Are you an angel? | ナノ
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26 新婚さんいらっしゃい


許されたのは120時間。5日後の12時59分がリミットだ。
この町は俺がなまえと共に暮らす町とよく似ている。来たばかりなのにそのことが何とはなしにほっとさせる。
アパートメントの一階、一番奥が指定された部屋だ。ここには空調も湯沸かし器も整っている。家具は二人掛けの小さなソファとテーブルが一組あるだけでガランとしているが、キッチンもバスルームも備わっていて使い勝手は悪くなさそうだ。短い期間ながらも拠点だ。これなら生活に特に問題はない。ベッドはないが冬ではない故、男二人で雑魚寝でも問題ないだろう。
総司を見やれば掃き出し窓を開けて声を上げる。

「ここ、網戸が外れそうになってるよ」
「馬鹿者。過去の時代のものをむやみに壊すな」
「えー、僕が壊したわけじゃないんだけど?」

総司が口を尖らせる。と、そこへインターフォンが鳴った。俺達を知る者はここにはない筈で、となれば訪ねてくる者があるのは解せない。緊張を漲らせ「誰だ?」と振り返れば、総司の間延びした声が答えた。

「あれ、早いね。さっき注文したばっかりなのに」
「注文? 一体何を」
「布団」
「は?」
「もう届けてくれたのかな。だって睡眠は大事でしょ。さっきはじめくんが一人でやらしいことを考えてるときにね、ちょうど布団屋さんがあったから配達頼んどいたんだ」
「あんたは……! リゾートにでも来た気分でいるのか」
「はーい。今、開けまーす」

いちいち癇に障ることをぬけぬけと言い放つ総司は、俺をスルーして玄関へと足を運ぶ。その背中を苦々しく見送るとドアを開いた彼の素っ頓狂な声が聞こえた。

「なんなの? なんであんたがここにいるのさ!」
「うるさい。邪魔だ、そこをどけ」
「勝手に入らないでくれないかな!」

声が終わらぬうちにズカズカと踏み込んできた者の顔を見て、俺は固まった。
そしてその者の後ろから上目遣いで俺を伺うように見上げているのは……。

「だって、はじめさんが私をおいて行っちゃうから」
「…………」

風間に伴われたなまえの姿。俺は腰を抜かすのではと思うほどに驚く。言い聞かせて彼女が納得してくれたものとばかり考えていたのだ。しかし思い返してみれば、わかりましたなどと言う答え方を、なまえは一言もしなかったようにも思う。
「この俺に手間をかけさせおって」と低い声で嘯いた風間は俺に一瞥を寄越し、続けて総司に向かって「では行くぞ」とその襟首を掴んだ。

「ちょっと! どこ行くってのさ」
「俺のマンションだ」
「え、それって億ション?」
「当たり前だ」
「ふーん、億ションなら……まあそっちでもいいかも……」
「待て風間、あんたは何を勝手なことを」

総司を掴んだまま風間がじろりと俺を見る。

「勝手だと? 貴様は阿呆か」
「何?」
「以前この阿呆にも同じ事を言ったが」

億ションとやらに機嫌を良くしたのかニコニコしていた総司が、急に笑顔を引っ込めて「阿呆って?」と風間を見返す。「なに、この馬鹿力。とにかく離してよ」と言うのを意に介さずに風間は続ける。

「愛する者の意を汲まずに何が恋人だ。だから貴様らは阿呆だと言うのだ」

彼の言葉に二の句が告げずに俺は黙る。
そこで再びインターフォンが鳴り「布団屋でーす」と空とぼけたような明るい声と共に布団が届いた。
届け先でどのような光景を見ても顔色を変えぬ教育でも受けているのか、布団屋青年は大きな包みを抱えたまま笑みを絶やさず朗らかに「どちらに置きます?」と言った。

「ご苦労様。適当にそのへん置いといて。じゃ、なまえちゃん、はじめくん、またね」

総司が頬を膨らませたまま風間にずるずると引きずられた状態で、手早く受け取りのサインをしてドアの向こうに消えた。それにしてもあの者らはいつの間にあれほど懇意になったのだろうか。
続いて「まいど!」と元気よく荷物を置いた配達青年が去る。
そうしてドアが閉まる。
バタン。
わけのわからぬ顛末のあと、皆がいなくなり静寂がやってきた。残されたのはなまえと俺、そしてリビングとキッチンの境目に鎮座する巨大な包みだ。
ややあってなまえがおずおずと口を開く。

「あの……怒ってる?」
「…………」

怒っているわけではなく、ただただ驚いていた。最悪の場合には二度と会えなくなるかもしれぬと一度は覚悟を決めた愛しい存在が目の前にいるのだ。
無論時間を超過して戻れなくなるなどというミスをする気はないが、それほどの決意を以ってここへ来たということだ。

「はじめさん……?」

俺は答える代わりに手を伸ばす。目を見開くなまえを腕の中に抱き入れる。きつく抱きしめて髪に顔を埋めた。

「……最初から、あんたはこういうつもりだったのか?」
「……う……うん、まあ……」
「話をうやむやにしてあのようなことを仕掛けて、籠絡されたのは俺の方だったのか」
「え、そういうわけでは……」

そうして明け方まで思うさま情愛におぼれ彼女を離さなかったのは俺だ。いや、つまりは結局俺が欲に負けただけのことだったのだ。
腕の中で居心地悪そうになまえが身じろぐ。抱きしめる腕の力を強め、そうしながら腹の中から妙な笑いがこみ上げ身体が小刻みに震えてくる。

「はじめさん?」

そうだった。なまえは何事も恐れずに前に進もうとする心の強さを持つ、彼女はこういう女だった。俺の杓子定規な考えを見事にぶち壊し、だからこそ俺を惹きつけてやまない。

「どうあっても俺と行動を共にすると?」
「もちろん、そのつもりだけど?」
「そうか。ならば覚悟は出来ているのだな?」
「どんな危険も怖くない。私にとって一番怖いのは、はじめさんの側にいられないことだもの」

…………。
あんたはなんということを言うのだ。
愛しすぎる恋人を腕に包んだまま、その華奢な身体に体重を乗せる。

「ちょ……っと?」

声を上げ狼狽えるなまえの背中を、折よくそこに置かれている布団(の包み)の上に押し倒した。それ以外どうして良いかわからなくなったのだ。
ガサリと梱包材の音が鳴る。

「は、はじめさん……こんなことしてる場合じゃ……」
「わかっている。キスを……するだけだ」
「んん……ん……っ」

俺は見誤るところだった。俺自身が永遠を誓った人を。彼女の強さを知らないわけではないというのにまた過ちを犯しかけた。
これ以上の言葉はもういらない。この心にある想いを全て注ぐように口づける。一時身体を固くしたなまえだったが、やがて彼女も俺の背を抱きしめて互いに互いを確かめ合う。俺は改めてなまえへの揺るぎない愛情を感じていた。




長いキスのあと、少しの間はじめさんの腕の中で弛緩して、ここに来るまでの経緯をたどって目を閉じていた。
千景さんの仕事は早かった。まあ、嫌味や皮肉みたいなこともさんざん言われたけれども、ランチもそこそこにHEAVENへ連れて行ってくれて、しかも土方さんにも話を通したうえで私をはじめさんの元へこうしてちゃんと届けてくれた。
天界のカラクリはよくわからないけど、千景さんと土方さんの間に今は信頼関係みたいなものが出来ていた事を意外に感じて、だけどかつての事件の時にあの二人が兄弟だったというような話を聞いたことを今更思い出した。
そうしてやってきた25年前の世界。
どんなところでもここで何が起こったとしても、はじめさんといられるなら私は何も怖くない。ただずっとドキドキしていた問題はひとつだけ。はじめさんが怒ってしまわないかということだった。
あんなに言われたのに言うことを聞かずに勝手なことをしている自覚は一応ある。怒って追い返されてしまったらどうしよう。そう思っていた。だけどその心配が杞憂に終わったことを、苦しくなるほど切なくて甘いキスが教えてくれた。
この先知ることになる様々なこと。はじめさんのご両親や私の父と母の真実。彼と共に生きていく為にすべての真実ときちんと向き合おうと、私なりにもうずっと考えてきた。どんなことを見聞きしても誠意をもって受け止めよう。辛いことも知るかもしれないけれど大丈夫。はじめさんといられればきっと私は強くなれるんだ。
そう、はじめさんこそが私の生きる意味、私のかけがえのない道しるべなのだから。
ゆっくりと上体を起こしたはじめさんが私を抱き起す。

「今回も風間に助けられてしまった。以前もあの男に気づかされたことがあったが」
「千景さんっていい人ですよね。人っていうか……いい悪魔? いつも威張って見えるけど本当は優しいし、前は全然わからなかったけど、いろいろと見直しちゃった」
「……風間を……」

そういったきり絶句してしまったはじめさんが、やっと離してくれた私の身体にまた手をかけた。
それもなんだか乱暴な仕草で二の腕をぐいと掴んで引き寄せる。

「ちょ……、はじめさん、もう……」
「見直したとはどういう……?」
「え?」

どういうわけか私を見下ろすはじめさんの顔が不機嫌そうに歪められている。続く声音はあまりにも低い。

「それは……、惚れ直した、などということではないだろうな?」
「は?」
「今日の昼食を共にして、ここまで風間と共に来たのだろう? あんたはその、以前にあの男と……こ、恋人の関係で……、」
「ええ……っ」

そういうこと言っちゃうんですか!
私本人ですらほぼ忘れていた過去の汚点……いや、過去の話を。
はじめさんたら、どういう思考回路ナンデスカ!
とんでもない台詞に少しムッとして睨み返したけれど、彼の眼力の方が強かった。
どき。

「今回の件の一部分については確かに感謝をしているが、あのランチの時の海老のこととて、俺は忘れたわけではないぞ!」

海老のこと……。

「あの男はあんたの皿に海老を……。ま、まさか今日も」
「全然そんなことしてない! お昼は千鶴も一緒にいたし!」
「雪村も? ……そうか、二人きりではなかったのか」
「当たり前でしょう? 私、千景さんの連絡先だって知らないんだから」

はじめさんは愛情深く慈しみ深くとても優しいけれど、その分それと同じくらいヤキモチ焼きだったのだ。あの海老をめぐる事件(?)の時、北極熊も凍死しそうな絶対零度の彼の眼力に私は仰天した。いま彼はあの時とまったく同じ目をした。
完全に忘れていたのにしっかりと思い出した。あの日はあの後ずっと気まずくて、宅配便のお兄さんが昆布を届けに来るまではじめさんはずっと沈黙してたっけ。

「……すまん」
「いいえ」
「誤解を……した」

あれ? 彼の瞳の色が変わった。
「……怒ったか?」と小さく言って、掴んでいた私の腕を離す。あの時とは違う展開だ。自分の失言を恥じるかのように俯いた彼はしゅんと項垂れて、ああ、これは私の大好きな仔犬バージョンだ。
長い前髪の隙間からちらと私を見上げる。
この天使ときたら! まったくとんでもないイケメンのくせにとんでもなく可愛くて、愛しくて。もう愛しくてたまらなくなってしまう。

「一生はじめさんだけ。はじめさんが大好きなんですよ?」
「そ、そういうことを言われると、また……」
「ひゃ……っ」

彼がふいにまた私を抱きしめて、耳元で熱い吐息混じりに切なく囁いた。

「……キスだけではすまなくなるだろう?」

いいよ、それでも。
……と言いたいところではあるけれど、私達がここにいられる時間は限られている。

「そ、それは……駄目でしょう?」
「…………」

言うまでもなく私以上にそれをわかっているはじめさんは、しばらく私を抱きしめてようやく落ち着いたのか、気持ちを切り替えてやっと真顔になった。

「これから会うことになる人間の前で、気をつけて欲しいことがある」
「出来事を変えたら未来が変わっちゃうとか、そういうことですか?」
「いや……、未来に影響するような行動や言動を慎むに越したことはないが、ここで何が起こったとしても未来は変わらない。これから俺達が会う人間も出来事も、時間軸に存在する事象ではなくホログラムだ」
「ホログラム?」
「立体映像ということだ。つまり今いるここは遡った過去の時空間そのものではなく一種のパラレルワールドだ。直に会えば見た目は本物と何ら変わりなく、彼らの思考は本体とリンクしている故コミュニケーションが可能なのだ。だが立ち去る時はここでの俺達についての記憶をすべて消していく」
「じゃあ、気をつけることって」
「難しいことではない。本当の名前を口にしないということだ」
「名前を……どうして?」

はじめさんが数枚の写真を取り出した。それを見て私は目を瞠る。一番驚いたのははじめさんのお父さんの姿。面差しがはじめさんそのものだった。
削いだように無駄のないすっきりとした輪郭も整った目鼻立ちも、薄く形のいい口唇に至るまで怖いほどによく似ている。
私も母の若いころに似ていると言われるけれど、彼の場合は瞳の色と髪の長さが違うだけで、同じ人と言われたら信じてしまうくらいに似ているのだ。

「あんたは自分に酷似した容姿を持つ人間が自分と同じ姓を名乗って現れたとしたらどう思う? なんの疑いも持たずに赤の他人として交流を持つことは恐らく出来ないだろう」
「警戒しますよね」
「目的は当時ここで起こった出来事を知ること。可能ならば彼らの本心を知ることだ」

私は深くうなずく。

「俺は山口一、なまえは山口なまえと名乗ることにする」
「兄妹の設定?」
「違う。……ふっ、夫婦だ」
「え!」

それを聞いて私は赤面した。そして、目の前で愛しいはじめさんが、私に負けないくらいの大赤面をしていた。


This story is to be continued.

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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