Are you an angel? | ナノ
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25 ここから不明領域


「なーんだ、風景はあんまり変わらないね。ここは西暦何年? ……えーと」

総司がキョロキョロとあたりを見回して、はしゃいだ声を上げながら指を折り数える。
とある駅前である。

「あんたも俺も生まれる前だ。足の指を足しても足りぬぞ。25年は前だろう」
「まあよく見ると建物がやっぱり違うかな。走ってる車も古臭い。セダンタイプが多いね? あれ、あそこ、緑色の電話がいっぱいある」
「ボックス公衆電話は現代ではもうあまり見かけないな。この二十年携帯端末の急速な普及により公的な収益が見込めなくなった為、有線通信業者は民間企業になりほとんどが撤去を……」
「あ、あれはなにかな?」
「総司、見学に来たのではないぞ」

まるで観光でもしてるかのように駆け出す総司を見やりながら俺は溜息をつく。
悲壮な覚悟で赴いたにもかかわらず到着してみればここは思いの外のどかで、いささか前時代的ではあるものの、これまで俺達がいた場所とそう大差なく平和な世界であった。最も俺達がここまで来たのは、目に見えるわかり易い敵と戦う為ではない。
HEAVENの中でも容易に踏み入ることのできない最深層域に密かに存在した時の扉。固く錠のおりたその部屋の鍵を開けた大天使は、初めて見る重厚なその扉の前に立ち幾分強張った表情で言った。

「120時間。1秒でも遅れたらあっちからは二度と開かねえ。わかったな」
「昨日は1分って言ってましたよね、土方さん?」
「言い直す。マイクロ秒遅れても駄目だ。覚悟を決めて行け。……チッ、うるせえな、全くお前は」

その台詞を背中で受け止めながら躊躇わずに扉をくぐった総司の目は全く笑ってはいなかった。恐らくその時の総司の胸中は俺と同じだったのだろうと思う。
タイムリミットを超えれば元の生活に戻ることが出来なくなる。折しも最近になって総司に親しい女性が出来たと聞いたばかりであった。総司はその人を、俺はなまえを残して行く。必ず戻らねば愛おしい人との永遠の別離となってしまう。
真実を知る為とはいえ、時を操作するということの重大さが否応なく身にしみる気がした。
昨日はなまえよりも先にHEAVENから戻っていたが、帰宅した彼女にすぐには真実を言えず曖昧な言い方をした。しかし所詮嘘を上手く吐けぬ俺の誤魔化しなど容易に見破ったなまえに問い質され、観念した俺はかつて風間との間に起こった確執のこと、それについてなまえと語り合った夜のことを思い出した。
食事を済ませいつもならばソファに並んで二人ともに寛ぐような時間だった。
ソフィアの手紙のことから話し始めれば彼女は目を瞠り、そしてすぐに身体ごとこちらを向いて、強い光を帯びた視線で俺を見た。

「はじめさんと一緒に私も行きます。過去だって未来だって、どこへだって」
「駄目だ。なまえを連れては行けない」
「どうして? 前にも今と同じ話をしたことがあったでしょう?」

危険な目に遭わせることだけはしたくないと言えば、真っ直ぐな瞳でじっと見つめたなまえが「置いて行かないで」と言う。

「千景さんの時もそうだった。だから知らされないことの方が悲しいって、私言いました。それなのにはじめさんはなんでも全部自分だけで決めようとして、沖田さんがここへ来た時だって勝手に別れるって決めて一人で行こうとした。今度もまた……?」
「過去のことについては深く反省をし後悔もしている。しかし今回は今までのものと事情が違う。時を遡るのはこの世の最も大きなタブーだ。人間であるなまえがそれを侵すのは危険すぎるのだ」
「…………」
「ソフィアのことを調べていくうちになまえのルーツにも繋がると予測している。それは、つまり……恐らくあんたのご両親に関係することでもあるということだ」
「…………」
「それでも、今度はもうなまえを蚊帳の外にする気はない。俺達二人の将来にも関わる重要事項故に、知り得たことは必ずすべて話す。理解してほしい」

黙って聞いていたなまえの表情がほんの微かに動いたように見えた。俺の目を見つめていた強い瞳が僅かに揺れたと思うとふわりと空気が動いた。今にも彼女が泣いてしまうのではないかと危惧した俺の首に、なまえの細い腕が巻き付いてきた。
彼女は俺の耳元に唇を寄せて小さな囁くような声で「ありがとう」と言った。吐息が耳を掠め、甘い髪の香りが鼻先を擽る。

「はじめさんがいつも私を大切に思ってくれてるの、わかってるんです」
「そ、そうか……」

安堵の息をついてその身を抱きしめ返せば、柔らかくあたたかな体温が俺の身に伝わる。愛おしさが己が身の内から溢れ出してくるようだ。
なまえの唇が俺の耳朶に触れる距離でなお囁く。

「将来のことをはじめさんが誠実に考えてくれてることも」
「わ、わかってくれたならば、よかった。少しでも早く戻れるよう最善を尽くす故……なまえ」
「愛してる、はじめさん」
「俺もだ。なまえ……、なまえ?」

体重を預けるようにして腕に力を籠めてくる彼女の身体をそのまま受け留める。ソファの座面に俺の背が沈んだ。これは今宵の話し合いの収束と考えても良いのだろうか。
何やら唐突にも思えるこの急展開にいささか面食らった心地にもなるが、腕の中に収まったなまえの存在が否応なく雄を刺激してくる。少なくとも喧嘩のような事にはならずに済んだという安堵と共に。
こうなってしまえば俺の理性など呆気ないものだ。事情をわかってくれたと思えば、今度は俄然腕の中のなまえ自身が欲しくなる。深く溺れたいという欲が湧く。
顔を横に向けて彼女の髪を掻き上げ、頬に手を添えて唇を求め「キスをしたい」と言えば、それはなまえの方から柔らかくそしてとびきり甘く重ねられた。
このようになまえから仕掛け欲しがるような仕草はそう頻繁にあることではない。そのことがたまらなく嬉しくまた愛しくて、明日からのことを考え続け今日一日中全身に漲らせていた緊張が僅かに緩んでいくのを感じた。代わりに己の別の個所にそれとは全く違った緊張と熱が篭もり、硬く凝って弾けそうになる。

「今ここで、抱いてもいいだろうか」

既に深く探り合う唇の合わせ目から息を継ぎながら問えば、なまえは応えずに俺の唇にまた甘さを押し付けた。いつになく煽るような小さな舌先は俺を誘うようだった。
明日から暫くは触れられぬのだから。
なまえの身に着けた服の釦に指をかけてゆっくりと一つずつ外してゆく。そこからはもう歯止めなど利かず無我夢中で恋人の身体を抱きしめ味わう俺は、うわ言のようになまえの名を繰り返し呼び、目眩く長い夜に無心になって落ちてゆく。

「……ねえ」
「…………」
「一君?」
「…………」
「ちょっと、」

何故、目の前に緑色があるのだ。うるさいぞ、後にしてくれぬか。俺は今、忙しい……。

「もう! 一君ってば!」

無粋な声に思考を破られた俺ははっと目を剥いた。至近距離で顔を覗き込んでいたのは、ニヤニヤとした翡翠の瞳だ。

「な、な、なんだ総司、近い! 大声を出すな!」
「一人で顔を赤くしてなに考え事してたの? 全く、やらしいんだから」
「俺は、なにも、い、いやらしいことなど……っ! そ、そもそも、そもそもいやらしいとは何事だ! 愛し合う者同士が愛し合ったと言って、どのような問題があると言うのだ!」
「へえ、まさか図星? ほんとにやらしいこと考えてたんだね。一君ってやっぱり、むっつり……」
「う、うるさい! 俺は何も考えてなどいない! 行くぞ、早くしろ!」
「早くしろって、それこっちの台詞なんだけど」

完全に不覚であった。これでは誘導尋問だ。見事に引っかかった俺は言わでものことまで言う羽目になり、腹を抱える勢いで笑う総司の視線にさらされて身の置き所がなくなる。
だが、しかしである。昨夜の彼女を思い出せばやはりどうしても頬が緩みそうになる。
なまえとあのように愛し合う日々を俺がこれからも大切に守ってゆかねばならぬ。その為に今こうしてここに立っているのだと、改めてあたりを見回し沸騰した頭を振りながら俺は再度しみじみと考えた。
この時の俺が昨夜のなまえの愛らしさばかりに捉われ、彼女の心中を余すところなく理解できていたわけでなかったことがこの少し後になってわかる。
とりあえずこの五日間の拠点にせよと土方さんより指定されたアパートメントへと向かうべく地図を取り出す。覗きこんだ総司が数メートル先の地下鉄を指差した。

「まあ、一君のやらしい話は後でゆっくり聞くとして、とりあえず行きますか」

この先に早速想定を覆す出来事が待っているなど、俺達は想像すらしていなかった。




「はじめさんの言うことはよくわかるの」
「そうだよね……、斎藤さんがほんとになまえのこと大切にしてるの、私にもわかるもの」
「だけど私にも私の気持ちや考えってあるから……」
「うんうん、それもすごくわかる」

千鶴が真摯な瞳で頷いてくれる。ランチの場所は会社近くのパスタ屋である。私の前にはアラビアータ。千鶴は平助くんの好きな明太子カルボナーラを前にしている。仲の良いカップルって好みが似るものなのかな?

「とにかくこれからに備えてご飯をちゃんと食べておいた方がいいよ、なまえ」
「……うん」
「おい、貴様らの戯言はいつ終わるのだ」
「……戯言って! 酷いですよ風間さん、そんな言い方」

千鶴がキッとそちらを見ると、彼女にチラと視線を投げた千景さんは、心の底からつまらなそうに鼻を鳴らした。
今日はこの三人での不思議なランチタイムとなっていた。彼の前にはシーフードロッソが置かれているけど、いつかと違い千景さんは憮然とした顔でフォークすらまだ手に取っていない。私も緊張の為にいつになく食欲がなかった。
だけど、とにかく言うべきことを言ってしまわないと。というよりもこれは頼み事なのだけど。
それにしても千鶴の行動力には驚かされる。今朝彼女にされた提案になるほどと同意しただけなのに、お昼にはこうして千景さんをここに呼び出してくれてるんだもの。持つべきものは女子力が高く決断力のある女友達だ。

「千鶴。貴様はくだらない長話を聞かせる為に、わざわざこの俺を呼び出すという暴挙に出たのか」
「違いますよ。今なまえの言ったこと、ちゃんと聞いてました? 彼女悩んでるんですから」
「ふん。さっさと本題に入らぬか」

千景さんがジロリと私を見る。

「ええと、HEAVENの土方さんにはとてもお願いできないことで、だから千景さんに力を貸してもらえたらと……」
「土方に出来ぬこととは」
「あ、土方さんに出来ないことはないと思います。でも大天使は天界の決まりを作る人だから立場上。それでルールに縛られない千景さんにお願いしたいと思ったわけで。こんなこと傍若無人になんでも出来ちゃう千景さんにしか頼めなくて。でももしもこれが千景さんに不可能なことなら他の方法を考えるので……」

ガタッ!
話を聞くなり立ち上がりかけた千景さんの髪が銀に、そして緋色の瞳が金色に一瞬染まったように見えた。睨みつけられて私は怯む。どの点が逆鱗に触れたのかはちょっとわからないんだけど、久しぶりに見た迫力のありすぎる千景さんである。
もとから憮然としていた顔をどす黒く染め隠しようのない不機嫌を顕わにしているのが怖すぎて、私は「ごめんなさい」と繰り返すしかない。千鶴も私の隣ですっかり口をつぐんで固まり、明太子カルボナーラを巻き付けた彼女の手のフォークもぴたりと止めている。
千景さんが椅子に座り直し、ややしてからゆっくりとした声の調子で静かに口を開いた。
すぐに余裕を取り戻したような千景さんのこれまた久しぶりに聞く低音ボイスだ。

「俺を舐めているのか」
「…………ええ、そんな!」
「俺の能力が土方に劣るとでも言いたいのか、貴様は」

え。
ああ! そこだったんだ?
思い当たった私は俯いてお辞儀の体を保ったまま、つい目元を緩めてしまった。確か千景さんはかなり負けず嫌いな性格だったということを思い出して笑いそうになるのを必死で抑える。
かくして心の中でガッツポーズを決めてしまった私だけれど、千景さんにこの部分だけは死んでも言えないと思い一生懸命に頬を引き締めた。


This story is to be continued.

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MATERIAL: blancbox / web*citron


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