文化祭本番まで授業後は練習や準備があるため自由な時間が取れない。
だからといって、稽古を疎かにする訳にもいかない。
となったら、
『こうなるよね〜…』
「眠ィ…」
AM6時半。
梓と心操は稽古場で真剣片手に眠そうな顔で向き合っていた。
日課である鬼ごっこを終えた後の真剣10本勝負である。
寝ぼけ眼で一旦刀を仕舞った梓はフワァ、とあくびをすると休憩ー!と言って床に座りこむ。
心操も同じだった。大の字になると今にも眠りそうに目を閉じて、
ちゅんちゅん、と小鳥が鳴く声が聞こえる中、朝日が部屋に入り込んでくる。
『ふわぁ…、疲れた』
「……俺はともかく、アンタはキツイだろ。朝練して、ヒーロー科のカリキュラムの後に文化祭の練習して、体力オバケかよ」
『心操も…文化祭の準備終わったら、自主練してるでしょ』
「!…なんで知って、」
『わかるよ。太刀筋が鋭くなってるもん。捕縛布も随分慣れてるし』
「オバケかよ」
『もはや悪口…!』
ひどいこというなぁ。
褒めてるんだよ。
といつものように軽口を言い合いながら梓はゆっくり立ち上がり、素振りを始める。
刀が風を切る音に引っ張られるように心操も体を起こし、ボーッと少女の太刀筋を見つめた。
相変わらず綺麗で無駄のない剣。見惚れながら、そういえばこの子はミスコンには出ないのだろうか、とふと疑問に思う。
「梓…」
『なぁ、にっ!』
「ミスコン、出ないのか?」
『ミスコン?っふ、君まで言うか。みんな、聞いてくるんだよ、ね!』
素振りをやめて『どうしてみんな聞くのかな?』と不思議そうにこちらを見る梓にそんなに聞かれたのか、と心操は苦笑した。
「そりゃ聞くだろ。有望株だ」
『…自分が多少、学校内で目立ってるのはわかるけど、ミスコンって目立つ人が出るものじゃないでしょ』
「目立ってんのはわかってるんだ」
『んん…まぁ、色々事件に巻き込まれたし、インターンのこともあるし』
「ああ、そっち。それもあるかもしれないけど、それだけじゃないと思うよ。ほら、前に俺に絡んできた人たち…あれはアンタのファンだろ。ああいうの、結構いるらしいよ」
『ファン、ねぇ…。あの時以外見たことないけど。それに、心操に手ぇ出した時点で私にとっては敵だからなぁ』
「可哀想だけど、自業自得だな」
勝ち誇ったように笑うが、守りたい子に守られたことを思い出し少し情けなくなって笑みを引っ込める。
梓は刀を鞘にしまいながら、
『心操のクラスは、何するの?』
「お化け屋敷」
『え、幽霊するの?』
「まあね。おいでよ」
『行ってもいいの?』
「邪魔しないんならいいよ。A組の馬鹿騒ぎも見に行くよ。梓は何するんだ?」
『んとね、ほうき…あ、ネタバレすんなって耳郎ちゃんに言われてるから言わない!明日まで内緒!』
と言ったところで、本番明日か!と梓は顔を青ざめさせた。
緊張してきた、とソワソワし始めた少女に心操は今更かよ、と吹き出す。
「隠すからにはびっくりさせてくれるんだよな?」
『んん…ハードルをあげるなよ。いじわるだなぁ』
「あげてないよ。期待してるんだ」
『何ニヤニヤしてるの。ほら、立って!次は捕縛布の鍛錬だー!』
「スパルタかよ」
まぁ、望むところだけど。と起き上がった心操は首に巻いていた捕縛布に手を掛け、梓に相対する。
その目は鋭く、守護一族と同じようにぎらついていて、そこまで似るようになったかと相澤が驚いたのは記憶に新しい。
そして、捕縛布で梓を捕まえようと駆け出し、
超ハードな朝練は続行された。
ー
その日の夜、A組は体育館で最終確認をしていた。
切島を箒の後ろに乗せながらすぃーっとゆっくり飛ぶ少女はしかめっ面で、下から見ていた瀬呂は思わず吹き出す。
「東堂の顔!眉間のシワ!」
「…ああ、ゆっくり飛ぶのはコントロールがいるらしい。室内で派手な竜巻起こすわけにはいかねえからな」
「派手でも、扱いづらい個性は大変だよな。でもよ、4月の時より随分コントロールが上手くなったよなァ」
轟と話す瀬呂の視線の先には、やっと安定したのかホッと息をつき振り返って切島と笑い合う梓がいる。
「相澤先生が努力の子って言ってた。ずっと、鍛錬した結果があれなんだろうな」
「努力の子かァ…。俺も頑張らねーとな」
すぃーっと体育館の天井付近まで行った少女を目で追いかけていれば、ぱちりと目が合う。
『…瀬呂くん!そこまでピリピリこない!?』
「おう!雷の影響なし!」
『耳郎ちゃん!私のこと見える!?照明で影になってない!?』
「バッチリ見える。サビ後半にそこらへんに居てね」
『よぉし、切島くん急降下しまぁす』
「エッ…ぎゃあ!!」
風が止み、ストーンッと床ギリギリまで一気に落ちた箒に切島は悲鳴をあげるがぶわりと風が吹き叩きつけられることはなく、梓の笑い声が響く。
『あっはっは』
「梓〜…!マジびびった!咄嗟に硬化しちまったじゃねェか」
『ごめんごめん、あんまり楽しそうにしてるもんだからつい』
「悪戯っ子か!ま、いいけどよ。乗せてくれてありがとな」
『どぉいたしまして』
箒から降りた梓に「東堂君、かなり安定して乗れるようになったじゃないか!」と飯田が駆け寄り誉めちぎった。
『あは、ちょっと頑張った』
「皆を楽しませるために…!君は本当にヒーローの鏡だ!東堂君の想いはきっと学校中の皆に伝わるよ」
『???』
「どうしたんだい?首をかしげて」
『え?ああ、いや、私そんなに伝えたい想いとかなくてさ!ピンとこなくて』
やっぱりそう言うのないとだめかな?と苦笑した梓に飯田はぽかんと口を開ける。
「どういうことだい?」
『んん…私に、楽しんでって言われても多分、それは余計なお世話なんじゃないかって』
自分でもなんと言ったらいいか分からず唸れば、飯田は察したように眉を下げた。
「東堂君、すまない。この前普通科の生徒が君の事を悪く言っているのを聞いてしまったんだが、もしかして君、直接言われたことがあるのかい?」
飯田の問いに、わいわいしていた体育館が少し静かになった。
耳郎がびっくりした顔でこちらを見、爆豪もジーッと梓を見つめる。
彼女はなんて事ないような顔で飯田を見上げると、
『悪く?ああ、連合に攫われた時のこと?ま、そりゃ私の不手際だから悪く言われるのしょうがないよね』
「…東堂君、」
『でも!私もかっちゃんも、好きで攫われたわけじゃない。だから謝るつもりはない。あと、たしかに他科の人たちは迷惑被ってるんだろうけど、べつにご機嫌伺うつもりもない』
ばっさり切り捨てるように言ったそれは爆豪の「音で殺る」宣言と似ていた。
梓はゆっくり口角をあげると、挑戦的に笑う。
『明日、ここに来る人達に一方的に押し付けるんだ。私は二度と敵に転がされたりしないし負けるつもりもない。あなた達を守るために人生を賭して守護の道を歩むから、全員黙ってこの背を見てろって』
周りが呆気に取られる中、爆豪だけは梓と同じように口角を上げて笑っていた。
「…わかってンじゃねェか」
本当、こいつら滾る発言をするよなァ、と
クラスメート達は同じように口角を上げ、明日の成功を誓うのだった。
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