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結局、念のために病院で精密検査を受けた梓は疲れた様子で相澤の運転する車に乗っていた。


「異常なし。天喰の時と同じで、明日には回復するだろ」

『先生、病院に付き添ってくれてありがとうございます』

「お前の担任だからな。…問題を起こさんでくれるとありがたいが」

『だって、悪いのはあの3人ですよ!』

「お前の問題引き寄せ体質もどうにかしろ」

『そんな無茶苦茶な!』


けらけら笑う梓に相澤もつられて笑みを浮かべながら車で学校敷地内に入る。


『あ、先生、明日の外出許可は取り下げとかにはならないですよね?』

「まぁ、個人的には取り下げたい所だが、お前だけ制限するわけにもいかんからな。明日はまた実家に帰って心操と鍛錬か」

『そうなります。心操のサポートアイテム、かなり安定してきてますよっ』

「そうか」


そろそろ心操の編入試験を兼ねた、実戦をヒーロー科の授業に組み込もうと考えているところだが、それはまだ内緒である。
ひたむきに強くなろうとしている2人が報われることを願いながら相澤は車を止めると梓を下ろした。


「真っ直ぐ寮に帰れよ」

『はぁい!』

「そろそろビルボードチャートの中継はじまるぞ」

『えっ、早く行かなきゃ』


バタバタと走っていった少女を相澤は優しげな目で見送った。




寮に入った瞬間、爆豪が正面に現れ梓は目をパチクリさせた。


『た、ただいま。なに?』

「コンビニ行くにしちゃ遅すぎんだろ、何かあったんか」

『…チンピラに絡まれた』


隠しても時期にバレるだろう。
そう思って伝えれば爆豪は眉間にしわを寄せた。
聞こえていたらしい轟と切島が近寄ってくる中、


「チンピラだァ?」

『かっちゃんも気をつけた方がいいよ』

「はァ?」

『ただの喧嘩慣れしてないチンピラだったんだけど、敵デビューして連合に入りたいと思って、手土産になるからーって雄英生狙っててさ。丁度割り込んだら標的が私に移った』

「「「は?」」」


爆豪、轟、切島の声が合わさる。
彼らは同じように眉間にしわを寄せていた。
梓と、そして爆豪は明確に狙われていたこともあり、確かに手土産として考える輩もいるだろう。
が、まさかこうも簡単に本人と出くわすか?と彼女の問題引き寄せ体質に心配になってくる。


「怪我は?なかったのか?」

『弱かったから特に外傷はないよ。でも、私今個性使えない』

「は?相澤先生が何かしたのか?」


心配そうに眉を下げた轟に対し首を横に振ると梓はちらりと切島と目を合わせ、


『撃たれた。環先輩と同じモノ』

「ッ!マジかよ!?」

「えっ、ちょ、梓ちゃん…聞こえたんやけど、天喰先輩と同じモノ撃たれたって…まさか、個性を壊す薬!?」


ソファに座っていた麗日と緑谷が慌てて駆け寄り、切島も顔を青くする。
個性を壊す薬。青ざめている先日のインターン組に轟は、話で聞いていたあの薬かと唇を噛んだ。


「環先輩に撃ち込まれたやつって事は…明日には治るのか?」

『うん、病院で精密検査も受けてきたし、大丈夫だよ。自然治癒でどうにかなるって』

「そ、そうか…。つーか、まだ出回ってたんだな、クソ」

「え、梓ちゃん、無個性状態で戦ったん!?」

『うん、でも本当に喧嘩慣れしてなくてすぐ制圧できた!ほんと良かったよ』

「危なぁ〜…!暫くは梓ちゃんも爆豪くんも、1人では出歩かんほうがいいかもね」

「んで俺までとばっちり食らわなきゃなんねェんだよクソ梓」

『なんで私が怒られるのさ!もう、かっちゃんが外出たいときは私が付いていってあげるから怒らないの』

「1人で行けるわ!」


くわっと怒る爆豪にけらけら笑っていれば、
テレビに釘付けだったクラスメート達から「トップ10発表されるぞ!」と歓声が上がる。
ヒーロービルボードチャートの発表を中継しているのだろう。


『わぁ、見なきゃ!』


思わず隣で心配そうにこちらを見ていた轟の腕を掴みソファまで走れば、丁度10位が発表されるところだった。


〈神野以降初めてのビルボードチャート!その意味の大きさは誰もが知るところであります!これまで発表の場にヒーローが登壇する事はありませんでした。しかし今回は!ご覧ください!No.10!!前回9位からワンランクダウン!ドラグーンヒーロー、リューキュウ!!〉


『わぁ〜!リューキュウさんだ!お茶子ちゃん梅雨ちゃんやったね!』

「凄い!リューキュウさん!」

「凄いわ。でも、少し申し訳なさそうね。サー・ナイトアイのことを考えてるのかしら」


心配そうに蛙吹が口元に手を当てる中、どんどん順位が発表されていく。
No.9、具足ヒーロー ヨロイムシャ
No.8、洗濯ヒーロー ウォッシュ
No.7、シンリンカムイ
No.6、シールドヒーロー クラスト
No.5、ラビットヒーロー ミルコ

そして、


〈No.4、ミステリアスな忍は解決数も支持率もうなぎ登り。忍者ヒーロー、エッジショット!〉


『わ〜!エッジさん!凄い!轟くん、私この人のおかげで斬撃飛ばせるようになったの!』

「東堂、肩ガクガクしすぎて轟に聞こえてねーよ」

『わぁ、ごめん』

「い、いや…大丈夫だ。そうか、東堂はエッジショットさんの所に職場体験に行ってたもんな」

『うん、神野の時も助けに来てくれたし、ねっかっちゃん!』

「知らね」


神野の時、そう言われて確かにエッジショットが突入してきたなと思い出していれば、中継リポーターも同じことを思ったようで、


〈今回神野に関わったヒーローたちの支持率が軒並み上がっているようですね。それでいくとこの男!活動休止中にも関わらずNo.3!支持率は今期No.1!!ファイバーヒーロー、ベストジーニスト!一刻も早い復帰をみんなが待っています!〉


ベストジーニストが瀕死の重傷を負う場にいた轟や八百万たちの表情は硬い。
そんな中、続いて発表されたのは、


〈No.2、マイペースに!しかし猛々しく!破竹の勢いで今!二番手へ!ウィングヒーロー、ホークス!そして!暫定の1位から今日改めて、正真正銘No.1の座へ!長かった!!フレイムヒーロー、エンデヴァー!!〉


ホークスの後に発表された、オールマイト時代が終わった次のNo.1。エンデヴァー。
わかっていたことだが、轟がいる手前なんといっていいかわからず緑谷や他のクラスメートたちはちらりと彼の表情を窺う。
が、1人、何も考えていないやつがいた。


『轟くん』


なぜか斜め下からじーっと彼の表情を覗き込んだ梓は、なんだ?と首を傾げている轟に対し、


『きみ、似てないねェ』


と、吹き出した。


『お母さん似?あ、いや少し似てるか。目かな?』

「目?」

『うん、負けん!て感じの目が似てる。だから一緒に戦線に立つ時、合わせやすいのかも。私も父親とおんなじ目してる時があるんだって。お父さんの目ぎらついてるから嫌なんだけどさ!』

(((あの目、父親譲りだったのか!)))

『いやぁ、それにしても、友達のお父さんがテレビに出ることないから。ちょっとワクワクしちゃった!』

「……、東堂、おまえ、ほんと変わってるよな」

『え?なにが?』


轟の表情が和らぐ。
クールな中に温かみを感じる目で梓を見るが、少し恥ずかしくなってすぐに目を逸らし、インタビューが始まったテレビを見ながら、


「真っ直ぐ、見てくれて有難う」


小さく言った礼は、梓には聞こえていなかったようだが周りのクラスメートたちは感じ取っていた。
本当に、轟と梓が同じクラスでよかった、轟が梓と出会えてよかった、と他人ながらにホッと息をついた。

テレビではヒーロー公安委員会会長の挨拶の後、トップ10ヒーローたちのコメントが始まっていた。
リューキュウやクラストのコメントをワイワイ話しながら聞く中、梓はソファに移動すると爆豪の隣に座り紅茶を飲み始める。


『みんなかっこいいこと言ってるねぇ』

「……」

『ヒーローって、大変だね』

「何が言いてえんだ」

『いや別に。言葉でみんなを安心させようとしてるのかなと思って』

「……」


世の中は混沌としている。
象徴の不在、それを不安視している声に応えようとしているように見えて梓は少しだけ眉を下げた。


『たぶん、オールマイトの不在を大丈夫だって行動で表すのは難しいよね。だから、言葉で』

「…薄っぺらいって言いたいんか」

『そういう訳じゃないよ。でもさ、あ、次エッジショットさんだ』


〈数字に頓着はない。結果として多くの支持率をいただいたことは感謝しているが、名声のために活動しているのではない。安寧をもたらすことが本質だと考えている〉

〈それ聞いて誰が喜びます?〉


テレビ中継のなか、エッジショットのコメントに割り込んだホークスに会場はざわついた。
テレビを見ていた梓達もお喋りをやめてギョッとする。


〈良いぞ、生意気だ!〉

〈…相変わらず和を乱すのが好きだな〉

〈我慢が苦手なだけですよ〉


そう言ってパシッとマイクを奪ったホークスが赤い剛翼をバサァッと広げ宙に浮き始める。


〈えーと?支持率だけでいうと、ベストジーニストさん、休止による応援ブーストかかって1位。2位が俺、3位がエッジショットさん、で、4位がエンデヴァーさん。支持率って、俺は今一番大事な数字だと思ってるんですけど〉


『……』


煽るような声音。
この前会った時とは少し別の印象を受けるホークスに梓は魅入った。


〈過ぎたこと引きずってる場合ですか。やること変えなくていいんですか〉


この場の誰よりもホークスは先を見ている。
だから彼は梓に聞いたのだ、守護一族の先見の明を。

彼は、1人だけ別のことを考えている。
先を見据えた、速すぎる男だからこその思考。


〈象徴はもういない。節目のこの日に、俺より成果の出ていない人たちがなァに安パイ切ってンですか!もっとヒーローらしいこと言ってくださいよ〉


やべえな。
周り煽っちゃってるよ。
いやでも正論ではあるよね。
と、共同スペースがざわつく中、梓は夜間飛行を思い出していた。


ー 大義のための犠牲をどう思う?


ー 梓ちゃん、俺のことを信用したらダメだかんね


ー 大義のための犠牲を背負う、かァ。そういうの背負いたくねェなァ


そして、
(…やること変えなくていいんですか、かぁ)

少しずつ、あの日の彼の言いたいことがわかってきた気がした。
考えるように、紅茶を口に含みながらテレビ中継を見守る。


〈俺は以上です。さァ、お次どうぞ。支持率俺以下No.1〉

「ひゃー、煽るねえ」

「でも、ホークスの言ってることに頷けるとこあるぶん、喋りづらいよね」


芦戸と葉隠がハラハラと見守る中、エンデヴァーはマイクを受け取ると前に一歩出て、
場が緊張で包まれる。
シン、と静まり返る会場。エンデヴァーはゆっくり、マイクを口元に持っていくと、


〈若輩に、こうも煽られた以上多くは語らん。俺を見ていてくれ〉

「カッコいい…!轟くん!エンデヴァーさんかっこいいよ!」


思わず緑谷が歓声をあげ、周りもおおー!と感嘆する中、梓だけは神妙な顔でテレビを見ていた。
彼女の目に映っていたのは、エンデヴァーではなくホークスだった。

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