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「ファット!先輩一人残すなんて何考えてんスか!!」

「おまえんとこの人間だ。お前の判断に任せたが、正直マズイんじゃねえか?」

「あいつの実力はこの場の誰よりも上や。ただ心が弱かった。完ペキにやらなあかんっちゅうプレッシャーで自分を圧し潰しとるんや。そんな状態であいつは雄英のビッグ3に登りつめた。そんな人間が完封できると断言したんや、ほんなら任せるしかないやろ」


ぴしゃりと言ったファットガムに周りはもう何も言わなかった。
天喰の頑張りを無駄にするわけにはいかない、とスピードを速め地下を疾走する。


『暗ぁ…』

「梓ちゃん、大丈夫?」

『ん、夜目は利くから余裕。でもいずっくん、ちょっと嫌な予感しない?』

「嫌な予感?」

『八斎衆は後4人いるし、本部長と若頭補佐も健在でしょ。比べてこっちはプロヒーロー4人だ。もし幹部全員地下にいるんだったら、私たちひよっこ含めて一人一殺の覚悟でいかなきゃエリちゃんにはたどり着けない。だから、天喰先輩の判断は英断だと思った』

「梓ちゃん、超冷静」


確かに!!と顔を青ざめさせた緑谷と切島に「今頃気付いたのかよ」とロックロックがため息をつく。


「たしかに、英断なのかもしれないけどよ…相手三人だぞ?大丈夫かな…やっぱ気になっちまう…」

「うん…」

「背中預けたら信じて任せるのが男の筋やで!!」

「先輩なら大丈夫だぜ!」

「逆に流されやすい人っぽい」


ファットガムの漢気論にすぐに乗っかった切島に対して緑谷の指摘と梓の笑い声が響く。


「心配だが信じるしかねえ!!サンイーターが作ってくれた時間、1秒も無駄にできん!」


しゃこらああ!と気合の入った切島の声によって梓の士気も上がった。
うんうん、と頷き前を走る相澤から離れないように地下通を駆け抜ける。

しばらくすると階段が見えてきた。


「上に登ろう」

「あの階段やな!」


上の階に上がり、まだまだ続く迷路のような道をひたすら走る最中、


「妙だ。地下を動かす奴が何の動きも見せてこないのは変だ」


相澤の指摘に緑谷はハッとした。


「そういえば…グネグネしません!」

「何の障害もなく走ってるこのタイミングで邪魔をしてこないとなると…地下全体を把握し正確に動かせるわけではないのかもな」

『あー、たしかに!入中は一人しかいないですもんね』

「サンイーターに上に残った警官隊もいる。もしかするとそちらに…意識を向けているのかもな」

「把握できる範囲は限定されていると?」


ロックロックの問いに相澤は表情を変えず、自分の考えを話し始めた。


「あくまで予測です。奴は地下に入り込んで操ってる。同化した訳じゃなく、壁面内を動き回って見たり聞いたりしてるとしたら、邪魔をしようと操作するとき本体が近くにいる可能性がある。そこで目なり耳なり本体が覗くようなら…」

『相澤先生の出番って訳ですねっ』

「リンドウ、学外ではイレイザーヘッドで通せと何度も、」


その時だった。梓の視界から相澤が消えた。


『!?』


突然真横の壁が彼を攫おうとしたのだ。
一瞬の間に相澤は突然横に開いた大穴に押し込まれそうになっていて、

咄嗟だった。
梓は相澤を助けんと自分も飛び込み、彼の腕を掴むと、ぐいっと壁の圧力から逃がすように引っ張った。


『せんせ…!は、まだ離脱しちゃだめ!』


たとえ一人一殺で相手をしないといけないとしても、抹消を持つ彼は最後まで残らなければいけないと思っていた。
彼がいなければ入中は消せない。

ゴーグルの中の驚愕の目と目が合う。
相澤は梓からぶん投げられたのと、ファットガムがダメ押しでドンッと押したことによって廊下に転がった。


「リンドウ、ファット!すまない」

「気にすんな!」『先生こいつ消して!』


入中の操作により動いた壁はファットガムと梓を大穴の向こうへと突き飛ばし、すぐに封鎖された。





「ぷはっ!」

「雛か!!何しとん!?」


梓ちゃんが割り込んだのは見とったけど!と自分の腹に沈んでいた切島にファットガムは驚愕の声を上げた。


「俺も先生庇おうとして飛び出しました。俺ならダメージねェと思って…!そしたらファットに沈んじまって…」

『やべ、ファットさんと切島くん来るなら私あっちにいた方が良かったかも』

「たしかに、さっきの梓が言ってた計算だと、3人分断されたのはキツイよな…」

「まァ、しゃーないわ!それより気ィ張っとけ…」


後先考えずに飛び出してしまった、と少し反省している二人にファットガムは切り替えを促した直ぐ後だった。
膨大な殺気が真横から突き刺さり、梓はまだ敵の姿を認識していないにも関わらず身の危険を感じ抜刀した。


『ッ!?』


左にいたのは拳を構えた大柄の男。
咄嗟に受け止めようとするが、


(あ、駄目だこれ。私じゃ受け止められない)


目の前に突きつけられる身の危険に対して意外と頭は冷静で、男の拳が自分の刀を折ることを梓は予期した。
それと同時に体が吹き飛ぶ覚悟もした。

が、


「「下がれ!」」


両肩をファットガム、切島にそれぞれグイッと引っ張られ、ごろん!と後ろに転がった瞬間。
ドドドドッと激しい連打音が響き、自分を後ろに庇ってくれたクラスメートが真横を通り過ぎ壁に吹っ飛ばされた。


『き、りしまくん…!!』

「俺は思うんだ、喧嘩に銃や刃物は無粋だって。持ってたら誰でも勝てる。そういうのはケンカじゃない。その身に宿した力だけで殺し合うのがいいんだ……わかるかな?」

「烈怒…」

「はっ!!はっ!!」


突然現れたのは、八斎衆の乱破肩動だった。
切島の必殺技、圧縮訓練により全身の硬度を極限まで高めた安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)ですら割る威力。

壁にクレーターができるほど強く叩きつけられ息を荒く立ち尽くす彼に、梓とファットガムは言葉を失った。


『ッ……』


彼で耐えられないなら自分は受け止められない。
愕然とした切島の表情を見て、彼の戦線離脱を悟り、庇ってくれた分死ぬ気で守るしかないと梓は目をギラつかせた。


「リンドウちゃん…退がりぃ…!」


ファットガムの拳が乱波に打ち込まれる。
が、その拳は乱波に届く前にバリアのようなもので遮られた。


「ハァ!?バリア!?何やコレ!?」

「ファットガムと…身体を硬化できる少年…そして刀の少女。三人か…フム、少女はまだわからんが、二人は防衛が得意な個性だ。乱波よ、残念だったな」


ドドドドッ!と乱波の拳がファットガムに打ち込まれ、「ぐおっ」とうめき声をあげる。


「ゲホッ」

『ファットさん…!』

「防御が得意?受けきれてないぞ?まァ、ミンチにならなかっただけでも充分………ん?」

「我々は矛と盾。対してあちらは盾と盾」

「待て…ケンカにならないぞ?まいったな…」

「もっとも…そっちの少年は、盾と呼ぶにも半端な上…、少女に至っては足手まといだが」


後方では痛みと悔しさに堪えるような切島のうめき声が聞こえる。
前に立つファットガムは乱波の弾丸のような拳を受け止めきれていない。

しかも敵は乱波だけではなく、バリアという個性をもつ天蓋もいる。
心が折れかかっている切島にファットガムが「その状態解くな!!心まで折れたらホンマに負けや!!」と叱咤する中、梓は1つ大きな深呼吸をした。


『ファットさん…私、』

「敵退治はいかに早く戦意喪失させるかや!こっちが先に喪失してどないすんねん!」

「我々に勝つつもりだ。やったな乱波」

「わかってくれたか、いいデブだ!」

『ファットさん』


いくら東堂一族の当主とはいえ、ファットガムは梓の実力を信頼しているわけではなかった。
彼女の実力が体育祭以来どれだけ成長しているかはわからないが、目の前の敵に対応できるとは思えなくて後ろに下がらせていたが、
彼女はファットガムの名を呼ぶと、静かに隣に並んだ。

その目はギラつき、燃えている。


(目の前で硬化の切島くんが吹き飛んだのに…畏れはないんかいな…!)


『矛盾対決?かうよ、その喧嘩。私が矛だ!!』


梓の殺気が爆発した。
先ほどまでとは別人のように気配がピリつき、乱波が嬉しそうに口角をあげる隣で天蓋は顔をしかめる。


(矛だと…?よもや、我のバリアを攻略する気か?)

「リンドウちゃん…」


彼女のその目と殺気がまるで父のハヤテそのもので、先ほどまで彼女をどう守るかばかり考えていたはずなのにファットガムは自然と隣に並ぶことを認めていた。

冷静に考えて、乱波の連打はファットガムの吸着という個性を持ってしてもダメージが来るほどの衝撃だった。加えて天蓋のバリアもあるのだ。

このままジワジワ削られれば全員死ぬ。
天蓋のバリアだって、ファットガムの力を持ってしても簡単に壊せるようなものではなかった。

たしかに、梓のいうとおり、
矛盾対決、梓が天蓋のバリアを壊し、ファットガムが乱波と交戦をする以外ベストな手は思いつかない。
彼女の実力は未知数だが、先ほどの目と殺気を感じてファットガムは梓の実力に賭けた。


「バリアの奴、任せるで」

『はいッ!』

「こんな三下とっととぶっ飛ばして、皆のところに戻るぞ!」

「おい、楽しくなってきたんだ。天蓋、これ外せ、使うな。そもそも俺はバリアなんぞ必要ないんだ」

「私欲に溺れるな。オーバーホール様の言いつけをわ忘れるな。相性は良好。我々のコンビネーションで確実に処理するんだ」


乱波はガガガッと味方である天蓋に拳を向けるがバリアで防がれ「どういうつもりだ、ケンカ狂いめ」と苦言を呈す彼に歯軋りをした。


「コンビなんてオバホが勝手に決めたことだ。俺は殺し合えればなんでもいい」

「好きにしろ。それで処理できるのならな。あと、オバホじゃない、オーバーホール様だ」

「わかってくれたか、いい引きこもりだ」


一度仲違いしたかと思ったが話はまとまったようで乱波は勢いよくファットガム目掛けて拳を突き出し、
それと時同じくして梓の刀が天蓋に振り下ろされた。


ードドドドッ!

ーガキィンッ!


どちらの矛が先に貫くか、どちらの盾が先に壊れるか。
矛盾対決が始まった。

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