Are you an angel? | ナノ
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A Heart for You─2nd


ケーキ教室に参加したことを話さなかったのは、なまえが自分を驚かせようとしている為なのだと思った。所謂サプライズのプレゼントのつもりであろうと。
それに気づいた日は、斎藤本人も彼女への贈り物をやっと手に入れて、かなり気持ちが高ぶっていた。
なまえを疑いたくはないが、たった今までの目の前の出来事は、頭の中でどうしても説明がつかない。
平助の隣にいつもいるはずの千鶴はおらず、明らかに帰り支度をしたなまえが平助と二人、肩を並べて歩き去っていったのだ。あまりの衝撃に声も出せずに見送ってしまったが、未だに信じられない気持ちと後ろ姿の残像に混乱する。

俺がその日をとても楽しみにしていることを、多分なまえは知らない。
都合のいい思い違いだったのか?
浮かれていたのは俺独りだけなのか?
彼女は何故平助と二人でいたのだ?





A Heart for You -2nd





なんの答えも出せない頭は堂々巡りを続けるだけで、足はいつのまにか千鶴のアパートへと向かっていた。千鶴が何かを知ってはいないだろうか。
インターフォンに応えてドアを開けた千鶴は覗かせた瞳を一瞬驚きに見開き、次にゆっくりと笑顔を作った。
斎藤が何かを言う前に部屋の中に向かって明るい声を放つ。

「なまえ、王子様が迎えに来てくれたよ」
「へっ、……えっ? きゃーっ」
「おい、なまえ―っ! 勘弁してくれよ、ケホッ、ケホケホッ」

ガチャンとステンレスがステンレスにぶつかる音。なまえの悲鳴混じりの声と平助の慌てる声。
ああ、これは。
何の説明を受けなくとも室内の状況が手に取るように解った。千鶴の肩越しに中を覗けば想像と違わぬ光景、どうやらなまえがケーキの材料である粉を振るいにかけている途中で斎藤の急な来訪を受け、思わず取り落した粉振るいが下で平助の支えていたボウルの上に落ちたようだ。
目を瞠るなまえと舞い飛んだ粉で顔まで真っ白にした平助。

「な、なんだよ、はじめ君にばれちまったじゃんか」

平助の情けなさそうな顔を見て、それまで強張っていた斎藤が思わず噴き出した。
千鶴の笑顔を見るなり彼には解ってしまったのだ。なまえの残業というのが何であったのかを。
お手上げだった。なまえの可愛らしい秘密工作には流石に参った。咎める気になど無論ならず、平助の「付き合わされた身にもなってくれよな、はじめ君」と半分呆れたような笑い混じりの説明を受け、緩む口元もそのままに彼は自ら進んで惨状の後片付けを手伝うと、二人に礼を言ってなまえを連れて千鶴の部屋を出た。
バツが悪いのか口数少なく俯くなまえの肩を抱き、歩きながら斎藤が耳元に囁く。千鶴のアパートから駅までの道。林檎みたいに赤くなったなまえが愛おしく、急に吹き付けた寒風に身を震わせて小さなくしゃみをする彼女を抱き締めた。



内緒にしておいて当日斎藤を驚かせようと思っていたけれど、ケーキの事は知られてしまった。千鶴の部屋でのこれまでの彼女の奮闘を知った斎藤の、染まる目元と上がったまま下がらない口角が、どれほど喜んでくれているかを如実に表していて、計画がばれたにも拘らずなまえも嬉しくなる。
結果的に4度目の試作品は作れなかったが、かなり自信もついた。
「これ以上惚れさせるな」と囁かれて思わず顔を赤らめれば「なまえの気持ちは嬉しいが、やはり一緒に作ろう」と微笑み、彼の提案にそれも素敵だと思い直す。今度は前に料理を手伝った時のように、足手まといにはならない自信もある。
それに。
まだマフラーがあるのだ。この上の隠し事は少し気が引けるけれど、ここまで内緒で進めてきたのだから、彼の驚く顔をやっぱり見たい。二段構えの作戦にしておいて本当に良かったとなまえは思う。またニヤけてしまいそうな頬を抑えて頷いた。

後一週間もせずにクリスマスがやってくる。



なまえは思案した。残業という言い訳はもう通用しなさそうだ。
千鶴のアパートで頑張ってきたおかげで、マフラーは後少しで仕上がる。しかしもう千鶴たちに迷惑をかけることは出来ないし、彼が眠ったところを見計らってリビングで編み物をすれば、物音に敏感な彼は直ぐに気付いてしまうだろう。やっぱり家では無理だと思う。
クリスマスイブまであと三日を残した週末のこと。
明後日は斎藤と二人でジェノワーズを焼く予定になっている。となると今日明日が最後のチャンスである。
土曜日、即ち今日はどうしても休日出勤しなければならないと、とても心苦しい気持ちではあるが、昨夜なまえは最後の嘘をついた。
疑った風もなく千鶴と一緒かと聞かれ咄嗟に独りだと答えてしまったけど、ちょっとまずかったかな。一緒に行くとか言い出さないよね?
だが斎藤は特に何も言わず、少しゆっくり目なその朝も、いつもと同じように送り出してくれた。
フリンジのないタイプのマフラーだからあと少しだけ編み足して、仕上げに糸の始末をするだけで出来上がる。会社にあらかじめ用意してあるラッピングペーパーで、綺麗にラッピングして持ち帰れば完璧だ。お昼をそんなに過ぎないうちに帰れるだろう。
なまえは斎藤の驚く顔を夢想しながら、浮き足立つ気持ちで会社に向かった。
その日はきちんと帰るコールを入れて最寄り駅まで帰ってくると、思いがけずに斎藤が迎えに来ていた。「なまえが慌てて転んだりせぬか、心配だからな」と笑う斎藤に「ひどい、子ども扱い」と膨れて見せれば「本当は毎日送り迎えをしたいのだ」と返されて思い切り顔が発熱する。言った斎藤本人も赤くなり、二人はお互い相手から顔を隠すように暫しそっぽを向き合った。
斎藤がなまえを見つけ、天上で片想いを始めてからはかなり経つのだが、二人が恋人になってからの期間はまだ半年にも満たない。想いが通じ合ってから様々な出来事があった為、実際よりも長く感じるものの、こうして時に初々しくなってしまう二人なのである。
スーパーに立ち寄って少しだけ買い足しをして帰宅した。



二十三日。朝から二人で部屋の掃除をし昼食を済ませると、食後に斎藤が淹れてくれた紅茶をカップにまだ残したまま、「遅くなっちゃうから」と食休みもそこそこになまえがエプロンをかけた。斎藤も近頃愛用のソムリエエプロンを締め直す。
さてと、いよいよ本番のジェノワーズを焼こう!
お菓子作りは計量が大切である。その辺りは几帳面な斎藤が、慣れた手つきでキッチンスケールを使う。まず最初に小麦粉の分量を量り、グラニュー糖に続いて全卵2個にバターと合わせた牛乳。なまえが粉を振るっていくと、彼がケーキ型に手早くクッキングシートを貼りつけた。
なんて素晴しいコンビネーション! となまえが喜んでいると、斎藤が笑いながら「まだ、これからだろう」と言う。へへっと笑い返し気を取り直して生地作りに入った。
なまえが綺麗なボウルに玉子を割って十分にほぐす。ケーキ教室ではツマミを間違えて焦ったハンドミキサーの扱いももうすっかり慣れた。低速でよくほぐしながら、「ここで丁寧にやっておくと後の泡立ちが違うらしいの」と言いながら手を動かしていれば「ほう、成程」と斎藤が感心したように頷いた。
メレンゲを作る場合はよく冷やした卵を使うのだが、気温の低い冬場は共立ての場合少し温まっていた方が都合がいい。グラニュー糖をよく溶かしてから50度ほどの湯煎にかけた。湯煎を外し、ミキサーのスピードを徐々に上げながら、バニラオイルを加えゆっくりとボウル全体を撹拌していく。
今までに見たこともないようななまえの手際の良さに、斎藤は感心を通り越して少し驚いていた。「手伝う事はないか」と聞くも「大丈夫」と答えるので、彼はもっぱら洗い物の方を担当する。
10分ほどもたっぷり泡立てた卵液は、白くふんわりと容積が増えて、最後に肌理揃えをする手つきを見ては、斎藤も唸ってしまった。ボウルの中身を覗き込み、

「綺麗だな。これでは俺は叶わぬ」
「そ、そうかな」
「なまえの頬のように白くきめ細やかだ、」

ふいに顔を寄せ、彼女の頬に唇を当てた。

「ちょ、ちょ……っと……っ、」

賞賛とキスに頻りに照れて赤くなりながらも、手を止めていてはせっかく立てた泡が消えていく。時間と手際は初心者にとって、焼成までの成功と失敗を分ける重要ポイントなのである。
粉を二度に分けて加え、ゴムベラで底から掬い取っては切るように、ボウルを回しながら混ぜていく。粉っ気がなくなり生地につやが出てくるまで同じ作業を繰り返した。
熱くしたバターと牛乳を加え丁寧にムラなく綺麗に合わせて、型に手早く流し込み、ボウルの壁についた膨らみにくい最後の生地を、一度均した表面の型に沿って丸く入れていく。
あらかじめ170度に予熱したオーブンに入れてしまうと、やっとなまえがふう、と長いため息をついた。



生地作りの工程に1時間はかかっていないが、気を張っていたなまえはエプロンをつけたまま、くたりとソファに座り込む。淹れ直した紅茶をテーブルにおいた斎藤がなまえの隣に座って肩を抱き寄せた。

「本当に驚いた。頑張ったんだな」

コクリと頷く様子に溢れる感情を抑えられず、抱き寄せた腕に力を込め、もう片手で仰向かせなまえの桜色の唇に口づける。目元を朱に染め潤むなまえの瞳を見つめては、柔らかな髪に指先を差し入れ、「嬉しかった」と呟いて何度もキスをする。
斎藤は内心で、これは止められそうにない、と思いつつ、箍が外れそうになる己とそれでも必死で闘っていた。しかしすぐに限界を感じる。もう負けそうだ。一度触れてしまえばストッパーはほぼ使い物にならない。それは全て愛らし過ぎるなまえのせいなのだ。
これまで生きてきてどのような勝負であっても、斎藤は負ける気がしたことはない。
しかしなまえの事だけは別だった。最初に彼女を見つけ出した時から、彼女にだけは勝てた試しがない。なまえだけがいつだって己を惑乱する。

「俺はどこまで溺れればいい? どうすればあんたは気が済む?」

見つめ返すなまえは何も言わないが、蕩ける瞳が同じ想いを伝えてくれる。
甘い囁き混じりに唇を深く繋げ、ついに陥落した斎藤がソファの座面に細い背を沈める。
せっかく淹れ直した紅茶は手を付けられることなくゆっくりと冷めていった。
ジェノワーズの様子が気になるけど……と頭の隅で思いながらも、求められるまま拒むことが出来ないのはなまえも同じことだった。
なまえの服に触れそれを取り去ろうとした刹那、オーブンが無情にも焼き上がりを知らせ、我に返った彼女が斎藤の手をすり抜けていく。
切なげにその背を見つめる彼の望みが、この日達せられることはなかった。



そしてやってきたイブ当日。
出勤していたなまえが戻る前にクリスマスディナーの準備を整え、後は冷蔵庫から出したり温めたりするだけにした斎藤は、一昨日と同じように駅で彼女を待った。
帰りに綺麗な大粒の苺を2パック買い求め、斎藤が袋を持つのと反対の手で冷えたなまえの指を自分の指と絡め、そのままコートのポケットに入れて歩く。
彼もクリスマス気分に少しはウキウキしてるのかな?
なまえの頬も緩みっぱなしで引き締める暇がない。それでも少し照れて互いに別々の方向を見ながら、なまえは寝室のクローゼットの奥に隠してある、とっておきの贈り物の事を思って更に口元を綻ばせた。そして斎藤の方も……。
寝室でクローゼットの扉に視線を当て笑みを噛み殺しながら、通勤用のスーツを着替える。流石にイブの今日はいつものジャージではなく、前から買っておいたモヘアニット素材のふんわりした真っ赤なワンピースを着てみた。なまえにしては思い切ったスカート丈で、彼に披露するのは初めてだ。
これ、どう思うかな?
ちょっと肩が開き過ぎかな?
斎藤が時になまえの露出の多い服を嫌がるのは、似合わないからではなく他の男に見せたくないという理由なのであるが、それになまえは気づいていない。
本当はセクシーなサンタのコスでもしてみたかったけれど…、というのは彼には内緒。
現れたなまえに斎藤が動きを止めて、目を見開きその姿に暫し見入る。なまえはおずおずと聞いてみる。

「あの、やっぱり変?」
「い、いや……よく似合っている」

目を逸らした斎藤の長い髪の間から覗く耳は、真っ赤に染まっていた。



この反応は悪くないね、と胸を撫で下ろしてなまえがエプロンをかけ冷蔵庫を開ければ、昨日焼いたジェノワーズはぴったりとラップに包まれて静かに眠っていた。
デコレーション用のホイップを始めようとするが、実はなまえはこのあたりの練習を怠っていた。ジェノワーズを焼くことにばかり腐心してしまったのだ。
「なまえが焼いてくれたのだから、これは俺がやる」と斎藤がボウルと泡立て器を手にした。
生クリームは乳脂肪分の高いものと低いものをそれぞれ一対一でブレンドし、裏技だと言って1グラム程の粉ゼラチンを加え、ハンドミキサーを使わずに手動でしっかりと泡立てていく。なまえはいつものように目を瞠って彼の綺麗な手つきを見つめていた。細身の体躯とは裏腹に袖を捲った斎藤の肘から先は、泡立て器を扱いながらしなやかな筋肉を波打たせる。
程なくして角を立てた8分立ての生クリームが出来上がった。ジェノワーズをケーキスライサーで二枚にカットすると、サンドする部分にたっぷりとブランデーの入ったシュガーシロップを刷毛で塗り、続いてクリームもたっぷり塗りスライスした苺を沢山載せ、その上にまたこんもりとクリームを。それをケーキのもう1枚でサンドする。斎藤は流れるような手さばきでそれにナッペを施していった。

「はじめさんて、ケーキのデコレーションも得意だったの?」
「いや、これが初めてだが、」

絶句するなまえを不思議そうに見つめながら、まだ誰も足を踏み入れていない雪原のように真っ白に、綺麗にクリームを塗り終えたケーキを斎藤が真顔で差し出す。
初めてでこの仕上がり……。そうだ、この人はそういう人だった。


─This story is to be continued.

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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