Are you an angel? | ナノ
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A Heart for You─1st


ケーキ教室を出ると、普通だったら目を奪われ誘われてしまうセレクトショップから目を背け、なまえは真っ直ぐに駅に向かった。目指すのは駅ビル。あそこなら大型の書店が入っている筈。ネットでレシピをプリントアウトしてはあるが、ケーキの本を一冊買っておきたいと思ったのだ。
今日の講習会で同じグループの皆で力を合わせブッシュ・ド・ノエルを作り、なまえ自身はたいした戦力になれず仕舞いではあったものの、ケーキ作りの大まかな工程やコツなどは大体解った。
今年のクリスマスになまえが生まれて初めて挑戦しようとしているのはジェノワーズ。それはデコレーションケーキの土台にする為の共立てスポンジの事だ。これを上手に焼いて綺麗に飾り付け、彼と二人で初めてのクリスマスを祝いたい。





A Heart for You -1st





なまえの恋人である斎藤は家事全般、特に料理には拘りを持っていてその腕はプロ並みだ。
彼は家事に限った事でなく、およそどのような事柄であってもそつなく熟してしまう。
特に剣の扱いは一流だ。
と言うのも、彼の本来の生業は剣を扱うものである。そういった仕事はごく限られていて一般的ではない。しかし自衛官とか外国の傭兵とかそういった類でもない。
なまえが先程ケーキ教室のお仲間さんとの会話で、ふと漏らした人間離れとは決して過大な表現ではなく、と言うよりも彼は事実人間ではないのだ。共に暮らす斎藤は天界から地上に降りた天使であり、天界においては一個隊を率いたキャプテンだったのである。
(天使斎藤と様々な経緯でもって互いを最愛の人とするようになったエピソードは、えんじぇるシリーズの方でご確認ください)

――閑話休題。

なまえは常に完璧である恋人斎藤に、女子として若干のコンプレックスを持っていた為、この機会に少しは頑張っているところを見せたいと、意を決してケーキ教室に参加したのだ。
彼はどんなに喜んでくれるだろう。面映ゆげに照れて笑う斎藤の赤面顔を思い浮かべると頬が緩む。その表情は、本人は気づいていないようだが途方もない破壊力があり、その顔がなまえは大好きなのだ。透き通るように白い頬が寒さのせいだけでなく朱に染まり、知らず知らず口元に笑みが上るのを、手袋を嵌めた小さな両手で押さえながら彼女は足を急がせた。



キラキラとした明るい照明に照らされた駅ビルに入ると、クリスマスムード一色だ。エントランスには天井まで届くほどの大きなクリスマスツリー、賑やかに流れるクリスマスキャロル、今年最後の月の忙しさの中でもそわそわと幸せそうな買い物客たちが行き交う。なまえ自身もウキウキした気持ちで書店を目指してエスカレーターに乗った。
次のフロアに続くステップに足を掛けようとしたとき、ふと目を掠めたディスプレイが気になり、身体を返してメンズショップの多く入るそのフロアに踏み入れてみる。
そのトルソーは光沢のある黒のハーフコートの襟元に真っ白なマフラーをふんわりと絡めていた。
斎藤はいつも黒い服装が多い。均整の取れてスラリと締まった体躯の彼に確かによく似合うのだが、身体にピタリとフィットしたカットソーにタイトフィットのパンツで全身を黒にまとめられた日には、どこぞの銀行強盗みたいに見えたりして。
そう言えば初めて出会った時の斎藤が、まさにそんな姿だったことを思い出して笑ってしまう。この冬新しく買ったコートもやはり黒で、ちょうど目の前のトルソーの着ているものとよく似ていた。
この首元に巻かれたシンプルでベーシックなニットの白いマフラー、はじめさんにすごく似合いそう。
見つめていると、近くから別の棚を物色していた二人連れの女の子の会話が耳に飛び込んできた。

「彼のハートをがっちり掴むには手編みじゃない、やっぱり」
「編むのって難しくない?」
「マフラーなら初心者でもきっと大丈夫!」

耳をダンボにして密かに聞き耳を立てる。
手編み、それはなんて素敵なアイディア。
彼女たちの言うには、セーターは減らし目だか増やし目だかが大変だけど、マフラーなら最初の数段を慣れてしまえば、後はひたすら同じことを繰り返して編んでいくのだから、そう難しいこともなく時間もそんなにかからないとか。
なまえの頭に何かが閃く。
そうだ! 心を込めて焼いた真っ白なクリスマスケーキと、一編み一編みに愛を込めた手編みの真っ白なマフラーをはじめさんのクリスマスプレゼントにしよう!
突然思いついたこの考えが彼女の心を浮き立たせる。
胸を高鳴らせながら踵を返すと、なまえは書店へ向かう為に再びエスカレーターに向かった。



「……で? どうして真っ直ぐにここに来たの?」
「だってね、最初からよく解らないの。作り目って何? ちょっとやってみたんだけど何これ? こんがらがっちゃって、」
「書いてある通りなのに」
「千鶴、編み物出来る?」
「うん、一応はね。でもここから躓いてるんじゃ……。いきなり初めての事二つって、ちょっとハードルが高いんじゃない?」

千鶴が遠慮がちに言う。
帰り道にいきなり駆け込んだ先は千鶴のアパート。あれから書店でジェノワーズの作り方の詳しく書かれた本を買い、ニットの本を探してショップで見たものと雰囲気の似た白いマフラーが載っているのを確かめると、手芸ショップに立ち寄って記載通りの編み針やらとじ針やらと毛糸を買い込んだ。休憩スペースで広げて試してみたがどうしても本の通りに行かない。何しろ毛糸を買うのも手に取るのも初めてなのだ。
だがやると決めたからにはやるのだ、私は!
強い決意を口にすると千鶴は「わかった。出来るだけ協力するよ」と言ってくれた。女子力の高い千鶴に助けを求めたのはやはり正解だった。

「力の加減の問題だよ。最初の目はきゅっと巻きつけていくの。ほら、こういうふうに緩くすれば仕上がりは緩くなるし、きつくすれば編み目も詰まったものになるの。これは表編みと裏編みを交互に編んでいく二目ゴム編みだね」

ふんふんと頷きながら千鶴の手元を真剣に見つめる。二目ゴム編みってなんだ? と思いつつ、無事作り目が出来たので、なまえは本と千鶴の指導通りに編んでみる。

「なんだか本のと違う感じなんだけど……、」
「もう少し長さが出ないと雰囲気出ないから」

なまえは黙々と毛糸を編む。端っこは裏目3目、そして2目ずつ表目と裏目を繰り返していく。千鶴の入れてくれたカフェオレは口をつけないままにとっくに冷めきって、夜の近づいた窓の外は既に暗くなっている。これから平助君が来るんだけど、と言う千鶴の言葉にも曖昧に頷いて手を動かしていると、玄関から元気な声が聞こえてきた。顔を出した平助が目を丸くする。

「なんだよ、なまえ来てたの? はじめ君は?」

うん、と上の空で答えながら作業に没頭するなまえの代わりに千鶴が説明した。斎藤には秘密のクリスマスプレゼントの為に理由をつけてケーキ教室に参加したこと、思いついて手編みのマフラーを編むことにしたこと、内緒だから家で出来ないんだって、と言えば平助は納得したものの。

「でもさ、ケーキ教室はとっくに終わってる時間なんだろ? 理由もなく帰りが遅れたらはじめ君の事だから……」

言ってるそばからなまえのスマフォが着信を知らせる。夢中になっていて手を離せずに「ごめん、ちょっと見てくれる?」と言われた千鶴が手に取ってみると、思った通り画面には“はじめさん”の文字と、いつかなまえが無理矢理撮った、斎藤のはにかんだ笑顔がバッチリ映し出されていた。千鶴が苦笑しながら「斎藤さんからだよ」とスマフォを差し出す。



学生時代の友人とランチ会だと出かけたなまえは、会が終わったであろう時間をかなり過ぎても連絡もなく帰っても来ず、眺め遣る窓の外がどんどん暗くなっていくにつれ不安が増していく。女性同士の付き合いに口を挟むのは彼女も気分が悪かろうと思ったが、心配でいてもたってもいられなくなった斎藤は、致し方なくついにスマフォを取り上げた。
迎えに行くと言うのを頑固に拒否した彼女は、それからたっぷり一時間も経ってから帰宅し、無事な様子にほっとしてその身体を抱き寄せようとしたのだが、いつになくよそよそしい素振りを見せ、まるで斎藤の手を避けるように寝室へと真っ直ぐに入っていった。
いつもの仕事帰りならば玄関を入るなりその日あったことを話し出し、まずは着替えて手を洗って来いと言うまで、子供のように斎藤に纏いついているのに、だ。
その後は夕食の仕上げをする彼の傍で手元を見ているのが常なのに、着替え終わったなまえはソファに座ってぼんやりとテレビを眺めている。
「今日は楽しかったか?」と問えば「うん」と短い応え。その素っ気なさが気になって傍寄り、頬に触れ顔を覗き込むが、それを嫌がる素振りはない。
彼女の身体はバニラかチョコレートのような甘い香りがした。ケーキでも食べたのだろうか。香りに誘われて唇を寄せれば、抵抗もなく受け入れた花弁のような彼女の唇は、チョコレートよりももっと甘い。愛らしい吐息を漏らすなまえの唇に溺れているうちに、何とはなしに感じた距離感も、心配するあまりの思い過ごしなのだと苦笑に変わる。
斎藤は少々嫉妬深い性格を自覚していて、そのことでかつて彼女との間に齟齬が起こったことがあった為、出来るだけ束縛するようなことを言いたくはないのだ。
なまえがいつも好きだと言う斎藤の紫紺の長い髪を、細い指先に弄ぶのに任せて唇を触れ合わせながら、変わったことなど何もないと心ひそかに安堵する。
だがその日を境に、斎藤のもやもやは治まるどころか、微妙に深まっていくのだった。



千鶴と平助が遠巻きに、しかし気遣わしげに見守る先には、両手にミトンをつけ危なっかしい手つきで丸いケーキ型をオーブンから取り出すなまえの姿。今日も会社の帰りに千鶴のアパートに来ている。斎藤には残業と称して週の半分以上を入り浸っているのだ。

「あちっ! あちちちっ!」
「あれ、手伝ってやんなくていいのか、千鶴?」
「全部一人でやるって言うんだもん。本番は一人だからって。もう三回目だからだいぶ慣れてきたみたいだけど」

指さす平助に微苦笑で答え、そう言いながらもケーキ型に竹串を刺して生地の様子を見るなまえを真剣に見ている。焼き縮みを防ぐために、調理台にガツンと落として悲鳴を上げるなまえの様子に、千鶴の顔もかなり心配そうである。しかし白い手がそっと網の上で15センチの丸型を返せば、ふんわりとしたジェノワーズがスーッと落ちてきた。

「やった、今までで一番上手に焼けた! 見て見て、」
「てか夕飯またあれなのかよ? もう飽きちゃったよ、俺」
「平助君ってば。なまえ、すごい。ほんとに綺麗に焼けたね!」

その焼き上がりに千鶴は心底感嘆し、思わずなまえの肩に抱きついた。さすがに三回目だけの事はある、綺麗なきつね色のスポンジがほかほかと甘い香りの湯気を立てた。
平助もその頑張りは一応認めている。「なまえってさ、はじめ君とちょっと似たとこあるよな。結構追及するタイプって言うかさ」と言うのになまえは素直に喜びをあらわし「本当に二人のおかげだよ」と頬を赤らめる。千鶴と同じくなまえと斎藤のこれまでの経緯を全て知っている平助も、今の幸福な二人の事をやはり嬉しく思う気持ちがあるのだ。
時間がなくてきちんと冷やしていないので、たっぷりかけたホイップクリームが蕩けるジェノワーズを、それでも結局「うめーっ、うめーっ」と頬張る平助の脇で、今度はせっせとマフラーを編むなまえのスマフォがまたしても着信音を鳴らす。時計は21時を回っていた。「あ、もうこんな時間!」慌てふためいて毛糸と荷物を纏めて飛び出していくなまえの背中を、二人は顔を見合わせクスクスと笑いながら見送った。



今日もなまえの帰宅は遅かった。
この日は斎藤自身も外出をしていて、少し帰りが遅くなったことで気を急かしながら戻ったのだが、当然のように彼女はまだ帰っていなかった。定時で帰れない日がずっと続いている。いくら年末の繁忙期とはいえ、営業課の庶務の仕事はこれ程詰まっているのか?
綺麗な顔を曇らせている斎藤に気づかないまま、少量の遅い食事を終えたなまえはたった今まで見ていたスマフォを無造作にテーブルに置くと、バスルームへ消えていった。
直ぐ様ちらりと目を走らせた画面にはまだ何かが表示されたままである。悪いとは思いつつつい覗き込むと、それはなまえを含む6人の女性たちがブッシュ・ド・ノエルを前に笑っている写真だった。知らない顔ばかりだったが、エプロン姿の彼女たちは皆高揚した笑顔を輝かせている。
なまえもエプロンをかけて一緒に笑っているが、よく見ればこの服は友人とランチに出かけた日に着ていたものだと気づく。あの日帰ってきたなまえは身体から甘い香りを漂わせていた。そう、ちょうど写真に写っているブッシュ・ド・ノエルを焼いた後のような。
折しもクリスマスを後一週間あまり後に控えている。
何かに思い当たった斎藤の頬がゆっくりと緩んでいった。



それにしてもこう毎日帰りが遅いとなまえの体調が気になる。夕食も遅い時間になってしまい、食べてから直ぐに風呂に入るのは身体にもあまりよくない。彼女は今朝も残業だと言い残して出かけて行った。残業中空腹にもなるだろうと斎藤は思い余って差し入れを思い立つ。
なまえが近頃気に入りのアボカドとクリームチーズのサンドイッチを作って、終業後間もない彼女のオフィスビルの近くまで赴いた。
取り出したスマフォを操作しかけてふと顔を上げた斎藤の目に、ガードレールに尻を預ける平助の姿が映った。平助は天界での任務の為、かつてなまえの会社に在籍していたことがあるが、現在は退社している筈だ。彼はビルの玄関を見ていて斎藤には気づいていない。
千鶴を待っているのか? と近づいて声を掛けようと思った刹那、思いがけない声が耳に届く。声がしたのは斎藤の場所から死角に当たるビル玄関のガラスドア。それはなまえの声で、平助に向かって呼びかけているのだった。その隣に千鶴の姿はない。聞き違いでなければ彼女はこう言った。

「平助君、迎えに来てくれてありがとう」

直ぐに姿を現したなまえが平助の元へ小走りに駆けよる。彼女の行動と言葉の意味を上手く捉えることが出来ず、斎藤の足はその場で固まった。


─This story is to be continued.

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MATERIAL: blancbox / web*citron


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