お昼時にランチラッシュのご飯を食べながらボーッとしている梓に耳郎と八百万は顔を見合わせた。
何か思いに耽ける顔。
「緑谷さんも麗日さんも同じような顔をしていましたわ」
「切島と梅雨ちゃんもだよ。インターン組どうした?」
『うん』
「緘口令でも敷かれてんの?」
『うん』
「まあ、それは大変ですわね。梓さん、無理をなさらないよう」
『うん』
「……梓、聞いてる?」
『うん』
「聞いてないな?」
『うん』
「「…。」」
こりゃだめだ、上の空だ。
耳郎は八百万ともう一度顔を見合わせ、ボケーっとしている梓の皿に自分のデザートだったリンゴを乗せてみる。が、気づいていなくて。
そんな中、見知らぬ男子生徒が顔を真っ赤にして彼女の隣に現れた。
「あっ、あの、東堂梓ちゃん、ちょっといいかな」
『うん』
「え、誰」
相変わらず上の空で生返事を続ける梓に御構い無しで男子生徒は続ける。
目の前に耳郎や八百万がいるのに彼は周りが見えていないようで顔を真っ赤にしたまま梓の方に手を差し出すと、
「僕、普通科の生徒を守るために一部の親衛隊をシメたっていう君の話を聞いて、惚れちゃって…あの、もし良かったら、」
(え、待て待て待て待て。今!?今はちょっと)
完璧に自分の世界に入ってしまっている男子生徒に耳郎はヤバイヤバイと腰を上げ始める。
八百万も顔を引きつらせて「今の梓さんにはマズイですわ」と立ち上がりかけるが、彼は止まらず、
「僕とお付き合いを、」
「あーっ!!爆豪!梓が!ちょっと!泣いてる!?泣いてるかも!?」
勿論泣いていない。目はカラッカラである。
なのにいきなり耳郎は、どこにいるかもわからない爆豪に謎の報告をした。
八百万はびっくりして一瞬フリーズするが、
すぐに彼女の意図をつかんだ。
「はァ!?」
何処からともなく爆豪が飛んできて、話している途中だった男子生徒をドンッと押しのけて梓の顔を覗き込むようにそばに座り込んだのだ。
「え、早っ」
自分で呼んだくせに爆豪の参上が早すぎて引き気味な耳郎に、八百万は「爆豪さんらしいですわ」と何故か納得していて。
「おい、梓、なんで泣いて、」
『え、なに、かっちゃんいきなり現れてめっちゃびっくりしたんだけど』
「泣いてねーじゃねーかクソ耳!!」
「あっれー、おかしいな。見間違いだったわ」
しらばっくれる耳郎に爆豪の牙が向くが、後から追いかけてきた切島がなんとなく状況を察して割って入る。
突然騒がしくなった周りに梓はきょとんとすると、自分の椅子のそばに尻餅をついている男子生徒に気づく。
彼は自分を突然押しのけた爆豪を見上げて呆然としていて、梓はよくわからないながらも
『君、大丈夫?』
「えっあ、」
手を掴んでぐっと引っ張ると男子生徒を立たせた。
パンパン、と背中についたゴミを払いながら
『もしかしてかっちゃんが吹っ飛ばした?ごめんね』
「あ、いや…大丈夫」
『そっか、良かった』
何事もなくて良かった、とへらりと笑う。
男子生徒はその笑みをまっすぐに向けられ、顔を真っ赤にすると「また来ます…!」と何処かに行ってしまった。
「なんだ、あいつ」
『なんだって、かっちゃんが吹っ飛ばしたんじゃないの?』
「知らね。それよりお前、泣いてねーんだよな?」
『泣いてないよ。変なの』
ある意味能天気な幼馴染2人に耳郎は一難去ったとばかりにふぅーと一息つき、昼食を再開するのだった。
その後、食べ終わった梓たちは混雑する食堂内を人ごみを避けながら進んでいたのだが、
耳郎の前を歩く梓がすれ違いざまに誰かに腕を掴まれ、かくっと止まった。
え、また変なやつが絡んでくるの?と耳郎は警戒心バリバリで友人の腕を掴む男を見るが、見知った顔。
体育祭で緑谷とやり合った普通科の心操だった。
「おい、」
『んあ?ああ、心操』
「あれ」
すれ違い様に梓の腕を引っ張って自分に近づけると、食堂の奥を指差して何かを伝えている。
彼の視線の先にいたのは緑谷だった。
『んん…ちょっと行ってくる』
「そんだけ」
『ありがと』
パッと心操が手を離し、人混みに紛れて離れていく。
耳郎は何があったのかわからず首を傾げるが、梓は振り返ると
『いずっくんが元気ないみたいだからちょっと行ってくる。耳郎ちゃん先に戻ってて』
「…あ、わかった」
するすると人ごみを掻き分けながら緑谷の元に向かう梓を見て思わず「心操と仲良いって聞いてはいたけど…」と苦笑する耳郎に八百万も笑った。
「爆豪さんや轟さんもびっくりの仲の良さでしたわね」
「うん…知り合いレベルかと思ってたけど、あれは違うね」
随分と親しげで慣れた様子の2人に耳郎は、あいつも梓依存症なのかなぁと考えを巡らせた。
ー
心操に指さされた方向を見れば、緑谷が泣いていた。
今までも泣いたところを見たことはあるが、食堂という不特定多数がいるところで泣くのは珍しくて、梓は慌てて彼の座るテーブルに向かった。
「え!?オイ!?」
「ごめん…!大丈夫、なんでもない…。ヒーローは…泣かない…!」
「いや……ヒーローも泣く時ゃ泣くだろ…」
溢れる涙をぐっと飲み込むように丼をかっ込み始めた緑谷の前にすとん、と座れば、
こちらを向く飯田と轟のぽかんとした視線。
「東堂くん」
「梓ちゃん…」
『轟くんのいう通り、ヒーローも泣く時は泣くよ。いずっくん』
「梓ちゃん〜…!」
梓の気の抜けた笑みを見て、止まったはずの緑谷の涙がぶわっと溢れた。
幼い頃から泣いているときには駆けつけてくれる幼馴染。
その透き通った優しい目を見ると、
後悔だったり悲しかったり、心に溜め込んでいたぐちゃぐちゃが溢れてしまう。
『大丈夫大丈夫、いずっくん…大丈夫だよ。ね、がんばろ。未来は明るい』
よしよしと撫でながら苦笑する梓に緑谷はぐっと涙を止める。
「ん、頑張る、梓ちゃんと一緒に…!」
『そのいきだ!ご飯たくさん食べよー。そしたら元気になるよ』
「東堂のいう通りだな。ソバ、半玉やるよ」
「ビーフシチューもやろう」
「ありがとう…」
「ネギいるか?」
「いただきます」
「ワサビいるか?」
「うん」
『轟くんめっちゃ優しい!!』
丁寧に蕎麦を半分分ける轟に思わず梓は爆笑するのだった。
そして2日後、深夜。
とうとう決行日が連絡された。
「来たか!?」
「うん…」
『やべ、吐きそう』
「梓ちゃん頑張りましょう」
「ん、みんなで頑張ってエリちゃん助けよ」
麗日の言葉に梓と緑谷は食い気味に頷いた。
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