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この場で誰よりも小柄で一見弱そうな少女の雷撃で一気に正面玄関までの道が拓けたことに周りは騒然とした。

が、彼女の号令ですぐに、東堂一族である水島と九条が組員たちを一手に引き受けると、
それに数名のヒーローが加勢し、残りの人員は一気に屋敷内に突入した。


「火急の用や!土足で失礼するで!」

「リンドウちゃん、やるじゃない…!ありがとうっ」

「見た目によらず随分乱暴じゃないか」


バブルガールとセンチピーダーに背を叩かれ褒められ、刑事が苦笑気味に「24代目当主っつーのは半信半疑だったんだけどな」と妙に納得していて。
緑谷と切島は梓に追いつくと、


「梓ちゃん、かっこよかった…!」

「九条サン達、すげー嬉しそうだったぞ!」

『あはは、少し乱暴だったかも』


クラスメートに褒められ少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせるも、すぐに顔を引き締め屋敷内を走った。
どんどん仲間が突入し、侵攻していく。


「怪しい素振りどころやなかったな」

「俺ァだいぶ不安になってきたぜオイ。始まったらもう進むしかねえがよ」


ドタドタと前を走るファットガムにロックロックは苦虫を噛み潰したように同意する。
天喰は持ち前のネガティブで「どこかから情報が漏れてたのだろうか…。いやに一丸となってる気が…」と予想するが、


「だったらもっとスマートに躱せる方法をとるだろ。意思の統一は普段から言われてるんだろう」

「盃を交わせば親や兄貴分に忠義を尽くす。肩身が狭い分、昔ながらの結束を重視してんだろうな。この騒ぎ…そして治崎や幹部が姿を見せていない。今頃地下で隠ぺいや逃走の準備中だろうな」


刑事と相澤の言葉に切島は目を吊り上げた。


「忠義じゃねぇやそんなもん!子分に責任押し付けて逃げ出そうなんて男らしくねえ!梓と九条さん達見てみろよ!さっきすげぇかっこよかったぞ!これが忠義って奴だろ!」

『切島くん恥ずかしいやめてえ!』


そこで、先頭を進んでいたナイトアイ事務所の歩みが止まった。


「ここだ」


ナイトアイはなんの変哲も無い廊下の途中の棚の前に立っていた。


「この下に隠し通路を開く仕掛けがある。この板敷きを決まった順番に押さえると開く」

「忍者屋敷かっての!ですね!」

「見てなきゃ気づかんな。まだ姿を見せてない個性に気をつけましょう」


ナイトアイの操作によって隠し通路への扉がゆっくりと開き、
扉の向こうから組員が3人飛び出してきた。


「バブルガール…!」

「なァアんじゃてめエエエらアアア!」

「1人頼む!」


ナイトアイ事務所のサイドキック、センチピーダーが飛び出してきた3人のうち2人と交戦を始め、
残り1人はバブルガールによって制圧される。


「ハイ、ごめんね!追ってこないよう大人しくさせます!先行ってください、すぐ合流します!」

「疾ぇ…!」

「いくぞ!」

「梓ちゃん、行こ!」


緑谷に引っ張られ、相澤の背を追いかけるように梓は地下階段を駆け下りる。
そこは豆電球ほどの灯りしかない薄暗い空間だった。


「もうすぐだ、急ぐぞ!」


ナイトアイが予知で見た部屋はこの先のはず。
先頭を走る彼らはシュミレーション通り角を曲がるが、そこにはあるはずの道はなかった。


「行き止まりじゃねえか!」

「道合ってんだよな!?」

「説明しろナイトアイ!」

「俺、見てきます」

「ルミリオン先輩待って、またマッパに、」

「ミリオのコスチュームは奴の毛髪から作られた特殊な繊維だ。発動に呼応し透過するよう出来ている」


頭にインターン説明会の時の全裸が過ぎった切島に天喰が大丈夫と肩を叩いていれば、透過した通形が戻ってきた。


「壁で塞いでいるだけです!ただ、かなり分厚い壁です」

「治崎の“分解”して“治す”ならこういうことも可能か」

「小細工を…」

「来られたら困るって言ってるようなもんだ!」

「そだな!!妨害できてるつもりならめでてーな!!」


右隣の切島がグッと拳を硬化し、左隣の緑谷がフルカウル状態になり、
梓も2人と合わせるように刀を前にかざし、雷を凝縮させ、放った。

ドガァンッ!という激しい音。
3人の破壊力のある攻撃により壁は木っ端微塵になっていた。


「…ちったァやるじゃねえか」

「先越されたわ」


頼もしそうに笑うロックロックとファットガムだったが、その笑みはすぐに消えた。
進もうとした道が歪んだのだ。


「待て、これは…!」


床も壁も天井も全てが歪み、元来た道も消失する。


「道がうねって変わっていく!」

『えっ!?うわ、きもちわる!』

「治崎じゃねえ…逸脱してる!考えられるとしたら…本部長、入中!」

『んん…入中にしては、規模が大きすぎる気が…』

「確かに、奴が入り操れるのはせいぜい冷蔵庫ほどの大きさまでと…」


首をかしげる梓の指摘に刑事は同調するが、薬物について詳しいファットガムは首を振った。


「かなーーりキツめにブーストさせればない話じゃァないか…」

「モノに入り、自由自在に操れる個性、擬態!地下を形成するコンクリに入り込んで生き迷宮となってるんだ…!」

「何に化けとるか注意しとったが…まさかの地下。こんなん相当体に負担がかかるハズやで…イレイザー、消せへんのか!?」

「本体が見えないとどうにも…」


天喰は震えた。
今、自分たちはどうにもできない敵の術中にいる。
相澤ですら消せず、打開策も見当たらず、プロヒーローたちもお手上げ状態。
冷静だからこそ、彼は現状の最悪さがわかっていた。


「道を作り変えられ続けたら…目的地までたどり着けない。…その間に向こうはいくらでも逃げ道を用意できる。即時にこの対応判断…ああ、ダメだ…もう…。女の子を救い出すどころか俺たちも…!!」

「環!!そうはならないし、お前は、サンイーターだ!」

『天喰先輩、最悪地下施設ごと吹き飛ばしましょ!擬態してるコンクリートごと吹き飛ばせば入中もひとたまりも無いでしょ』


強く激励する友人と、口角を上げてこの状況で本気なのか冗談なのかわからないことを言う後輩。
太陽だと思っている2人に諭され、天喰は心を落ち着かせるように息を吐く。


「…吹っ飛ばすのは無理だと思う」

『えっ』

「確かに、吹っ飛ばしたら俺たちも木っ端微塵だよね!大丈夫、こんなのはその場しのぎだ。どれだけ道を歪めようとも目的の方向さえわかっていれば俺は行ける!!」

「ルミリオン!」

「先輩!」

「スピード勝負、奴らもわかってるからこその時間稼ぎでしょう!先に向かってます!」

「ミリオ…!」


壁の中に消えていった通形の背を見て、天喰は自分を叱咤した。
ああ、いけない。自分は何をしていたんだ。友達が頑張ろうとしてるじゃないか。なら、すべきことは…。

前を向いた彼の目に不安の揺らぎは無くなっていた。

フードに隠れた目、背が小さい梓だからこそ鮮明に見えて、その鋭さに思わず息を飲む。


『…、天喰先輩、強っ』


通形しかり強い人は目でわかる時がある。

今の彼の目は洗練された殺気を纏っていて、思わず梓が身震いするほどだった。
今まで気弱な面しか見たことがなかったが、彼だってビッグ3と呼ばれている強者なのだ。


(かっこいい目してるなぁ…負けてらんない)


その時だった。
急に地面が消え、浮遊感が襲った。


『わ!?』


咄嗟に隣にいた天喰の腕を掴んでしまうが、彼は鋭い目を緩めると引き寄せてくれて、


「だ、いじょうぶ!?」

『あ、はい!』

「リンドウ、風…は、起こさなくていい!」


全員を浮き上がらせるために雷が少しだけ混じる風を起こそうとするが相澤に止められ、梓はそのまま地面に着地した。


「広間…?」

「ますます目的から遠のいたぞ。良いようにやられてるじゃねえか!」


意外と深くなかったから風いらなかったのか、と咄嗟の判断が早い相澤に尊敬を目を向けるが、
ピリッとした殺気を感じ、梓は息を吸うように抜刀する。

シャンッと音を立てて抜刀したことで、敵がいるのか!と全員身構えた。


「おいおいおいおい、空から国家権力が…不思議なこともあるもんだな」


土煙の中現れたのは三人の男だった。


『八斎衆の窃野、宝生、多部…!!』

「下調べ済みかよ、お嬢ちゃん…。よもやこんなガキも一緒に突入してくるとはねェ」

「よっぽど全面戦争したいらしいな…!さすがにそろそろプロの力を見せつけ…」

「そのプロの力は目的の為に…!こんな時間稼ぎ要員、俺一人で充分だ」


臨戦態勢だった梓とファットガムの前に現れ啖呵を切った天喰に周りは息をのんだ。

まさか、そんなことを言うとは思わなかったのだ。


「何言ってんスか!?協力しましょう!」


切島の声は天喰には届かない。
彼は、目の前の三人しか見ていなかった。


「そうだ、協力しろ。全員やってやる」

「窃野相手に銃は出せん。ヒーロー頼む!」

「バレてんのか、まァいいや。暴れやすくなるだけだ!」

「ならないぞ、刀捨てろ」


窃野が個性を使う前に相澤の抹消が発動し、梓がタンッと地面を蹴り彼の真横に現れる。


「!?使えねえ!?」

『刀の持ち方がお粗末だな…素振りからやり直したほうが、いいかもね!』


彼女の蹴りが窃野の右手首にクリーンヒットし、刀が飛ぶ。
すぐにそれを掴むとタンッと壁を蹴って相澤の隣に戻って、


『捨てそうになかったので取ってきましたっ』

「よくやった」

「銃弾も俺の刀に沈むだけや。大人しく捕まった方が身の為やぞ!」

「そういう脅しは命が惜しい奴にしか効かねえんだよ」

「イレイザーが抑えてる今なら武器も使える!観念して投降しろ!」


互いに銃を向ける均衡を破ったのは、天喰だった。
彼は誰よりも前に飛び出すと、一瞬でタコ足を再現し三人を拘束する。


「窃盗、窃野。結晶、宝生。食、多部…俺が相手します」


覚悟は決まっていた。


「ファット事務所でたこ焼き三昧だったから蛸の熟練度は極まってるし…以前撃たれたことでこういうものには敏感になってる」


三人をぎらりと睨みつける。
通形はきっと頑張っている、そして、


(あの子も、頑張ってる…)


天喰の意識の中には梓がいた。
窃野から奪った刀を持ったまま、こちらを見る彼女の目は何故かキラキラ輝いていて、
緑谷や切島、ファットガムですら天喰の啖呵に呆気にとられているのに、彼女だけは期待に満ちた目でこちらを見ていた。


(まるでミリオじゃないか)


後輩の期待に満ちた目に応えるように手の震えが止まった。


「こいつらは相手にするだけ無駄だ。何人ものプロがこの場に留まってるこの状況がもう、思うツボだ」


タコ足と蟹の鋏で武器を壊しバキバキと音がなる中、
『じゃあ、お願いします!』と梓のハキハキした声が響いた。


「え!?」

「おい、梓!?」

『先輩に任せて先を急ごう。時間が勿体無い』

「待てって、相手三人だぞ!?環先輩だけじゃ…」

『本人が完封できるって言ってるのに』


できないことを言う人がビッグ3になるわけないよ、と何故か天喰の代わりに胸を張るものだから、敵を睨んでいた天喰は目を丸くさせた後、思わずふっと笑っていた。


(あの子、俺の実力知らないのに手放しで信じるんだな)


梓も笑う。


『あの人多分すっごい強いよ』


何故彼女がそう思ったのかはわからないが、この手放しでの信頼はプレッシャーとはまた違っていて。
天喰は背を押されるようにギリギリと敵の締め付けを強くすると、


「リンドウちゃんの言う通り、スピード勝負なら1秒でも無駄にできない。イレイザー筆頭にプロの個性はこの先に取っておくべきだ!蠢く地下を突破するパワーも!拳銃を持つ警察も!ファットガム、俺なら一人で完封できる!!」


はっきりと言い切った彼にファットガムは奮い立った。
迷わず、周りに「行くぞ、あの扉や!」と声をかけ、未だ心配そうな切島を引っ張って走る。


「オイオイオイ待て待て」

「三人見といた。効果がある間に動きを止めろ!」


相澤が一瞬の隙をついて多部を気絶させ、全員が部屋を出ようとした時、「皆さん!」と天喰に呼びかけられ梓達はハッと振り返った。


「ミリオを頼むよ!あいつは…絶対無理するから助けてやってくれ」

『〜っ、はい!』


通形の身を案じるその一言で、何故彼が緊張や恐怖を自分の中に押し込んで強い目をしたのかわかった気がして、梓は思わず体育会系の良い返事をしていた。

_100/261
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