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ヒーロー基礎学が終わり、更衣室から出た瞬間「東堂さん凄かったよ!!」と興奮気味に詰め寄られ梓は思わず後ずさり閉めた扉にガンっと頭をぶつけた。


『痛あ!』

「何やってんの」

『三奈ちゃん…だって、花崎君がぐわって来るから』

「わ、ほんとだ。ちょっと花崎ーどいてあげな?」

「あ、ご、ごめん」


慌てて下がった花崎に芦戸は流石に待ち伏せはやめなよーと苦笑しながら梓の手を引っ張る。


「東堂、緑谷との一騎打ち、どうだった!?」

『えへ、勝った!でも危なかった。いずっくん、できること増えてるんだもん。びっくりしちゃったよ』

「おお、さすが女子のエース!」

「また目ぎらついたんやない?」

『え、ぎらついてないよ!たぶん!ね、花崎君』

「ええと、ぎらついたかどうかはわからないけど、戦闘中によく笑うなとは思ったよ」

「ああ、たしかに笑う!梓ちゃん、危機的状況で笑うよね!」


爆豪くんも緑谷くんも笑う気がする!と話す葉隠に、幼馴染全員かよ、と耳郎が苦笑する。
A組女子メンバーに紛れてノートにペンを走らせる花崎だったが、
ハッと思い出したように梓の前に立つと、


「東堂さん、今日の密着取材で、僕の取材は終わりなんだ。1週間ありがとう!」

『…君は、1週間色々聞き込みしてたみたいだけど、私にとっては今日だけしか相手してないし、別に気にしなくていいよ』

「あ…そ、そっか。あ、えと、他のみんなも色々東堂さんの事を教えてくれてありがとう。お陰でいいプロデュース案が書けそうだよ」

「いーえ!うちらの東堂を題材にするんだから、負けないでよね!」

「ふふふ、そうですわ。プロヒーローに負けないプロデュース案にしていただかないと」

「で、いつ発表すんの?結果は?」

「来週には発表するんだ、次の日には結果が校内掲示板に張り出される。もしクラスで最優秀賞を取れば、東堂さんに僕の名刺を渡せる!東堂さんさえ良ければ、将来的にヒーロー活動を経営面からサポートさせて欲しいと思ってる!」

「気ィ早いな。前のめりすぎ」


耳郎に押しのけられて「あう」と小さく悲鳴をあげる花崎に不憫やねえと麗日が笑う。


「と、とにかく、君や、A組のみんなのおかげで最高のレポートが書けそうだ。別科の僕をないがしろに真摯に対応してくれて、本当にありがとう。結果が出たら、また伝えに来るよ」

『うん。なんで君が私を題材にしたかったのかは結局解らずじまいだったけど、君の熱意は伝わったよ。ありがとう、花崎君』


お礼を言われ、お礼を言われるようなことはしていないとぶんぶん首を振りながら経営科に返っていった花崎に、やっと密着取材が終わった、と肩の荷が下りたようにへらりと笑ったのだった。





放課後、ホームルームが終わってすぐに片付けをしていれば相澤に名前を呼ばれ、常闇以外のインターン組が前に集められた。


「ちょっと用があるからついてこい。他の奴らは寮内待機。客人が来る予定だ」


相澤について教師寮に行けば、
雄映ビック3と一緒に思わぬ人物がおり梓を含めインターン組全員がぽかんと口を開ける。


「雄英で預かることになった」


にこっと笑って波動に髪を結ってもらっているのは先日お別れしたばかりの少女。


「近いうちにまた会えるどころか!!」

『エリちゃん!』

「デクさん、梓ちゃんっ」


ぴょんっとソファから降りて抱きついてきたエリをぎゅっと抱きしめ返しながら顔を綻ばせる幼馴染に緑谷もつられて笑みを浮かべるが、なぜエリがここにいるのかわからず「どういった経緯で?」と聞けば相澤は肩をすくめた。


「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」

「わー、エリちゃんやったー」

「私、妹を思い出しちゃうわ。よろしくね」

「よろしくおねがいします」

『エリちゃんとまたすぐに会えるなんて、とっても嬉しいよ!』

「わ、私も」


花のような笑顔につられて笑みを零せば、満足げに頷かれ、エリはくすぐったそうに視線を逸らしぎゅっと梓の腕に抱きつく。
が、ちょいちょい、と相澤と通形に手招きされ、


『?…エリちゃん、ちょっと行ってくるね』

「ん!」


緑谷達と一緒に一旦教師寮を出れば、エリがここにきた経緯が説明された。


「エリちゃん、親に捨てられたそうだ。血縁に当たる八斎會組長も長い間意識不明のままらしくて、現状寄る辺がない」

「そんでね、先生から聞いたかもしんないけど、個性の放出口になってる角」

「はい、今は縮んでて大丈夫って聞きました…」

「わずかながらまた伸び始めてるそうなんだ」

「じゃあ…またああならないように…?」


神妙な顔をする麗日に周りもあの日の光景を思い出す。個性が暴走したエリのおかげで治崎を倒せたようなものだが、相澤がいなければ緑谷も梓も消滅していたかもしれない。
それほどの強大な力。

制御できないからこそ、ここが引き取り先となったのだろう。


「そういうことで、養護施設じゃなく特別に雄英が引き取り先となった。教師寮の空き部屋で監督する。様子を見て…強大すぎる力との付き合い方も模索していく。検証すべきこともあるし…まぁ、おいおいだ」

「相澤先生が大変そう」

『た、たしかに…、』


保護者が居らず迷惑かける筆頭でよく彼に負担をかけているからこそ、バツの悪そうな顔で頬をかいて窺うように見るが、心配すんなとばかりにポンと頭に手を置かれた。


「お前が気に病む必要はない」

「そうそう、それに、休学中でありエリちゃんとも仲良しなこの俺がいるからね!忙しいだろうけど、みんなも顔だしてよね!」

「もちろんです!」

「エリちゃんが心も体も安定するようになれば、無敵の男復活の日も遠くない」


ぽん、と通形の肩に手を置く天喰に一瞬通形はぽかんとするがすぐに笑みを浮かべると「そうなれば嬉しいね。ハハハ」と肯定する。


「早速で悪いが、3年。しばらく頼めるか?」

「ラジャっす、オセロやろっと」

「僕らもいいですか!」

「A組は寮へ戻ってろ。このあと来賓がある」


相澤に促され、5人は一旦寮に戻ると
制服から部屋着に着替えた。

着流しの中に一枚キャミソールを着るだけでは肌寒く、上に羽織を重ねて一階の共同スペースに現れれば、「ほんと和装が似合うね。最初はびっくりしたけどもう見慣れてきた」と尾白に声をかけられた。


『ん、楽だよ。意外とあったかいし』

「着流しって、男用ばっかりだと思ってたよ」

『うん、でも家で私しか女いないから、九条さん達のお下がりを裾上げしてもらって着てるんだ。あんまりこだわりないし』

「……東堂さん、それ、女子の前で言ったらファッションについて説教受けるから気をつけて」

『げっ。絶対言わない』


引きつり気味に忠告してくれた尾白に思わず青ざめながら頷いていれば、


「へっちょい!」

「風邪?大丈夫?」

「いや…!息災!我が粘膜が仕事をしたまで」

「何それ」

「噂されてんじゃね!?ファンできたんじゃね!?ヤオヨロズー!東堂ちゃーん!みたいな」

「茶化さないでくださいまし。ありがたいことです!」

「常闇くんはとっくにおるんやない?だってあのホークスのとこ、インターン行っとったんやし」


“ホークス”
数日前会ったことを思い出し、梓はそわそわと落ち着かずソファに座った。

あれ以来、彼が何のためにあの日自分に会いにきたのか、彼の真意を考えるがわからず、悶々としているのだ。


(一度めは、なぜ連合に狙われてるのか直接聞くためだったけど…この前は顔を見にきたって…)


そもそも一度しか会ったことのない人間の顔を見にくるほど暇なはずないし、顔を見にきただけにしては心情を探るようなことばかり聞かれて。
違和感があった。彼の真意は別にあるのではないかと。


「いいや、ないだろうな。あそこは早すぎるから」


悶々と考え込んでいれば常闇がふと振り返った。


「東堂、そういえば…お前はホークスと知り合いか何かか?」

『エッ、なんで?』

「職場体験の時は何も聞かれなかったが、インターンが始まってから、一度だけお前について聞かれた」


“常闇くんから見て、東堂梓チャンってどんな子?”


「意図がわからなかった故、無難に返したが、体育祭で東堂よりも目立っていた轟や爆豪ではなく、東堂1人について聞かれたことが気になってな」

『…、家のこと知ってる人。お父さんのこと知ってるみたい』

「ああ、東堂一族関係か。納得した」

「すげえな、ホークスに存在知られてんのか」

『24代目としてね。ヒーローとしては多分全然、一目すら置かれてないよ』


そんなことないだろ、と周りが不思議そうに梓を見る中、微妙そうな顔で肩をすくめていれば、寮の玄関戸が開いた。


「あ!きたぞ皆!お出迎えだ!!」


飯田に促され立ち上がって玄関を見れば、あまり時間は経っていないはずなのに懐かしく感じる面々がいた。


「煌めく眼にロックオン!」

「猫の手手助けやってくる!」

「どこからともなくやってくる」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」」」」


ばちーん、とポーズを決めた私服のプロヒーロー達にA組の面々は顔を輝かせて駆け寄った。


「プッシーキャッツ!お久しぶりです!」

「元気そうね、キティたち!」


にくきゅうまんじゅうを芦戸が開けるのをわくわくと見ていればワイプシの1人である虎に「あん時ゃ守り切ってやれずすまなんだ」と謝られ、梓は顔を上げるとブンブンと首を横に振った。


『いや、あれは私が勝手に飛び込んだんだし、自業自得なので!』

「ウチら大丈夫っスよ。ね」

『うん!』

「にくきゅーまんじゅー!」


「洸汰くん!久しぶり!手紙ありがとうね!宝物だよ」

「別に…うん」

「緑谷くん見てよ」

「え?」

「やっやめろよ」

「自分で選んだんだよ。絶対赤だって」

「べっ…違っ…」

「お揃いだ!」


お揃いの靴に緑谷がパァっと顔を明るくさせれば洸汰も照れたように少しだけはにかむ。
和んだ雰囲気や再会の喜びで梓も顔を綻ばせていれば、ふと砂藤が首を傾げた。


「しかしまたなんで雄英に?」

「復帰のご挨拶に来たのよ」


「復帰!?」と数名の驚愕の声が重なった。
あの襲撃事件以来、ワイプシは活動休止を余儀なくされた。
マンダレイと虎は無事だったものの、ピクシーボブは重傷、ラグドールにいたっては個性を奪われたのだ。

早々に復帰するのは難しいと感じていた面々も、朗報に表情が明るくなる。


「おめでとうございます!!」

「ラグドール戻ったんですか!?個性を奪われての活動見合わせだったんじゃ」

「戻ってないよ!アチキは事務仕事で3人をサポートしていくの。OLキャッツ!」


努めて明るくそういうラグドールだが、やはり戻らない個性に緑谷は眉を下げ押し黙った。
見かねたピクシーボブが俯きつつ現状を話す。


「タルタロスの報告は頂くんだけどね、」

「……」

「どんな・どれだけの個性を内に秘めているか未だ追求してる状況。現状何もさせないことが奴を抑える唯一の方法らしくてね」

「…ではなぜこのタイミングで復帰を?」

「今度発表されるんだけど、ヒーロービルボードチャートJP下半期、私たち411位だったんだ」


もっともな八百万の問いに答えたのはマンダレイだった。

ヒーロービルボードチャートJPとは、
事件解決数、社会貢献度、国民の支持率などを集計し毎年二回発表される現役ヒーロー番付である。


「前回は32位でした」

『えっ、いずっくん覚えてるの。怖い』

「梓ちゃんひかないで…!」

「なるほど、急落したからか!ファイトッす」

「違うにゃん。全く活動してなかったにも拘わらず3桁ってどゆことってこと!」


ヒーローは星の数ほどいると言われるヒーロー飽和社会で、何もせずに3桁。
それすなわち、


「支持率の項目は我々、突出していた」

「待ってくれてる人がいる」

「立ち止まってなんかいられにゃい!」

「そうことかよ、漢だ。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!」

『切島くんが感極まってる』


くう、と男泣きするような仕草をする切島に梓と上鳴が暑苦しいなぁと笑っていれば、周りはヒーロービルボードチャートの話題で盛り上がっていた。


「ビルボードかァ」

「そういえば下半期まだ発表されてなかったもんね」

「色々あったからな」

「オールマイトのいないビルボードチャートかァ」

「どうなってるんだろう、楽しみだな」


オールマイトがいない。
絶対的1位の存在がいないということは、順当に行けばその穴を2位が埋めることになる。
轟は少しだけ居心地悪そうに窓の外に視線を向け室内から目を逸らしたが、
ずいっと梓が視界に入ってきたものだから目のぱちくりさせた。


「なんだ?」

『いやね、思ったんだけどさ。轟くんのお父さんってエンデヴァーさんだったよね?そういえば』

「お、おう」

「え、梓ちゃんそういえばってなん!?忘れてたん?流石に轟くん驚いてるよ!?興味なさすぎやん!」

『いや、お茶子ちゃんちがう!忘れてたわけじゃないんだけどさ、そういえばそうだったよね?と思って』


周りが触れずにいたことにしれっと触れていながらも斜め上の聞き方をした梓に麗日は思わずツッコみ、上鳴と耳郎はぶふっと吹き出した。
慌てて忘れてないよ、とフォローしつつ改めて梓は轟の方に向き直ると、


『ねえ、轟くんのお父さん順当にいったら1位じゃない!?すごいね!』

「ぷっ…そうだな」

「うわ、どストレートすぎて轟が吹き出したぞ」

「能天気すぎて笑うしかないんだろ」


瀬呂が引き気味に笑う隣で切島も相変わらずだなァも苦笑する。
タブーに触れたはずなのに、あまりにもあっけらかんと、友達の父親という存在からブレずに話すものだから見守っていたワイプシですらクスクス笑っていて。


「東堂さんにとって、轟くんのお父さんがたまたまエンデヴァーってだけで、彼のことをエンデヴァーの息子として意識することはないのね」

『え??どういうこと?轟くんがエンデヴァーさんの子供って知ってますよ?』

「梓ちょっと口閉じて。なんか能天気すぎてこっちが恥ずかしくなってきたから」

「右に同じく」

『耳郎ちゃん瀬呂くんひどい!』


梓がむにーっと耳郎の頬を引っ張る中、クラスの面々は、ビルボードの話の時少し強張っていた轟の表情が和らいでいることに気づき、ほっと息をついた。

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