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ファットガムが乱波の攻撃を受けきれていないことは梓も気づいていた。
だからこそ焦っていた。

ファットガムが倒れる前に、自分が天蓋を倒さなければ矛盾対決に負ける、と。


『ッ、疾風迅雷!!』


ドガァッン!!
と凝縮された嵐の斬撃が天蓋を襲った。
梓の最大出力であるそれに天蓋はとんでもない子がいるものだと舌を巻くが、バリアは壊れない。


『チッ…ひたすら撃っていくしかない…!』


まさかここまでの強度があるとは思わず、梓は舌打ちをした。

今のは自分の最大出力だ。
それでもバリアにヒビすら入れることができなかったのだ。

悔しそうに唇を噛む梓に天蓋は無理もない、ともう一度バリアを展開する。


「確かに、矛と自称するだけのことはある。ただ、表情を見るに今のが最大。あの程度では我のバリアは攻略できん。残念ながら、そちらの盾が壊れるほうが早いだろう」

『黙れよ』


頭の芯に突き刺さるような尖った声。


『壊させないし、壊れるのはお前だよ』


透き通った大きな瞳が冷たく刺すように光る。
梓は打刀を腰の鞘に収めると、背負っていた大太刀をカシャン、と抜いた。
自分の背丈程あるそれを構え、ギュルルッと嵐を纏わせ地面を蹴る。

身体全部を使ってバリアに叩き下ろした大太刀は周りに衝撃波を起こす程のスピードと威力だった。
ドガァッン!と地響きが鳴るほどのそれに天蓋だけでなく乱波とファットガムも一旦動きを止めて驚愕の顔をする。

梓は止まらない。
バリアにヒビや亀裂が入っていないことに動揺するでもなく、立て続けの連斬。


ーズガガガガァンッ!!


まるでズタズタに切り裂かれてしまう鋭利な竜巻。
小さな身体で大太刀を使いこなし嵐を起こす少女に乱波は「いい奴がいるなァ!」と奮い立った。

奮い立ったのは乱波だけではなく、ファットガムも同じだった。
正直、ここまでやるとは思っていなかった。


(梓ちゃん…、体育祭の時と別人やん)


体育祭のあの涙からどれだけ頑張ったんや、と心震えた。
一族の羽織が、竜胆がはためく。

背中を押されるようにファットガムは奮起した。


「乱波くん言うたな…。打撃が効いたんは久方ぶりや。俺も昔はゴリゴリの武闘派やってん。うちのリンドウちゃんがバリア破んのと、俺が耐え切れんくなるのとどっちが先か…」


盾と矛、どちらが強いか。


「勝負してみようや!乱波くん!!」

「やっぱりお前はいいデブだ!天蓋、そっちは!」

「こちらはこちらでやる」

「そう!良い人ばっかじゃねェか!!」


また乱波の連打が始まり、梓はそれを横目に感じながら勢いよくバリアに突っ込んだ。


『んのやろ…ぉ!!!』


ドガァンッ!と
一際大きな雷が刀とともにバリアにぶつかる。
が、


「忠告したはずだ。例え得物を変えても、貴様の力では我のバリアは攻略できん、と」


ガギィンッと梓の刀が鳴る。
相変わらずバリアはビクともしていないが、彼女の目から光が消えることはなく手を休めることもなかった。
天蓋は意外そうに目を見開いた。

このバリアを前に心折れる者は多い。

なのに、目の前の少女は攻撃の手を休めることなく、むしろ速さと鋭さは増していた。
背丈ほどの大太刀と何度も放つ嵐の斬撃に身体が軋んでいるはずなのに。


「貴様、何故そこまで。貴様では我のバリアは破れん」

『はぁ…!?そりゃ…守るために決まってるだろっ!!たとえ、この身が!朽ちても、死んでも退けないんだよバカ!!一歩でも退いたら、守れなくなる…!!』

「守るため…あの少年をか?あの少年はもう二度と立ち直れまい。恐怖に染まった目をしている」

『その恐怖の理由を知りもせずよく言うわ!!』


ドガァッンと大きな雷が落ちる。
梓の叫びは切島に届いていた。

インターンを決めたあの日、校舎裏のベンチで彼女と話した言葉が蘇る。
彼女の笑顔と、戦う背が重なる。


《…そっかぁ、だから切島くんは強いのか》

《え?》

《敵に対する怖さより、もう二度守れなくて後悔したくないっていう、あの時に戻りたくないっていう怖さの方が強いんだね》


そうだ。目の前の乱波に対する恐怖よりも上回るのはソレだ。
また、自分は何もできないんじゃないか。あの時に戻るのが、切島にとって一番の恐怖だった。

梓の嵐の出力が上がる。
きっと身体は限界にきているのに、彼女は無理矢理刀を持つと顔を上げ、何故かこの絶体絶命の状況で口角を上げた。

まるで爆豪と同じ好戦的な笑み。


「貴様の身体が悲鳴をあげているのがわかる。貴様ではこのバリアは破れんぞ。なのに、何故そこまでする」

『…ねえ、おじさん、私さァ…別に雄英じゃなくても、よかったんだよ…』

「何?」

『でもさァ…いずっくんと、かっちゃんがさ…一緒の学校行こって…言うから、ま、良いかと思って』


大太刀に嵐を纏わせる。
ギュルルッと風、水、雷が回転し、出力は上がっているはずなのに刀のフォルムは変わらない。


『来てよかったよ。…相棒出来たし…、ロッキンガールの友達出来たし、漢気仲間…出来たし、あと…すんごい親身になってくれるさいっこーの先生がいた…!』

「梓…」


息を切らし出力上限オーバーで冷や汗を流しながらも梓は挑戦的な笑みを浮かべていて、
刀に纏った嵐がどんどん凝縮され、圧縮され、
キィィンッ!!と空気を切り裂くけたたましい音を立て始め、

とんでもない出力の嵐が大太刀の前刀身に集中する。

今まで中範囲攻撃だった斬撃が、小さく凝縮されたおかげで切っ先に破壊力が集中したのだ。
雷と水、竜巻が一点に集まったことで破壊力が跳ね上がっただろうそれに天蓋は初めて表情を崩した。


(これは、まずい)

『その先生がさ、いっつも言うんだよ、』


梓が構える。
まるで古武術のように大太刀を構え、切っ先を天蓋に向ける。
そして、


『更に向こうへ(プルスウルトラ)ってッ!!』


ーズガァァァンッ!!


大太刀の切っ先がけたたましい音ともにバリアにめり込み、部屋全体を爆風と稲光、そして豪雨のような水が襲った。

コントロールが苦手だった梓が、更に向こうへ、壁を1つ乗り越えた瞬間だった。
バリアは割れ、勢いが強すぎて握力が持たず大太刀が後ろに飛んでいく。

それでも梓は自分が起こした嵐の中、天蓋に向かって地面を蹴ると、


『ッぜぇ、…はぁ、ッ、見たかこらーッ!!』


思いっきり天蓋を殴って壁に叩きつけた。
矛が盾を貫いた瞬間だった。

まさに壁を乗り越えた彼女は切島の背中を押した。


「ッ…!」


あの日、守れなかったことがずっと心に残っていた。

もう、後悔したくない。


(あいつの隣に並びてェ…!)


その一心で切島は軋む体を無理矢理動かすと、盾となるため、乱波とファットガムの間に割り込んだ。


「烈怒…」

「な、にッ!?」

『切島くん…!』


ドガガガッ!!と最初よりも勢いの増した拳が切島を襲うが、彼は耐えた。
腕が、身体が、破壊され割れていくが、


(割れたそばから硬めてけ!!)

「おまえ!!いいな!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


まるで絶対倒れぬ盾。
梓は心震えた。

もしかしたら彼は、すぐに戦線復帰できる状態には戻れないかもしれないと思っていたが、心配はなかった。
弱みを知っていたからこそ、それを死ぬ気で乗り越えてきた彼を見て、心の奥底から突き上げるような衝動を感じた。

思わず駆け寄り、後ろにフラリと倒れる彼を受け止める。


『切島くん…!!』

「無意味なことを…、我が防壁を前に、」


梓にバリアを破られた天蓋が頬を腫らしふらつきながらもなんとかバリアを張るが、


「無意味やないで」


梓と切島の隣に立っていたファットガムの好戦的な声。彼は痩せており、右手にパワーを溜め構えていた。


「まさか逆に守られるとは…なんて言うんは失礼やな…。バリアもさっきより薄いな…、2人とも、おおきに、ええ矛になったわ!!」

「天蓋バリア解けえ!!」

「無意味どころか、この為の特攻だったのか…!!」

「敗因1つや!!甘く見とった!!俺も!!お前らも!!リンドウと、烈怒頼雄斗っちゅうヒーローの漢気を!!」


そして、乱波の衝撃を全て凝縮した最大の矛がファットガムより放たれた。


ードオオオンッ!!!


吹き飛ばされた2人は壁に叩きつけられ、衝撃波が襲い壁面に大きなクレーターができた。
それほどまでの威力に驚き、


「ホコタテ勝負、こっちの勝ちや!!」


ファットガムの勝利宣言にホッとし、抱きとめた切島が心配で、色々な感情が一気に頭の中に流れ込んできてパニックになった梓は混乱しつつもファットガムを見上げた。


『エッ…ファットさん?…めっちゃ、かっこいい1発だったけど、ファットさん?』

「梓ちゃん空気読んでェ!烈怒頼雄斗、意識あるか!?」

「…誰スか」

「ファットさんや!結果にコミットしてん!流れでわかって!」

「俺が…ファット…守るよ…。梓と、約束した…ぜってえ、退かね、」


硬化した皮膚が割れたことにより全身血だらけ、全身打撲状態で、彼は息も絶え絶えにそう呟いた。
思わずファットガムはうるっと目に涙を浮かべる。
梓も一緒だった。


『切島くん…大丈夫!?』

「ご、めんな…、一歩踏み出すの、遅く…なっちまった…」


ボロボロの切島の手が頬にあたる。
彼は優しい目で、まるで太陽を見るように眩しそうに梓を見つめていて。

梓は頬に添えられた手をぎゅっと握ると泣きそうに顔を歪め何度も首を横に振った。


『ううん、ううん、遅くなかった…!切島くん、ありがとう本当に、助けてくれてありがとう。私じゃできないことだったから…!』

「梓が、一歩…踏み出させて、くれたんだよ」

『私が…?』

「コントロール…すげえ、上手になったな…」


壁乗り越えたじゃねえか、と絶え絶えに褒めた切島に思わず梓はぶんぶんぶん!と首を横に振ると、『あれ、たまたまなんだよ〜…!』と半べそをかき「そうなん!?」とファットガムにツッコまれる。
と、その時だった。

瓦礫が動いた音がし振り返れば、ふらりと立ち上がった乱波がいた。


「まだだ…殺し合いだ。…まだ俺は、死んでないっ!」

(タフすぎやろ…!矛やろ!?バリアは梓ちゃんのおかげで薄くなっとったし…。にしても、脂肪ももうない…!体力も使い切った…どないしたら…!)

『ファットさん…、切島くん頼みます。今のあいつなら、私でやれます』


さっきまで半べそをかいていたのに。
すぐに戦闘モードに切り替えた梓は片膝をついたまま抜刀をすると、乱波を睨みつける。
が、乱波が提案してきたのは殺し合いではなかった。


「奥で応急処置くらいはできる。そのガ…その男、手当しろ」

『……エッ、なんて?』「罠やん」

「罠張る男に見えるのか」


見えないけど、絶対罠やん。
ファットガムがじとーっとした目を乱波に向ける中、立つこともできない天蓋が手で上半身をギリギリ支えながら呻いた。


「乱波…!勝手な真似をするな!ケンカ狂いをコントロールするのが我の役目!我の指示に従え!」

「ああん?」

「暴力を貪るだけのケダモノが何故ここにいられるか考えろ!貴様の役割はなんだ、乱波!」


必死に訴える彼の言葉は乱波には全く響いていなかった。
ドガッ!とトドメを刺すように踏まれ、天蓋は堪らず意識を飛ばす。


「バリア張る余力もないんだろ。じゃあ黙ってな。もっとも…こっちも骨がイっちまって腕が上がんねェ」

「…何がしたいねん」

「ケンカだよ。殺し合い。俺は地下格闘の出だ。聞いたことくらいあるだろ?個性フル活用のファイトクラブ。俺の拳を受けて立ち上がったやつはそういなかった。いても、そいつら決まって命乞いを始めやがる。わかるだろ?やりたいことができない辛さ…!」


乱波の語尾に力が入っていく。


「命を賭すことでしか生まれぬ力!そのぶつけ合い!だから良かった!お前らはとても良かった!!特に赤髪!俺はお前が気に入った!!再死合をしよう!傷を治せ!次はちゃんと殺してやる!!」

「自分このあと逮捕されてブタ箱やで。わかってんのか?次なんてあらへん。負けや」

「知るか!誰も死んでないならドローだ!」

「ドローちゃうわ。何シップに則っとんねん」


ケンカ狂いの彼なりのポリシーなのだろう。
ファットガムは片手で切島を支えながら警戒心を半分解いた。
隣でぽかんとしている梓を引き寄せ「あいつの言うこと全部信じるわけちゃうけど、どの道この負傷で合流は厳しいわ。あいつについてくで」と伝えれば彼女は先ほどまでとは違う緩い目で首を傾げた。


『切島くんの応急処置には賛成ですけど…私はまだ動けますよ?』

「梓ちゃんも、結構無理しとったやろ。この先難関やで」

『でも…一人一殺の覚悟で行かなきゃ、きっと通形先輩がキツイです。動ける人間は行くべきでしょ』

「ん〜…言うとることはわかんねんけどな、まぁ、梓ちゃんは俺んとこの子じゃないし、イレイザーがなんていうか」

『プルスウルトラって言いますよ、きっと』


確かに彼女は自分の個性を沢山使ったというデメリットはあるが外傷はない。彼女が言うことはわかる。

ただ、この先の激戦を考えると先に行かせるのは好ましくなかった。

どうにか足を止めさせたいが理由がなくて、ファットガムはうーん、と悩みながら切島を抱え上げる。



「でもなァ…」

『誰がなんと言おうと行きます』


まさにキッパリ。
梓の目を見て、ファットガムは彼女が諦めるのを諦めた。
ため息混じりに眉を下げ、頼むで、と言えば頼もしく梓の口角が上がる。

切島はすでに意識を失っていた。
梓は吹き飛ばされた大太刀を拾い、瀬の鞘に仕舞うと


『切島くん、行ってくる』


それだけ呟いて、乱波に見つからないうちに扉から颯爽と走っていった。

_102/261
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