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24 変転のベクトル


HEAVENは季節を問わず花が咲き乱れている。誰もが憧れる天上の楽園だ。いつも穏やかな風が吹くここへ、このような用向きではなくなまえを連れ訪れたならば、彼女はどれほど喜んだだろう。

「ちょっと、一君、一人の世界に入らないでくれる。急ぐよ。時間ないんでしょ」
「……うむ、」

己の思考の中を彷徨っていた俺は、隣を歩く総司の呆れ顔に我に返る。彼の言い分は最もである。
なまえとの地上の生活が長くなりすっかり平和呆けしてしまったような俺ではあったが、神殿が近づくにつれ俄に身が引き締まる心地になった。
これから己が立ち向かおうとする問題のまだ尻尾さえも掴めてはいないが、ここできっと何かを知ることが出来る筈だ。
唇を引き結んで向かえば大天使が前庭に出ていた。

「土方さん」
「おう、来たか斎藤」
「ご無沙汰しています」
「随分遅かったじゃねえか。ソフィアの手紙は見たか」
「はい」
「なまえと楽しくやるのもまあいいがな、ちったあこっちにも顔を出しやがれ。いつ連れてきてもいいんだぜ」
「は、」

寛大な台詞を受け、つい頭の中が沸騰しそうになるが、総司がやれやれと言わんばかりに隣で大げさなため息をついた為気を持ち直す。
思えば土方さんと会うのも随分と久し振りだ。俺の顔を見るなり頬に笑みをのせ、常には深く刻んでいる眉間の皺を珍しく緩める。
このHEAVENは俺にとっては故郷みたいなものであり、生死さえも預けられる大神や大天使は、言うなれば家族である。そう言って差し支えがあるならば親のようなものである。子が悩みを抱えていても鷹揚に包み込む親のような。
そうしてまたなまえの胸中が思い起こされる。俺という存在の為になまえは彼女を生み育てた親との間に憂慮を抱えてしまった。そのことが気持ちを沈ませた。
ここへ赴いた目的を既にわかっている土方さんは、状況にそぐわない妙にのんびりとした表情を見せてまた笑んでみせる。この大天使は普段から混み入った話をする時にこそ落ち着いている。それを知っている故、今から聞かされるかも知れぬ“何か”を前に幾ばくかの緊張が走った。
母の手紙の内容を確認した時点では以前総司が言っていた意味がわからなかった。

近藤さん達が僕達に伝えてきた中で事実と違うことがあった

あの手紙からは細部が全く読み取れなかったのだ。ただ違和感だけがあった。書かれていたのはソフィア自身とは一見無関係の人間の男女の相関性の概要だった。またふと考え込めば、総司が土方さんに手を伸ばして声を上げる。

「ところで土方さん、今隠したものはなんです?」
「あ?」
「見せてくださいよ」
「おいやめろ、総司」
「もしかして、またポエムでも口ずさんでたんですか?」
「うるせえ」

「ポエム……?」と聞き咎めれば総司は俺に視線を向け「一君、そんな暗い顔しないでこれでも見て笑……じゃなくて、和んだらいいよ」と悪戯を考えついた子供のように笑った。

「くそっ、離しやがれ、総司!」
「この人最近妙な趣味ができたみたい」

懐に入れていた手帳様のものを総司に奪われかけ、慌てたように取り返した土方さんは、ゴホンと大げさに咳払いをして再びそれを仕舞いこむ。そして総司の頭に拳骨を食らわせた。

「痛いなもう! いいですよ、後で絶対に見せてもらいますからね、そのポエム。それで? ソフィアの手紙のこと、どういうことか早く説明してくれませんか」
「てめえは後で個人的に俺のところへ来い、総司」
「やですよ」

風が少し涼しくなったようだ。
憮然とした土方さんがもう一度咳払いをして、俺達を神殿の中へと促す。今しがたの二人の攻防の意味はよくわからぬが、俺にとっての故郷はいつもこうだったのだと、肩の力が自然と抜けていく。
大天使は端から俺達が揃って来るのをわかっていた様子だった。彼の後について俺がかつて尋問を受けた大天使の執務室に入る。
土方さんはゆっくりと椅子に腰掛けると、机の前に立つ俺と総司の顔を均等に見た。そして本来の威厳を取り戻した重々しい声で言った。

「天使の仕事とは何を指すかわかるか」
「そんなの今更でしょう。天地界の治安の維持と人間を守護すること。愛だの恋だのと惑う人間を教え諭し導く役割はもう過去のものになったけど……」
「その通りだ。その任に就くのは我々ソルジャーだが、じゃあ、ソルジャーとしての条件は何だ」
「知力体力精神力を備え剣術に優れ、その上で訓練を受けた兵士……でしょ?」
「それもその通りなんだが、もう一つ重要な資格条件がある」

やり取りから探ろうと俺は黙っていたが、全く論旨が見えない。土方さんの言わんとするところがわからずに思わず口を開く。

「それは?」
「性別だ」
「ああ、確かにね。歴代女性のソルジャーはいないって聞いてるよね」
「表向きはな。だが過去に一人だけ、男装をしてソルジャーになろうとした女がいた。当時の大神官の娘だったが」
「まさか、それ、」
「それは……母のことですか」

土方さんは俺と総司の目を交互に見て頷いた。
俺の記憶の中の母はいつも女性らしい白い服を着て、穏やかにしかしどこか寂しげに微笑んでいた。多くを語らない彼女ではあったが『人を愛することの素晴らしさ』だけは幼い俺に繰り返し説いた。
俺が生まれる少し前までソルジャーを志願していたとは今初めて聞く話だが、それはまだ近藤さんも大神の立場になく、大神芹沢さんが台頭し始めた頃のことだろう。

「だけど、それがあの手紙とどう関係してくるんです?」
「わからねえか?」
「あれは報告書だった、ということですか」
「そういうことだ」
「だけど、おかしいね? 日付は一君が生まれたよりも後になってる……それと、最後のあれは?」

ソフィアが天籍を剥奪されたのは、彼女自身の信念から愛する男と生涯を添うためであり、天界の法度に触れたからだと聞かされていた。だが取りも直さずそれは彼女が女性として生きた証なのだと、ソフィアにしてみればそれが幸福だったのだろうと考えてきた。
一つ疑問があるとすれば、彼女は何故俺を連れて行くという選択をしなかったのかということだった。彼女の行く先が正真正銘俺の父親でもある人間であったにも関わらず。こうして考えてみればそこに僅かな矛盾を感じる。
養成所の候補生となった俺を残し天界を去る日。ラピスラズリの指輪を俺に渡して母は言った。

あなたのお父様とこの母は愛し合ってあなたを授かった。自分以外の誰かを愛するのはとても素晴らしいこと。あなたもいつか――。

その言葉の中に、彼女自身がこの先苦難の道をゆくという響きなどまるで感じられなかった。母はあの日、望んで地上に降りた。あの日の彼女はそれは幸福そうな顔をしていたのだ。
そして、総司の言いかけたこと、それがまさに一番気にかかっていたことだった。だんだんとわからなくなってくる。
正規のソルジャーでなければ消滅に処されることはなかった筈だ。まして母は女性である。それが何故自ら進んで? 俺の心を読んだように総司が先を続けた。

「消滅を望むって書いてあったけど……どういうことなのかな」

そうだ。手紙の最後に母は自らの消滅を請う文言を残していたのだ。
土方さんはしばらく黙っていた。やがて意を決したように告げる。

「そもそもはあの悪法がソフィアを追い詰めちまったのかもしれねえな。俺にわかるのはここまでだ。これ以上のことを知りたいか?」

母であるソフィアの行動言動の意味。どう繋がってくるのかは未だ全くの不明だが、現在の俺の懸案事項とあながち無関係ではないように感じる。これも単なる俺の天使としての勘ではあるが。
手紙にあった男女とは、もしかしたら?
ソフィアが地上で関わった人間。俺の父親も含めてそこに何があったのか、真実を全て知らねばならぬと思った。

「遡行を許す。ただし120時間だ。1分でも超過すればお前は戻れない。それでも行くか」

120時間。即ち5日間だ。天使と言えどもそう簡単に時を遡ることはない。これは特別の配慮なのだろう。俺は迷わずに顎を引く。

「うわあ、リスキーだね。でも面白そうだから、僕も行こうかな」

肩に置かれた手に振り返れば、総司が妙に浮き立った調子で笑い声を上げた。





お昼休みには全部を話し切れなくて、だけど千鶴は相談に乗りたいといってくれた。愛する人を持つ千鶴にはわかってもらえる気がした。このやり場のない煩悶を。
はじめさんは頼りになる人だけれど、ことは私の両親をめぐる彼との間の問題なのだ。こんな日には早く帰りたいという気持ちもあったけれど、私は千鶴と連れ立って就業後の街へ出た。
「うまく言えないんだけど……、」と前置きをした千鶴が通りに面したカフェのカウンターで、手にしたラテのカップを覗き込みながら話しだす。

「さっきのこと……仕事しながら考えてた」
「うん、」
「私には父しかいないけど、それでも反対されるのは辛いと思うの。平助くんのことを理解してもらえないって考えたら辛い」
「……そう、だよね」
「でもね、私なら一番に考えるのはやっぱり平助くんのことかな」
「…………、」
「父は大切だよ? でも親子の絆は簡単には切れないよ。恋人の場合はどんなに愛し合っていても、何かのきっかけで拗れてしまったり、齟齬が生まれたりする。そうなったら修復するのはすごく大変なことでしょう? それはなまえもよく知ってるでしょう?」

千鶴が真っ直ぐに私の瞳を見つめる。

「私ね、なまえを裏切るような真似をしちゃったこと、忘れてないよ。許してくれたこと、嬉しかったし今もすごく感謝してる。あの時は本当にごめんね。だけどそうするしかなかった。もしももう一度同じことが起こればきっと同じことをしてしまう。私、平助くんが大事なの」
「…………、」
「なまえのことは、大好きだけど………、だからね、なまえに後悔して欲しくない。好きな人のことを、斎藤さんとのことを諦めて欲しくないの」

あの時の千鶴の想いが今こそよくわかった気がした。
彼女の言っているのは千景さんの事件の時の事だ。彼女が平助くんをどれほど想っていたのかと、改めて知らされた気がして胸が熱くなる。千鶴は気遣うような目で私を見た。
そして、はじめさんと会えなかった日々の悲しみを思い出し、それは痛いほど私の胸を締め付けた。お互いを、そしてお互い以外の誰かを気遣いすぎて彼と離れ離れになったあの日々。
人を思いやるのはもちろん大切なことだ。そして両親はかけがえのない人達だ。だけどその為に大切な人と離れるというのは自分自身の本当の心に背くことだと、千鶴はそう言ってくれてるのだと思った。

「もう何があっても斎藤さんと離れちゃだめだよ。私が言ってあげられるのはそれくらいかな……、」
「うん……ありがとう」
「なまえ、諦めちゃ駄目だからね」

千鶴は真摯な瞳でもう一度そう言って私の手を握った。
いっしょにごはんを食べてたくさん話をして、彼女に勇気をもらって心の決まった気のする私は、落ち込んだ心が少しだけ浮上した気分で家に戻った。
両親は大好きで大切。だけれども今一番に考えるべきはやっぱりはじめさんのことなんだと千鶴が気づかせてくれた。
何よりも大切な人。彼との未来を守るために私ができることは何か、それを考えるべきだと。

「ただいま、」
「おかえり、なまえ」

家に戻ればいつもと変わらずに穏やかな笑顔ではじめさんが迎えてくれる。
だけど私は彼の次の言葉に少し疑問を感じた。彼はいつもと変わりなく優しい顔をしていたし、その声音に変化があったわけではないんだけれど。

「なまえ、俺は5日間の出張に出なければならなくなった。すまないが待っていてくれるか?」
「……出張? それって塾の仕事?」
「うむ、そのようなもの……だな」
「そのような、もの……?」

いつもはこんな歯切れの悪い言い方をはじめさんはしない。問い返せば彼はほんの僅かだけ目を逸らした。


This story is to be continued.

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MATERIAL: blancbox / web*citron


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