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05 カオスなパーティーの始まり


「こうしてみて初めて、あの映画の主人公の気持ちが解る気がする」

はじめさんは何度も啄むように唇に触れながら、私の腰に当てた肘先の内側に少しだけ力を込めた。自分が触れるものを全て傷つけてしまう。どれ程愛しても近寄ることが出来ない。愛するが故に離れなければならないなんて。あの主人公の気持ちを考えてみたら切な過ぎて胸がきゅっと締め付けられる。
私はすこし振り返って背中から下方へと鋭く伸びるはじめさんの鋼の爪にそっと触れた。

「私は愛する人になら傷つけられても構わないし、一緒にいたい」
「俺もだ。もしも俺の手がなまえを傷つけるのならば、手首を切り落としてもいい。それでもなまえとずっと、俺は……、なまえ」

名前を呼ぶはじめさんを見上げた私に再び彼の藍色の瞳が近づいて来た。考えてみたらはじめさんは人間じゃない。これからももしかしたらさまざまな障害が私たちの間に起こるのかもしれない。それでも私は彼と絶対離れないし、失いたくない。強い想いを少しでも彼に伝えたくて、爪に触れていた手を彼の首に回そうとした。
不意にその手が掴まれる。素肌の二の腕を捉えた大きな手は凍るように冷たかった。

「!?」
「綺麗な令嬢は醜いモンスターには似合わない。僕と行こう、ドラキュラの城へ」

私の腕を取ったのは沖田さんだった。私の瞳を覗き込むように見つめる翡翠色の瞳に、強い光がこもっている。
いつの間に? はじめさんとシザーハンズごっこをしていて、近づいて来てたのに全然気づかなかった。はじめさんがすぐさま私を引き戻そうとしたけれど、咄嗟に手が使えず彼にしては珍しく苛立った大声を上げた。

「総司!」
「伯爵って呼んでよ、モンスター」

沖田さんが笑いながら長い手で私を引き寄せる。凄い迫真の演技だなと、私は少し感心してしまった。スラリとした身体にタキシード、真っ赤なタイ。翻す黒く長いマントは内側が血のように紅く、カッと開けた沖田さんの口元にはちゃんと牙が生えていた。
掴んだ手を離さないまま、赤と黒を再びバサリと広げてマントごと私を包もうとしながら、尚も瞳を見つめて嫣然と笑い囁く。「冷えてるね、肩」沖田さんのこんな顔は初めて見た。この人にはいつもふざけてるイメージしかないから。ついまじまじと見つめ返し、沖田さんも本当に整った顔立ちをしてるんだな、と改めて気づく。

「僕の城で魅惑的な夜を過ごそう? その白い首筋に愛を刻んであげるよ、朝まで」
「ふざけるな、総司!」

はじめさんが鋭い爪を脱ぎ捨てて大股で踏み出し、私を沖田さんから奪い返した。彼の目は激怒していて、そのあまりの真剣さにビクリと硬直してしまう。さっき沖田さんが触れた私の剥き出しの肩辺りをはじめさんの手が撫で擦り、まるで消毒するかのように幾つも口づけた。肩に触れていく柔らかい唇に身体が跳ね、そのまま抱き込まれて恥ずかしさに戸惑う。

「ちょ……と、はじめさん……、こんなとこで……沖田さんも冗談で言って……、」
「そのような戯言は許さん」
「戯言なんかじゃないよ? モンスター」
「何?」
「君の手は彼女を切り裂く。同じ傷つけるのでも、僕なら甘美な傷を与えてあげられる。彼女が陶酔する程の傷を、ね」
「…………」

冗談には冗談を返そうと思ったのに、私の口は動かなかった。なんだろう。今背筋がゾクリとした。薄く笑った沖田さんの科白に。





庭園の淡い照明の中でなまえは見惚れるほどに美しかった。薄青い光に照らされた純白のドレスは彼女の白い頬によく映え、俺はせり上がる情愛に逆らわずに唇に触れた。
長い爪のせいでその身に触れられぬことがもどかしく、その分飽くことなく啄む唇は甘く柔らかく、吐息と共に紡がれるなまえの言葉に酔いながら、すっかり自制心を失って溺れかけた時。唐突に甘い時間は破られた。
顔に薄い笑いを張り付けてはいたが、総司の眼が最初から少しも笑ってなどいないことに、気づいていた。この男は戯言を装っているだけだ。
俺は先日の総司の言動を思い出す。あの日はともすれば傾いていきそうなその考えから、目を逸らした。傷ついて泣いているなまえを宥めることに気を取られたのも事実だが、あれからも喉に刺さった魚の小骨のように、その考えはどれ程否定しても俺の中に重く沈んでいき燻り続けている。
そしてさっきから無邪気にハロウィンを楽しんでいるらしいなまえにも俺の焦りが募り始める。以前からそうだったが、彼女は無防備過ぎるのだ。総司に見つめられその目を見返している事さえ耐えがたい。
総司の“本気”がどこまでなのか解らないが、身の裡に湧き上がる苛立ちは抑えようもなく、思わずなまえの肩に回した腕の力を強めてしまう。総司は薄笑いのまま俺を見ている。その余裕のある顔つきに尚の事煽られる。

「ね、少し、痛い……」
「ああ、」
「はじめさん? 何だか顔色が、……んぅ……ちょ……っ、」

なまえが不安げな表情で手を伸ばし俺の頬に触れれば、感情に抑制が利かなくなり、その手に己の手を重ね反対の手で再び身体を締め付けた。俺の視界の隅にもう一人不愉快な人物が映り込んだからだ。なまえが身を捩るのも構わずに抱く手に強く力を込めて、唇を唇で捉えた。目の端に映るもう一人の男は皮肉な笑みを浮かべて総司に近づく。

「はっ……はじ……んんんっ、」
「小者共が集まって何をしている」
「なに、またあんたなの」
「貴様は道化か」
「…………!」
「何をしに来た、風間」

俺はなまえを抱き込んだまま顔を上げて、総司と風間双方を交互に睨み付けた。なまえはもう言葉もなく、俺の腕の中で耳まで朱に染めながらも、訳が分からないという表情をしている。
生を受けてから今までに俺の中に“逃げる”という発想はなかったと記憶する。しかし今の俺はなまえを連れてこの場から逃げ出したかった。
なまえは俺のものだ。彼女の全てを己がものにし己が全てを刻み付けて、変わらぬ久遠の愛を誓い合った筈だ。それなのにこの焦燥感は一体なんだ。己の深部に内包されていた弱さに今更のように気づかされ、初めての恐怖に苛まれる。俺にとって恐ろしいのはなまえを失う事、それだけだ。





なまえちゃんは多分何も気づいていないし、何も考えていない。覗き込む瞳には警戒心の欠片もなくて、そういう無邪気な彼女だから僕にももしかしたらチャンスはあるのかな。
一君の焦りや苛立ちが手に取るように伝わってきた。笑いが腹の底から上ってくる。とても愉快な気持ちだ。
いつも醒めた目をして感情を表すことのなかった彼が、あそこまで感情的にになるなんて、本当に面白いよ。それだけでもなまえちゃんがどれほど魅力的な女の子なのか解るよね。
一君の態度が余計に僕を煽っていくんだ。前よりも本気で僕は彼女を欲しいと思ってる。
慌てればいいよ、もっと。そうやって悩めばいい。そして自滅してくれればいいんだ。
僕がなまえちゃんに少し触れただけで激怒する一君を冷静に眺めた。難攻不落だと思っていた城にも、案外抜け穴があるのかもしれない。
そんな考えに捕らわれかけた時、現れたのはまたこの人。
それをきっかけに一君が我に返ったように、なまえちやんを連れて室内に消えていった。
僕と同じような恰好で余裕の笑みを浮かべている悪魔を眺めやる。

「自分がふられたからって邪魔しに来たわけ? 道化はそっちも同じでしょ」
「哀れな男だ」
「へえ、あんた、一君の味方なの? ああ、あの時命を助けてもらったから、彼にご恩返しのつもり?」
「ふん。だから哀れだと言うのだ」

悪魔がさらに高圧的な顔で笑うのに無性に腹が立ってくる。
僕を哀れんだ上から目線。どうしてこの人にそんな物言いをされなければいけないのかな。赤い瞳に浮かんだ同情の色が僕の心をますます黒く染めた。
だけどとっくに戦線を離脱したこの悪魔のことなんて、今はどうだっていい。

「貴様の敵はあの男ではない」

踵を返しかけた僕の背にかけられた言葉。
何を言ってるのか、全然解らない。敵は自分だとでも言うつもり? 馬鹿じゃないの?
振り返ってみると悪魔の瞳にはあろうことか憐憫が浮かんでいる。暫くその目に釘付けにされた。そんな目で見ないでくれないかな。本当に失礼な悪魔だよ。少し頭にきたのでその胸を押してやろうとすると、スッと半歩引いて僕の手を躱す。

「悪魔に言われる筋合いはないね」
「貴様も天使の皮を被った悪魔ではないか」

その口元が描く弧は僕の神経をひどく逆撫でた。今度こそ僕は踵を返す。
パーティー会場に戻った時には、黒いモンスターも白い令嬢の姿も見当たらなかった。
逃げたのかな、モンスター? でもね一君、これが始まりだ。
本当のパーティーはこれからだよ。





天使さん達の輪に再び加わって千鶴やカナエさんと暫く談笑していたんだけど、はじめさんはすっかり無口になって、誰かが話しかけても心ここにあらずな様子になってしまった。
土方さんが口髭を弄りながら「斎藤はどうかしたのか?」と聞いて来たけれど、私は口ごもる。どうかしたと言えばしたし、していないと言えば特に何もしていない。庭園であったことは些細なことのようで、それでも何か緊張感に満ちていて、でもその原因が私にはよく解らないんだ。
はじめさんのコンディションが気になり出せば、私にとってもこんなパーティーなんて正直どうでもいいものになる。まだ夜も早い時間だけれど、彼にそっと耳打ちした。

「もう帰ろう、はじめさん」
「……なまえは居たいのだろう? 食事もまだ……」

彼の気遣わしげな応えに、そう言えばお喋りしながらお酒ばかり飲んでいたので、料理を食べそびれていたことに気付く。だけどそんなはじめさんが何とも言えずいじらしく感じてしまって、私は朗らかに笑って見せた。彼は前に家で二人きりでいるのが一番好きだと言ったことがあるけれど、奇遇にも私もそう思っているんだよ?

「うちで何か食べます。インスタントラーメンとか」
「そのようなもの、駄目だ」

はじめさんに突っ込む元気があったことに少し安心し、皆さんの仮装も十分に楽しんだことだし、今夜はこれで満足だと本当に思った。はじめさんの顔色があまりにも精細を欠いていることも気になるし。
帰宅して冷蔵庫を開ければ、はじめさんが作り置きしてくれている常備菜が入ったタッパーが、丁寧に収納されている。以前の私の冷蔵庫とはまるっきり別物だ。とりあえずご飯を炊けばいいかな。ちょうどよくワインも冷えているし、二人で飲み直すのもいいかな、なんて考えながら振り返ると、はじめさんは立ったまま手に持ったシザーハンズの爪に目を落としている。その顔色はやっぱりあまりよくない。

「はじめさん具合が……? なら、少し寝たほうが」
「いや」
「風邪かもしれないよ?」
「人間とは違う。風邪など引かない」

そう言って爪をテーブルに載せると、私と目を合わせずに廊下に向かって歩き出した。何となくその後ろ姿を見守っていると彼はすぐに浴室に消え、バサバサと大きな衣擦れの音がして、鋏男の衣装を脱いでいる気配がした。様子が少し気にはなるけど、彼がお風呂から出てくるのを待つことにして、私も寝室に入って白いドレスを脱いでハンガーにかけ、いつもの部屋着に着替え、やっぱりスウェットはラクだな、なんて呑気に考える。
キッチンに戻ってお米を研ぎ出せば、浴室から水音が響き始める。無意識に聞きながら、それはやがてお米を研ぐ音に紛れた。


This story is to be continued.

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MATERIAL: blancbox / web*citron


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