梓の謹慎明け2日後、無事緑谷も謹慎から明けた。
謹慎明けてすぐに授業の進み具合やインターンの事について耳郎に聞いた梓はワクワクしていた。
「じゃ緑谷も戻ったところで本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで」
教室の扉が開く。
「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中、都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように」
入ってきたのは3人の3年生。
その内の2人に見覚えがあって『お。』と声をもらした。
「現雄英生の中でもトップに君臨する3年生3名、通称ビッグ3の皆だ」
『ビッグ3…あの人たちが…』
「的な人がいるとは聞いてたけど…!ん、梓知ってる感じ?」
『いや、反省文を提出しに行った時に挨拶しただけ』
名を知っているだけで他は何も知らない。
ざわつくクラスを一瞥して黙らせると、相澤は「じゃ手短に自己紹介よろしいか?天喰から」と、一番端にいる口数の少ない青年に話を振った。
彼の目が鋭くクラスを見る。
その迫力におされるが、
「駄目だ、ミリオ…波動さん…ジャガイモだと思って臨んでも、頭部以外が人間のままで以前人間にしか見えない。どうしたらいい…言葉が、出てこない…」
『ぶはっ』
「梓、笑うな」
「頭が真っ白だ…辛いっ…!帰りたい…!!」
思わず笑った梓を耳郎が叩く。
気持ちはわかる。わかるが、今笑ったらとても失礼である。
天喰は黒板の方を向いてしまっていて、
「雄英…ヒーロー科の、トップ…ですよね…」
「あ聞いて天喰くん!そういうのノミの心臓って言うんだって!ね!人間なのにね!不思議!彼はノミの天喰環、それで私が波動ねじれ。今日はインターンについて皆にお話ししてほしいと頼まれて来ました」
天喰に代わって話し始めたのはロングヘアーの快活な女子生徒、波動ねじれだった。
彼女は屈託無い笑みで簡潔に自己紹介をするとクラスを見渡し目をキラキラさせる。
「けどしかし、ねぇねぇ君はなんでマスク?風邪?オシャレ?」
「!これは昔に、」
「あら、あとあなた、轟くんだよね!?ね!?なんでそんなところを火傷したの!?」
「……!?それは……」
「芦戸さんはそのツノ折れちゃったら生えてくる?動くの!?ね?峰田くんのボールみたいなのは髪の毛?散髪はどうやるの!?蛙吹さんはアマガエル?ヒキガエルじゃないよね?あと、」
次々と質問が飛ぶ。波動のキラキラした目と目があって、
「東堂さん!ねね、この前自分の親衛隊をシメたって本当!?」
『へっ!?』
謎の質問に梓だけでなくクラス中がえ!?と動揺した。
「親衛隊があるとか聞いてはいたけど…シメたの!?」
『えっ、ちょっと待って心当たりない!』
相澤も通形も天喰も初耳のようで少しびっくりしていて、自分に集まる視線に梓は慌てると、
『親衛隊!?なにそれ?』
「あれ?噂で聞いたのになぁ。間違いかな?」
『あっ…』
ハッと思い出したの心操が呼び出されたあの日。
たしかに自分はあの普通科の先輩たちをシメた、のかもしれない。あの状況、そういう噂が立っていてもおかしくはない。
思い出せば、そういえばあの内の1人が親衛隊だなんだと言っていたような気がする。
悶々としていれば既に波動の興味は梓から外れていて、
「どの子も気になるところばかり!不思議。ねぇねぇ尾白くんは尻尾で体を支えられる?ねぇねぇ、答えて、気になるの」
「合理性に欠くね?」
「イレイザーヘッド、安心してください!大トリは俺なんだよね!前途ーー!?」
「「「……。」」」
「多難ー!!っつってね!よォしツカミは大失敗だ」
未だざわついているクラスに通形はしょうがないよな、と頷きながら話し始める。
本題だった。
「まァ、何が何やらって顔してるよね。必修てわけでもないインターンの説明に突如現れた3年生だ、そりゃわけもないよね」
楽しそうに口角が上がる。
「1年から仮免取得…だよね、フム。今年の1年生って、すごく元気があるよね…。そうだねェ、何やらスベり倒してしまったようだし…」
「ミリオ!?」
「君たちまとめて、俺と戦ってみようよ!」
トンデモ発言にクラス中が「え〜!?」と声を揃えた。
「俺たちの経験をその身で経験した方が合理的でしょう!?どうでしょうね、イレイザーヘッド!」
「……好きにしな」
相澤の許可もあり、爆豪を除くA組の面々は戸惑いつつも指定ジャージに着替えると体育館γへ向かった。
(梓ちゃん、親衛隊シメたってなに!?っていうか親衛隊いたの!?)
(何があったの…)
(あ、いや、暴力はふるってないよ!?ただ、突っかかられたから言葉で…ちょっと)
(なんで親衛隊に突っかかられてんの!?)
ー
ぐっぐっとアキレス腱を伸ばし準備運動をする通形に天喰は壁の方を向きながら「ミリオ…やめたほうがいい」と止めた。
「形式的にこういう具合でとても有意義ですと語るだけで十分だ」
「遠」
「皆が皆、上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。立ち直れなくなる子が出てはいけない」
「あ、聞いて。知ってる。昔挫折しちゃってヒーロー諦めちゃって問題起こしちゃった子がいたんだよ、知ってた!?大変だよねぇ、通形。ちゃんと考えないと、辛いよーこれは辛いよー」
おやめください、と嫌がる芦戸の角をいじりながらそう言った波動に常闇と切島はムッとする。
「待ってください…我々はハンデありとはいえプロとも戦っている」
「そして、敵との戦いも経験しています!そんな心配されるほど、俺らザコに見えますか…?」
「うん、いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だ!?」
「おれ、」
『私!』「僕…行きます!」
「東堂はともかく意外な緑谷!」
ぐいっと前に出てきた緑谷は構える。
目の前にいるのは雄英トップの人。手合わせ願えるなんて願っても無い話だと気合を入れ、フルカウルを発動させる。
その隣で梓もぐっと構えた。
「問題児!いいね君やっぱり元気があるなあ!」
「近接隊は一気に囲んだろぜ!よっしゃ先輩、そいじゃあご指導ぉーよろしくお願いしまーっす!!」
切島の挨拶を合図に、梓と緑谷は一気に飛び出した。が、
『わぁ!?』
「あーーー!!」
「ああ失礼、調整が難しくてね!」
はらりと服が落ち、耳郎の叫びが後ろから聞こえる中梓は緑谷とは逆側から蹴りを入れようとする、が。
何故かそれは通り抜け、察した。
(すり抜ける個性!だから服落ちたんだ!)
後ろから援護射撃される味方の酸やレーザーを避けながら通形から目を離さないようにするが、いつのまにか彼はいなくなっていて、気づけば1番の後方にいた耳郎の後ろにいた。
『えぇぇえ耳郎ちゃん後ろぉー!!』
「え?」
「まずは遠距離持ちだよね!!」
「ギャァアアア!」
「ワープした!すり抜けるだけじゃねぇのか!?どんな強個性だよ!」
それからは一瞬だった。
たった少しの時間で中遠距離持ちの仲間たちは全員腹パンされてぐったりしていて、
「お前ら、いい機会だ。しっかりもんでもらえ、その人…通形ミリオは俺の知る限り最もNo.1に近い男だぞ。プロも含めてな」
「POWERー!!!」
「マジかよ…一瞬で半数以上が…!」
「あとは近接主体ばかりだよね」
「何したのかさっぱりわかんねえ!」
「すり抜けるだけでも強ぇのに…ワープとか…!それってもう……無敵じゃないすか!」
「よせやい!」
周りが圧倒される中、梓の目は通形から一度たりとも外れることはなかった。
その目は集中し切っていて、瞬きすらせずずっと彼を見つめている。
『…なんだぁ?、妙だな』
「梓ちゃん、どうしたん!?」
『うーん…いずっくん、あれ、単純ワープじゃないよねぇ』
にやりと口角を上げた梓に、傍観していた天喰は少し目を見張った。
何故そう思ったのかは知らないが、恐らく彼女は単純なチート個性だとは思っていない。
彼女が同調を求めた緑谷も同じようで、
「うん、何かカラクリがあると思う。すり抜けの応用でワープしてるのか、ワープの応用ですり抜けてるのか…どちらにしろ直接攻撃されてるわけだからカウンター狙いでいけば、こっちも触れられる時があるハズ…!何してるかわかんないならわかってる範囲から仮説を立てて、とにかく勝ち筋を探っていこう!」
「おお、サンキュー!謹慎明け緑谷すげー良い!」
「探ってみなよ!」
通形が地面を蹴る。
こちらに向かってきながら体が沈み、見えなくなって、
緑谷は予測を立てると後ろを振り向きながら足を蹴り上げた。
予想通り、通形は真後ろにいた。
が、彼は緑谷の蹴りをすり抜けると、
「だが必殺!ブラインドタッチ目潰し!」
「うっ…!」
怯んだ瞬間、鳩尾に強烈なパンチを入れ緑谷を沈めた。
「ほとんどがそうやってカウンターを画策するよね。ならば当然、そいつを狩る訓練!するさ!」
「緑谷くん!?」
飯田が加勢に行こうとするもののいつのまにか通形は彼の後ろに現れ、腹パンを食らわす。
その後も一瞬だった。近接組の背後に一瞬で現れると、全員をノックダウンさせていって、
そして、最後の標的である梓の後ろに現れると、驚いた表情をしている彼女の腹めがけてパンチを繰り出そうとするが、
『ほっ』
ガードではなく身を逸らして避けられた。
「お?」
さっきまでは完全に不意をつかれた表情をしていたのに、梓の口角が上がっている。
彼女はとんっと、バク転をすると自分に向かってくる通形に雷撃を飛ばす。
が、彼は沈んで避け、また一瞬で梓のそばに現れるとパンチを繰り出すが、
『っと!!』
またもや梓は寸前で避けた。
立て続けの攻撃もギリギリで避け、ダンッと大きく後ろに飛ぶと通形が地面から上がってくる前に竜巻を起こし空中高く舞い上がった。
『…ハァ、当たんなきゃすり抜けようが意味ないねッ』
「こりゃとんでもない子がいたな!君、体育祭の時と別人だね!」
「透過にガードはご法度。一瞬で見極めたのか、イレイザーヘッド…、あの子は何者です」
「個性使わずに通形の攻撃避けちゃったの!?」
「まァ…あいつは、個性に頼ってないからな」
梓がくるん、と宙で一回転がてら体を逸らす、その手には嵐が凝縮され、
『教えて、ほしいなぁ…!』
目がギラつき口元が弧を描く。
『地面に沈む時、なんで息してないの、先輩!!』
ードォーーッン!!
通形目掛けて凝縮された嵐が雷のように落とされた。
勿論、すり抜けるが、地面を這うように雷が走り、
「そういうことね…!」
通形の足にダメージを残す。
すぐに透過発動し地中に落ちると、場所を変えて発動解除し勢いよく空にいる梓の元へ飛び上がるが、
彼女はすでに次の攻撃態勢に入っていて、咄嗟に通形は空中で透過を発動した。
ードォーーッン!
すり抜けた攻撃は地面に落ちる。
通形は梓との距離を詰め攻撃態勢に入るが、彼女は空中でくるんと身を翻し避け、
真後ろから回し蹴りをいれるついでにぶわり、と竜巻を起こす。
勿論、透過されてしまうのだが、
彼女は攻撃の手を休めず、その中で彼の攻撃を寸前で避け切っていた。
それを天喰は唖然と見ていた。
信じられない、が、まさか。
「透過してる時、ミリオが息をしてないのに気づいていて、あの攻撃を?」
「だろうなァ…。中規模の範囲攻撃続けてりゃその内息吸うために透過解除せざるを得ん。狙ってんな、ありゃ」
「空中のほうが、通形が現れてから避けるまでに時間あるから、空にいるんだ。風を纏って、最小限の動きで避けてるし」
「それにしても、」
普通1年が避けられるスピードじゃないぞ!?
天喰の動揺に相澤は無理もない、と頷いた。
「あの家の奴は、五感全部で攻撃を見極め避ける。…単純近接の攻撃回避についちゃ、そんじょそこらのヒーローを凌駕するよ。だから、通形が透過してる時息してないのにも気づいたんだろ」
「なんで?あの子何者なの?この一瞬で見極めるなんて不思議!普通じゃない!」
「ま、あいつも通形と同じ、努力の子ってこった」
落下していく通形に梓の雷が落ちる。
が、そのまま彼は透過を発動して地面に沈むとすぐに別の方向から一瞬で梓に向かって飛んできて、咄嗟に梓は避けようとするが、
『やば…っ』
ブーツを履いていない空中ライドにはまだ慣れていない。少しの歪みが彼女の隙を生んだ。
「ちょっとびっくりしたけど、まだまだコントロールが下手だね!!」
全裸の通形のかかと落としが梓の腹に決まる。
『ッ!!』
避けきれず梓はコントロールを失うとダーンッと地面に叩きつけられた。
『痛ァ…!!くそっ』
「はぁ…!びっくりした!君なかなかやるね!もっと個性のコントロールが上手だったら危なかったかもな」
「東堂、お疲れ。狙いは良かった」
パチパチと手を叩く相澤に、でも負けたようとお腹を抑えながらよろよろと立ち上がれば、
同じようにお腹を抑えているクラスメート達がわっと湧いていた。
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