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「梓ちゃん、すごい!攻撃はほとんど当たらなかったけど、あの攻撃を避け切れるのが凄いよ!!」

「東堂マジかよ!お前どんどん強くなってんじゃん!」

「東堂さん…どうやったらそんな動きが…」

『んー…やりたいことの半分もできなかった。くそー!弱点見つけたって思ったのに!』


個性のコントロールができていれば、その弱点をつけたのにな、と項垂れる梓に周りは首を傾げた。
弱点?あの強個性に弱点なんてあるのか?

自然と視線が集まり、通形は面白そうに笑いながら服を着る。


「ギリギリちんちん見えないように努めたけど!!すみませんね女性陣!とまァーこんな感じなんだよね!」

「わけもわからず全員腹パンされただけなんですが…」

「俺の個性、強かった?」

「強すぎっス!」

「ずるいや!私のこと考えて!」

「すり抜けるしワープだし!轟みたいなハイブリットですか!?」


質問の嵐である。
私知ってるよ、個性!と無邪気に割り込んできた波動を天喰が止める中、通形は「いや、ひとつ!透過なんだよね!」と説明を始めた。


「君たちがワープというあの移動は、推察された通りその応用さ!」

「どういう原理でワープを…!?」

「全身個性発動すると、俺の体はあらゆるものをすり抜ける。あらゆる!すなわち地面もさ!」

「あっ…じゃああれ、落っこちてたってこと…!?」

「そう!地中に落ちる!そして落下中に個性を解除すると不思議なことが起きる。質量のあるものが重なり合うことはできないらしく、弾かれてしまうんだよね。つまり俺は瞬時に地上へ弾き出されてるのさ!これがワープの原理、体の向きやポーズで角度を調整して弾かれ先を狙うことができる!」


ゲームのバグみたい、と芦戸の感想に通形は笑う。
蛙吹は考えるように口元に手を置くと、


「攻撃は全てスカせて、自由に瞬時に動けるのね…やっぱりとっても強い個性」

「いいや、強い個性にしたんだよね」


通形の視線が、未だお腹を抑えている梓に向く。


「彼女は気づいたみたいだけど、発動中は肺が酸素を取り込めない。吸っても透過しているからね。動揺に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは何も感じることができず、ただただ質量を持ったまま落下の感覚だけある…ということなんだ」

『エッ、そうなの!?』

「えっ、君気づいてああいう攻撃してたんじゃないの!?」


予想外に驚かれ通形は素っ頓狂な声を出した。
梓はブンブン首を横に振ると、


『私は、発動中は息してないってことだけ気づいてて、だから、ずっと発動させとけばいつか我慢できずに息吸うために解除するだろうって…』

「つまり、透過という個性を分析したんじゃなくて、俺自身を見て息をしていないことに気づいたのか!」

『はっはい。普通、武術は呼吸が流れるように攻撃にあわせられるものだけど、それが歪で…実際に避けた時に、やっぱり体の動きがちょっと特徴的で、確信しました』

「出た、戦闘脳」

「へェ…その見破られ方は初めてだよ!ちなみに、最初に大規模攻撃を俺に落とした時、雷を地面に這わせたのは、狙って?」

『はい、だって、地面に立ってるってことは、足は透過してないから。ただ、本当は嵐を地面広範囲に這わせて凝縮して留めたかったんだけど、コントロールできないし、みんないたし』

「なるほど、それが君のいう俺の弱点だね」


とんでもない子だと思った。
単純戦闘だけでなく思慮深く、勝気な発想。
地面に沈んでも、解除した瞬間に嵐に巻き込まれる。
地面に立って発動しても、結局足はダメージを食らう。

その規模の発動とコントロールが出来れば、たしかに手強い相手かもしれないと通形はにかりと笑った。


「今の彼女の分析で察した子もいるかな?そんなだから、壁1つ抜けるにしても、簡単な動きにしてもいくつか工程がいるんだよね」

「急いでる時ほどミスるな、俺だったら…」

「おまけに何も感じなくなってるんじゃ動けねー」

「そう!俺は案の定出遅れた!ビリっけつまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上に行くには遅れだけはとっちゃダメだった!予測!周囲よりも早く!時に欺く!何より予測が必要だった!そしてその予測を可能にするのは経験!経験則から予測を立てる!そう、彼女のようにね」


ピッと、梓に指が向く。
彼女の経験は、幼い頃からの虐待じみた戦闘訓練の賜物。
予測するという意識を凌駕し、無意識の中で次の一手を五感で感じ取っているのだ。


「長くなったけどこれが手合わせの理由!言葉よりも経験で伝えたかった!インターンにおいて我々はお客ではなく1人のサイドキック!同列として扱われるんだよね!それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う…!けれど、怖い思いも辛い思いも全てが学校じゃ手に入らない一線級の経験。俺はインターンで得た経験を力に変えてトップを掴んだ!ので!怖くてもやるべきだと思うよ、1年生!」


緑谷を始めクラスが通形の演説に心が震えた。
自然と拍手が起こり、インターンは覚悟を持って挑まなければならないものなのだと察した。

A組の面々は声を揃えて「ありがとうございました!」とお礼の挨拶をするのだった。




その日の夜、相澤と梓は稽古場で心操の捕縛布捌きを見ながら休憩していた。


「東堂、お前のことビッグ3が褒めてたよ。特に天喰が」

『天喰先輩が?なんでだろ』

「さァな」


はぐらかされ、梓は個性の事だろうか、と首を傾げた。


『個性すら見抜けてませんよ、だって私、息止めた時だけ発動するんだと思ってました』

「十分だろ」


彼女には言わないが、天喰が梓に一目置いた理由を相澤は知っていた。


(通形と同じ、血の滲むような努力を垣間見たんだろうな)


あの通形の攻撃を避け、個性の弱点を見極める。
嵐の個性以外の彼女の強さに畏怖する程の努力を感じ取ったのだろう。
気になる生徒が誰か聞いた時、彼は言っていた。


《あの子の……今までを考えたら、凄いねなんて薄っぺらい事は言えませんね》


彼は小学校からの友達である通形ミリオが血の滲むような努力をしてトップを掴み取ったことを隣でずっと見ており、
通形に対し無敵だと、強すぎる個性だと手放しで褒める者に対し、厳しい目を向けることがある。

だからこそ、通形の血の滲むような努力をずっと隣で見て切磋琢磨してきたからこそ、1年生であそこまでの動きをした梓に畏怖したのだ。

彼女の今までは、どれだけ血が滲んだのだろう、と。
個性のコントロール以外が突出しているその戦闘スタイルに、彼女の人生を垣間見たのは天喰が初めてだった。


「ま、刀とブーツがない状態でよくやったよ。正直、あそこまでやるとは思ってなかった」

『刀とブーツがあればもうちょっと頑張れた気がするんですけどね。でも、本当にコントロールがダメダメでちょっと落ち込みました』

「そこは…これから鍛えていけ」


はーい!と元気よく返事をした梓は心操に向けていた目をくるん、と相澤に向けると、


『鍛えるために、インターン!行きたいんですけど、会議どうでした!?』


キラキラした目の少女に、相澤はずっとそれが聞きたくてそわそわしていたのかと呆れた目を向けた。


「教えん」

『えーなんで』

「明日教える。先にお前に教えると、贔屓になるだろう」

『んん…たしかに』

「ま、どっちにしろお前は駄目だけどな」

『えぇぇえええ』


悲しみに打ちひしがれた梓の叫びに心操はびくっとして手元が狂い捕縛布に絡まってコケた。


「…痛ってぇ」

「お前の煩さで心操転んだぞ」

『エッごめん!でも!先生が!』


捕縛布に絡まったままジトーッと睨めば梓は『ごめんて!』と慌てたように心操に駆け寄ってくる。
絡まった捕縛布を解いてもらいながら「何、意地悪でも言われた?」と聞けば梓は迷うことなく頷いた。


『うん!相澤先生がね、私だけインターンだめだって!』

「……そりゃそうだろ」

「だよな。お前自分の立場考えろ」

『え、24代目当主だけど』

「「そっちじゃない」」


呆れたように声を揃えた目つきの悪い2人。
心操は捕縛布の絡みを取り終えると梓の見下ろし、


「梓は誰よりも明確に敵連合に狙われてる。つまり、保護下に置かれないといけない存在だから、インターンなんてさせてもらえないと思う」

「そういう事だ。ちなみに、お前の事については俺も反対派」

『えー……』


悲しそうにへにょりと眉を下げるものだから、相澤はうっと押し黙る。
この表情が本当に苦手なのだ。それは心操も同じようで、ぐっと眉間にしわを寄せていた。


『仮免取った意味がないですよう…次のステップに行くために取ったのにぃ。それに、九条さんたちに任せっきりの東堂一族としての務めも、少しずつしようと思ってたんです。もちろん、本格的に始めるのは高校卒業してからですけど!』

「……」

『先生は知ってると思うけど、東堂の直系と直系が認める者は、国に、超例外としてヒーローと同じ働きをする事が認められてます。ただし、個性を使わない範囲で。元々個性に恵まれていない東堂だからあんまり意味ない制限だけど、私は違う。私は今、個性や、ヒーローとしての資質を磨きたい!東堂の者として動いても、そこは鍛えられないです!』

「……」

『先生お願いします〜…!考え直してっ』

「東堂、お前はな…まだ俺の信頼を取り戻せてはいないんだよ」

『うっ』

「ただ、俺も鬼じゃないし、お前が強くなることはお前の身を守ることだとわかっているつもりだ」

『だったら…!』


相澤はしばらく考えるように唸った後、


「少し考える。今日はもう寝ろ」


懇願するように祈る梓を押しのけ片付けを始めたのをみて、心操は(あの目に負けたな)と相澤の心情を察するのだった。


(心操何見てんだ)

(いえ、別に)

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