Are you an angel? | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

04 ハサミ男の苦悩


なまえと二人で観たレンタルの古い映画は悲しいラブストーリーだった。現代のおとぎ話と謳うには切な過ぎる筋書きに、結末でボロボロ涙を流すなまえを抱き寄せながら、内心俺は複雑な気持ちになった。決して結ばれることのない二人。モンスターと美しい令嬢。
腕の中のなまえに目を落とす。俺達も世が世ならば今のような関係にはなれていなかったかもしれないのだ。俺は瞼を閉じて彼女をきつく抱き締めた。
そして時は金曜の夜。
目の前に広げられた奇妙な衣装。ニコニコと俺を見る二人。
なまえは嬉しそうにその衣装を持ち上げ、眺めたり裏返したり。上下黒のそれは摩訶不思議な風合いで、手袋様のものが付随しており、その五指には鋭く尖った鋏がついている。鋼に見立てているが実際はプラスティック素材のようだ。にしてもなんと妙な小道具だ。
難しい顔をした俺を見て平助が「もしかして、ハロウィン知らねえの?」と聞くが、それ自体は知っているに決まっているだろう。古代のケルト人が秋の収穫を祝い悪霊を追い払ったという、宗教的意味合いの深い行事が伝承されたものだ。
俺に解せぬのは日本の、しかも農村地でもないこの地域において、そのような祭りを行う必要性だ。子供でもないのに「Trick or treat?」などと言うのは可笑しな話ではないか。
そして何よりこの服がここに用意されている理由が最も理解出来ぬ。先日の映画のモンスターが身に着けていたものに酷似している。いや、これはあのモンスターの衣装そのものである。

「何故、俺がこのようなものを着用せねばならぬ?」
「別にならぬってことはないけどさ。はじめ君相変わらず固過ぎねえ? もっと気楽にさ」
「そうですよ。ハロウィンなんですから。せっかく手に入れたんだし、ね、なまえ?」
「うん! 絶対に似合うと思うよ、はじめさんに」

平助とその恋人である雪村とは風間の事件の後すっかり和解をして、この二人となまえと俺は以前と変わらぬ懇意な付き合いを続けており、ごく偶の週末などには食事を共にしたりすることもある。俺は内心、少しでもなまえと二人きりの時間を過ごしたいと思っているのだが、ダブルデートも楽しいなどと言うなまえにほだされているという状態だ。
今夜もこの二人がやってきて、明日のハロウィンパーティーに共に行こうと言い出した。
なまえの会社主催で行われるそれは、とあるイベントが成功した打ち上げを兼ねていて任意参加ではあるが、招待状を持つ者は一人だけ家族や友人恋人などを同伴していいことになっている。
左之も恋人を連れて来るらしく、土方さんも呼ばれているという。いつの間にやらなまえの会社の上層部に顔を繋げている土方さんの手腕は流石と言わざるを得ない。
ともかくこの機会に、平助は例の事件で咎めなしとなった恋人を土方さんに紹介したいのだ。なまえの同伴者は無論俺しかなく、だが仮装など無用と思っていた俺に、いつもの悪乗りなのか平助がわざわざこの奇天烈な衣装を持ってきたというわけだ。
平助を一睨みする。一体何故、このような奇抜な仮装をせねばならぬのだ。その疑問がさっぱり解けぬ。

「俺じゃねえよ。もともとはじめ君がこれを着るのを希望したのはなまえなんだし、」
「あ、説明しますね」

雪村が語り出す。なまえがあれ以来すっかり気に入ってしまった例の映画の話を雪村にしたので、彼女も興味を持ち観たところ同じようにすっかり気に入った。
折しも最近その映画に題を取った演目を上演した劇団の衣装係が雪村の知人におり、その際に作成使用したこの衣装が用済みとなり、処分の段階で払い下げてもらってきたのだという。
それでも全く納得のいっていない俺の隣で、なまえは無邪気に目を輝かせて俺に笑いかけた。

「私あの映画でね、エドワードに惚れちゃったの」
「……なに?」
「だからなまえは斎藤さんにジョニー・デップになって欲しいんだよね。じゃあ、はい、なまえの衣装はこれ」

今、なまえは何と言った? 誰に惚れた、だと? そしてそれに続く雪村の科白はどういう意味だ?
俺が聞き咎めるよりも早く新たに取り出されたのは、雪のように真っ白いドレスだった。俺は目を瞠る。横目で俺を見た平助が、盗み笑いをしていることになど気づかなかった。
瞬時に俺の脳内はなまえがそれを着た姿に切り替わり、同時に彼女と教会で寄り添い、改めて誓いを立てる様を夢想し始める。我知らず顔が熱くなるのを感じる。

「演劇では少しお話が変わっていてね、鋏男のお相手はお金持ちの令嬢なの」
「ま、待て。なまえがこれを着ると言うのだな?」
「そうだよ。はじめ君がちゃんと鋏男になるならな」
「仕方あるまい」
「よし、決まりな! 明日になってやっぱりやめるとか言うなよ、はじめ君」
「承知した」

平助も雪村もさっきよりももっとニコニコしている。なまえはうっとりしたように鋏男、もといエドワードの衣装を見てから俺に目を移す。
純白のドレスは俺にはまるで花嫁衣装のように映った。俺の隣に立つなまえと挙式の予行演習をするのだと思えば、たった一日この珍妙な衣装を纏うことくらい、何ともないことに思えてきた。なまえのこのドレス姿はぜひとも見たい。
それが俺の判断ミスだったと悟ったのは随分後になってからで、時は既に遅かった。





翌日。あれほど渋っていた衣装を着ることを承諾したはじめさんは、打って変わって張り切っているように見える。私はいざとなると自分の純白ドレスが俄かに恥ずかしくなっていたんだけど、ジョニー・デップになったはじめさんは「早く着替えろ、なまえ。俺はもう着終わったのだぞ」なんて彼にしてはすごく珍しいドヤ顔をして私を急かす。
千鶴と平助君ははじめさんのエドワードを作り終わると、自分たちの支度の為に一端帰って行った。
それにしても改めて眺めるはじめさんの黒づくめ鋏男は、想像通りにやっぱり恰好よかった。
モンスターなのにイケメンオーラは薄まるどころか、ますます輝きを放っている。全身スリムなラインで、艶のあるレザータッチのコスチュームには無数のベルト様のものにシルバー金具がついていて、普段はサラサラ猫っ毛の長い髪をハードワックスでくしゃりと乱し、盛り上げた感じのそのヘアスタイルはもう、何とも言えずロックだ。
そして私のこのドレス。別に仮装でも何でもない、ただただレースがふんだんに付いた“THE女の子でござい”的な七五三みたいなドレス。
肩が割と開いていて、スカートは踝の少し上くらいの長さ、ラインがふわっと釣鐘型。頭には共布の髪飾りつき。結婚式などで花嫁さんに付き添うベールガールの小さな女の子が着るドレスを想像していただけるといいかも知れない。はっきり言ってすごく気恥ずかしい。私のキャラじゃないよね、絶対。
平助君はジャックオーランタンで千鶴は魔女の扮装だと聞いている。その方がハロウィンにふさわしくお祭りを盛り上げる仮装と言う感じで、よっぽど楽しそう。
それと急に気になってきたのはこんな古い映画、皆知ってるのかな。はじめさんが浮いたらどうしよう。ただでさえ、彼は目立つのだから。でも、他にも天使のイケメンが多数そろい踏みする筈だから、多少は埋もれてくれるだろうか。
ともあれ七五三衣装に身を包めば、はじめさんは目元を赤くして嬉しそうにじーっと私を見ている。照れながらその目線から逃れて早く出かけましょうと腕を引くと、はじめさんがますます頬を赤く染め、引いた腕を引き返されバランスを崩して彼の胸に倒れ込んだ。
でもいつもと違ってその胸にすっぽりと包んではくれない。彼は鋭く尖った五指の為に私の身体に触れることが出来ないのだ。ぎこちなく遠慮がちに添えられる肘の内側と二の腕。
見上げれば、幾分切ない目をしたはじめさんの唇が私に重なった。
タクシーを停めると運転手さんにギョッとされて、はじめさんは俯いてしまったが、ハロウィンパーティーなんですと言えば運転手さんは微笑んだ。こんな奇妙な二人連れが手を挙げて停まってくれたのだから、最初から人柄のいい運転手さんだったんだろうな。
そして会場のホテルに着いてしまえば、今夜はハロウィンパーティーだし千鶴も来るんだし、左之さんの彼女にも初めて会うんだし、そしてお酒もいっぱい呑めるしまあいいかと開き直り、辺りにチラホラ見え始めた仮装の人たちを見やってそれなりに楽しみになってきた。社の内外の人たちが入り乱れ、仮装のせいで誰が誰か判別のつかない人だらけ。このパーティーは一種の無礼講なのでセキュリティは厳しく、招待状のシリアルナンバーを持たないと入場できないようになっている。
知ってる皆や今日訪れる天使の皆さんはどんな衣装なんだろうとドキドキしながら、最上階の大きな会場に向かっていく。このプロジェクトに関わっていなかったから知らなかったけれど、思った以上に大規模なパーティーだったみたいで、普段使う会場よりもかなり豪華だ。
ふいに入り口付近で、後ろから声をかけてきた人物がいた。

「なまえ、久方ぶりだな」

え? このフレーズ。
恐る恐る振り返る前に私の姿を覆い隠すように、はじめさんが声と私の間に立ち塞がった。彼の唇から、地を這うように響く、絶対零度を久しぶりに聞く。

「何故、お前がここにいる」
「ふん、招待されたから来てやったまでだ。何だ、貴様のその珍妙な恰好は。目障りだ、そこをどけ」

はじめさんの肩が怒りの所為か小刻みに震えているように見えた。
彼の背中越しに怖々と垣間見た千景さんは、彼らしくド派手な感じのドラキュラ伯爵の仮装をしていた。後ろに執事姿の例の二人を従えている。
出たよ。出ちゃったよ。久しぶりにまたこの人が。しかも、あんな事を言って。怖すぎて今はじめさんの顔を見る勇気がないよ、私。
そう言えば千景さんは以前勤務していたこの会社を辞めた筈なのに、それでもこうしてのこのこと来れてしまうところ、流石と言うしかない。

「失礼する」

低く唸るはじめさんにまるでボディーガードの護衛の如くしっかり肩を抱かれ、千景さんから距離を取って会場の中へと連れて行かれる。鋏に見立てたプラスティックが当たるとちょっぴり痛いけど、エドワードに守られている感じが私の気分を高揚させた。
中には、さまざまな趣向を凝らした人々があちこちで談笑を始めていて、その一角に天使さんらしき小さなかたまりを発見して近づいて行く。
はじめさんに気付いた土方さんは一瞬目を見開いてから、珍しく眉間の皺を引っ込め満面の笑みを浮かべた。

「お前、斎藤か? 驚いたぜ、なかなか似合ってるじゃねえか。令嬢を連れてたいしたもんだな」
「……土方さんも、そのようなお姿で」

はじめさんは自身の姿をしばし忘れたように、薄く唇を開いて土方さんを頭のてっぺんから爪先まで凝視している。パイレーツ姿の土方さんは、いつになくご機嫌でかなり気に入ってる様子。
あ、これはジャック・スパロウか。ジョニー・デップの最近のヒット映画じゃないか、なるほど、と私が密かに納得していると、そこへ平助君と千鶴がやってくる。千鶴の魔女姿はさすがと言うか小悪魔的ですごく可愛い。平助君のジャックオーランタンの帽子も決まっていて、二人は黒×オレンジで上手くコーディネートされてペアルックみたいですごくお洒落。千鶴は天使の皆さんにもちゃんと受け入れられたようで、私はひそかにほっとする。
平助君が土方さんとはじめさんの扮装の関連性を説明すると、土方さんをリスペクトしている彼はやっと満更でもないような顔をした。
そして次に近づいてきたのは狼男と白猫の女性。

「よう斎藤。遅かったな」
「あんた、左之か、」
「こんばんは、初めまして。なまえさんですね。私、カナエです」

左之さんの彼女には初めて会ったけれどとっても素敵な女性で、白い猫耳にミニスカートのセクシーなドレスがすごく可愛い。彼女をエスコートするワイルドな狼男の左之さんはとても精悍な感じで、カナエさんと熱く見つめあったりなんかしてお似合いの二人だ。二人は早くから来ていたみたいで、カナエさんも天使の皆さんとすっかり仲良くなったみたい。
このハロウィンパーティーがとても楽しくなりそうで、私もワクワクし始めたその時。少し離れたところから何か言い争う声が聞こえてきた。ついそちらを見ると。

「なんであんたがここで、そんな恰好してるの」
「貴様、客に対してその無礼な口の利き様はなんだ」
「は? 客? 誰があんたなんか呼んだのさ」
「俺が誘ったんだよ。いい加減にしねえか、総司」

パイレーツ土方が大股で近づき二人の間に割って入ったけれど、私は沖田さんの姿を見て驚く。はじめさんも少し驚いた顔をした。沖田さんは一応ここの社員だし天使だし、だからいること自体は不思議はないんだけど、目を引いたのはその衣装だった。
色や形は少し違うけど沖田さんもドラキュラ伯爵の仮装をしており、千景さんと彼の翻るマントは恐ろしく酷似していて、睨み合いながら背格好もよく似た二人は髪の色は違うものの、シルクハットを被っているので遠くから見ると区別がつかないくらいだった。
よく女優さんやテレビタレントさんなんかが、共演者と衣装の被ることを嫌がるというけれど、あれに似た現象なのかな。でも二人の間に散る火花は思った以上に深刻な雰囲気だ。
やだなあ、喧嘩なんてと思っていると顔色を変えたはじめさんが、これ以上ここにいるとろくなことがないと思ったのか、私の腕を引いて会場の反対の方へ移動していこうとする。

「放っておいていいの?」
「あの者らも子供ではない。それよりあんたの身が危険だ」
「え?」
「いや、なんでもない。それより向こうに、料理や酒が沢山置いてあった」
「ほんとですか。やだ、嬉しい! 早く行きましょうよ!」

色気より食い気。他人の喧嘩より美味しいお酒。
目を輝かせてそそくさと踵を返した私は、苦笑しながらもほっと溜息をついたはじめさんを見上げ、すっかりあの二人の事を頭から散らしてしまった。今私の興味を全力で魅きつけるのは会場にただよう美味しそうなご馳走の匂い。
私ははじめさんと一緒に、妖精さんやミイラ男、妖怪やカボチャや、ナースやアニメコスチュームの人並みをかき分けて中央のテーブルに進んだ。
とりどりのオードブルやサラダや肉料理をお皿に乗せてフォークを取ると、はじめさんが「落ち着ける場所がある」と私を促す。鋏の手を一端外して小脇に抱えたはじめさんが、通りかかる給仕のトレンチからシャンパングラスを二つ取った。
奥にバルコニー様の広い空中庭園があって、そちらへ連れて行かれ私は驚いてしまった。

「こんな場所があるの、知らなかった。はじめさん、来たことあるの?」
「以前に仕事でな」
「はじめさんて……」
「ん?」

素敵、と言おうとして恥ずかしいので下を向いてしまった。改めて目の端に映るエドワードのようなはじめさん。
庭園にはまだ誰も出てきていなくて、照明のブルーがかった光は、エドワードが氷の彫刻を削って雪を降らせるシーンを彷彿とさせた。踊るヒロイン。そして。
会う事の叶わなくなった今も、愛する人の為にいつまでもその手の刃で氷を削り続け、彼女の上にいつまでも美しい雪を降らせる。
はじめさんが近くのベンチにグラスを置き、私の手にあった料理のお皿を取ってそれも置いた。見上げれば両手に鋭い鋏を持った手で、傷つけないようにぎこちなく私の身体を抱き寄せる。
潤む瞳が近づいてくる。私は目を閉じた。

「俺はなまえと離れる道は選びたくない」
「うん」
「どれほど惨めな姿を晒すことになろうとも」
「……んっ、」

少し冷えた唇が優しい雪のように幾つも幾つも舞い降りてきて、それはいつまでもいつまでも絶えることなく降ってきて。
彼の想いが私の上に降り積もっていく。彼への私の想いもまた深まっていく。


This story is to be continued.

prevnext
RETURNCONTENTS


I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


AZURE