104終結
重い瞼をこじ開ければ白い天井が見えた。
消毒液の匂いと、中途半端に閉められたカーテンの間から夕日が差し込む。

両腕や脇腹には大きな包帯が巻かれているが痛みは感じず、ああ治癒されたのか、と梓はゆっくり自分の状況を理解した。


「起きたか」


横を見れば、剥かれたりんごをしゃくしゃく食べている相澤がいて、え、多分だけどそれ私のりんごじゃない?と怪訝な顔をすれば皿に乗っている余ったりんごを口に突っ込まれた。


『わふっ』

「丸一日寝てたぞ。体の調子は」

『だいひょうふれふ』


しゃくしゃくりんごを噛みながら頷き、ごくんっと飲み込むと梓は徐ろに身体を起こした。


『…先生は?最後、辛そうに見えましたけど、』

「10針縫った。最後は玄野の個性にかかっていてな」

『そんな状況で…派手に助け求めちゃってすみません』


申し訳なさそうに眉を下げる梓を見て、あの時の叫びが思い出される。
玄野の個性で思うように体が動かない中、聞こえたのだ。
先生、助けて!と心からの叫びが。

ここで応えないわけにはいかなかった。
あまり助けを求めることのない教え子からの最大のSOS。
相澤は梓の頭の上にぽん、と手を置くと


「いや、良かったよ。あの時、俺を頼ることは最善の選択だった」

『んん…、あの時は頭回ってなくて、よく考えずに先生にヘルプ求めちゃった…』

「それでいいっつってんだろうが」

『え、なんで突然睨むんです。怖い』


ひぃ、と相澤から視線を外す。
が、すぐに色々と突入時のことが思い出されて梓はハッと彼を見た。


『天喰先輩は!?あと、ファットさんと切島くん、ロックロックさんに、ナイトアイさんに、エリちゃんといずっくんは!?どうなりました!?』

「慌てるな。順を追って話す。その前に、」


相澤の眠そうな目が梓の瞳を見る。
彼は少しだけ眉を下げると、


「あの時、庇ってくれてありがとうな。あと、大事なところでいてやれなくてすまなかった」

『そんな、気にしてません。それより…』

「わかってる。切島は全身打撲に裂傷が酷いが命に別状はない。天喰も顔面にヒビが入ったものの、後に遺るようなモノではないとのこと。ファットガムは骨折が何箇所か。元気そうだったが、お前のことを心配してたよ。ロックロックも幸い内臓を避ける形で刃が刺さっていた。大事には至らない傷だ」

『よかった…』

「エリちゃんは個性を止めた後から高熱を出して、まだ熱が引かず眠ったまま、今は隔離されている。そして、サー・ナイトアイは…オールマイトや、サイドキック、緑谷、通形に囲まれたまま昨日息を引き取った」

『ッ…』


予想はしてたのだろう。
それでも顔を青ざめさせ俯いた少女に相澤はかける言葉が見つからなかった。

ぐっと握りしめる拳が力を入れすぎたせいか震えている。

きっと彼女は今、自分を責め立てているのだろう。
なぜ救えなかった、なぜ守れなかった、自分が弱いからだ、と。

彼女のせいではないのに、きっと彼女は自分を責め立てる。

今の彼女になんと言葉をかけるのが正解だろうか。あいにく自分はカウンセリング向きではないのだ。
相澤がどうしたものか、と眉間に皺を寄せていれば、
コンコン、というノックの後すぐに戸が開いた。

無遠慮なそれに顔をしかめて振り返れば、案の定思った通りの男がいて相澤はハァー、と大きなため息をつく。


「お嬢、目ェ覚めたか」

『九条さん!…無事?』

「おう、俺と水島は怪我ひとつねえよ。お嬢もお疲れさん。アンタが治崎とやり合うの、地上から見てたぜ」


つっても、倒したのは緑谷くんだけどな。
と付け加えた九条に相澤はデリカシーなさすぎだろ、と二度目のため息をつき、


「ファットガムや通形、緑谷から聞いたが、東堂、お前は頑張ったよ。大健闘した」

『先生…』

「ん、イレイザーの言う通り、お嬢は今の実力で出来うる限りの事をした。それは俺も誇りに思うぜ」


制服などの着替えをハンガーにかけながら九条も相澤に同意する。
が、彼はパタッと手を止めると真剣な目で梓を見下ろし、


「ただ、サー・ナイトアイは殉職した。お嬢、それがどういう意味かはわかるよな?」


怒るでもない責めるでもない淡々とした声だった。
九条の妙に威厳と落ち着きのある声が続く。


「ナイトアイが死んだのはお嬢のせいだって言ってる訳じゃねェ。ただ、救えなかったのは事実だ。だからこそ、ナイトアイの死を、周りの悲しみを、全てを背負ってたち上がって前向かなきゃなんねェ。それが守護一族の宿命ってやつだ」


梓は俯き、無表情で握りしめた拳をじっと見つめていた。
その感情は窺い知れない。ただ、彼女が心の弱い部分に必死に蓋をしようとしているように感じ思わず相澤は九条との間に入ろうと立ち上がる、が、

それよりも早く入ってきたのは心操だった。
病室の扉の前で聞いていたらしい彼は、静かに病室に入ってくると、
よく目つきが悪いと言われる目で九条を静かに見つめる。


「違いますよ。サー・ナイトアイの殉職はコイツとは何も関係ない。たしかに痛ましいものですけど、」


心操は梓を振り返る。
眉を下げ何かを堪えるように拳を握る彼女の揺れる瞳を見て、ニヒルな笑みを浮かべ、


「梓が背負う必要はないよ。宿命なんてどうでもいい。だって、アンタ何も悪くないだろ」


あっさり。あまりにあっさりそう言い切るものだから逆に梓は混乱した。


『…え!?』

「頑張ったんだろ?そんなになるまで。で、目的を達したんだろ。ニュース見たよ」

「おい心操…浅はかな言動は慎めよ」


眉間に皺を寄せる九条なんて御構い無し。
心操は九条を無視し、続ける。


「梓は自分のできる以上のことを無理して頑張った。それって凄い事だ。サー・ナイトアイの死がしょうがないなんて思っちゃいないけど、それと、アンタが全てを背負うのは関係ない」


九条は眷属としてその発言はないだろう、と頭を抱える。
きっと、心操は良くも悪くも梓の事しか考えていないのだ。
東堂一族の当主ではなく、あくまでも彼は梓自身の眷属。

だからこそ、宿命など関係ない、梓が頑張ったのならそれで良い、と彼女の重荷をなんて事ない顔で取り除くのだろう。


『あはは、心操、言ってる事めちゃくちゃだ…』


何故か張り詰めていた心がほのかに暖まり微笑みが浮かぶ。
弱々しい笑みではあるが、梓が俯いていた顔を上げたことに九条は呆れたようにため息をついた。


「ほんと、言ってること滅茶苦茶だぜ、心操。お嬢も何笑ってんだよ」

「滅茶苦茶言ってるのは九条さんでしょう」

「たしかに。俺も心操と同じ考えだな」

「イレイザーまで。くそ、似てんのは目つきの悪さだけじゃないのかよ。お嬢、いいか!2人が言っているのは、東堂の大いなる意思と立場を理解してねェからだ!それは、」

『わかってるよ、九条さん』


宥めるように言われ、九条は口を噤んだ。
梓は邪心のかけらもない純粋な表情で彼を見上げる。
一点の曇りもない、迷いのない強い光を宿す目が九条を射抜く。


『…わかってる。大いなる意志も、背負うものも、わかってる。でも、』


先ほどまでとは違う。
追い詰められているわけではなく、ただ全てを理解し甘受した彼女の表情がフッと緩まる。


『心操の言葉で、少し気が楽になっちゃった』


肩をすくめ、いたずらっ子のように笑みを浮かべたものだから九条は思わずぽかんと口を開けると、


「……お嬢のバカ、もう何も言えねェじゃんかよ」


項垂れ、困ったように笑うのだった。
隣の心操は(今の顔クソ可愛いな)と無表情で梓をガン見していた。





九条と心操が帰り、梓は病院着のまま相澤と共に警察の聴取を受けた。
殆どのことは既に報告されていたようで、すぐに終わり広い病院の廊下を2人で歩く。


『先生、みんなに会いたいです。みんなは?』

「緑谷、切島、麗日、蛙吹は午後イチで学校に戻って調査や手続きをしている。お前はいつ目覚めるかわからなかったから、別行動になった。ちなみにさっきので調査と手続きは終了だから、お前の体調が万全であれば夜には帰れる。あとは俺がやっておく」

『わあ、合理的な回答』

「他に質問は」

『ファットさんや、先輩方も退院したんですか?』

「天喰と波動は戻ったよ。ファットガムは、そろそろじゃないか?」


親指でくいっとさされた病室を覗けば、痩せたファットガムが帰宅の準備をしていた。
すぐに梓に気づき、彼の表情がパァっと明るくなったあとすぐに泣きそうに眉を下げ、


『梓ちゃん…無事やとは聞いとったけど顔見たらいろいろ思い出して泣けてくるわ!』


力任せにぎゅーっと抱きしめるファットガムに梓は慌てた。


「わ、ファットさん、怪我はもう大丈夫なんですか!?」

『骨折だけやからすぐ治癒してもろたわ。それより梓ちゃん、めっちゃカッコ良かったで!痺れたわ、俺梓ちゃんと切島くんのこと舐めとったみたいや…!マジで2人ともサイッコーのヒーローやったで!』

『ファットさんも…!カッコ良かったです!ホコタテ勝負、勝てて良かった!私の矛じゃ足りなかったけどファットさんの矛で一網打尽に出来て、』

「何言うとるん!梓ちゃんが天蓋のバリアを破壊してくれたおかげで俺の時は随分薄なっとったんやで?そうそうイレイザー、梓ちゃんがな」


マシンガントークで再会を喜ぶ2人を横で眺めていた相澤は突然話を振られ、溢れそうになっていた涙を拭って若干目が赤いファットガムの方を見た。
彼はニカッと人のいい笑みを浮かべると、


「梓ちゃんがな、敵と戦っとる時にイレイザーんこと、サイッコーの先生や言うとったで」

「………そうなのか?」

『エッ…なんで言うんですかファットさん!ちょっと恥ずかしいじゃないですか!先生もコッチ見ないで!』


恥ずかしいのか、梓はサッとファットガムの後ろに隠れ、相澤は珍しくぽかんとしていて、
彼のそんな表情を見たことがなくてファットガムはファーッと引き笑いをする。


「なんや、最初は性格真逆の凸凹コンビ思うとったけど、なんてこたァない。いいコンビやわ、お二人さん!イレイザー、これからもストッパー、頑張りや」

「まぁ、ストップかけないとコイツはすぐ戦地に突っ込むんで」

『戦地て。特攻兵ですか私は』

「似たようなもんだろ。ファットガムはもう関西に戻る予定で?」

「おん、あっち放ったらかしにも出来んからな。梓ちゃん、いつでもうちの事務所に来ぃや。梓ちゃんなら大歓迎やで」


がしがしと頭を撫で、ファットガムは荷物を纏めると人の良さそうな豪快な笑みを浮かべて病院を去っていった。

相澤は隣で病院を出て行くファットガムに手を振っている梓の背を軽くぽん、と叩くと


「さ、最後にお医者さんに診察してもらって帰る準備するぞ」

『はぁい』


ロビーに戻り、ふと視界にテレビが映る。


《犯人護送中の襲撃事件という前代未聞の失態。重要証拠品の紛失も確認されており、警察への批判が高まっています》


死穢八斎會の治崎が護送中に敵連合に襲われ、重要証拠品が奪われたというニュースだった。


『え?』


愕然と足を止めた梓に対し相澤は重い口を開く。


「お前にはまだ言っていなかったが、あの場に連合のトガとトゥワイス、Mr.コンプレスがいた。手を組んでいたようだが、途中で掻き回し初めてな、裏切ったんだろ」

『そうだったんですか…!?知らなかった…。っていうか、証拠品って…』

「お前が気にする必要はない。警察に任せよう」

『んん…、気になるけど、気にしてもしょうがないですもんね』

「そういうことだ」


じゃ、診察行くぞ。と首根っこを掴まれ、梓は診察室に連れて行かれるのだった。
_105/261
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