のことを餌にしようとした奴らを見て、その時思った。私…餌の価値があるのか、って。あるんなら、囮になれるんじゃないか』

「…なァるほどな、だからホークスは接触してきたのか!奴ならそこまで頭は回りそうだが、たしかに踏み出しづらいわな」


言わんとしてることを理解したらしい九条はそういうことか!と納得していて、「え?」と理解していない心操を他所に梓は頷く。


『ホークスさんは連合の巨悪を最悪ベースで推し量り、先手を打つ方法を考えているはず。その中の1つに、きっと私がいたんだよ。姿を現さない連合をおびき出すことができるかもしれない、餌。そんな価値、自分にはないと思ってたけど、昨日身を以て有るんだって知ったし。直接連合に繋がれなくても、バイヤーに繋がることだってできるかもしれない』

「つまりホークスはお嬢を囮に使うことができれば幅が広がるって考えてるわけだ!ただ、それは頭で考えているだけ、あいつも根っからのヒーローだ…そんなことやりたくねェだろうよ。だから、お嬢と会って、良心が痛んで、止めたのかもな」

『本当だったら、私が気づかなければいけなかった。そんな、囮にさせてくれなんて本人に言わせるなんて、それよりも早く自分で気づいて動けばよかったんだ。大義のための犠牲って、私のことだったんだよ』


すっきりと言い切った梓に九条と泉も成る程ね、と納得していて。
心操は思わず言葉を失って青ざめた。


(やっぱこいつらイかれてる…!梓も梓だけど、九条さんも泉さんも止めないのかよ!?なんで正解!みたいな顔してんだ…)

『っというわけで、きっとホークスさんは今も悩んでる。私を利用していい、そうするべきだってはっきり伝えなきゃ。だから九条さん今から空港向かって!福岡に行くー!』

「おうよ!こりゃすぐにでも伝えてやんねーとな。こうしてる間にも連合の闇は深くなっちまってるだろうし」

「急いては事を仕損じるといいますけどねェ。というか、外出許可は自宅で申請しているんでしょう?いいんですか?」

『え?あー…、泉さん連絡して?』

「なぜ僕が。…まァ、いいでしょう。空港行く前に僕と心操を家に送ってくださいね。福岡へは九条君とお嬢で行けばいい」

「はいよ!」

「え、ちょっ、待って。梓、おかしいよ。これはおかしい。ヒーローがアンタを囮に使おうなんて思考にならないだろ。ヒーローだぞ?それに、アンタはまだ仮免のぺーぺーだし。雄英をこれ以上巻き込むはずないし」


梓の腕を掴んでそういうが、彼女はきょとんとしていて、
代わりに泉が口を開いた。


「わかってませんね。囮に使うのは雄英の1年生ではなく、東堂一族の当主。なんの問題もありませんよ。秘密裏にやれば問題ありませんから」

「…っ、イかれてる」

『心操、心配してくれてるの?』

「当たり前だろ…!」

『…、でも、ホークスさんは多分、身を切る思いで私のところに来たと思うんだ。“ヒーローが暇を持て余す世の中を最高速度で手に入れたい”のは、私も同じ。最高速度で手に入れるんなら、手段なんて選んでられない。相手はオールマイトを引退まで追い詰めたあの敵連合だよ。私は仮免ヒーローだから戦闘面で大した力にはなれないけど、あの人はNo.2として、連合からみんなを守らなきゃいけない立場にいる。手段を1つ増やしてあげられるなら、増やしてあげたい。それはすぐにでも』


梓は止まらない。
強い目でそういう彼女を心操が止められる訳もなく。
ぐっと唇を噛んだ。

願わくば、彼女の申し出をホークスが断りますように、と。





実家に寄ったついでに和装に着替えながら梓は泉の電話をハラハラと聞いていた。


「ええ、家庭の事情でちょっと福岡に。え?いや、別に不幸があった訳じゃないですが。…いや、それでも行かないと行けないんですよ。違いますって、人に会いに行くだけです。…誰かって?なぜそんなことをあなたに話さなきゃならないんです、イレイザーヘッド」

『……不穏な空気』

「泉さんと相澤先生、相性悪いから」

「はァ…、別に誰に会ったっていいでしょう。伝えたいことがあるんですから。え?電話?いや、相手の電話番号存じ上げないので。それに、直接言うからこそ響くものがあるんですよ。…貴方ちょっとうちの家庭に多干渉すぎません?…心外な、僕だって九条君だってちゃんとお嬢を守ってますよ」

『先生、多分、怒ってるよね?』

「泉さんが煽ってるからね」

「ええ、ええ、わかってます。夜には戻らせますから。家庭の事情なので。…、わかりましたってば。はい、それじゃあ、失礼します。……、ハァ、お嬢…」

『な、なに?相澤先生何か言ってた?』

「門限は守るように、と。…彼、過保護すぎません?」

「俺は相澤先生派ですけどね」

「言うようになりましたね、心操。今日の鍛錬が楽しみだ。それよりお嬢、外は寒い。これを」


渡されたストールを和装の上に巻きながら、リンドウの家紋があしらわれた羽織を着る。
鍛錬用に履いていたヒーローコスチュームの一部であるブーツを履けば、それが和装によく似合い泉は珍しく笑みを深めた。


「流石に、檸檬の差し色がよく似合いますね。そのストール、あげますよ」

『わあ、ありがと』

「冬とはいっても今日の日差しは強い。それにお嬢は少しばかり名も知れていますから、帽子を被った方が良いでしょうねェ」

『和装に合うハットなら持ってるよ。ほら』

「ああ、似合う。レトロな雰囲気に趣を感じますね。よし、お嬢、行ってらっしゃい」


和装に羽織、ブーツを履き、ストールを巻きハットを被った少女はレトロで可愛らしく、心操は逆に目立つだろう、と遠い目をした。


『そんじゃ、いってくるね』

「急げば昼には九州に着くでしょう。くれぐれも気をつけて」

『ん。心操、また夜ね』

「…待ってる」


ばいばい、と九条とともに手を振る梓を、
心操は心配そうに眉を下げて見送った。




その日の昼、無事に福岡についた梓と九条は、雲ひとつない晴天のもとでハットを目深に被り、街を闊歩していた。
和装は目を惹くが、ハットで顔は見えないため体育祭の東堂梓だと目立つ事もない。

スムーズに街中を歩く中、九条は片手を袂にいれながらホークスの事務所に電話していた。


「ええ、どちらにいます?ちょっとだけお会いしたいんですが。……いえ、お時間は取らせません!ええと、東堂が来たと伝えていただければ。ええ、はい、では宜しくお願いします。……、っと、お嬢、とりあえずホークスに繋いでくれるらしいぜ。またサイドキックから折り返し連絡があるけどな」

『九条さん、ありがと!いやぁ、思い切りすぎちやったかな。いきなり会いにくるなんてきっとホークスさんもびっくりだよね』

「いいんじゃねえか。あいつもいきなりお嬢に会いに来たし、お嬢の予想が正しいんなら、早く伝えてやんねえと」


そう。きっとホークスは梓に会いにくるのも悩んだはずだ。それでも会いに来たのは、囮として機能するのか力量と心意気を見るため。
実際会って、恐らく罪悪感が増したのだろう。
だから、彼は背負いたくないと言った。

なら、こちらから伝えてあげなければいけない。
私にその価値があるのなら、囮にしてもいいですよ。
手段を選んでいる場合じゃないのはあなたもわかっているはず。東堂家は守るためならなんだってする。
私の命に価値があるなら餌にでもなってやるわ、と伝えなければいけない。


『九条さん、ホークスさんに気を遣わせてしまったのは私が頼りなかったからかなぁ』

「は?」

『…先代相手だったら、きっとすぐにでも伝えたはずだよね。でも、私だから』

「ま、仮免程度のやつには荷が重いと判断したんじゃないか?それにほら、お嬢まだ子供だし。ま、東堂一族はそういうの関係ないけどな」

『んん、自分が情けない』


九条の携帯を見ながらとりあえずホークスの事務所まで歩いていく。


『福岡って初めて来た…九条さんは?』

「先代のお付きで何度か」

『美味しいもの食べたかったけど、日帰りだからできないねぇ』

「そうだなァ、とりあえず泉さんたちにお土産買わねえとな!あの辛いせんべい」

『明太子のやつ!』


キャッキャっと観光気分を満喫しながら街を歩いていれば九条の電話に着信が入った。


『誰?ホークスさん!?』

「事務所の電話番号だからサイドキックだろ。…はい、もしもし、九条です。…お疲れ様です、ええ、先程の件ですよね?ああ、そうですか!ありがとうございます。えっと、UMAIビル15階の焼き鳥ヨリトミミドリ、ですね。わかりました。ありがとうございまーす」

『焼き鳥屋さん?そこにホークスさんいるの?』


電話を切って頷いた九条はすぐに目的地を地図アプリで調べ始めていて


「そこに直接行けば会ってくれるらしいぜ。ちなみに接待中らしくてさ」

『えっ、接待中に行くの!?邪魔じゃない!?』

「それが、その相手がな、お嬢の学校の友達の轟くんのお父さん。昨日No.1になったばっかりのエンデヴァーだそうだ」

『え、ますます邪魔じゃない?トップ2の会談中に行くの?』

「んー、まっいいんじゃないか?本人が来いって言ってるんだし」


楽観的な九条に対し、梓は本当に大丈夫かな?と少々心配になりながら目的地を目指した。





従業員の女性に案内された部屋の前、扉を開けるかどうかで緊張して固まっていれば中から声が聞こえてきた。


〈抽象的な見解になっちゃうんですけど、雄英・保須・神野を経て、改人という敵以上に不気味な存在を皆知ってるわけじゃないスか。どっかのアホウが不安を煽る目的でホラ吹いて、それが今全国に伝播してるんじゃないかな〉

〈……〉

〈さっきの敵、“異能解放万歳”叫んでたでしょ?あれも似たような事で今、大昔の犯罪者の自伝が再出版されてけっこー売れてるんですよ。恐らく感化されちゃったんでしょうね。これは、東堂家先代にちらりと聞いた話ですけど、社会が不安な時ほどそういうの売れるってかはびこるって言うじゃないですか〉

〈…もったいつけるな。結局何がしたいんだ貴様は!結論を言え〉

〈No.1のあなたに頼れるリーダーになってほしい。立ち込める噂をあなたが検証してあなたが“安心してくれ”と!胸を張って伝えて欲しい!俺は特に何もしない!昨日も同じようなこと言いましたけど、要はNo.1のプロデュースですよねー〉

〈スタンスどうなっとるんだ貴様〉

〈俺は楽したいんですよ。本当。適当にダラダラパトロールして、今日も何もなかったとくだを巻いて床につく。これ最高の生活!ヒーローが暇を持て余す世の中にしたいんです〉


部屋の中から聞こえてくる話はやはり先を見据えたホークスらしい視点で。
思わず足を止めていれば後ろに立つ九条に急かされる。


「お嬢、早く」

『で、でも、この先にいるのトップ2だよ?今更だけど、私がここに入るのって場違いすぎて』

「仮免ヒーローとしては場違いだが、あんたも当主だ。シャンと立て。おら、開けるぞ」

『んん、』


戸惑っていれば九条に扉を開けられ、驚いた様子のエンデヴァーとホークスの視線が自分に刺さり、梓は慌ててハットを脱いでお辞儀をした。


『と、突然すみません…。東堂一族24代目当主の東堂梓です』

「……知ってる、待ってたよ」

「焦凍は元気か」


すぐに笑って座るよう促すホークスとぶっきらぼうだがクラスメートである轟のことを聞いてきたエンデヴァーに梓の緊張は少しだけほぐれた。
遠慮がちに2人の座るテーブルの横についた。


『突然すみません…』

「遠くに外出する時は教師の同伴がいると聞いたが」

『ええと、九条さん達がいればいいって先生が融通きかせてくれてて。轟くんは元気ですよ。昨日の中継も一緒に見てました』

「融通ねェ。それってやっぱり家庭の事情?」


ホークスは眉を下げて、梓ではなく斜め後ろに座る九条に視線を向けた。
案の定彼は肩をすくめるとそりゃそうでしょう、と頷いていて。


「次代の当主ですから。学校に縛られるわけにもいかないもんでね」

「お前があのイかれた無個性男の娘とはな。嵐の個性といったか」

『エンデヴァーさん、先代のことを知ってるんですか?』

「一度要人警護で会ったことがあるだけだ。無個性のくせに武器を握るイカれ野郎集団だとしか認識してないがな」

「『て、手厳しい…』」


たしかに個性に対して執着のある彼からすれば個性時代になってからの東堂一族は頭がおかしい集団だろう。
脈々と受け継がれている意思など知らないだろうし、興味もないはず。
無個性でできることは限られる時代、だから先代まで表舞台から姿を消し裏方にまわっていたのだ。

苦笑いする梓にエンデヴァーはじろりと視線を向ける。


「焦凍と仲が良いらしいな」


冬美が、よくあいつがお前の話をすると聞いた。と探るような目するものだから梓は何が気になるんだろう、と首を傾げた。


『仲良いですよ。信頼してます。轟くんとの共同戦線はやり易いです』

「……どんな話をするんだ」

『普通に、疲れたねーとかお腹すいたねーって。轟くん、よく笑うので私もつられて笑っちゃいます』

「焦凍が、笑う?」


焦凍が笑うところなんて、もう何年見ていないだろう。
思わずフリーズしたエンデヴァーを見かねてホークスが「梓ちゃんにつられて焦凍君が笑うんじゃなくて?」と聞くが、彼女は首を横に振って、


『ほんとに笑いますよ。笑うっていうか吹き出す。私の顔みて。失礼ですよね、あいつ』

「あー……、本当に仲良いんだな。エンデヴァーさん良かったじゃないですか、ご子息に友達がいて。学校も楽しいみたいだし」

「焦凍は、なぜお前と仲がいいんだ?俺には何も話さんし目も合わせん」

『嫌われてるからじゃないですか?』

「「ブフッ」」


あまりにもストレートな答えにエンデヴァーはもう一度フリーズし、ホークスと九条が吹き出した。
梓は全く悪気のない顔で首をかしげると呆然としているエンデヴァーを見て、


『轟くん…焦凍くんの昔の話、聞きました。一度その件で取っ組み合いもしました』

「エッ、取っ組み合い?お嬢その話聞いてないよ?」

『体育祭の時にね。お互いいっぱいいっぱいでさ。…その時言われたんですよ、似てるところがあるんじゃないかって』

「……」

『この何ヶ月か、轟くんと関わって思ったんですけど…私と彼は似てません。子供の頃から血反吐吐くほどの鍛錬してたことは似てるけど、轟くんは私と違ってあなたをちゃんと親として見てる』

「!」


はっきり、そう言い切った目の前の少女。
その透明感のある強い目の奥に感じる狂気じみた意思。
ゆっくりと口を開く。


『轟くんは父親として、家族としてあなたを見てるから、父親にも家族にもならない、上位互換の継承者として接してきた貴方が嫌いなんじゃないですか?家族を顧みずお母さんいじめて、そんな父親、私も嫌です』

「……」

『対して私は、父親を父親とは見てません。私にとって、東堂ハヤテは戸籍上の父親。なので、お父さんと呼んでいましたが、意識の中では先代当主です。だから家族と思ったことも保護者と思ったこともありません。先代として尊敬している、ただそれだけなので、嫌いだと思ったこともありません』

「…母親は」

『母は10年前に亡くなったし、元々父の眷属でしたからあまり母親としての意識はないです。私の身の回りの世話をしてくれたのはここにいる九条さんと水島さん、そして私の生きる指針になるのは、先代当主達から脈々と受け継がれてきた守護精神』

「確かに、ハヤテさんを世間一般でいう父親としてみてたらお嬢、早々にグレそうだな。っていうか児相に通報されそう」

『たしかに…。ま、そういうわけで、私と焦凍くんは似て非なる境遇なので彼の気持ちをわかってあげることはできません。でも、私にとっちゃそんなのどうでもいいっていうか』

「なに?」

『だって、私と一緒に今を生きてるのは焦凍くんなので。エンデヴァーさんのことを焦凍くんがどう思おうか、関係ないじゃないですか。逃げずに貴方と向き合って、それでも嫌いって彼がいうなら、それでいいんじゃないかな』

「……お前は、焦凍だけを見てるんだな」

『当たり前でしょう。焦凍くんは時々あなたを見てるから、こっちみろ!ってこの前怒っちゃいましたけど』


肩をすくめてからりと笑った梓に九条は少しハラハラしていた。
エンデヴァー相手に不遜な物言い。怒られるのではないかと心配していたが、彼が物珍しげな目で梓を見るだけで何も言わなかった。


『…、さっきも言ったけど、昨日の中継、焦凍くんと一緒に見てました。“俺を見ていてくれ”って。焦凍くんがどう思ってるかはわからないけど…、でも、ちゃんと見ようとしてるじゃないかなと思います』

「……そうか」

『っと、喋りすぎました。突然現れて色々言っちゃってすみません』


つい、と申し訳なさそうに頬をかく少女にホークスはからかうように笑う。


「そーだよ、梓ちゃん。俺に用ってなに?突然来るからビックリしたよ」

「突然来たのはそっちもだろ。やられたらやり返せって奴だ」


ニカっと笑う九条に「あはは、確かに。俺も突然会いに行っちゃったもんね」と同調するが、ホークスは内心少し焦っていた。

彼は今、極秘で敵連合と繋がっている。
そして予定では明日、海沿いの工場で脳無を発生させる予定である。
敵連合に狙われている彼女がこの場にいていいはずがない。

悟られないように、ホークスは人のいい笑みを浮かべると、


「梓ちゃん、日帰り?」

『はい、夜にはあっちに戻らないと』

(ホッ…とりあえず、明日ここにいねーんなら大丈夫か)


何が何でも日帰りしてもらわなければ。
それにしてもなぜ彼女はこのタイミングで自分に会いに来たのだろうか、
エンデヴァーがいたことで轟焦凍の話になって、まだ本題に入っていなかった、と話を急かすように梓に視線を向ければ彼女も気づいたようでぺこりと頭を下げると、


『ホークスさんに、どうしても直接伝えたいことが』

「なに?」

『私を囮にしていいですよ、餌として少しは価値があるようなので』

「!?」


思わず面食らった。
持っていた焼き鳥を皿に落としてしまい、ホークスは驚愕の表情で梓をガン見している。
エンデヴァーも静かに目を見開いてホークスと梓を交互に見ており、


「何の話だ?」

「いや本当に何の話!?梓ちゃん、いきなり心臓に悪いこと言わんで」

『え?だって、この前に会いに来たのはそういうことでしょう?大義のための犠牲って、私のことだよね?』


ホークスはこの前の夜間飛行の時、大義のための犠牲について聞いたことを思いだした。
その時、確かに、ホークスは彼女のことを考えていた。
いや、彼女だけではない、敵連合に与することで目を瞑らなければならないだろう被害について考えていた。
その中に、彼女もいたのだ。

“必要とあらば、東堂梓を囮に使うことも考えろ”

そう公安委員会に言われ、出来ればそれはしたくないと思いつつ彼女のことを知りたくなって会いに行ったあの日。
まさか、そういう取られ方をされているとは思わず面食らっていれば『あれ?違った?』と心配そうに首をかしげる少女が目の前にいて。


『ずっと考えてたんです。なぜ、会いに来たんだろうって。昨日気づいたんです。敵連合に狙われている私は、それなりに価値があるみたいで、そして、ホークスさんが“過ぎたこと気にしてる場合か、やること変えなくていいのか”ってテレビで言ってて、ああ、この人、人より先を見てるんだなって』

「……梓ちゃん、それはちょっと買いかぶりすぎだよ」

『ホークスさんは連合の巨悪を最悪ベースで推し量り、先手を打つ方法を考えているはず。その中の1つに、きっと私がいたんだよ。姿を現さない連合をおびき出すことができるかもしれない、餌。そんな価値、自分にはないと思ってたけど、昨日身を以て有るんだって知ったし。直接連合に繋がれなくても、バイヤーに繋がることだってできるかもしれませんもん』


きっと目の前の少女は、まさか自分が敵連合と繋がってるなんて思っちゃいないのだろう。
確かに公安委員会や本人が言う通り、彼女には価値がある。
少女の身柄をあちらに渡せばすぐに敵連合の信頼を得られるだろうが、


(それは絶対にしたくない)


それだけは、したくないのに。


『…“ヒーローが暇を持て余す世の中を最高速度で手に入れたい”のは、私も同じです。最高速度で手に入れるんなら、手段なんて選んでられない。私は仮免ヒーローだから戦闘面で大した力にはなれないけど、手段を1つ増やせるなら、増やしたい。それはすぐにでも』


ああ、だめだ。
それ以上言わないでくれ。

ホークスは思わず、睨むような鋭い目で梓の口を手で覆った。


『むぐっ』

「見くびらなくでくれないかな?仮免のひよっこを囮にしないと連合の尻尾掴めないなんて、情けなさ過ぎるでしょ」

『……』

「君みたいなひよっこの手なんか借りなくてもプロはやつらを捕まえる。思考が飛びすぎだよ、梓ちゃん。俺は本当に君の顔が見たくて会いに行っただけ」

『むぐぐ』

「二度と、そんな提案せんで。俺だけじゃなく、他の誰にも絶対にそんな提案、口が裂けても言わんでくれんか」

『ぷはっ…え、めっちゃキレてる』


やっと手が離され息を吸うが、ホークスにマジギレされて梓はビビリながら九条に擦り寄った。

まさかそんな怒られるとは思っていなかったし、自分の推理は間違っていないと思ったのに。


「んん…、お嬢、ホークスにも色々あるみたいだな」

『ええ…うん』

「お嬢の考察、あながち間違ってないかも」

『え?』

「だから間違ってるって言ってるだろ。君ら部下がしっかり止めるべきだよ、九条さんだっけ?」

「ああ、ハイハイ」


ホークスの厳しい目が今度は九条に行き、彼は居心地悪そうに二回返事をすると立ち上がり、


「お嬢、どうやら勘違いってことにしといたほうがいいらしい。帰るか」

『んー…、わかった。お邪魔して、すみませんでした』

「…それじゃあね。気をつけて。すぐ帰んなよ」

『はい、エンデヴァーさんも、また』


少し不完全燃焼気味の表情をする梓に苦笑しながらホークスが手を振る。
が、その緩く透き通った瞳が窓を向いた時、一気に鋭く光った。


『…ホークスさん、エンデヴァーさん、あれ』

「なに…、」


上空をものすごい勢いで飛んでくる黒い影。
その異様な光景に九条は顔をしかめるが、ホークスの行動は早かった。


「梓ちゃん下がって!!」


ドンっと後ろに押された瞬間、
黒い影がガラスに突っ込んでドガァン!と派手な衝撃音がなる。


『脳…無!?』

「どレが一番、強イ?」


言葉を話した脳無に梓の警戒心はマックスに達した。
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