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『ハッ…!』


突然拓けた視界と味方の登場。
梓は痛む脇腹を抑える間も無く自分に降りかかる瓦礫を雷を纏った大太刀で粉砕した。


「リンドウちゃん!」

「血が…大丈夫なん!?」

『梅雨ちゃん、お茶子ちゃん…!私より、ナイトアイを!!』


降ってくる友人と空中ですれ違いながら伝えていれば、エリが空中に浮き上がっているのが見える。
きっと、先ほどの自分と同じく下から突き上げられたのだろう。


「『治崎!!』」


梓と緑谷の怒声が重なる。
エリは空中で治崎に抱えられた。


「メチャクチャだ…ゴミ共が!」

「させるかァ!!」


緑谷がフルカウルで地面を激しく蹴り手を伸ばす。


「しつこい…」


治崎の苛立った声が頭上で聞こえ、目まぐるしく変わる状況にエリは悲痛な表情を浮かべるが、彼女の視界に布切れが過った。


「!」


それは通形のマントだった。


「巻き上げられたのか…気色悪い」


ハッと顔を上げた瞬間に、かけられた首飾りがシャランと揺れ、穴が空いた天井から差し込む日の光を反射する。


《これ、持ってて。また後で、青空の下で返して。守護の意志は、絶対に君を守る》


あの太陽のような笑顔と強い光が宿る瞳。
通形のマントと梓の首飾りに導かれるように、エリは無意識でマントを掴んだ。


《痛くて辛くて苦しんでる女の子を包んであげるためだ!》


意識して掴んだわけではなかった。
ただ、初めて脱出を試みたあの日、この男からは結局逃れられないと彼女は諦めた。

自由もなくただ身を切られる日々。
使い方すら知らない恐ろしい力。
そんなものを持って生まれてしまった自分が悪いのだ。
呪われている、そういう宿命なのだと受け入れるしかなかった。

そんな中で、
通形の行動が彼女の心を揺らし、梓の行動が彼女を闇から引っ張り上げようとしていた。


「もう…いいのに…!死んでほしく、ないのに…!」


この人たちは死んでも諦めない。

新たに芽生えた思いが、救からなくてはという思いが、エリを覚醒させる。

巻き戻しという個性が発動し治崎と音本の融合を解き、治崎の拘束から解放されたエリはマントを掴んだまま身を投げ出した。


こちらに手を伸ばす緑谷に向かって、助けて、と両手を広げれば彼は強く抱きとめ、


「もう…離さないよ」

「返せ!!!」


今までを超越する怒声が響く。
治崎が鬼の形相で空中から追いかけるように降ってくるのが見え、緑谷に抱きついたエリは振り返って戦慄するが、


「あ…。」


視界に青空が広がり、治崎がそれを半分遮るが、
もう半分、青空から降りてくる群青と檸檬の少女。

青空から地下に差し込む光も相まって太陽のようで、エリは治崎よりもそれに目を奪われる。


(眩しい…)

「梓ちゃん…ほんっと、最高だよ…君は!」

『どーも!!いずっくん腕、かして!!』


猛スピードで弾丸のように降りてくる。
緑谷はエリを抱きしめる腕を一本ぐっと肘を曲げて踏み台を作るように前に出した。


ータンッ!


梓が2人を守るように治崎と向き合い、腕にぐっと脚をかけることでエリの眼前にリンドウの家紋が広がる。


《エリちゃん、死なないよ、私は》

《……》

《絶対に死なない。私ね、東堂一族っていう守護の一族の出なんだよ》

《…しゅご?》

《そお。生まれながらにして人を守るの。ずーっと、人を守るために生きてきたの。エリちゃん、だから、私は君を救って、仲間を救って、そして、生きて帰るよ》


本当にこの人は、死なないかもしれない。
エリを救ってなお、死なない人かもしれない。

眼前に広がる希望は、白刃を持ち緑谷の腕を踏み台に飛び上がる。

分解、修復されたことで巨大な棘となったコンクリートを大太刀で次から次へとぶった斬り、一旦刀をひくと雷を上空に突き上げ、治崎への距離を詰めようとした。
瞬間、真後ろで大きな爆発が起こり、梓は驚いて振り返った。


『いずっくん!?あれぇ!?』


緑谷はいなかった。
ただ、瓦礫が上に巻き上げられているのを見て、上に行ったのか!と、とりあえず緑谷とエリを追いかけるためブーツに風を巻き起こし上空に飛び上がる。

地上よりも高い、上空に2人を見つけた。
ぐわりと竜巻を起こし体を浮かせ2人に追いつく。


『いずっくんどうしたの!?』

「わ、わかんない!梓ちゃんに加勢しようと思って…蹴り、いれようとして」

『えっ、ここまで吹っ飛んだ…!?』

「うん、でも…足怪我してない…ってことは、」

『とりあえず地上に降りよう!っ…2人とも捕まって』


脇腹の痛みに耐えつつ手を伸ばす梓の手を掴んで気づく。


「梓ちゃん…手が、!」

『大丈夫』


彼女の両手は雷と幾多の限界突破の衝撃で血だらけだった。それなのに彼女はなんてことないように笑って、ふわりと三人の身体を浮かせ落下の衝撃を減らすと地面に着陸する。


『エリちゃんほら見て、めっちゃ晴天』

「あの…、怪我、っ」

『大丈夫、東堂一族は痛みと、逆境に強いから』


けろりと笑う梓の隣で緑谷はエリを地面に下ろしながら信じられない、と自分の足を見つめる。
絶対に自分は100%を出したのに。
骨折どころか、


「怪我も、治ってる…!君の、力なの?」


緑谷の問いかけにエリはバツの悪そうな顔で唇を噛んだ。


「…。」

『…いずっくん…?』

「っ…なんだ、今度は。体が…内側から引っ張られてるみたいな…!」


急に苦しみ出した緑谷に梓とエリは慌てた。
「梓ちゃん、こっちに来ちゃダメ…!」と決死の形相で言われ、そんなこと言われても、と梓が一歩踏み出したところで大穴から数多のコンクリートの棘が襲ってくる。


「力を制御できてないんだ。表紙で発動できたものの、止め方がわからないんだろう、壊理!!」

『チィ…!いずっくん、エリちゃん頼んだよ!!』


迎え撃とうと梓が大太刀を構えて嵐を発動する。
本日三度目の限界突破。彼女の体は悲鳴をあげていたが、都合よくそれを無視して治崎に向かい合う。

しかし、


『うそ、でしょ、!?』


大穴から出てきた治崎は修復という個性によってまるでドラゴンのような形態になっていた。
正直言って勝てるイメージが湧かず、さすがの戦闘脳も一瞬フリーズする。


「人間を巻き戻す。それが壊理だ。使いようによっては人を猿にまで戻すことすら可能だろう。そのまま抱えていては消滅するぞ。触れるものすべてが無へと巻き戻される。呪われてるんだよ、そいつの個性は」


梓が止まったのは一瞬だけだった。
ドラゴン姿に気圧された一瞬、ただそれだけ。

治崎が話している内容を聞いて、彼女の時はすぐに動き出す。
そして、対天蓋戦での見せた構えをとる。
刀の切っ先部分に極限まで嵐を凝縮し一点に破壊力を集中させる。


「俺に渡せ、分解するしか止める術はない!!」

「『絶対、やだ』」


緑谷と発言が合わさった瞬間、彼女は怒りのままに天蓋のバリアを壊したあの一撃を治崎に放った。


ードガァァァンッ!!


『…ハァッ…!』

「梓ちゃん…、すご。今の何!?」

『少しでも、あの形態壊さなきゃ…、それより、いずっくん、エリちゃんの個性…!』

「うん、エリちゃん、足が折れた瞬間に…痛みよりも早く…折れる前に戻してくれたんだね…。とっても優しい個性じゃないか」


エリの目に涙が溢れた。
晴天の下、未だ自分を守るため嵐を纏う梓の小さな背中と、自分をマントで包み込んで背負ってくれる緑谷。

2人は幼馴染らしく軽快に会話を続ける。


『ど、する?あれ、叩きのめさなきゃ』

「うん、僕に考えがある。エリちゃんの個性を体感した感じで…わかった…!体が…戻り続けるスピード…!じゃあ、それ以上のスピードで常に大怪我をし続けていたら!」

『…あははっ、いずっくん…すんごい極論言ってるけど、めっちゃ危険だし…』

「え、だめ?」

『んーん…、それしかないもんねェ…。ワンフォーオール、100%で、叩きのめすか…!でも、これから私のこと、イかれてるって言えないよ、いずっくん』


その思考、君も随分イかれてる。
と面白おかしく笑った梓に、それもそうかもと緑谷もつられて笑った。

ドラゴンじみた治崎を相手にしているはずなのに。
不釣り合いの笑みを浮かべる2人は起き上がる治崎を見ながら、ぐっと身を低く構える。


「梓ちゃん、エリちゃん…、力を貸してくれるかい」

「えっ…」

『オーケー。とりあえずあの巨体とまともにやりあえるほどここは広くないからね…!』

「うん、無理を承知で頼むよ…!梓ちゃんは竜巻を起こしてあいつを出来るだけ上空に巻き上げてくれ!僕とエリちゃんが、あの大穴に叩きつける…!」


緑谷の指示通り梓は治崎に向かって駆け出す。
治崎は身体を起こし、先ほどの怪我を修復しようとしていた。


「おまえらも壊理も…力の価値をわかっていない。個性は伸ばすことで飛躍する。俺は研究を重ね壊理の力を抽出し、到達点まで引き出すことに成功した。結果、単に肉体を巻き戻すに留まらず、もっと大きな流れ…種としての流れ…変異が起こる前の形へと巻き戻す。壊理にはそういう力が備わっている」

『ごめんね…!なんか色々ぐだぐだ言ってるみたいだけど、マスクしててよく聞こえないんだわ!!あと、自分の雷が耳元で鳴っててさっ!』

「梓ちゃんマジか。結構真理語ってたよ!?」

「大局を見らんお前らにはわからんだろうな。壊理の力は、個性因子を消滅させ人間を正常に戻す力だ…!個性で成り立つこの世界を!理を壊すほどの力が…壊理だ!!」


ドラゴン姿を構成する巨大なコンクリートの塊が鋭くなり四方から梓達を襲ってくる。


「価値もわからんガキに、利用できる代物じゃない!!」

『「っ、せーのッ!!」』


ードガァァン!!


緑谷が治崎を蹴り上げ、梓の竜巻が天高く登り巨体を持ち上げる。
息を合わせた幼馴染のコンビネーションで治崎は上空に放り投げられた。


「どいつもこいつも大局を見ようとしない!!俺が崩すのはこの世界!!その構造そのものだ!!目の前の小さな正義だけの…感情論だけのヒーローきどりが…俺の邪魔をするな!!」


一際大きなコンクリートの腕が緑谷とエリに向かうが、緑谷はその攻撃を避けるよりも次の手を考えていた。
何故なら、真上に梓がいたから。


『大局を見れてないのはお前だよ!!見た上で守りたいもの全部守りきんのが本当の任侠だッ!!視野せっまい癖に大口叩くな!!』


嵐を纏った大太刀の斬撃がコンクリートで成型された治崎の巨大な腕を真っ二つにする。

緑谷は信じていた。彼女がこの攻撃を防ぐことを。
そして、治崎が梓の攻撃を受け、分解して回復する瞬間を狙っていた。

一気に後ろに回り込むと、100%フルカウルで頭上から攻撃を連打し、


「目の前の…小さな女の子1人救えないで…皆を救けるヒーローになれるかよ!!」


ードガァァァンッ!!


『いずっくん!!周りへの被害は風で防ぐ、から!!畳み掛けろ!!』

「オウ!!!」


治崎が分解、修復するよりも早く。
二度と修復する暇など与えぬよう、一気に畳み掛ける。
街全体に響くほどの攻撃の連打。


「あああああッ!!!」


そして、緑谷は渾身の力を込めて治崎を地面に叩きつけた。


ードガァァァンッ!


『やった…!?』


梓は竜巻を収めると、緑谷とエリが地面に着陸し、治崎が息を失ってぐったりしているのを確認し思わず上空で拳を握った。

が、もう瀕死のはずなのに、治崎の巨大な腕が緑谷達に向かっていて、
慌てて雷撃を飛ばそうとする。


『やば…!』


しかし、その巨大な手は緑谷に触れるよりも先に消滅した。


『は…!?、あ、巻き戻し…!?』


エリちゃんの力が強まっているのか。
梓はしまった、とどうしよう、を一緒に顔に出すと自分の周りに巻き起こしていた風を引っ込め、トンっと地面に着陸する。

時同じくしてリューキュウがけが人を連れて地上に出てきた。


「状況は!?」

「ナイトアイは後方にいます!周辺住人には避難を呼びかけました。治崎はデクくんとリンドウちゃんが、けど!デクくんの様子がおかしい!」

『ヤバイ…!エリちゃんの力が増してる!!いずっくんも耐えられない!どうしよ、』


梓はパニックだった。
きっと今の自分が2人に近づいても消滅するだろう。
近づいて2人同時に気絶させることができないのだ。

どうしよう、と自分の怪我や痛みも忘れて泣きそうに顔を歪め、そして、彼女は叫んだ。


『先生ッ!!助けて!!!』


彼女にとって唯一の頼れる大人である、イレイザーヘッドの名を呼んだ。
助けてと、はっきり助けを乞う。

彼が、その言葉に答えないわけがない。
常日頃から困ったら俺を呼べと言っているのに、全く呼ばない問題児からのはっきりとしたSOS。

相澤が梓の叫びに応えるように指先を少し動かしたことで蛙吹が察し、彼の目を緑谷達に向け、


(すまん、緑谷、東堂!)


2人の個性発動を同時に抹消した。


『あ…消え、た…、』


先生が、相澤先生が消してくれた。
梓は泣きそうに顔を歪めると、全てが終わったことを察し、崩れるように地面に倒れこんだ。


「梓ちゃん…!うわ、怪我やばい!お腹も手も血ぃめっちゃ出てるし身体バキバキやん!!」

『お茶子ちゃん、も、ちょっとムリ…寝、る』


手放しで喜べる状況ではないが、エリを救えた。
みんなの望みが叶った。それだけで梓はホッとし、お茶子に支えられながら意識を手放すのだった。


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