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通常授業以外の授業で隣に椅子を持ってきて自分をガン見する花崎に梓は珍しく眉間にしわを寄せ頬を膨らませていた。
ヒーロー情報学が終わって休み時間になって、ちらりと花崎を見ると


『花崎くんだっけ?集中できないよ、こっち見ないで』

「ああ…ごめん!こんなに近くで君のことを見ることがないから目に焼き付けておかないとって思って。東堂さん、いくつか質問いいかな?」

『むう、いいよ。なあに?』

「好きなものは?嫌いなものは?苦手なことは?得意なことは?」

『りんご、敵、コントロール、剣術ー』

「得意なスポーツとかある?あと、中学時代はどんな子だった?」

『えぇ、剣道とか?ああでも我流だしな。中学時代…んん、いずっくんかっちゃん!私どんな子だった!?』

「クソうぜー奴」

「今と変わらないよ。明るくて優しい子」

『いずっくんありがと。かっちゃんバーカバーカ』

「ああ゛!?」


なんだと!?と喧嘩腰になる爆豪を「まあまあ、つーかお前が悪いよ」と止める切島を尻目に花崎の質問は止まらない。


「中学時代は無個性だったと聞いたけど、その時の夢は?」

『夢?んー、ヒーローにはなるつもりだったよ。個性がなくても守護の意志は変わらない』

「えっ!?無個性なのにヒーローに!?そのための訓練とかはしていたのかい!?」

『うん、物心ついた頃からずっと鍛錬漬けの日々だったから。ただ、やっぱりかっちゃんのヘドロ事件の時に思ったけど、無個性には限界があるから 』


だから、個性が発現して良かったって思ってるよ、
と肩をすくめた梓に花崎はゴクリと唾を飲み込む。


「体育祭の時に、とても綺麗な身のこなしをしていたのはそういうことだったんだね…。運動神経がいいとか、戦闘センスがあるとかそういう次元じゃない…根っからの武闘派だったのか…。もう一つ質問いいかい?」

『次、ヒーロー基礎学だから、あとででいい?』

「ヒーロー基礎学!もちろんだよ。今日は一体どんなことを?」

『今日は、戦闘訓練』


にっと口角を上げて荷物を持って立ち上がった梓に花崎は目を輝かせながら、こんなにも早くこの子の力が観れるのかとワクワクを募らせた。




今日のヒーロー基礎学は相澤とオールマイト監修の戦闘訓練。
ヒーローコスチュームに着替えたA組はグラウンドβに集まっていた。

1人だけ制服を着た花崎は興味深げにキョロキョロと辺りを見渡す。
市街地のような作りをしているが各所にカメラが設置されており、恐らくここが戦闘訓練のフィールドになるのだろう。


「今日はいつもの戦闘訓練とは少し違う。詳しくはオールマイトさんから」


気だるげに一歩引いた相澤の代わりにオールマイトが少し前に出てカンペを読みながら話し始める。


「はい、というわけでヒーロー基礎学やっていくんだけれどもね、今日は人によってやることが違うんだ。まずは、チーム力を高める1班から」


1班(チーム力・相手陣地に先に侵入した方が勝利)
爆豪・蛙吸・青山VS峰田・常闇・轟

2班(索敵力・かくれんぼ)
耳郎・葉隠・口田VS障子・八百万・麗日

3班(機動力・鬼ごっこ)
上鳴・尾白・砂藤・芦戸・瀬呂・切島・飯田

4班(機動力・単純戦闘)
緑谷VS東堂


「『え。』」


オールマイトから説明を受け、それぞれが色々な反応をする中、なぜか唯一1対1で勝負することになった梓と緑谷は思わず目を合わせて固まっていた。


「んで、こいつらはサシで勝負すんのに俺はチームなんだ!しかも単純戦闘じゃねェ陣取りかよ…!」

「鬼ごっこって鬼誰なん!?」

「不思議な組み合わせですわ…」


混乱する面々を見兼ねた相澤が一歩前に出る。


「まず1班目は、チーム力を向上させたい者、あと、連携することで己の力を発揮する者を集めた。2班目は、索敵力を向上させたい者と、工夫によっては向上させることができる者。3班目は、機動力に秀でている者と、機動力を向上させたい者による鬼ごっこ…最初の鬼はもちろん飯田だ」

「はい!」

「そして4班目、緑谷と東堂についても目的は機動力の向上だが、お前たちは機動力を攻撃力に変えやすい性質の個性だ。スピード重視でガチンコ勝負、戦闘の中で不安定な個性を磨け」

「は、はいっ」『不安定同士ってことかぁ』


負けられないな、と口角を上げる梓に緑谷も、僕もだよ。と遠慮がちだが笑みを深める。


「じゃ、各々フィールドに散れ。1班はオールマイトさん、2班はハウンドドック先生、3班はミッドナイト先生、そして、4班は俺がつく。ああ、あと花崎、お前は俺についてこい」


4班は建物密集地まで行くぞ、と相澤に手招きされ、梓と緑谷、そして花崎は彼を追いかけ、訓練場所である住宅街を模したフィールドに着いた。


『まさかいずっくんと一騎打ちとは…』

「なんだかんだで梓ちゃんと戦ったことないよね…。どうしよう…俺、梓ちゃんを殴れる気がしない」


頭を悩ませながらとりあえず準備運動をする2人に花崎はノートをぺらぺらと捲る。


「体育祭では東堂さんの方が順位的には上だったけど…、緑谷君はあの轟君といい勝負をしたんだよね…。ただ、彼の個性はハイリスクハイリターンだし…」

「『……。』」

「さっき相澤先生は、2人のことを攻撃性を伴った機動力と表現したけど、体育祭では機動性はあまり印象に残らなかった…。この前の文化祭で、東堂さんが箒で空を飛んだって話を聞いたけど…それが彼女の個性によるものなのか、そもそも箒がないと飛べないのかはわからないし…緑谷君は、」

『いずっくんみたい』

「僕も僕みたいって思った」


ノートをめくりながらブツブツ言う花崎はまるで緑谷みたいで、笑いながら2人は準備運動を終えると腕を組んでいる相澤を見上げた。


「準備は終わったか」

「『はい!』」

「制限時間は10分。腰につけたこのキーホルダーを先に奪った方が勝ちだ」


ぷらーん、と相澤が見せたオールマイトのキーホルダーを受け取り、お互い腰につける間も相澤の説明は続く。


「お前らの課題は繊細さだ。あれだけの機動力があってもコントロールが不安定であれば二次被害を生みかねん。よって、出来るだけ住宅街を壊さずに機動力を持って相手を制しろ」

『…死穢八斎会の時の住宅街に似てますね』

「成る程、あの時僕らは治崎を抑えるのに必死で、もし治崎が冷静だったら周りを分解させたかもしれないし…またああいう状況になることだって考えられるわけだし、」

「そういうことだ。ヤバくなったら俺が止めるが、まぁ、お前らは大丈夫だろ。俺は花崎と住宅街を上から展望できる高台にいるから」


相澤が指差した先には、住宅街に不自然に伸びる鉄塔の上にある展望台。
上から住宅街を展望できるそれは訓練施設ならではで、何かあればあそこから降りて割り込むつもりなのだろう。
まぁ、喧嘩っ早い爆豪でない限り何かは怒らないだろうが。

展望台に行き、2人が位置についたのを確認すると相澤は拡声器を取り出す。
そして、


「じゃ、いくぞ。3.2.1、START!!」


開始の合図とともに、梓は地面を蹴った。


(相変わらずの、ためらいのなさ!!)


いきなり距離を詰めて眼前に現れた梓に緑谷は顔を引きつらせると、初っ端からフルカウル20パーセント上限ギリギリ発動し弾けるように空に飛び上がって避ける。

が、


ーバチチ…、ドガァッン!!

「マジか…!!」


間髪入れずに抜刀し雷を凝縮した突きを空に放ったことでまるで落雷が下から上に突き上げるように緑谷を襲い、咄嗟に空に拳打を放ったことでギリギリでそれは避けられ天井に突き刺さった。


(出力あがってない…!?いや、出力があがってるというよりは、コントロールが良くなって鋭さが増してるんだ!)


死穢八斎會以来、確実にコントロールが良くなっている梓に緑谷は負けられない、と笑みを深めると、
風が巻き上がりぐわりと体を浮かせ飛んでくる少女に指を向け、


「デラウェアスマッシュ、エアフォース!!」

『マジか!』


ードッ!


デコピンの要領で放たれた空気砲が梓を襲う。


ーダァンッ!


地面に押し戻され、慌てて体を捻るとクッションを作るように膝を曲げ着地し、


(空気砲ってか弾丸だな!風力でガラス割れちゃってるし…!)


さっと周りを見渡せば、数件の家で2階のガラスの窓が割れており、緑谷の新しい遠距離攻撃の風圧の凄さを物語っている。

上に空気砲を放って勢いよく降りてくる緑谷に梓は笑みを深めるとダンッと地面を蹴り、電柱を蹴って斜めに飛び上がると緑谷を避け、真横から雷を帯びた蹴りをくらわそうとするが、


「っ、そうくると思ってた!!」


(梓ちゃんは、絶対避けながら攻撃に転じる!ただでは退かない…!)


純粋に彼女が一歩下がることは滅多にない。
緑谷だからこそわかる彼女の性質、フルカウルシュートスタイルと彼女の嵐を帯びた蹴りがぶつかり合い、衝撃がお互いに走る。


ードガァン!!


「『っ!!』」


弾かれ、梓はくるんと回転しながら住宅の屋根にズガガッと着地する。
が、止まらず、もう一度勢いを殺すように身をひねると別の屋根に着地し、やっとの事で止まるが、自分が着地した部分の瓦が剥げていて、
やべっと顔を上げれば目の前に緑谷が迫っており、


『っ、いいねえ!!』


目の前に迫る緑谷の蹴りをフッと頭を下げるだけで避けると懐に一瞬で入り、向けられた拳をパンっと弾いて避け胸ぐらを掴むと引っ張りながら腹を膝蹴りする。


「ゴフッ」


思わず呻くが梓は止まらない。
フルカウル状態のデコピンが横からこちらに向いているのに瞬時に気づき、空気砲が放たれる前にパッと緑谷を放すといつのまにか真後ろに来ており、


ードガァン!!


嵐を纏った刀を横に振りぬき斬撃が緑谷を襲う。


「だっ…!!」


威力は抑えられてはいるが吹き飛ばされ、ゴロゴロと住宅街の屋根を跳ねる。
ガシャン、と大量に瓦を壊してしまい緑谷は慌てて身を起こすと、眼前に迫る梓から距離を取るようにフルカウルで住宅街を飛ぶように跳ねた。


(強すぎる…!近接だったらパワー勝負になるから勝てるかもと思ったけど、あんなに避けられちゃ近接じゃとてもじゃないけど敵わない!となったら、中距離戦か!?梓ちゃんだって、コントロールが良くなったとはいえずっと安定してるわけじゃないし…)


ぐるぐる思考を巡らせながら入り組んだ住宅街を駆けて梓から距離を取るが、彼女のスピードも眼を見張るものがある。
突風が吹いたと思った徐々に距離を縮めていて、緑谷はやるしかない、と腹をくくると、


「ワンフォーオール…20パーセント…!!」

『げっ!!』


自分が今できる限界値まで個性を引き出し一気に解き放つように大振りの蹴りを放つ。


ードガァン!!


屋根の上にいたからこそできるそれは近距離にいた梓からすればとてもじゃないが避けられるスピードと範囲ではなかった。
まともに食らい、数十メートル後ろに吹っ飛ばされる。


『っ〜!!』


慌てて刀を屋根に刺して、それを軸に体をくるん、と回転させると飛ばされた勢いのままもう一度緑谷を追いかけようとするが時すでに遅く、視界の中に彼はいなかった。


『っ、やられた!いない…!』


キョロキョロと辺りを見渡し、とりあえず道路に降りるが物音1つ聞こえない。
完全に姿をくらました緑谷に梓はまずいな、と顔をしかめた。


(いずっくんのあのスピードで不意を突かれたらマジで避けきれない!っていうか…さっきの蹴り何!?今までよりすごい風圧だったけど、範囲も広がったし、あれくらったら距離詰められない…。距離詰めるんだったら先にいずっくんを見つけないといけないけど、視界から見失った分圧倒的不利…!)


自分が日々鍛錬を積み重ねているのと同じように、緑谷もまた、日々成長しているのだ。
まさかあんな遠距離攻撃を会得していたなんて、と驚く一方、今の状況に笑みを深める。


(制限時間も残りわずか…。次がラストチャンス、きっといずっくんはギリギリを狙ってくる…!)


梓は腹をくくった。
戦闘に対して秀でているからこそ、正念場が肌でわかる。
緑谷が更なる高みを目指し成長するのであれば、自分もそれに答えなければいけない。


(できるかわかんないけど…やるしかない)


ゆっくりと、静かに体を脱力させると梓は戦闘中にも関わらず、刀を一度鞘に戻した。





START!と相澤が拡声器で叫んだ瞬間、始まった戦闘に花崎は衝撃を受け尻餅をついた。


「す、凄い…!まさか、2人とも、体育祭の時と別人だ!」


慌てて立ち上がり身を乗り出して戦いを見守る花崎は驚愕でノートをとることすら忘れてしまっている。


「わぁ…、2人とも足に自信があるのか…!体育祭の時は機動力のイメージなんてなかったのに!」

「ま、緑谷は手に爆弾抱えてるしな。東堂の機動力についてはそりゃ足だが、あいつの真骨頂はアレ、」


相澤の言葉に合わせるように近接戦が始まり、梓は一気に緑谷を圧倒すると彼に強烈な一撃を二度も食らわせる。


「っ!近接!目で追えない…!」

「追えたとしても、フェイント混ぜやがるから相手は翻弄され一瞬動きが止まる。の、隙に一撃だ。…っんとに、憎たらしいくらい近接戦闘に置いちゃ他の追随を許さねえ。ただ、まぁ、緑谷もこのままじゃ終わらんだろ」

「あっ、逃げた?」

「ありゃ考えてんな。何か企んでる」

「なんでわかるんです!?僕には追い詰められて逃げたとしか…」

「緑谷はそういうやつだ。あいつは考えに考えて行動する。ある意味東堂は真逆のタイプ」

「東堂さんは、考えてないんですか…?」

「まぁ…あいつの場合は無意識に体が動くようなもんだな。幼い頃からの血生臭い鍛錬によって、経験や勘、そして五感が冴えわたり、目や音や振動で敵の動きを無意識に察知し反射のように動く。血で戦うってこういう事を言うんだろうな。…っと、やっと東堂がまともに攻撃くらったな」

「ああ…!吹き飛ばされて!!緑谷君…あんな遠距離攻撃を持っていたのか…!って、あれ?いない」

「隠れたか。初動で追いつけない事を察し、不意を突くつもりか。ま、いい判断だな」


さて、どうする東堂、と彼女を見れば、彼女は一瞬悩ましげに辺りを見渡したものの、次の瞬間には口角をあげていた。

この状態で笑った少女に相澤は相変わらずだな、とため息を吐くが隣にいる花崎は顎が外れるほど口を開けていて、


「みんなが、強いって言ってた理由が、わかりました」

「……」

「あんな身のこなしが出来るなんて…個性のコントロールだって体育祭の時の比じゃない…」

「…アクの強いクラスの連中が口揃えてあいつの事を強いと称する訳は、ここからだよ」


相澤に促され、少女を見れば
あろうことか刀を収め、眼を閉じていた。


「えっ、なんで…」


いつどこから緑谷が攻撃を仕掛けてくるかわからないのに。
彼のスピードだって一級品だ。すぐに反応できるレベルではないはずなのに。

目を瞑った彼女は脱力したように、ふぅ、と息を吐くとゆっくりと合掌し、

自分を中心に半径2メートルに薄く水のベールを張った。
それは相澤たちの距離からは全く見えない程の薄さ。


(何をして…)

「ここからは見えんが、今あいつは半径2メートルに薄い雨のベールを張っている。雨とはいっても、自分の体内の水だがな」

「ベール…?バリアって事ですか?」

「バリアの効果はない。ただ、あのベールはあいつの体内から生成されたものだから、感知できる。薄い膜にするのにコントロール重視になるからやってる間は隙だらけになるのが弱点だな」

「感知型のベール…!で、でも、2メートルしかないのか。突然現れる緑谷君にあの脱力状態からどれだけ反応できるか」


背後からフルカウル状態の緑谷が現れる。
脱力状態の梓を警戒し、彼が遠距離攻撃で奇襲をしようとデラウェアスマッシュエアフォースを撃った瞬間、

梓は空気の揺れを感じてそれを飛んで避けた。


「狙い通り…!!梓ちゃんなら避けると思ってた!!」


きっと、彼女なら背後からの不意打ちも空気の揺れを感じて避けると思っていた。
緑谷は狙い通り、空中に飛んだ彼女目掛けてフルカウルで一気に地面を蹴り距離を詰めると、電光石火のごとく彼女にシュートスタイルで体全体を使って蹴りを食らわそうとする、が、


彼女の半径2メートルに入った瞬間ひんやり冷たくなり少し濡れる。
刹那、ビリッと感電し、ニヤリと笑って振り向いた梓に(感知型のトラップを仕掛けてたのか…!)と緑谷は眉間にしわを寄せた。

が、時すでに遅く。
感電し一瞬ひるんだ隙に腰についたオールマイトのキーホルダーを掠め取られ、取り返す間も無く梓一気に空へ舞い上がるとクルンと宙返りをする。


『相澤先生取ったよー!!』


弾けんばかりの笑顔と嬉しそうな梓に手を振られ、相澤は思わず手を振り返しながら訓練終了のアナウンスを流した。

その様子を花崎は呆然と見ていた。
圧倒的不利な状況で、彼女はその不利を逆手に取り自分の周りにトラップを仕掛けた。

雨のベールで感知した瞬間、雨に雷を這わせ攻撃してくる緑谷を感電させたのだ。


「あいつの戦い方は、側から見りゃ諸刃の剣同然の時がある。その諸刃の剣すらも使いこなすあの精神力とセンスを、周りは“強い”と称すんだろうな」


俺からしたら頭イかれた戦い方だが。
と、少し苦言を呈しつつ、喜ぶ梓と悔しそうな緑谷の元に降りていく相澤に、花崎は少し彼女の狂気が垣間見えて身震いするのだった。


(かっこいいけど…、命がいくらあっても足りなさそう…)

_120/261
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