118経営科の課題
梓がホークスと会った次の日、

1年 J組経営科の少年は、教室から見えるグラウンドをジッと見つめていた。
彼、花崎草太の趣味は人間観察である。


「おーまた見てんのか」

「うん…」


友人に声をかけられ、生返事をしながらもグラウンドからは目を逸らさない。
そこには、大きなグラウンドをひたすら走るヒーロー科1年A組の生徒たちがいた。


「やっぱ、ヒーローはすげェな。体力が凄い」

「鍛えてんなァ!持久走?」

「グラウンド20周走。持久ってよりも、スピード重視っぽい」

「20周でスピード重視!きついねェ!」


花崎の周りにわらわらと集まり始めたクラスメート達は、彼と同じように人間観察を始める。
経営科は、ヒーローの生活基盤や社会的地位の下支えを目的としたプロデュース業務やベンチャービジネスなどを主務とする経営者養成学科ということもあり、誰かをプロデュースすることを考えるために人間観察を趣味とする者が多い。


「花崎、順位は?」

「1位から順番に爆豪、東堂、轟、緑谷、少し遅れて飯田と切島。上位4人はほぼ横一線だよ」

「小柄な東堂梓が2位に食い込むか!あの子見てると、プロデュース心が疼くよなァ。アイドル路線もいけるし、王道ヒーロー路線でも他と遜色ないし、ダントツで他を魅了する力が強いだろ」

「…そうだね」


他を魅了する力か。
花崎はずっと梓を目で追いながら、彼女のことについて考えていた。

もしも、自分が彼女をプロデュースするとしたらどうするだろう?
勿論アイドル路線が一番固いだろうが、体育祭での武闘派ぶりや、あのやたら目立つ上何度か敵と接触しているヒーロー科の中でも5本の指に入る実力者だと聞くところを見るに、たしかに王道ヒーロー路線でもいけそうだ。

しかし、誰よりも彼女の観察をしていると自負する花崎は、彼女の振る舞いや行動、そして言動に、少しばかり危うさを感じ取っていた。
そのキッカケは意外にも教師である相澤だったりする。
彼は、注意深く梓を見つめることが多く、それは親が子をハラハラと見つめる目に似ていて、違和感を感じた。

相澤は言わずもがな、表情が顔に出ずクールである。
その彼が、A組の他の誰でもなく梓にだけ、そういう目をする。
A組のクラスメート達は期待や希望に満ちた目で梓を見ているのに。彼と、あと、時々爆豪だけ、そういう目をしていることに花崎は気づいていた。

そして、その目から、東堂梓には、まだ他科の人間が知らない別の一面があるのでは?と感じ取っていた。


(ピンチを共にした人間しか知らない彼女の一面、それを僕は知りたい)


何故なら、
可愛さ、強さ、それ以外の彼女の魅力。

そこを見つけ出すのががプロデュース力である。


花崎は今日も梓を観察する。




経営科のある日の授業で、面白い課題が出た。


「プロヒーローもしくは仮免ヒーローのプロデュース案を考えろ。その際、実際に当人および関係者への取材を許可する。ただし、プロヒーローへのアポを取る際は必ず学校を通すこと。期限は1週間だ!1週間後、対象ヒーローに関するレポートと、キャッチコピーを考えてもらう。一番優秀だった者は対象ヒーローに名刺を渡せる。まァ、つまり、ヒーロー側の意向にもよるが、将来的な繋がりを持てる可能性もあるって訳だ」


その課題に、生徒達は浮き足だった。
プロヒーローへの取材有りのプロデュース案の構想は初めてで、花崎を含め経営科陣は昼休みもその話題で持ちきりだった。


「誰にする!?私、ベストジーニストかなぁ!」

「いやいや、マイナーヒーローこそプロデュースしがいがあるってもんでしょ!地方のマイナーヒーローで伸び代がある人を探してみようかな」

「俺、Mt.レディ!」

「私情挟みすぎだろ。んー、俺は、リューキュウかなァ」

「エッジショットにしよっと。花崎君はどうするの?」


話を振られ、花崎は顔を上げる。
彼の気持ちはすでに決まっていた。
4月からずっと目で追っているあの子。もっと深く知りたいと思っている子。
公に取材ができるだなんて、こんな機会滅多にない。

目をキラキラさせて口角を上げると、


「僕、ヒーロー科1年A組の東堂梓さんにする」

「え!?せっかくプロに取材できるのに…!いいの?たしかに東堂さんはプロデュース心をくすぐるけど…」

「成る程…先生、仮免ヒーローでもいいっつったのは、学校内で対象を探してもいいって意味だったんだなァ!だったら俺、波動ねじれさんにしようかな!」

「腕がなるよなァ!だって、成績優秀者は将来的に繋がりを持てるかもしれねェって!燃える!」


わいのわいのと周りが浮き足立つ。
ほか生徒たちがプロヒーローへアポを取る中、学校内で花崎の取材は始まった。

最初は、彼女の周りの人間への取材から。
仲がいい者に話を聞き、彼女の性格や人間性を見極めるのだ。

花崎は昼休みの食堂でノート片手にキョロキョロ辺りを見渡すと、ヒーロー科1年A組の人間を見つけてすぐに駆け寄った。


「あのっ…!常闇君、障子君…僕、経営科の花崎っていうんだけど、今少しいいかな?」


常闇と障子は不思議そうに箸を止めると「なんだ」と先を促した。
花崎は彼らの目に、流石に迫力があるなと少しビビりつつ口を開く。


「今、経営科の課題で、君らと同じクラスの東堂梓さんのプロデュース案を考えてて、僕、彼女のことを体育祭や噂でしか知らないから、色々と教えてもらいたいんだけど…ああ!勿論、先生には許可は取ってる!」

「……よくわからないが、東堂のことについてどんなことを答えればいいんだ?」

「たしかに俺たちは彼女と級友でそれなりに話はするが、特別仲が良いわけでもない。耳郎や緑谷達に聞いた方がいいだろう」


素直に首を傾げた障子と別のクラスメートを勧める常闇に「出来るだけ多くの人に、彼女のことについて聞きたいんだ」と花崎は首を振る。


「君たちにとって東堂さんがどういう存在なのか、教えてくれないかな?出来ればエピソードもあると嬉しい」

「……アイツは、修羅の道を突き進む剣術家だ」

「小柄で一見ひ弱そうだが、クラス屈指の実力者だ」

「っ!そう、そういうのが聞きたい!あの小動物のような見た目にそぐわない彼女のヒーローとしての資質を僕は知りたいんだ!2人は彼女と一緒のチームや、ペアで戦った経験はあるのかい!?」


最初こそおずおずとしていたものの、梓の話をした瞬間目をキラキラさせて興奮気味に身を乗り出してきた花崎に常闇と障子は若干引いた。


「授業ではまだ、一緒のチームになったことはないが…」

「が!?」

「夏の、合宿の時に共に戦った」

「夏の合宿って…、あの敵連合が襲撃してきたやつかい!?その時の彼女の様子を詳しく教えてくれ!」


そう言われ、2人はあの日のことを思い出す。
あの日、梓がムーンフィッシュと交戦している時に暴走した常闇と共に彼女と合流した。

彼女や轟、爆豪の光で暴走を止めた後、爆豪の護衛をしながら施設まで向かった。

思い出しながら障子は口を開く。


「周りが恐怖や戸惑いで畏れる中、愚直に守護に徹していた。あいつが爆豪と常闇を取り返そうと大怪我を負って、それでも2人を追いかけた時、誰もアイツを止められなかった。其れだけの、意志を感じたな。東堂は、絶体絶命の時、誰も前に足を踏み出せない時、恐ろしく躊躇いなく一歩を踏み出す…そういう、危機意識を無意識に超える守護精神を持った生まれながらのヒーローだ」

「俺が敵連合に攫われなかったのは、障子や緑谷、轟、そして東堂のお陰だ。感謝してもしきれん」

「〜っ!!ありがとう!とっても有益な情報が得られたよ!!」


障子と常闇の言葉を一言一句余すことなくノートにメモした花崎はガバァッと2人に頭を下げると目をキラキラとさせてお礼を言う。
そして、「本当にありがとう!助かった!他のA組の人たちにも聞きに行ってみる!」と嵐のように次のターゲットに向かって走っていく花崎を見て、残された2人は、


「あいつ、また変なのに好かれたな」

「運命(さだめ)…」


おそらくどこかで弾けるように笑っているであろう少女に少しだけ同情するのだった。





その後も花崎の取材は続いた。


麗日「梓ちゃん?とってもニコニコして可愛らしいんやけど、とんでもなく強くてかっこよくてね、一緒に戦ったらこっちまで気迫がビリビリするわぁ。熱が伝播するってこういうことなんやろうねぇ。守護一族って大変な使命背負ってるのに、弾けるように笑うから、それにみんな救われるんよ」

芦戸「東堂?ああ、私運動神経は良いんだけどね、あいつにはこてんぱんに負かされる!負かした瞬間の得意げに口角あげる笑顔に悔しいけどドキッとしちゃうんだよねェ」

瀬呂「東堂!あいつは爆豪や轟と違った感じのうちのクラスの柱だな!頼もしいしよく笑って素直で可愛いのよ!ただ、時々辛そうな顔してんのが心配なんだよなァ。ま、爆豪がいれば大丈夫だろ。あいつが一番過保護だかんな」

上鳴「梓ちゃん、かわい〜よな!まず見た目、ぱちっとくりくりした目とあのふわっとした髪、そしてよく笑う!クソ可愛い!目があった時にな、パッて笑うんだよなァ…一目惚れするわ。あんまり見てっと爆豪に殺されるけど」

蛙吹「梓ちゃん?とっても可愛らしくて年相応の女の子よ。え、戦う時?そうね…俯いている仲間の顔を強引にあげさせてしまうような絶対的な光。ただ…、その光の影があるわ。周りを守るという意識が強すぎて、無意識に自分を疎かにして、いつか壊れてしまうんじゃないかって不安になるのよ」

耳郎「梓?…仲はいいけど、別に、あんたに教えるような新しい情報持ってないと思うよ。え、意外な一面?そうだな…、時々眉下げて考え込んでるところかな。一見悩みなんてなさそうだけど…責任感と意志が強すぎて1人じゃ抱えきれないくらいとんでもないもの背負ってるんだよ」

切島「俺にとっての東堂かァ…死んでも退かねえ漢気溢れる奴だな!正義の味方ってああいうのをいうんだろうな。え?意外な一面?戦闘面ではあんだけ頼りになるのに、ふつーの時はあんまり頼りにならねえところかな。だから爆豪や緑谷が守ってんだよ」


知らなかった一面が出るわ出るわ。
クラスメート達に彼女のことを聞いた結果、一番多く言われたのは強さとかっこよさである。その次に可愛さと、危うさ。
その危うさは、強さに起因するもので、諸刃の剣のような言い方をするクラスメートもいた。

一般的なふんわりほんわイメージとは全く別物の、熱く滾るような意志を感じるイメージに花崎は驚いた。

それと同時に、その一面を是非ともこの目で見たいとさえ思った。
みんながいう、戦闘の時にギラつく目を見てみたい。
漢気溢れる背中を、神速の白刃を、踏み出す一歩を、この目に焼き付けたいと思った。

花崎がノートに自分の思いを書き綴っていたその時、
後ろで足音がし、振り返れば金髪ツンツン頭の赤目がものすごい眼力でこちらを睨み下ろしていた。


「1Aの爆豪君…!」

「てめェか、梓んこと嗅ぎまわってる経営科のクソ野郎は」

「ちょうど良かった!って、え?嗅ぎまわってる?人聞きが悪い!僕は課題で東堂梓さんの事をプロデュースしようとしているだけだよ。あくまでも学校の課題だし、もちろん経営科の先生や相澤先生には許可は取ってる」

「御託はいいんだよ、気に食わねェ。題材変えろや」

「もうたくさんの人に取材をしてしまっている以上ここで題材を帰ることはできないよ…!それより、爆豪君、僕は君に聞きたいことがあるんだ」

「ああ゛?」

「A組の人たちに東堂さんの印象について取材した時に、よく君の名前も一緒に出てるんだ。過保護とか、守ってるとか、時々不憫とか。あの誰にも合わせず屈しない爆豪君が何故彼女に構うのか、とても興味がある!だから君に彼女の印象を聞きたくて、」

「おいちょっと待て。誰だ、過保護やら不憫やら言った奴。教えろや、てめェ諸共爆破してやらァ!」

「「アッ」」

「てめーらか!クソ髪アホ面ァ!!!」


様子を伺っていた切島と上鳴が反応した事で彼らが犯人だと確信した爆豪の青筋が浮き上がる。
切島と上鳴が身の危険を感じて逃げ出したのを見て、爆豪は花崎を置いて彼らを追いかけようとするが、


「ちょ、ちょっと待って!君にとっての、東堂さんはどういう存在なんだい!?一言でいいから!」


怖いはずなのに、必死に自分の腕を掴む花崎に爆豪は眉間のシワを増やした。

梓がどういう存在か?
それを一言で言えと?


(一言で表せるわけねーだろうが)


幼い頃からそばにいて、ずっとヒーローを諦めさせようとしたのに、結局今も隣に並んでいて。
妹のようで悪友のようで、ライバルのようで。

個性ないくせに守るとかいいやがるし。
イかれた個性を継承して敵連合まで追いかけてくるし。
泣くし。

彼女のことを一言で言い表せるわけがない。
が、

爆豪はちらりと花崎を一瞥すると、


「…俺んだよ。あいつは、俺のもんだ」

「!」

「コラ待てクソ髪アホ面ァ!!」


爆豪の俺のモノ発言に花崎は思わず(あの爆豪にそれを言わせるなんて…!)と衝動のままにノートにメモを取るのだった。





その後も花崎の取材は続いた。


緑谷「梓ちゃん?梓ちゃんはね、小さい頃から可愛くって優しくって、僕の身近なヒーローみたいな子だったんだよ。でも、無理ばっかりしちゃうから見張っとかないといけなくてね。今までずっと助けて光を見せてくれた分、身を削るような戦い方をするあの子を、今度は僕が助けなきゃって思ってる。人生を賭けてね」

轟「東堂がどういう存在か?…相棒だ。俺はあいつが戦ってる時、絶対隣に並ぶって決めてる。人を守ることしか考えてないあいつを守る唯一無二の存在になりてえ。あいつにも言われたし、一生目ェ離さねえつもりだ」

相澤「東堂?経営科の課題は聞いちゃいるが、俺まで答えなきゃならんのか。…ああ、わかったよ。あいつは…親もいねえから無条件に頼れる人間が俺しかいない。しっかり見といてやらないとな」


近しい人間に聞けば聞くほど、依存度の高い声が聞こえ花崎はますます梓への興味を増幅させる。

危うさが依存を生むのか、それとも皆のいうかっこよさ、光の強さが依存を生むのか、果たしてどちらもなのか。
彼女のことを知ったら、自分も依存するのだろうか?


花崎は皆の声をノートに書き記すと、当人に会うべく朝からA組に向かった。
相澤に許可をとってはいるが、ヒーロー科にお邪魔するのは緊張する。


「花崎、入っていいぞ」


教室の中から、改めて経営科の課題について説明を終えた相澤に声をかけられ、
ノートを胸に抱き、眼鏡をかけ直すと1つ深呼吸をし、教室の扉をがらりと開けた。


「し、失礼します!」


中に入ってすぐに梓と目が合う。
きょとんとしてまん丸で睫毛の長い優しげな目が自分をじーっと見ていて、


(初めて目があった…!なんて優しい目をしてるんだろう)


「先程話した課題の題材で、経営科の花崎がうちのクラスの東堂を選んだ。他の生徒は学外でプロヒーロー相手に取材や見学をしている分、花崎にも同じ状況を与えてやらなきゃならん。よって、今日1日うちのクラスの見学をさせる。東堂、いいか?」

『んーと、私はいいですけど、なんで私?』


目を丸くした梓はのんびり立ち上がると、じっと花崎を見る。


『君のこと知らないけど、何故君は私のことを調べるの?』

「……君をプロデュースするとしたら、アイドル路線を考える者が多いけど、僕は君の本質がもっと意外性があるものだって考えてる。興味があるんだ、君の闇や狂気に」

『エッ、闇?狂気?だれが?こわっ』

「いやお前のこと言われてんだよ」


瀬呂につっこまれ私そんな狂気に満ちてる!?とショックを受ける梓に周りが笑う。
そして、花崎の密着取材が始まった。

_119/261
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