演奏が終わり、A組の面々は達成感の中後片付けをしていた。
『瀬呂くん、それ持つよ』
「サンキュ。なぁ、東堂、お前に対する歓声ヤバかったな!絶対ファン増えたぜ」
「魅了するって、ああいうことを言うんだろうね」
氷を受け取れば瀬呂に背中を叩かれ青山にウインクされ梓は何のことやらと首を傾げた。
『魅了とかよくわかんないけど、私は私の思いが伝わればいいよ』
「思いが伝わる前に目から入ってくる情報の処理速度が間に合わなかったんじゃね?」
『あはは!確かに。空中から見たらファンタジーの世界みたいでみんなとってもかっこよかったよね』
そうだな、と瀬呂と青山と笑いあっていれば「よーう!オツカレ!」と声をかけられ梓は振り向いた。
『通形先輩、エリちゃん!』
「梓ちゃん、デクさん!」
『いずっくんエリちゃんたち来たよー!』
呼べば、ハウンドドッグに怒られていた緑谷が小走りでやってくる。
怒られて疲れた表情をしていたが、ニコニコしている
エリを見て彼はホッとしたように笑みを浮かべた。
「エリちゃん、どうだったかな?」
「最初は、梓ちゃんが妖精みたいに飛んでてわぁって思ったけど、大きな音でこわくなって、でもダンスでぴょんぴょんなってね」
目をキラキラさせながら前のめりで話すエリに梓と緑谷はうんうん!と頷く。
「ピカって光ってデクさんいなくなったけどぶわって冷たくなって風が吹いて、ぷかってグルグルーって光ってて、」
『うん』
「女の人と、梓ちゃんの声がワーってなって、私…わああって言っちゃった!そしたらね、梓ちゃんがびゅーんってきてね、お空を飛んだの!」
『あははっ、エリちゃん楽しかったみたいだねぇ!』
「…楽しんでくれてよかった」
『エッ、いずっくん泣いてるの』
「なっ泣いてないよ」
エリがあまりにも幸せそうに、楽しそうに笑うものだからジーンと感動してしまったのだ。
目元を拭った緑谷は取り繕うように梓に弁解すると「それより梓ちゃん、エリちゃんと轟くんの飛び入り飛行は流石にヒヤッとしたよ」と窘める。
『ごめんて』
「まぁまぁデクくん、あの演出好評だったみたいで観客も大絶賛しとったんやし」
間に入ってくれた麗日に『お茶子ちゃんフォローありがと』と伝えていれば、もうしないでね、緑谷が微妙な顔をする。
「ええんよ。それより梓ちゃん、私らこの衣装のままおるつもりやけど、梓ちゃんどうする?チームTシャツに着替える?」
『ああ、そうだね。流石にこれじゃ動きにくいし目立つし、着替えたいな』
ちょっと着替えてくる、とエリに背を向けて控え室に戻ろうとする。
その背を見て、エリはぎゅっと首飾りを握った。
あの日以来、肌身離さずずっとかけている首飾り。
あの日、地獄から引っ張り出された日。
エリの目の前に、眩しいばかりに輝く群青色の守護天使が現れた。
その天使に死ぬ気で守る、と言われ、死んでほしくなくて首を振ったら彼女は笑ったのだ。
《私は君を救って、仲間を救って、そして、生きて帰るよ》
その言葉の通り、彼女はエリを守ってなお死ななかった。治崎の殺気を一身に受けてなお、笑ってみせた。
《エリちゃん、一緒に外に出よう。外は晴天だったよ、青空が広がって世界はとっても広い!》
青空?世界?
そんなの、今まで考えもしなかった。
自分にとって、この地獄のような世界が全てで、そんなに幸せそうにかっこよく笑う人なんていなかった。
(梓ちゃんに…伝えなきゃ、)
エリは溢れんばかりの想いのまま、
離れていく梓の背を追いかける。
「待って…!」
アシンメトリーのふわりとしたドレスをぎゅっと握れば、動きが止まり、不思議そうに優しい目がこちらを向いた。
『どした?』
「……あの、これ」
わたわたと首飾りを外せば、ゆっくりでいいよ、と何かを察したのか梓はエリの視線に合わせるようにかがむ。
「あの、ね」
『うん』
エリの手にあるのは、東堂家の当主の証である首飾り。
あの日、守護の意志の象徴として渡されたものだ。
《これ、持ってて。また後で、青空の下で返して。守護の意志は、絶対に君を守る》
その約束は、折れそうなエリの心を救った。
高熱に浮かされている間もずっと握っていた。
守護の意志は、エリの心を半ば強引に掬い上げた。
救われたのだ。
エリは屈んだ梓の首の後ろに手を回し、ぎゅっと抱きつくように首飾りをかける。
『エリちゃん…』
「あの、ありがとう…。ずっと、守ってくれて」
ゆっくり離れたエリは、ぽかんとこちらを見る梓の首元にリンドウをモチーフにした首飾りがきらりと輝くのを見て満足げに笑った。
「梓ちゃん、約束だったから。青空の下で返すって」
『エリちゃん…、』
「ずっと、心を守ってくれて、ありがとう。あのね、梓ちゃん、守護の道は…永遠に、だよね?」
『うん…、そうだよ。永遠だ。浮世の闇を照らすのが、守護一族の使命だ』
「頑張って…!笑顔で、いろんな人を守ってね」
にこりと笑って首飾りに小さな手を当てたエリに梓は一瞬面食らった後、少しだけ泣きそうに笑った。
その仕草は、自分がエリにしたものと同じだった。
自分の思いが、この幼い子の心に届いていたのか、少しでも光になれていたのか。
良かった。
安心したように梓はエリの目を見て笑うと、
『そうだよ。これからも君を守るし、他も守る。守りたいものを全て守ってなお死なない、守護の意志を全うする!』
「うん!」
梓は笑顔でエリと手をにぎり合うと、じゃあ着替えてくるから先に遊びに行っててね、と少女の頭を撫でて、控え室に戻っていった。
その背を見送ったクラスメート達は、
「ずっと思ってたんだけど、あいつ宗教開けるくね?」
瀬呂の発言に思わず耳郎や切島は大きく頷いてしまうのだった。
(信者めっちゃ増えそう。かくいうウチもすでに信者)
(俺も)
ー
控え室に行こうとすれば爆豪がついてきて梓は首を傾げた。
『なあに』
「別に」
『かっちゃん、ドラム上手だったね。かっこよかったぁ』
「!」
『あと、始まりのとき、爆破と嵐のタイミングぴったりだったね!ぶっつけ本番だったけど、かっちゃんとだったからあんまり心配してなかったんだ』
「……お前も、まぁ、なかなかよかったんじゃねェか」
『ほんと?ありがと』
それ以降爆豪は何かを話すわけでもなく、
特に用があるわけでもなさそうで、何故か後ろをついてくる。
しかも地面につきそうなドレスの裾を持ってくれている。
『かっちゃんこれも持ってー』
「なんでだよ」
文句を言いつつずっと手に持っていて邪魔だった妖精のステッキも持ってくれていて。
機嫌が悪いわけではなさそうなのに何故か周りに睨みを利かせている。
『なんか顔怖いな』
「いいからさっさと歩けやノロマが」
『え、ひど』
突然急かされ驚いていると「東堂さんが爆豪に怒られてる」「あ、東堂ちゃん、かわい。サインもらおっかな」と視線が集まりはじめ梓は首を傾げた。
恐らくライブを見てくれた観客達だろう。
わいわいと集まってくる彼らは切島達にも声をかけているようで「楽しませてもらったよー!」と聞こえてくる声に梓はふふっと嬉しそうに笑った。
「あ、笑った。梓ちゃん可愛かったぞー!」
「東堂さん、そのドレスのまんまで一緒に写真撮って!」
「写真!俺も!」
「東堂さん、うちらもいい!?」
『え、あ、うん。いいよ』
「よくねえだろボケカス」
人懐っこそうな梓の後ろから現れた野犬さながらの鋭い目つきの爆豪。
少女に詰め寄っていた生徒達は思わずヒィッと後ろに下がった。
「写真はお断りだ。クソチビ、さっさと歩けや」
『えっなんで私連行されてるみたいになってるの』
「いいからさっさと歩け爆破すんぞ!」
『物騒…!』
半分爆豪引っ張られるように建物内に入った梓にカメラを構えていた生徒達は(爆豪、過保護すぎんだろ)(独占欲強すぎだろ)と若干引いた目をした。
着替えを済ませて控え室を出ると、部屋の前に爆豪が待ってくれていて梓はますます訳がわからず首を傾げた。
『かっちゃん、なあに?』
「何もねえよ。行くぞ」
『切島くんとかは?』
「知らん」
建物外に出れば、出待ちのように人がいて一瞬ワッと集まりそうになるが爆豪の鬼の形相を見てモーゼの海割りのように人だかりが割れる。
『エッ、めっちゃ警戒されてる…。私暴れすぎた?』
「ハッ、そうかもな」
『かっちゃん何で笑ってんのさ。大事な幼馴染が嫌われてるかもしれないんだよ?フォローしてよう』
「誰がするかよ」
いい気味だ、と笑うものだから酷いなこいつと頬を抓れば、やめろと頭を叩かれ取っ組み合いの喧嘩になりそうになるが、
「はい、そこまで。梓、一緒にまわろ」
『耳郎ちゃん』
「爆豪、番犬はここまででいいよ。こっからはウチがやる」
「しゃしゃってんじゃねーよクソ耳」
「爆豪こそ、周り威嚇して遠ざけて…不毛だわ」
「ああ゛!?」
『かっちゃん耳郎ちゃん、早くミスコンいこ。波動先輩を見たいよ』
「「…ああ、うん」」
お前のことで喧嘩してるんだけどね、と思わず心の中で思うが梓は全く気にしていないようで諦めて彼女に引っ張られるようにミスコンのステージに向かった。
(波動せんぱーい!わー!ね、見て!幻想的だ!)
(おめーも幻想的だったよ。途中からぎらついたけど)
(ぎらついたとはなんだ、瀬呂くん)
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