106
2日後、朝早く目が覚めた梓は甚平姿で共同スペースに降りてきていた。


(ちゃんと眠れない…)


八百万がくれたハーブティーを飲みながら、まだ薄暗い外を窓から眺める。
昨日は全く眠れず、今日は寝ているのか起きているのかわからない不十分な睡眠だったせいもあり頭はぼーっとしていた。

癖で当主の首飾りを触ろうとし、ああそういえばエリちゃんに渡したままだ、と思い出す。


(エリちゃん…大丈夫かな)


自分は本当にあの子を救えたのだろうか。
物理的には助け出したのかもしれないが、きっとあの子の闇は深い。
その深い闇から、引っ張りださなければいけない。

ナイトアイの死を無駄にしてはいけない。


(ナイトアイさん…今日が、お葬式か)


コップに口をつけながら見る外は、雨が降っていた。
まるで泣いているように降るそれが、梓の背に重くのし掛かる。


(もっと早くあの場に着いていれば、ナイトアイさんを救えたのかなぁ)


憂うように窓にトン、と額をつけて暫く雨がしとしと降るのを眺めていれば、背後に気配を感じた。


『ん?』


こんな朝早くに誰だろうと思い振り返れば、
幼い頃からずっと見慣れた色素の薄い金髪がすぐそばに居て、じっとこちらを見下ろしている。


「…まだ4時だぞ、何しとんだ」

『かっちゃんこそ』

「俺は……何となくだ」


何となく、お前が起きてるんじゃねえかって思った。
とポツリと零す。


『何それ、テレパシー?』

「そうかもな。寝れねェのか?」

『うーん…うん、寝れないかも』


何でだろう、と首を傾げる梓に爆豪は心配そうに眉間にしわを寄せ、窓際から離すように腕を引っ張った。


『かっちゃん?』


引っ張られるがままについて行けば彼は冷蔵庫まで行き、戸を開けるとりんごジュースを取り出す。


「やる」

『えっいいの?かっちゃんのりんごじゃないの?』

「お前んだよ」


俺はこっち、と自分の分の飲み物を取った爆豪はまた梓の手を掴むと強引にソファに座らせ、自分もドカッと隣に座る。


『……』


今までになく優しい彼に空いた口が塞がらない。
「んだよ?」と少しだけ睨まれ梓は空いた口を閉じると、パックのりんごジュースにストローを刺した。


『かっちゃんが優しい』

「俺ァいつも優しいだろが」

『そうかなぁ?うーん…うん、そうかも』


確かに、彼は辛い時にそばに居てくれることが多い。
ぶっきらぼうだし時々意地悪だし、とても悩み相談にのるタイプではないのだが、作ろうとした壁を飛び越えてぶち壊してくる。
赤目の三白眼が隣に座る少女の顔を覗く。


「で?何で寝れねーんだよ」

『んん…寝れないことはないんだけど、インターンの時のことを夢で見て、起きちゃう』

「どんな夢だ」

『ん、と、ああしてればーこうしてればーって。もしもっと早かったら、って』

「……早かったら?」

『早かったら、ナイトアイさんが死ぬこともなかったかもって…』


爆豪に無理やり引っ張り出された想い。
ずっと、ずっと心に燻る後悔と罪の意識。


『最初は、自分を責めた。私のせいで死んだ、私が弱いせいで、って。だから、ナイトアイさんの死を背負って、生きて…』

「おう」

『でも、そうじゃないって、言われた。私は私にできることをしたって、大健闘だったって、先生が』

「おう」

『頭ではわかってるんだよ。たられば言ってもナイトアイさんは戻ってこないし、私は私にできることをした、し…。でもさァ…、なんか夢に出てくるんだ』


泣きそうに、顔が歪む。
爆豪は何かを堪えるように背中を少しだけ丸める少女の頭にぽん、と手を置いた。


「……全部吐け」

『っ…夢でね、私間に合うの。ナイトアイさんがお腹を貫かれる前に、その棘を、私の雷が粉砕するんだ。それで、よかった!って思ったら夢で』

「マジか、きちィな」

『通形先輩が個性を無くす前に間に合う夢も見たし、もっと早く、エリちゃんの危機に気づく夢も見た…!でも、すぐ目が覚めて、現実に戻って…。もう寝るの嫌んなって…』


爆豪にポンポン、と頭を撫でられながら梓は想いを吐き出した。


『うう〜…、かっちゃん、辛い!人が死ぬのは嫌だ!』

「皆そうだろ」

『そうだけど!』


大きな手がぐっと頭を押さえつける。
爆豪はつらさに耐えるように眉間にしわを寄せる少女の首の後ろに手を添え、背中まですっと手を下ろし、撫でる。


「梓、」

『ん。』

「仮免取って、次は俺も一緒に守ってやらァ」

『お?』

「俺もいりゃあ、少しはなんとかなったかもしれねーだろうが」

『かっちゃん…』


確かに、かっちゃんがいたら皆助けられたかもなぁ、と頭と背中を撫でられながら考えていれば、少しずつ眠くなってきた。

爆豪も梓の目がとろんとしているのに気づき、珍しく頬を緩める。


「寝ろや」

『んん…やだ。寝たら、また起きたときに…がっかり、する』

「いいから寝ろ。俺がここにいてやるから」

『んー…でも』

「別の事考えろ」

『えーーどんなこと?』


寝ないと言っているわりに眠さに耐えられず爆豪の膝の上にごろんと頭を預けるものだから、眠くなったら人にくっつく所はガキの頃から変わんねえな、と爆豪は呆れたように笑った。


「リンゴ数えとけよ」

『んー、じゃ、かっちゃんがリンゴ農家に、なるための、シュミレーションする…』

「なんでだよ」


幼い頃から親に甘えることをせず、稽古に打ち込んできた彼女にとって爆豪はある意味唯一甘えられる相手だったりする。
いつも喧嘩をしているが、お兄ちゃんのような役割の時もあって、
そんな彼だけが知っている梓の幼い時からの癖。


「変わんねェな、お前」

『んー…』


本格的に寝始めた。

爆豪は少し安心したようにホッと息をつくと、梓の髪をときながら自分もいつの間にか二度寝してしまい、
最初に起きてきた緑谷に「梓ちゃん起きて!かっちゃんずるい!」と叫ばれ飛び起きるのだった。

勿論三つ巴の喧嘩になった。


(叩き起こしてんじゃねェぞクソデクが!!)

(だ、だってかっちゃんが!!僕の梓ちゃんと…!!)

(誰がお前んだ!!)

(2人ともうるさい!腕引っ張んないで!)





朝から一悶着あったものの準備を終えた梓は相澤とオールマイトの引率のもと、緑谷や切島、麗日、蛙吹と共にナイトアイの葬儀に出席した。

入れ替わり立ち替わりやってくる弔問客。
至る所ですすり泣く声が聞こえ、梓はしんみりと通路の端に立ち尽くしていた。


『……』


部屋の中では緑谷がナイトアイ事務所や通形と、切島がファットガムや天喰と、麗日蛙吹がリューキュウや波動と話している。

イレイザーヘッドがインターン先である梓は特に話すこともなく、お経が聞こえる場にいるのが嫌でぽつんと1人でいれば、床に影ができ、ふと顔を上げる。

そこには心配そうにこちらを見下ろす天喰がいた。


「…大丈夫?」

『え?』

「いや…、思い詰めた顔をしてたから」

『……あ、大丈夫、です』


こくりと頷くが表情は晴れず、天喰は眉を下げた。
自分から人に話しかけるのは苦手だが、いつも花のように笑っているからこそ、思い詰めている表情が見ていられなかった。


「身近な人が、亡くなるのは初めて?」

『…いえ、両親とも、もうこの世にはいません。でも、目の前で…人が致命傷を負うのは初めてでした』

「そうか…。」

『私も、先輩みたいに強ければ…、何か変わったかも、なんて。どうしようもないことが、考えないようにしててもフッとわいてくるんです』

「梓ちゃん…アッごめん、東堂さん」

『えっ、なんです言い直して』

「いや、切島君が君のことを名前で呼ぶから釣られて…、俺みたいなのが君のことを名前で呼ぶなんておこがましいよな、ごめん」

『えええ何それっ』


まさか天喰が落ち込むとは思わず梓は少し笑いながら顔を上げていた。


『気にしないでください、むしろ最近は名前で呼ばれる方が好きなんです。名字はやっぱ、家がちらつくので』

「…しかし、」

『じゃあ、私も環先輩って呼びます。これでおあいこです』


自分がいきなり呼んでおいて怖気付いているのだが、ちらりと梓を見ればへらりと笑っていて、目を逸らしつつも天喰も少しだけ頬を緩めた。
わかった、と了承し、ずっと彼女に言いたかったことを伝えんと勇気を出して梓の両手を掴む。


『んっ?』

「梓ちゃん…、ありがとう。ミリオを助けてくれて、駆けつけてくれて。ミリオに全部聞いた」

『え、いや、私は何も…むしろ、駆けつけるのが遅くて!もっと早ければ通形先輩を…』

「ファットガムに聞いたけど、八斎衆のホコタテコンビを相手にした後に無理をして駆けつけてくれたんだろ」


天喰は思いを伝えるようにぎゅっと梓の手を握る。
通形が言っていた。
もうダメだ、と膝をつきそうになった時に彼女は現れた、と。
そして、なんてことない顔で大丈夫だと笑うと落ち込んでいたエリの心を掬い上げ、その存在は小さいのに通形の折れそうな心も救った。

苦し紛れに言った、あとは任せた、という言葉。
それに彼女は元気よく任されましたと返事をしてくれたのだと。
そして、緑谷と共にエリを治崎から奪還した。

彼女は天喰の「ミリオを頼む」という思いと、通形の「エリちゃんを任せた」という思いを、受け止めて体現してくれた。
それは思いを託した側からすれば心を救われたも同然で。

そんな子が、落ち込んでいるならどうにかしてあげたいと思うのが先輩心なのだ。


『私は、本当に、環先輩や通形先輩にお礼を言われるほどのことはできてなくって。むしろ、お二人が凄すぎて、自分の弱さが』

「大健闘したとファットガムもイレイザーヘッドも言っていた。それに、サー・ナイトアイが殉職したのも勿論君のせいじゃない。少し落ち込んでしまうけどね。それは俺もミリオも波動さんも、他のみんなも同じだ」

『…。』

「誰がなんと言おうと、君はミリオと同じ太陽だった」


バーっと喋って、ぽかんとしている後輩を見て、ああ喋りすぎただろうかと天喰は顔を青くした。
俺みたいな奴がミリオのように明るい太陽であるこの子を励ますなんて。
何しているんだ自分、と思わず口を噤むが、


『ありがとう、ございます』


ぎゅっと手を握り返され、天喰はぴくりと反応する。
梓は1つ深呼吸をすると、じっと天喰を見上げ、


『サンイーターにここまで言わせて、俯いてるわけにはいきませんね!』

「え、あ、うん」

『先輩やみんなが言う太陽ってのが、どういう意味なのかはよくわかんないけど…通形先輩に似てるって言われるのは、環先輩の中で最上級の褒め言葉なんだろうなってわかります』

「ああ、そうだよ」

『…治崎だけじゃない、まだ敵はわんさかいる。俯いてる時間はありませんもんね。すぐにでもサンイーターの隣に並べるように、私もがんばります』


思いを込めるようにぎゅっと握った手が離れ、梓の両掌が下を向く。
天喰は一瞬戸惑うが、遠慮がちに両掌を上に向け、


ーパシンッ


2人の掌が合わさり音がなる。


『待っててください、追いつきます』


太陽のようにキラキラ輝く目を向けられ、
天喰は、これは先輩としてまだまだ頑張らなければ、といつもとは違う前向きな思考でこくりと頷いた。

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