Are you an angel? | ナノ
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Anything your heart desires 


*Side Story 七夕小話


目覚まし時計は毎朝6時にセットしている。しかし大抵はそれよりも15分早くに目が覚める。
月曜の朝は薄暗く少し涼しいようだ。
なまえは俺の右腕を枕に向こう向きに眠っていた。
しどけなく寝乱れた髪に顔を埋め、細い肩を撫でれば少し冷えている。抱き寄せて此方を向かせ額に口づければ、喉の奥から「んん、」とくぐもる甘い声が漏れ俺を煽る。何しろ朝である。
閉じた瞼に頬にそして唇に触れていけば小さく抗い、眠ったまま拘束を抜け出そうと身じろいだせいで白い胸が露わになる。昨夜刻んだばかりの紅い刻印が散る肌を目にしてしまえば抑えなど利かない。
指で触れ一つ一つに舌を這わせればなまえが大きく身を捩った。
視線を上げて見れば震える睫毛が持ち上がり潤んだような眠たげな瞳が俺を見下ろす。
やっとお目覚めか。
状況を悟ったなまえの眉がほんの微かに寄せられた。

「……や、ちょ……なに……してるの」
「おはよう、なまえ」
「おはよう……ってはじめさん、また悪戯……っ」
「断じて悪戯ではない」

「もう……、」と彼女は小さく膨れて見せ、捕まえようとした俺の手を逃れ腕から滑り出た。
拍子に枕元のアラームが鳴り出す。諦めた左手で喧しいその音を止める。残念だがタイムリミットか。
拾い上げた部屋着を素早く身に着けなまえがカーテンを引いた。
窓の外を眺め溜息をつき酷く残念そうな顔をするが、彼女の其れは俺の残念とは意味が全く違うようだ。
朝食を作らねばなるまいと俺もベッドを出てテレビをつければ雨天の様子を予報士が告げる。

「やっぱり雨かぁ」
「雨だ」
「今夜は逢えないのかな」

年に一度の七夕である。
今宵の天の川は恐らく下界からは見えないだろう。
何やら子供の様に落ち込んだあだない風情が可愛らしく、そして肩を落とす姿が同時に小さく俺の笑いを誘った。
出勤の為の着替えを済ませても彼女はなお窓から空を見上げている。朝から照明を灯さねばならない程部屋は薄暗く、雨は本格的な降りのようだ。

「降り込むから窓を閉めろ」
「うん……、」
「味噌汁が冷める」
「この分だと夜まで雨だよね」

時計を見れば時間が押している。いつになくしょんぼりとしたなまえの前に朝食を整えながら俺は言った。

「早く食べないと遅れるぞ。心配はない、雨で逢瀬が叶わないと言うのは伝説に過ぎない。地上から見えなくとも雲の上空に星は存在している」
「そういう問題じゃ、」

鼻白んで俺を見返し箸の進まないなまえに向かってつい俺は言い募ってしまった。

「そもそもこと座は0等星で地球からは25光年、わし座は1等星で17光年ある。その二つの星は約16光年離れている。光の速さで走ったとしても16年かかる距離と言う事だ。故に1年に1度の逢瀬というのは残念だが実際には不可能ということに……」
「はじめさん、私、そういうこと言ってるんじゃないの。天使の癖にどうしてそんな即物的なものの言い方をするの!?」

いつになくなまえが怖い顔をする。
俺はハッと黙った。
天使の癖にと言うが、彼女には以前にも天使が愛を伝える者だと誤った見解を披露されたことがある。それは甚だしく誤解に満ちた認識だった。御伽噺やら伝説を語る事は天使の職務の範疇には入っていない。寧ろ俺達は天地を護るソルジャーとして物事を現実的に捉える訓練を重ねてきている。
だが彼女の表情を見ればこの場にそぐわない発言をしてしまったことは認めざるを得なかった。
俺は内心で俄かに慌てる。
笑っているなまえが好きだ。俺の所為でその笑顔を曇らせるのは非常に遺憾だ。

「すまん。怒らせるつもりではなかった。……その、今日は早く帰れそうか?」
「うん、多分。でもわかんない」

食事をそこそこに寝室で身だしなみを整えたなまえは、傘を手に「行ってきます」と口の中だけで呟き肩を落として家を出て行った。





ムシムシとした空気はこれから更に雨の強まる気配を感じさせた。駅に着くまでに全身の毛孔が開いた。この蒸し暑さにはうんざりする。
電車の中は言うまでもなく不快な湿気が籠っている。背をぐいぐい押されて結露で濡れたドアに髪が貼り付き不快感が増した。
曇った窓の外、グレーの風景を眺めながら今朝のことを反芻してみる。
はじめさんは忘れちゃったのかな。
一年前の七夕の夜。夏の大三角を二人で見上げた事。
彼がアステリズムを教えてくれた。
遠く離れた二つの星を想いながら自分でもまだ気づかないままに芽生えていたはじめさんへの恋。
出逢ったばかりの彼と離れたくないなって思ったんだ。あれははじめさんへの二度目の恋。
だからあの時から私の中では七夕も記念日みたいに密かに思っていた。
あれから一年色々なことがあったな。
彼はいつだって優しかった。私を大切に護ってくれて、そしてあの悲しい別れの間もいつだってこよなく愛してくれていた。
出来たら星空の下で思い出話でもしながら過ごしたいななんて思っただけなんだけど、ああ、今朝の私はやっぱり少し意地悪だった。
だってはじめさんたら朝からベッドの中でふざけるんだもの。
でもやっぱり私も酷かったと思う。彼はすぐに謝ってくれたのに素っ気なく出てきてしまった自分を後悔している。
情緒を解さないなんてたいしたことじゃない。具体的な星の距離の話を始めるなんていかにも生真面目な彼らしい。今更になってクスリと笑いが漏れてしまった。
そうだ、帰ったら謝ろう。
朝はごめんねって謝って彼の首に腕を回して抱き付けばきっと、私の一番大好きな少し面映ゆげな笑顔を見せて頬を染め彼はきっと照れまくるに違いない。
今日は早く帰ろう、絶対そうしよう。
そう決心を固めて残業にならないように私は一日の仕事に精を出した。
定時で仕事を切り上げて会社を出れば今朝の予報で言っていた通り、いや、それ以上の激しい降りだった。こういう時だけよく当たるんだ、天気予報ってものは。
低気圧が接近しているらしく雨の強さは増していて、改めて一刻も早く帰りたいと思った。
それなのになかなか動かないぎゅうぎゅうの電車は徐行運転で早30分。いつもの雨の時にもよく遅れがちになる路線ではあるけれど、今日のこの感じじゃ地元に着くまでに余裕で倍の時間がかかりそう。
朝はじめさんに冷たくしちゃったバチが当たったのかな、グスン。
会社を出しなにはじめさんにLINEで連絡を入れたけどそれは失敗だった。
私のスマフォの電池はその時点で10%を切っていた。そしてこんな日に限って会社にポータブルの充電器を忘れてきてしまった。
退社時間と到着時間が合わなければ過剰に心配するはじめさんだから、むしろ連絡を入れない方が良かったんだ。今私のスマフォは完全に眠っている。心配している筈のはじめさんが逆に心配になってしまう。
電車は私の読み通り倍時間をかけて到着した。車内は蒸して暑く気が遠くなるほど長く感じた。ヘトヘトになって降り立てばいつも以上にごった返すホーム。はぁと深く溜息をつきながら階段を下りれば改札が見えてくる。
定期を出してそちらに進めば人々の背中ごしに見つけた。
そこだけが私の眼には光って見える。
あの綺麗な人が私の大切な彦星。
私にまだ気づかないはじめさんは右手に閉じた傘を持ち左手にはスマフォを握り締めて、仔犬のように不安げな表情を浮かべている。
横殴りの雨に濡れた白いシャツは肌色が透けて、長く綺麗な紫紺の髪の先は雨の雫を滴らせる、それはそれでとても色っぽいんだけどね。……だけど。
こんな事を言ったらきっと怒られるよね。
だから絶対に内緒だけど。
髪の間にまるでしょぼんとした耳が見えるみたいですっごくすっごく可愛い。

「はじめさん!」

嬉しくなってなかなか前に進まない人の波の中から彼に聞こえる程度の声を出して呼びかければ、私の姿を認めた彼の顔が一瞬でパッと明るくなった。

「なまえ……大丈夫だったか。LINEの返事が返って来ぬ故……」

と言ったきり言葉を止めて改札をやっと抜けた私を感極まったように彼が抱き締める。

「は、はじめさん……ひ、人がっ、見る……っ」
「構わん」
「ええ、待って……ここ、地元駅……」
「あの雪の日みたいなことになっていたらと思うと気が気でなかった。なまえが無事でよかった」
「そんな、大げさな、」

とは言え切なげな、そして心底安心した声で言われてしまえば彼の腕を振り解くなんて私にはとても出来ない。
周囲の人々は帰宅を急いでいる。時折ちらりと目線を寄越す人もいたけれど、こんな日は皆他人を気にしている余裕なんてそんなにないんだろう。
改札を出たところで抱き合うバカップルのところだけ、まるで海流の中の孤島のように人波は器用に避けて進んで行った。
恥ずかしいんだけどでも嬉しくて尻尾が生えてたら私、思いっきりフリフリしてしまっていたよ、きっと。

「はじめさん、朝はごめんね」
「いや、謝るのは俺の方だ。すまなかった」

未だ続く土砂降りに一本の傘の中。「濡れてしまう」というはじめさんに「一本ずつ差しても絶対に濡れるよ」と言えば彼は微笑んで、身体に腕を回し合い抱き合うように帰宅した私達。
一緒にシャワーを浴びて夕食の仕上げをすると言うはじめさんの後からゆっくりと出てくれば、テーブルの上には綺麗な料理が並んでいた。
あやめ麩と鳥の桑焼きをあしらった野菜の寄せ煮。天の川に見立てた冷たい器には素麺と冷奴に愛らしい星形のオクラや短冊風の練り物が飾られていて七夕の情緒たっぷり。それに大きな笹の葉に載せられた可愛らしい色とりどりの手毬寿司。

「ねえ、はじめさんてどうしてこんな料理を作れるの? こんな素敵なの何処で覚えたの?」
「思い付きだ」
「………思いつきでこれ?」
「い、いや、なまえの喜ぶ顔を見たい一心で、だ」
「………、」

彼が白い頬から切れ長の目元まで薄っすらと朱を上らせて、はにかんだように笑った。この顔が好き。この顔が見たかったの。
そして私も赤面しながら前言を心の中で撤回する。
はじめさんは情緒を解さない人なんかじゃない。誰よりも愛に溢れたとっても可愛い人だ。





冷酒を互いのグラスに注いでゆったりと過ごせばやはり、今更ではあるが今宵星の見えない事が残念に思われる。
なまえを想いながら星であるデネブとアルタイルさえをも羨望の気持ちで見上げたあの夜から一年。今彼女とこうして共にあることを奇跡のように感じる。
今日は感慨に耽りながらなまえから連絡があるまでの時間を過ごした。
そして思い立ち雨の中を買い物に出たのだ。
軒下のものはこの風雨ではすっかり濡れそぼってしまっているだろう。
花屋で所望すれば「雨で残念ですね」と言いながら一枝を譲ってくれた。
ふと気にかかり窓辺に立てばなまえが寄り添う。
次の瞬間なまえが驚いた声を上げた。
思いの外あっさりと見つかってしまったようだ。

「あ……あれって……」
「…………、」
「笹の枝……だよね?」
「……なまえ、雨が降り込む故、窓を」

制止を聞かずに窓を開け放し身体を半分ほど出して僅かの軒の下に俺が飾った其れをなまえが見つめる。
その横顔がゆっくりと笑みを浮かべた。
それはみるみる嬉しげな表情に変わり手を伸ばす。
なまえは意外にも目敏い女子であったのだな。

「どうして、いつの間に? はじめさん、短冊書いたの? いいな、」

七夕まつりという風習を俺なりにネット検索して調べたところ、一般家庭ではこのようにするということを知った。
眼を輝かせるなまえを前に俺は若干居心地が悪くなる。
気を逸らせようと先程使った色紙の短冊を出してテーブルに置く。

「なまえ用の短冊は沢山ある。こちらで願い事を書くといい」
「うん、ありがとう。だけど先にはじめさんの見たい」
「それは、駄目だ!」
「どうして?」
「願い事は……その、人に話しては叶わぬと言うだろう?」
「話すんじゃなくて見るんだから大丈夫だよ」

待て。それは屁理屈という物ではないか。
またしても止めるのを聞かずに雨のベランダへと濡れるのも構わずになまえが出て行く。
ほろ酔い加減ではしゃぐなまえは止められない。
俺は片手で顔を覆う。
だがしかしベランダの薄暗がりの中ではきっと読めないだろう。雨で湿って文字が流れてしまっていればいい。
「はじめさんたら何枚書いたの?」となまえが声を上げて笑っている。
笑っているなまえが好きだ。しかしこの場合は……。
俺は先程飲んだ酒の酔いが醒めていくのを感じた。

『なまえが健康であるよう』

『いつまでもなまえと共に在れるよう』

『二人で幸福な未来を築けるよう』

果てのない俺の願いはとても欲張りである。
そして幾つも書いた短冊のうちあれだけはどうか見ないで欲しいと邪に願う。
何故俺はあれを吊るしてしまったのか。
だがもう遅い……。

『せめて三日に一度。俺を拒まないで欲しい』

どうか気づかずにいてくれ。


2014.07.07

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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