113

文化祭、当日。

買い出しに行った緑谷が戻ってこない事を心配に思いつつも、A組は10時の開演に間に合うように着々と準備を進めていた。
梓も控え室に入ると、綺麗にリボンがあしらわれた箒を壁に立てかけ、準備された衣装を着ようとする。
が、


『エッなにこれ』


自分だけみんなとは違う衣装で、思わず顔を引きつらせればどこからともなく八百万と麗日が現れドヤ顔した。


「梓さんの役回りに似合う衣装を用意しましたわ!」

「梓ちゃん専用なんやけどね、モチーフは守護の妖精!」

『いやほんとに妖精みたいなドレスだけど、エッこれ私が着るの!?』

「もちろん、そのために用意しましたの!空色と薄い檸檬色で梓さんのコスチュームを意識してみましたわ。ポイントはアシンメトリー、ですの!」

「前は短いんやけど、後ろは長いんよ!箒に乗った時にひらひら〜ってなって可愛いって轟くんが」

『轟くんが!?エッ、このドレス監修してるの百ちゃんとお茶子ちゃんだけじゃないの!?』


何やってんのあいつ!?と驚き狼狽える梓をよそに麗日が髪も可愛くしよ〜といじり始める。


『ちょ、ちょっと待って、これ浮くんじゃない!?私だけテンション違う!』

「違わないよ!だって、梓ちゃんは最初妖精みたいに登場して、そこから演奏が始まるからめっちゃ重要なんだよ?」

「その通りですわ。もちろん、妖精のステッキも用意していますの!」

『妖精のステッキぃ!?なんだこの星がついたキラキラしたやつ!え、予定だと私これの先に小さめの嵐起こしてパァンってやるんだよね!?え!?妖精のステッキで嵐起こすの!?怖くない!?』


パニックである。
控え室の外では梓の反応を予想していた爆豪と切島が腹を抱えて笑っていて、予想以上に嫌がる梓に「だからギリギリまで言わなかったのね」と蛙吹が理解を示す。


「そりゃ、いつも甚平とか着流し着てるし、ああいう服に免疫ないからビビるでしょ」


ベースを抱えて梓に同情する耳郎の隣で準備運動をしていた芦戸が笑う。


「でも、東堂のイメージにぴったりだよ!あの子普通にしてりゃ本当華奢で可憐だもんね。刀持った時のギャップが凄い」

「あ、エリちゃん来た」


開幕までの少しの時間で挨拶に来てくれたらしい。
相澤と通形に連れられて控え室前にきたエリに切島が駆け寄り元気よくおはよう!と挨拶をすると、小さく挨拶を返した後きょろきょろと辺りを見渡す。


「あ、緑谷と梓、探してる?」

「…うん、2人ともいない」

「梓ちゃんはお着替え中なの。エリちゃんがくる事を楽しみにしてたわ。緑谷ちゃんは…」

「まだ戻ってきてねェわ」


やきもきしながら首を振った瀬呂に本当何やってんだあいつは、と切島も頭を抱えるものだから相澤は眉間にしわを寄せた。


「何があった?」

「先生、緑谷君が買い出しから戻ってこないんです。十分間に合う時間に寮を出たんですが…」

「は?緑谷が?」

「買い出し1つで何してんだあいつ」

「もー!」


緑谷が来なければ演出は完成しない。
相澤は大きくため息をつくと、彼を探すために警備担当に電話をする。


「デクさん、踊らないの?」


通形の服を掴み、悲しそうに眉を下げるエリに周りは緑谷早く来い!と同じことを考える。
その間、梓は控え室で八百万と麗日にされるがままだった。




その後、通形、エリとともに相澤は体育館に移動した。
エリが通形に抱えられたのを確認すると、さっと周りに視線を走らせる。

体育館内は異様な雰囲気に包まれていた。

9時59分、光を遮断するようにゆっくり入口の扉が閉まる寸前で滑り込むように心操が入ってくる。


「あ、相澤先生」

「お前も来たのか」

「まぁ…」


そりゃ来るか。
彼は、普通科で唯一面倒を見ている生徒。
彼が梓の家で学ぶきっかけを作ったのは自分だ。その少女が出るとなれば、もちろん来るだろう。

しれっと隣に立つ心操がそわそわと背伸びしてステージを見る中、10時になり、ゆっくりとステージの幕が上がる。

相澤は難しい顔で1つ息を吐いた。


「さて…どうかな」

「どうかなって!何が!?俺ちょー楽しみよ!」


心操とは反対隣に立つマイクが騒がしくて、シッシッと手を払いながら鬱陶しそうに「おまえはどーでもいい。つーかパトロールいけよ」とドライに対応するがマイクは聞いていないようで、もう一度大きなため息をついた。


「ちょっとだけ!ちょっとだけ!」

「ハァ…他科や2・3年には、最近の雄英に対する不平不満をA組に向けてる輩もいる。楽しもうなんて気はなく、品定めのために来てるって輩が」

「……」

「彼らの目にお遊戯同然に映らないといいんだが」

「……たぶん、大丈夫です…。あいつァ、超えてきます」


心配そうな相澤にそう返したのは心操だった。
いつもの読めない表情でじっとステージを見る彼は、演出の内容は何も知らないはずなのに随分信頼していて、その信頼はA組に対してのものじゃなくあの少女1人に対してのものだろうな、と彼の心情を察する。

未だ、体育館内は暗い。
ステージに人影は見えるが、それだけ。

始まらないのだろうか、と観客がソワソワし始めたその時だった。

真上、天井にピカッと稲光が走り、観客たちは「なんだ!?」とざわつき上を見上げた。


「雷?」

「バッカ、ここ室内だって」

「でも光ったよ!あ、あれ見て!!」


観客が指差した先には
アシンメトリーのドレスを着た妖精のような少女が箒に乗って浮いていて、右手にはステッキを持っている。

そのステッキの先に、バチバチと碧い雷が集まり、明るい光を放っていた。


「……は?」

「エッ」

「マジか!!東堂!!馬子にも衣装じゃん!!」


ぽかんと見上げる相澤と心操の横で叫んだ興奮気味のマイクの声で、妖精のような少女があの1年A組の東堂梓だと気づいた観客たちはワァッ!と歓声をあげた。


「梓チャン!!可愛い〜!!」

「箒だ!?凄い、嵐の個性ってあんな使い方もできんの!?」

「魔法使いみてェ!!」

「東堂さーんっ!!こっちみてー!!」


沸き立つ観客をよそに、梓は箒ですぃーっと体育館を旋回すると、


『…守護の道は、永遠に』


囁くような優しい声がヘッドセットマイクを通して体育館内に響く。
まるで物語の始まりかのように、異世界に誘うように梓はふわりふわりと箒で宙を舞いながら、


『浮世の闇を、照らしてぞ、いざゆかん』


アシンメトリーのドレスがたなびく。
下から見上げる箒に乗った少女と碧い光は幻想的で、見上げていた観客たちは思わずほうっと息をつくが、少女が体育館の真ん中上空で動きを止めステージの方を向いた瞬間、
今まで浮世離れした雰囲気が一気に引き締まった。


『見透せ、これが、進む道』


雷の宿るステッキにぶわっと風と雨が合わさると、ギュルルっと渦を巻くような音が響き、


空中にいる梓と、爆豪は静かに目を合わせる。


そして、2人の口角が似たように上がったと思ったら、


『「行くぞコラああ!!」』


爆豪の爆破と同時、

先ほどまでの可憐な雰囲気が嘘のように梓はステッキをブンッと後ろに向かって振ると、2階の演出スペースの氷壁に向かって嵐をぶちかました。


ードガァァンッ!


ダイヤモンドダストのような氷の結晶がぶわりと風に乗って体育館内に渦巻く。


「「「わぁ…!?」」」


会場が歓声に沸き
瞬間、照明が一気にステージに向き音楽が弾け、
風が吹き荒れ、


「よろしくおねがいしまァス!!!!」


追い討ちをかけるように
耳郎のハスキーボイスが爆音で響いた。


「おお!?」

「いいじゃん!!」


全員の注目が一気にステージに向く。
素人とは思えない演奏に乗ってダンス隊が躍動し、歓声が沸き立つ。


「息ぴったり、緑谷とレーザーだ!」

「見せ場!!」


青山とのダンスパートが完璧に揃うと、
「いくよ!」「ウィ!」と掛け声をし緑谷は彼を掴んでフルカウルでブンッと上に投げ、宙で花火さながらのネビルビュッフェがピカッと炸裂する。


「人間花火かよ!」

「おもしれー!あっ、あの妖精の子!」


観客が指差した先には先ほどまでとは打って変わってヒュンッとスピードをあげて飛ぶ少女がおり、彼女は空中で青山を横抱きで回収し尾白に預けると、そのまま旋回し、


『とっどろきくーん!』

「ああ、まかせろ!」


そのスピードのまま演出隊の前を横切り、刹那、
「よっしゃ今だ、せろろき!」という切島の合図で2階からステージに向かって一気に何本もの氷の道が形成された。


「サビだ、ここで全員ぶっ殺せ!!」


全員の音や動き、光が一気に爆発し、体育館を揺らした。


「おおおおおなんだこいつらあああ!!」


大歓声が湧く。
熱気がたぎり、梓は氷の道を縫うように飛び、
ダンス隊が障子や蛙吹によって氷の道に投げ出され、各々が個性を使ってド派手は演出をするそれはファンタジーのような空間だった。


「楽しみたい方ァァァ!ハイタッチー!!」

「ダイヤモンドダストじゃああ!」

「上鳴、空中ギター!」

「おいらの時代!!」


ワアアアア!!と割れんばかりの歓声が湧く。
サビ後半に差し掛かる。
梓が箒で耳郎の目線の先、体育館中央上空に飛んできたことで、2人は視線をパチリと合わせた。


(耳郎ちゃん!)(梓!)


入試の時に初めて会って、ずっと仲良くしてきた一番の友達だからこそ感慨深い。

耳郎にとって、梓は大事な友人であると同時に理想だった。

彼女が音楽の道ではなくヒーローになることを選んだのは、人の為に体を張って戦う彼らがかっこよかったから。

だからこそ、同じ年で、人の為に体を張って戦う信念の強い梓に耳郎は惹かれた。
会敵して、人の為に体を張って戦うことがどれだけ恐ろしく辛いことか身をもって理解したからこそ、
梓の強さと異常さがわかるのだ。

例えどんなに逆境だろうが、その目から全く光が消えない。
天真爛漫に人を守り引っ張り上げ魅了する少女は耳郎にとって1番身近なヒーローだった。


(梓、ウチ、ヒーロー目指すよ!あんたの隣に並べるような、ヒーローに!)


2人の声が合わさる。
偶然合わさった耳郎と梓のアドリブが体育館に響き渡り、爆発的な歓声が沸き起こる。


「「「「ワァアアア!!!」」」」


揺れる体育館に梓は感激したように風を起こし箒を走らせ、自分のコーラスパートを歌いきった。

その光景と2人の声は、エリにも届いていた。


「わああ!」


エリを抱きかかえ一緒に音楽にのっていた通形は感極まって涙を浮かべる。
笑ったのだ。
エリが、両手を上げて、楽しそうに。


「わああ!梓ちゃん、みんな!すごい!」


空を飛ぶ梓を指差して、花が咲いたようにパァッと笑ったエリに通形は涙が抑えきれなかった。


(ああ、緑谷くん!!梓ちゃん!!サー!!見えるかい!サー・ナイトアイ!笑ったよ、笑ったよ!!)


気づいていたかのように梓が氷の道の隙間を縫って一気に旋回し、エリと通形の側まで近づいてくる。
少し強めの風が吹き、表情が見える位置まで彼女は飛びながら近づいてくると、
箒に乗ったまま、片手を伸ばしてきた。


『おいでー!!!』


通形が考える間もなく、エリはなんの躊躇もなくその手を掴もうと両手を伸ばし、
梓は一気に低空飛行するとその勢いのままエリの手を掴み、風でふわりと浮き上がらせ箒に乗せて飛び立った。


「わあああ!!」


引っ張り浮き上がらせたエリを一瞬で背に背負い、箒にスケボーよろしく立ち乗りした少女にますます歓声が上がる。

初めこそ幻想的だったのに箒に立ち乗りして強風ライドする少女はファンタジーの世界から飛び出してきたかっこいい魔法使いだった。


『エリちゃん!!下見て!通形先輩が手ぇ振ってる!ああ、相澤先生がすんごいポカンとしてる!心操も!』

「わあああ!梓ちゃんすごい!浮いてる!氷が、キラキラ!」

『氷の兄ちゃんのところ行こう!』


立ち乗りしたまま高度を上げ、
音楽に乗せて演出隊の前をヒューンッ!と横切れば、


「梓マジかよ!!エリちゃんー!!」

「東堂ー!!かっけー!!」

「すげえ…!」


歓声をあげて手を振る切島や瀬呂、そしてジッーっとこちらを見つめて身を乗り出している轟がいて、
テンションが上がっている梓はもう一度演出隊の前を横切るように旋回すると、


『相棒、おいで!!』


たった一言。なんの計画にも組み込まれていないアドリブである。
おいでと言われたって一体どうやって、と瀬呂が隣の轟を見れば、彼はすでに手摺に足をかけていて、


「轟!?」


ートンッ


高度のある演出隊がいた通路から飛び降りた。
それを見越していたかのように、落下を始めた轟の体を掬い上げるように風が起こり梓が横切り、


ータンッ


空中で動く箒の上に轟がドンピシャで着地する。


『ナイスタイミング!さっすが!』

「やべ、バランスが」

『足凍らせて!』

「ああそうか」


パキッと箒と足を接合するように氷が張る。


(呼ばれて何も考えずに飛び出しちまった)


相変わらず乱暴に背中を押してくる生き様と表情である。
意図していないだろうに周りを鼓舞し巻き込み引っ張り上げる少女は本当に漢気あふれる魔法使いだ。


「おまえ、ほんと無茶苦茶やるなァ…」


轟は風を感じながら、前に立ってエリを背負う少女の背を見る。旋回する時に見えた横顔は最高に幸せそうに笑っていて、その笑みはエリに、轟に伝播した。


_114/261
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ TOP ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -