Are you an angel? | ナノ
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03 結局は犬も食わぬというアレ?


自己嫌悪の涙が止まらなくて私は布団に深く潜り込んだけれど、眠れるわけもなく暗闇で目を閉じてじっとしていた。
隣のリビングからは物音もしない。はじめさんは今どう思っているだろう。きっと呆れているに違いない。
天使のように綺麗なはじめさん。(いや、彼は事実、天使なのだけれども)
いつだってその優しさに甘えている私は、何もかもしてもらっておいてこの態度。ほとほと自分が嫌になる。
でも、でもね、およそ持ち得る全てを備え、完璧で弱点なんてないような彼には、もっとふさわしい女性がいるんじゃないかという気持ちは、苦しいほどに私の胸を締め付けた。
はじめさんが手当てしてくれた指先が心臓の脈動に合わせてジンジンする。手首には強く掴まれた感触がまだ残って居る。
自分の手首から包帯にかけて頬を押し付けて、ベッドの中でヤドカリのように丸くなっていた。
不意に聞こえたインターフォンの音はそれまでの静寂を破って、すぐに隣から聞こえ始めた明るい声は沖田さんだった。
どうして、沖田さんがここに来るの?
私は驚いて布団から濡れたままの顔を上げる。
さっきの電話は一体どこからかけていたのだろう?
いきなり震えたスマフォが沖田さんからの着信を告げ、僅かな逡巡の末に結局受けてしまったのはきっと心が弱っていたから。
何の用件で電話をくれたのかは解らなかったけれど、沖田さんはのんびりした口調でゆっくりと他愛のないことを話して、私のひどく塞いだ気持ちをいくらか解してくれた。
天気の話とか、道端で見かけた猫の話、それから千鶴と平助君の話などを楽しげに語るのを、なんとなく言葉少なに聞いていた私が急に固まったのは「一君となんかあった?」の一言で、それまでほとんど黙っていた私の口が動き出す。
違う、違うの。触れられたくない事柄に触れられれば触れられるほど、混乱する私の不自然な言動は沖田さんを驚かせた。彼が問うた一言は単純なことだったのに、聞かれていないことまで私は口走っていた。
私が言いたかったのは、はじめさんをどんなに好きかという事だった筈なのに、沖田さんは違う受け取り方をしたようだった。少し誤解をしたような、それでも優しい物言いに、私は必死になって訂正を試みたけれど、沖田さんはこう言った。

「そうだね。君は一君にふさわしくないかもしれない」

違う、違う。そんな事を言わないで。思った以上に大きい声が出てしまったみたいだ。
床に目を遣ると、さっきはじめさんに奪い取られたまま放ってあったスマフォが落ちていて、拾い上げてみればメールの着信が二件ありどちらも沖田さんからだった。時間を見ればそれは電話の後に来たようで、開こうか瞬時迷った時、隣からはじめさんの声が聞こえた。
それまでの彼らのやり取りは全く聞こえていなかったのに、そこだけ切り取られたように、私の耳にはっきり響いてきた。





「なまえは俺の大切な人だ」
「だから何? 君は現になまえちゃんを幸せになんてしてない。僕だって本当は、」
「黙れ、総司……っ」
「なんで遮るの? 一君らしくないね」

総司が俺に与えた衝撃は想像を超えていた。いつにない大声で言葉を遮ったのはこれ以上聞きたくなかったからだ。こいつは一体何をしに来た? 俺らしいとはなんだ? あんたに俺の、俺達の何が解ると言うのだ?
顔を寄せ嘲笑うように覗き込んでくる翡翠色の瞳は底知れず深く、何を考えているのか混乱した俺の頭では理解が追い付かない。
隠しきれない動揺をそれでもひた隠して再び、帰れ、と吐き出す。
動かない総司の襟首を掴み上げ追い出そうと、立ち上がりかけた膝がテーブルの角に当たり、酒のグラスが派手な音を立てて倒れた。半分ほど入っていた酒が零れ出し、テーブルの端から床へポトリポトリと滴っていく。俺は情けない気分でそれを見た。
「あーあ、」と一瞥をくれ含み笑いをしたまま、俺を通り抜けた総司の視線はまた背後に向けられ、それを辿るように振り返れば泣き腫らした目をしたなまえが、ソファの背もたれの向こうに立っていた。
カッとしかけた俺の頭が急に冷えたのは、なまえが真っ赤になった瞳で俺を見つめていたからだ。
しゃくりあげながら細く紡ぎだされた声に心を掴まれ、痛みが走る。

「……めんな……さ……、」
「なまえ……、」
「はじ……めさ……っ、ごめ……なさ……っはじめさ…、」

俺がなまえを泣かせている。
腕の中にその身を閉じ込めても、嗚咽と共に繰り返されるなまえの謝罪の言葉は、切なく俺の心を揺らすばかりで、俺に言えるのはただ、愛している、離したくないと、それだけだった。
彼女が先程何に心を占められていたのか気にしながらも、彼女を落ち着かせることに気を取られ、いつもならば食事が終わればすぐに片づけるテーブルの上をそのままに、いつまでも彼女を抱き締め続けていた。
愛おしいなまえを腕に抱きながら、今頃になって甦る総司の言葉が俺を苛む。雑念を振り払い、言葉で伝えきれない想いを心に届けたい一心で、彼女を一層強く抱く。





やってられない、と捨て台詞を残して、なまえちゃんと一君の部屋を出たけれど、どうせ彼らは聞いてなんかいなかった筈だ。ずっと頬に張り付けていた笑みを剥がす。
僕だって馬鹿じゃない。この城が難攻不落だってことくらい、そんなこととっくに解ってる。
なまえちゃんの気持ちなら、彼女を見ていた僕は知りすぎるほど知っている。どんなに一君を好きかってね。それでも彼女を欲しいと思ったなら、どんな手を使っても掴みに行くしかないじゃない。
一君は天界では、僕と一二を争うソルジャーだ。
僕は僕なりに彼を認めてきたつもりだった。だから一君がなまえちゃんと出会ったことが最初は面白くなかった。
だけど風間千景の一件以来なまえちゃんを見ているうちに、なんでだろう、一君の気持ちが解る様な気がしてきて、それなりに応援しようと思ってはいたんだ、初めはね。
と言っても面白くない事なんかしたくない。
芹沢さんがいなくなって天界の掟が変わり、一君を切っ掛けに平助も左之さんも、皆がみんな浮かれ始めて、それを遠くから眺めながら時々ちょっかいを出して面白がっていた。
その僕が。
ねえ、ほんとに、いつからだろう?
どうしてなんだろう?
どうして、よりによってなまえちゃんなんだろうね?
誰か教えてよ。





はじめさんの手が私の身体を優しくなぞるうちに、硬く凝っていた気持ちが緩やかに溶けて行って、やっと真っ直ぐに見ることのできた濃藍の瞳に照れ笑いを向けた。
瞳は包み込むように優しく、蕩けそうな愛の言葉が何度も何度も降り注がれ、それは極上の羽毛みたいに私の心を包み癒してくれる。はじめさんは、普段は見せないけれどその背に持つ、白く穢れのない綺麗な羽そのまんまなんだ。
抱き上げられ運ばれたベッドはさっきまで悲しい涙の海だったのに、今は天上の雲の上みたいに思えて、自分ながらこの現金さには呆れてしまう。
指先で私の前髪を避けて額に触れる彼の唇はひんやりと冷たい。瞼へ頬へ鼻先へ、そして私の唇へと滑り降りてくるのを受け止めながら、彼の首に腕を回す。はじめさんが大好きで、離れたくないのは、私の方だよ。思いを伝えたくて私からも彼を求める。甘く絡まる吐息を感じながら、急に沖田さんの言葉が脳裏を過り、一瞬だけ身体が強張った。

君は一君にふさわしくない

その言葉を頭から追い出すように回した腕の力を強める。
はじめさんがそれ以上の力で私の身体を強く締め付けて、耳たぶに口づけられると自分でも聞いたことがないような、鼻に抜ける声が漏れた。
紫黒の柔らかな長い髪が私の腕に纏わり、頬に触れる。出来るならこの強い腕で、艶やかなこの髪で、私の全てを捉えてあなたの傍からひと時でも離れずに済むように、雁字搦めに縛り付けて欲しい。
吐息を奪い合うようなキスの合間に時々顔を離して、確かめるように私の瞳を見つめる彼が再び瞼に口づけた。少し掠れた低く穏やかな声が私を撫でていく。

「もう独りでは泣くな。俺に預けてくれると約束しただろう? 隠し事をしないでくれ」
「……うん、」
「何故、泣いた?」
「そ、……れは、は……ぁっ、あっ、」
「なまえ……、」

あなたがとてもとても好きだから、と伝えたかった私の言葉は、音声にならずに彼に飲み込まれた。身体中に落とされていく温かい唇が、思考をトロトロに溶かしていき、私はもう全てを手放して、ひたすら雲の浪間を揺蕩い続ける。好きという言葉なんかよりももっと強く、私の身体が彼に反応して愛情に応える。





互いに全身の力を抜いて身体を重ねたまま横たわっていた。
俺の胸から顔を上げたなまえが、ブランケットを胸に巻き付けて離れていこうとしたので、急に焦りを覚え彼女を引き戻す。小さく笑ったなまえの瞳は、涙の代わりに先程の行為のせいか、まだ潤んでいた。
俺の頬に軽く唇を触れてから手を逃れていくが、彼女からそんな事をしてくるのは珍しく、俺は瞬時にして脱力し顔を発熱させた。それを見てなまえがまた笑う。
全身に再び広がっていく熱を持て余しまた彼女に手を伸ばせば、ベッドサイドの小さな棚の引き出しの中からなまえが何かを取り出した。
引き寄せて、元のように腕の中に収めた彼女の手の中のものを確認すれば、それは指環の入った小箱だった。彼女がゆっくりと蓋を開ける。
風間との死闘の後、天界へなまえを連れて行った時、彼女の左の薬指に嵌めた指環だ。
黄鉄鉱の金色の斑点によってミステリアスに輝くラズライトを、小箱のままなまえが俺に差し出した。

「これ、邪気や心の邪念も避けてくれるって言われてるんだね。怒りや嫉妬とかも心から追い払ってくれるって」
「知っているのか」
「……少し調べたの」
「そうか。これは天空を象徴する石だ」
「ずっと身につけておこうと思って」

先刻の涙の乾いたなまえが、頬を紅潮させ微笑むのを美しいと思い、暫し見とれた。
先程手当てした左手の包帯をなまえが外す。親指の先に残って居たのは三ミリほどの小さな切り傷で、もう出血も止まっており、痕を残さずにやがて小さく消えていきそうなそれに、俺は心から安堵して口づけた。目を上げれば照れて睫毛を伏せ、頬を更に染めるなまえはたまらなく愛らしい。
彼女の手を取りそっと細い薬指にリングを通していき、ピッタリと嵌る濃紺の小さな石を見つめ、今は遥か遠くなった過去への思いに心を馳せる。なまえの指は母と同じサイズだったのだと改めて気づく。
ラピスラズリはただ単純に幸福を導き寄せる石ではない。時には身に着けた者のカルマを呼び覚ますこともあるのだ。しかしそういった試練や苦難を乗り越え、魂を成長させる為に厳しく導く聖なる石。
これを母に贈ったのは俺の父だ。父がいかに深く母を愛したか、俺は幼い頃に幾度も母から聞いたものだ。俺と同じ色の瞳を持った母を愛で、その指に嵌めたラピスラズリに生涯を誓い、そして彼女を連れ去った。
今となっては会う事の叶わぬ俺の両親は、今の俺達とそっくり同じだ。
少しの間物思いに沈んでいると、俺が愛してやまない琥珀色の大きな瞳で、なまえが下から覗き込む。

「はじめさん?」
「……俺は改めて誓う。なまえへの揺るぎない愛情と、いつか生まれくる我が子の幸福をな」
「うん」
「時期を見てなまえのご両親にも会わねばならぬ」

幾度でも彼女に惜しみない愛を誓い、生涯決して離れないように、俺の父がしたと同じように、永遠をなまえと共に。
青金石に唇を寄せ、細い指先を伝わせて白い手の甲に口づける。溢れ出す想いを胸中に仕舞い切れずに、俺はまたなまえの華奢な身体へと手を伸ばした。
小さく抗う仕種が俺を煽り立てまたも情愛に溺れていく。この手にある至宝を、この上なく大切ななまえを、絶対に手放したりはせぬと、深く深く刻み込む。
快楽に翻弄され幸福に酔う俺には、総司の漏らした意味深長な言葉を反芻する気持ちは既に消え失せて、ただ二人の間に一ミリの隙間さえも許さないという決意に突き動かされ、強く唇を合わせ奥深くまで身体を繋げ、飽くことなく送り続けた。


This story is to be continued.

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I am in love with an angel every day!



MATERIAL: blancbox / web*citron


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