107秋の始まり
数日後、いつの間にか9月も終わり10月を迎えた。
夏の気配はすっかり消え去り寒暖の差も激しい。

インターン中に進んでいたらしいエクトプラズムの数学の授業が全くわからず休み時間に爆豪に教えてもらったり、
緑谷に青山の奇行を相談され爆笑したり、
耳郎の部屋で音楽を聴いてまったりしたり、
心操と相澤と鍛錬しながらサポートアイテムを考えたり。
梓はあの激戦が嘘のような学生らしい生活を送っていた。


「梓、あっちで三奈がチームアップの話しててさぁ」


前の椅子にまたがる様にこちらを向いて座った耳郎に声をかけられ、梓は携帯をいじっていた手を止め顔を上げる。


『チームアップ?』

「そ、ニュース見てない?Mt.レディとエッジショットとシンリンカムイのラーカーズってチームができたって話。それで、三奈が将来チーム組もって」

『へー!エッジショットさん連携うまそうだもんなぁ!すごいね!三奈ちゃんのチーム構想ってどんなの?』

「麗日が浮かして瀬呂が操作して三奈が酸の雨降らす。そんで、梓が突風吹き荒らして酸の豪雨にするのが必殺技だって。あと、ウチと障子と口田が偵察部隊で、チーム・レイニーデイ」

『なにそれえっぐ!』

「えぐいけど、多分強いよね。梓はチーム考えるとしたら、誰と組む?」

『ええー、迷うなぁ。まず耳郎ちゃん、心操、あーとーはー』

「ウチ入れてくれんのは嬉しいけど心操!?あいつ普通科じゃん」

『でも洗脳って強いじゃん。もちろん、私にできない索敵ができる耳郎ちゃんは最優先事項』


けろりと言うものだからなにも言えないが、
まさか轟、爆豪、緑谷、切島よりも先に心操の名前が出てくるなんて思わず耳郎は思わずその4人に聞かれていたら面倒だと周りをさっと見渡した。

たしかに洗脳という個性は強いが、ヒーロー科の誰よりも先に普通科の彼の名前が出てくるとは思えない。かなりの信頼度である。


「なんか、仲良いんだね。殆ど喋ってるところ見たことないけど」


自分が必要とされている嬉しさよりもそっちが気になって乾いた笑いをすれば梓は確かに、と頷いている。


『心操、口数多くないもんね』

「いやそういうことじゃなくて。アンタと奴が話してるところ見たことが殆どないって事。っていうか、心操のことは呼び捨てなんだ?幼馴染2人以外全員君づけの梓が!」

『え?そうだっけ?環先輩は下の名前で呼ぶよ?』

「誰それ?」

『天喰環先輩だよ、ファットガムんとこの。ビッグ3の』

「ああ…!インターンで一緒だったって言ってたもんね。梓がそうやって呼ぶの、珍しいね」


少し興味深そうに見てくる耳郎に、そんなに?と笑いながら梓は席を立つ。


『ま、そんなことは置いておいて、圧縮訓練に行きますかぁ』

「おおし、頑張るか」

『ん、耳郎ちゃん必殺技2つ出来たの?』

「まだ、未完成かな。梓は出来てたよね、色々」

『うーん、出来てはいるけど、つくづく自分の個性は戦うこと以外には向いてないなぁって思う。もっと、救助に直結する様な優しい必殺技がほしいな』

「適材適所って言うじゃん。ウチは逆に梓みたいに戦闘得意って訳じゃないから、凄いなっていつも思ってるよ」

『それをいうなら私だって耳郎ちゃん凄いって思う』


お互い褒めあいながら更衣室に向かっていればすれ違いざまに峰田にいちゃつくなコラと威嚇された。


今日も個性圧縮訓練+必殺技開発・向上訓練である。
各々が自分に合う地形に移動する中、梓はいつも自分がいる最高度の地形を下からぼーっと見上げていた。


「どうしました?」

『あ、セメントス先生、あの…私の個性で防御技を身につけることってできると思います?』


セメントスは目を見開いた。
目の前にいる少女は小柄で華奢な見た目には似つかわない超攻撃型の個性と戦闘能力を持っており、一年生の中でも飛び抜けて戦闘センスのある生徒の1人である。

その少女が自信なさげにうつむき気味でそんな問いをするものだから驚き、ああ自信がなくなっているのかもしれないと考える。


「防御…そうだね、君の個性は防御向きではないね」

『そ、そうですよね』

「君の良いところは、戦闘に直向きなところです。長所である戦闘面を極限まで伸ばすために、コントロール重視の特訓をした方が良いと思うが」

『……ですよねっ』



少し迷いつつも同意する様に無理やり頷いた梓にセメントスは少しだけ眉を寄せ、


「迷っているのかい?」

『……え、と、少しだけ』

「どう、迷っているんだい?」

『んん…もし、防御するような技ができれば、幅が広がるなぁって。あと、私…救助苦手だし』

「君にしては随分抽象的だね。東堂さん、迷いは怪我の元ですよ。訓練は危険がつきもの。迷いながら訓練をするのは、些か危ない」

『んー…、でも』

「迷いを解消するためには、人に話してみることです。勿論、私たちのような教師でも良いし、ご学友でも良い。まとまらなくても良い、とにかく人に話すことで絡まっている糸が解けることもある」

『んん、わかりました』

「今日は見学をしてみたらどうかな?何か気づけることがあるかもしれないから」


見学なんてしていて良いものだろうか。
コントロールに課題の残る状態で鍛錬をストップさせることは自分の焦りを増幅させそうで思わず眉間にしわを寄せるが、セメントスはその心情を見透かしているかのように笑った。


「急がば回れ、ですよ」

『……はい』


そこまで先生に言われて、我を通すほど強くもない。
梓は大人しく頷くと、クラスメートたちの訓練を見ようとふらふらと彷徨い始めた。

切島は防御力を上げようと安無嶺過武瑠で爆豪・佐藤の攻撃をひたすら受けている。
きっと先日の乱波戦の反省点を生かし、自分の長所を真っ直ぐ伸ばすつもりなのだろう。

麗日は許容上限をあげる訓練をし、蛙吹は保護色をより本格的に。
耳郎はイヤホンを鍛え、芦戸は溶解度を上げて防御技を編み出している。


『んー…』

「東堂さん、どうしたの?」


うろうろしていれば不思議に思ったらしい尾白に声をかけられた。


『あ、うん、ちょっといろいろ迷ってて…セメントス先生に周り見てみろって言われてさ』

「東堂さんが迷ってるの?何に?」

『ん、しないといけないことが多くて何からして良いかわかんないのと、自分の個性に向いてないこともどうにかしなきゃいけないんじゃないかって、焦り?』

「よくわかんないけど…たしかに話だけ聞いてるとかなり迷ってるみたいだね」

『うーん…最近ちょっともやもやしながら鍛錬してたんだけど、セメントス先生に言われて自分が迷ってることに気づいた』


あははーっと眉を下げて笑う少女に、スランプみたいだねと尾白は物珍しそうに目を見開く。

いつも迷いなく眩しいほど真っ直ぐに戦闘力の向上に励んでいた梓がここに来て迷うとは。
驚くと同時に、この前のインターンが彼女の心に一石を投じたのだろうか、と想像した。

話を聞く限り、彼女の活躍は目覚しいものだったそうだが、1人殉職したのは事実だ。
個性に向いていないことも伸ばさないといけない、と聞いて真っ先思い出すのは彼女の苦手分野である救助。


「東堂さんが苦手な救助を向上させるには、コントロールをあげる事が最重要課題なんじゃないか?」

『んん…コントロールの質の向上は、わかってるんだけど、なんか集中できなくて』

「どうして?」

『自分でもわかんないんだけど…、例えば、とんでもない打撃力を持っている敵がいたとして、その打撃の強さが私を上回った時…、私は自分の回避術で避けられるし戦闘の中で負けるつもりはないけど、背に守ってる人たちを守るためにはやっぱり防御が必要なんじゃないかって』

「……つまり、壁となる技が欲しいってこと?」

『うん…じゃないと、盾にはなれない。私は今、攻撃することを防御としてるから、ちゃんとした盾じゃない』

「うーーん…気負いすぎな気もするけど」


責任感が強すぎる気がして思わず苦笑いをしてしまう。
彼女にそこまでを求めている人間はいないだろう、むしろ、逆だ。彼女の戦闘能力の高さと、向上心は周りに伝播する。

「一度、リフレッシュするのもアリなんじゃないか?」と優しい笑みで諭す尾白に、リフレッシュしてる時間は、と返そうとするが先ほどセメントスに「急がば回れ」と言われたなぁ、と思い出し梓は一瞬口を噤んだ。

そして、


『そだね、少しリフレッシュしてみる!』


ふぅ、と息を吐き肩の荷を少し下ろした。





その日の夜、梓は尾白に言われた通りリフレッシュのため、心操との稽古を休んで共同スペースでそわそわしていた。


「お、この時間に梓ちゃんがおるの珍しいわ。今日は鍛錬しないん?」

『うん、今日はお休み!充電の日』

「そっかぁ!いいね、梓ちゃんいっつもフル回転って感じやから、休むのもいいと思う」

「だよねぇ。休むのも立派な鍛錬だよ。梓ちゃん頑張りすぎだし、いろいろすり減ってそうだから心配してたんだ!」


麗日、葉隠に労われ、少し世間話をしていれば、
「やること無いならウチの部屋おいでよ」と耳郎に誘われ、梓は言われるがままに八百万と一緒に彼女の部屋に行った。

今までにも何度か入ったことあるその部屋は相変わらず楽器だらけで、いいなぁ、と頬を緩める。


『耳郎ちゃん、何か弾いてよ』

「別にいいけど。梓は何かできないの?」

『私は三味線だけ。子供の頃少しやらされていた』

「エッ、三味線できんの!?凄いじゃん。あーでも、ウチ持ってないや。一緒に弾きたかったな」

「そういうことなら、私出せますわ」


八百万の個性である創造でお腹から出てきた三味線に耳郎の目が輝く。
撥を受け取り三味線を構え、『ももちゃん、出してくれてありがとう。懐かしいな』と目を細めてベンベン弾き始めた梓の表情は久し振りに緩んでいた。

耳郎も楽しそうに体を揺らすとギターを弾き始め、2人で口ずさみ始めるものだから八百万は突然始まったセッションにるんるんと手拍子を合わせる。


「ふふふ、お二人ともお上手ですわ」

「梓、意外と歌えるんじゃん。っていうかこの曲知ってるんだ?」

『んーん、耳郎ちゃんの部屋でよく流れてるから覚えたっ』

「耳コピかァ…やるねぇ。でも、やっぱり音楽はいいな。梓のそんな顔初めてみた」

『えっ?』


そんな顔?どんな顔しているだろう?
思わず弾くのをやめて2人を見れば、にっこり笑っていて、


「なーんにも考えてない、ゆるゆるの顔!アホ面っていうのかな」

「ふふふ、言い過ぎですわ。でも、たしかに…梓さんはいつも表情豊かですけど、そのお顔は初めてですわね。特に最近、憂う顔をお見かけすることが多かったですから」

『耳郎ちゃんアホ面ってひどいぞ!っていうか、憂う顔?私そんな顔してた?』

「ええ、何かありましたの?よければ相談に乗りますわ」

「前ほど張り詰めてる感じは無いけど、たしかに最近もやもやしてそうだよね。どうしたの?珍しい」

『……んと、』


優しい顔で聞く体勢に入ってくれた2人に背中を押されるように、梓はゆっくりと三味線を置く。


『ちょっと、迷ってて…。今日もセメントス先生に、相談してみたんだけど、よくわかんなくなっちゃって…』

「うん」「ええ」

『あのね、私の個性…攻撃に特化してて、自分も戦う事しか頭になかったからずっと鍛錬漬けだったんだけど…この前の、インターンの時にふと思ったんだよ。自分の最大出力を上回る打撃や、範囲攻撃を持つ敵相手に、私はどうやったら後ろの人を守れるだろうって』


思い出すのは乱波や治崎である。
乱波の打撃を避けることはできても切島のように受け止めることはできないし、治崎の範囲攻撃がもし住宅地に向けば、自分は全てを守ることはできなかっただろう。


『今までは、勝てばいいって思ってたんだ。たとえ力で負けても、避けてカウンターを狙うとか柔軟に、って。でも、避けたら後ろの人に当たるじゃん。そうした時に、壁になれないなって思って』

「梓…」

『私の個性は、優しい個性じゃ無いから。勝って守る事はできても、大災害や範囲攻撃から全てを守ることはできない、のかなって』


ぽつりぽつりと零した言葉に耳郎と八百万は目を合わせた。
彼女の迷いはわかった。
何が言いたいのかも伝わった。

が、彼女の考えにも迷いにも賛同はできなかった。
八百万の目を見て、きっと彼女も同じことを思っていると確信し、耳郎は一旦ギターを置くと梓の目を見る。


「あのさ、」

『?』

「なんで全部自分でやろうとすんの」

『え?』


ぽかんと聞き返した梓に耳郎は言い聞かせるように目を見て続ける。


「梓はさ、ずっと1人でやらなきゃって思ってきたからなかなか考えを180度変えるのは難しいと思うけどさ、防御は防御が得意な人に任せればいいじゃん。そのためにセメントス先生や切島がいるんだよ。適材適所って言うじゃん。ウチらからしたら、梓は希望だよ。マジで心強いよ」

「そうですわ。ヒーローは適材適所、1人で全部守ることなんて不可能ですもの」

「ヤオモモの言う通り。それに、攻撃は最大の防御って言うじゃん。ヒーロー活動の中で一番辛くて怖くて危険な戦闘”って分野で前に立ってくれる梓は本当よくやるなって思うよ。かっこいいもん」

「それに、自分の個性が優しくないなんてありえませんわ!確かに包み込むような個性ではありませんが、あの雷光は私にとっては希望の象徴ですもの」

「わかる、仮免試験で雷見えて安心したもん。梓がいるならギャングオルカもどうにかなるかァって」

「梓さんはその個性と人柄で、人の心も救っていますわ。私が保証します」


ハッキリと、目を見てそう言った八百万の脳裏にはこの半年見てきた梓の生き様が思い出されていた。
訓練中、試験中、そして、有事の時。

極限状態で一度もブレたことがない彼女は八百万にとって逆境に立ち向かう時の象徴だった。


「梓さん、あなたはあなたの思うままに、まっすぐ守護の道を進めばいいんです。そして、私たちもその道を一緒に歩みますわ」

「そうだよ、なんでここに来てブレるの。らしくないなぁ」

『2人とも…、うん、』


何を迷っていたんだろう。
2人のおかげで梓の迷いは無くなっていた。


『そうだね、私は私のできることを極めりゃいいのか。セメントス先生の、周り見ろって…そういうことかぁ』

「ん、周り見たら、救助が得意な人とか防御が得意な人とか、ウチみたいにスニークが得意なのもいるからね。きっとそういうことだと思うよ」

「そうですわ。梓さんは1人で気負いすぎるところがありますものね」

『そんなつもりないし、みんなの事すごく頼りにしてるつもりなんだけどなぁ。でも、確かに全てを1人でやろうとしてたのかも。ナイトアイさん死んで、どうしてこうなってしまったんだと考えた時にやっぱり自分をたくさん責めてしまってさ』

「うん」

『まだちゃんと前を向けていなかったのかも。自分の中で混乱しちゃった』

「その混乱はなくなりました?」

『うん、百ちゃんと耳郎ちゃんのおかげだ。本当にありがとう!』


にへらと笑ってガバッと頭を下げる梓に八百万と耳郎はつられたように笑うのだった。
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