斎藤先輩とわたし | ナノ
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あんたの気が変わらぬうちに


あれはおよそ8年ぶりの再会だった。
彼女にずっと逢いたいと思っていた。ずっとなまえが好きだった。そう告げた言葉には微塵の偽りもない。
再会のあの夜、土方さんが帰った後ラウンジのカウンターで隣に座ったなまえに時折視線を走らせていた俺が何を考えていたのか、そして何故あれほどに酒に酔ってしまったのかその理由をなまえが知ることはない。これからも俺の口からそれを彼女に告げるつもりはないからだ。
今目の前にいるなまえを見つめれば。

「熱い……だけど美味しい……」
「あんたは本当にそれが好きだな」
「だって美味しいんだもの」
「季節外れだろう」

この梅雨の蒸し暑い時期、煮込みに七味唐辛子を山程かけてフーフーと息を吹きかけるなまえの、薄っすらと汗の浮かんだ鼻の頭が幼子のようで愛らしい。
ビールジョッキは俺と同じペースで空いていき、それはこの店に入ってから既に三杯目だ。彼女が見た目にそぐわず、意外にも酒に強かったことには驚いたものだが、それは同時に俺を喜ばせた。
こうしたひと時も俺にとって間違いなく癒しである。
なまえを見つめる瞳がふと緩んだのを気に留めて「私何かおかしいこと言いました?」と小首を傾げる様子などは幾ら見ていても飽きない。
毎週金曜の仕事帰りに待ち合わせる居酒屋で、この店の煮込みをなまえが気に入った事を切っ掛けに行きつけとなったのであるが、俺の向かい合わせで今日の原稿の締め切りに如何にして間に合わせたかなどを楽しげに語るなまえは、あの時と同じように俺の心中を想像してはいないだろう。
こうしてなまえと共に過ごせるのは、やはり全面的に土方さんの賜物と言わざるを得ない。
高校を卒業してから8年の長きに渡る月日の間、一切顔を合わせる機会などなかった。彼女が俺を思い出したことは恐らく殆どなかっただろうと思う。
しかし俺の方は違っていた。
高校時代剣道部でマネージャーをしていた2学年下のなまえに俺が想いを寄せていた事を、総司は言うまでもなく土方さんもよく知っていた。だが俺は卒業と同時に会うこともなくなってしまうだろうと諦めかけていた。
しかし卒業後まもなくなまえの父が近藤社長や土方さんと共に新選エージェンシーを起業した山南専務の親戚筋の知人であることを知らされる。
頼みもせぬのに土方さんは彼女の卒業後の大まかな動向を時折報告してくれたものだ。

「俺は別にみょうじのストーカーではありません」
「誰もそんなこと言っちゃいねえよ。それともお前、みょうじの話なんか聞きたくねえか」
「……いいえ」

そしてある日片頬を上げた土方さんが俺に告げた。なまえを新選エージェンシーの社員として登用する旨を。
それから一年を経た頃だった。

「どうだ、斎藤。例の件、そろそろ人事部長に話しちゃくれねえか?」

土方さんは約束通り接待という名の最終打ち合わせになまえを連れて来た。
そこに後ろめたさがなかったかと言われれば決してそうは言えぬ。俺にとってあの出逢いは偶然でも何でもなく(株)Kikonの人事担当として新選エージェンシーのクライアントとなり取引を開始する事、それが土方さんと俺との間に交わされたささやかな交換条件であったからだ。公私混同を好まない俺の、あれは恐らく生涯二度とない例外だ。
俺が部室の窓から校門へと続く雨の坂道で彼女を見つけたあの日から、8年以上もの間どれ程想い続けてきたのかを、そして再会をどれ程待ち続けていたかということも。
きっとなまえは知らない。
土方さんと共に現れたなまえは時を経ても変わらずに清楚でそして無邪気だった。俺の思慕が何一つ変わっていなかった事を彼女を前にして自覚する。
俺はどうしても彼女が欲しかった。
しかし物慣れぬ風のなまえの俺を信用し切った姿を見てしまっては、邪な気持ちを口に出す事など出来るわけもなく、だが隠しているのも気が咎めた。俺は酷い悪酔いをした。
あの夜スーツの内ポケットに入っていたカードキー。終ぞそれを出すことなど出来ず、タクシーでなまえを自宅アパートに送り届け、独りホテルの部屋に戻った。それが誰にも明かしたことのない事実だ。
なまえに対する愛情は渇きに似ている。俺は渇望している。長く逢えなかった期間をも含め、いつであろうと焦れるように俺は彼女を求めている。
恋仲となって間もなく一年になるがなまえは俺を飽きさせるという事がない。
彼女はどうも思い違いをしているようだが、あの日の口づけもそれ以降の行為も、そして今現在に至っても俺に余裕があった事など一度としてないのだ。

「ねえ斎藤さん、お代わり頼んでもいいですか?」
「…………、」
「あ、……ごめん、はじめさん」
「ああ」

僅か残って居た手元のジョッキのビールを飲み干し、なまえの手から空のそれを引き寄せ振り返る。「すまんが、」と言いかければ通り掛かった店員が、心得顔に「生二つですね」と言いながら受け取り厨房に向かって声を張り上げた。
酒を飲んだ後に俺の部屋に共に戻るのも今では動かぬ習慣となっている。





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





「……はじめさん、どうかしたの?」
「いや」

俺の下で躰の力を抜いたなまえが俺の瞳を見上げる。少し枯れた声はなお甘さを纏いながら、だが悩まし気に寄せていた眉があどけなく下げられた。
無意識ななまえのこの二面性が俺を惹きつけて止まない。
細い首の下に右手を差し入れ抱き寄せれば気遣わしげに俺を見つめる。
 
「本当? なんだか考え事してるように見える」
「……憶えているか」
「え?」
「初めてここへ来た夜のことを」

あんたは俺を強欲な男と謗るだろうか。
俺はあんたの中に何をどれ程残せているのだろうか。





土方部長と接待に出て再会したのは高校時代の先輩だった彼。
手の届かない高嶺の花と諦めながらも心ひそかに憧れていた高校時代。紺色の剣道着に身を包んだ斎藤先輩はいつも背筋を伸ばし凛としていてそれは素敵だったけれど、あの頃よりもずっと大人の男性となった彼と再び出逢った私は舞い上がっていた。
私に眼を留めてくれるなんて考えたこともなかったんだもの。
そんな彼に想いを告げられて拒める女の子なんてこの世にいるのだろうか。
その日のうちに交わした少し強引なキスさえ、私の心を震わせるのに充分だった。
物静かなのに藍の光を湛えた強い瞳に射竦められれば、私は容易く彼の意のままになってしまう。
それは彼の恋人になってこうして抱き合うようになった今も変わらない。
憶えて居るかとはじめさんが私に聞く声はどこか切なげで、普段あまり見ることのない揺れる碧玉色の瞳が見下ろす。
まだ火照りの治まらない私の全身がまた熱を持つ。
忘れるわけ、と呟こうとした唇が塞がれる。

「んん……、」

忘れるわけがないでしょう?
あの長い夜のことを。
恋人になってから三カ月くらい経った頃だった。
一週間なんの連絡もなく週末の約束もない金曜日。会社のメンバーと飲んでいた居酒屋に前触れもなく現れた彼は女性連れだった。
そうでなくてもモヤモヤしていた私は店を逃げ出し、追いかけてきた彼と小さな諍いを起こした。
前の週に彼の車のアッシュトレーに見つけた口紅の着いた煙草の吸い殻。
それは後から解ってみれば全てが誤解だったし私がしたのは他愛のない嫉妬。普通の恋人ならばあんなことくらいでヤキモチなんて焼かないかも知れない。
そう、普通の恋人だったなら。
私はあの頃まだはじめさんの気持ちを心から信じ切れていなかったのだと思う。
彼は、だって。
頭の芯まで溶けてしまうほどのキスは数えきれないほど交わしていたのに、彼はその時点で未だ私の肌には指一本さえ触れてくれてはいなかったのだから。
「子供っぽいことを言うな」と彼は言った。それが少しだけ心に引っ掛かっていた。
あの後連れて行かれた彼のマンションの部屋。
初めてだった。





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





なまえはあまりにも愛らし過ぎた。
カードキーを独り部屋のテーブルの上に放り投げたあの夜から、初めて彼女に触れたあの時まで俺の中には長い葛藤が続いていた。
待ち合わせて共に酒を飲み他愛のない会話を交わし彼女の部屋へと送っていく週末。焦燥に似た気持ちを腹の底に押し込めて、それを一体幾度繰り返したことだろう。
綺麗な顔立ちをしながらどこかに稚なさを残した彼女に触れる勇気が持てなくなっていた。
傷つけたくない壊したくないと、笑顔を失いたくないと思うあまり恐れさえ感じた。
それまで俺に近づいて来たどのような女ともなまえはやはり違っていたのだ。
箍が外れ抑えの利かなくなった最初のあの時、俺はどうかしていたのだろうか。
愛しい気持ちが時に溢れ出しては俺を苛む。
思考を彷徨わせていた俺の腕の中でなまえが小さく身じろぐのを感じ、俺は閉じていた眼を開けた。

「もう、寝た?」
「寝てはいない」
「やっぱり何か考え事してるね、」

薄っすらと汗ばんだ肌を密着させ背中から抱き締めていた俺を振り返ったなまえが瞳を覗きこんでくる。

「あの夜、何故泣いた?」
「え、それは……だってはじめさん、いつもおしおきみたいに」
「は?」
「喧嘩した時も帰ったら大人にしてやるって言ったじゃない。私のこと子ども扱いして」
「あんたは何故、そう何もかもを鵜呑みにするのだ。俺は子ども扱いなどしたことはない」
「あの時何も言ってくれなかったし、今だってそうでしょう? す……好きとか……そういうこと……あんまり言葉にしてくれないから、私のこと本当はそんなに、」
「何を言っている? す、好いているからに決まっているだろうっ! 俺がどれほど忍耐を重ねてきたかあんたは少しも……っ、」

身を起こした俺はそこまで一息に言ってしまってから、ふと我に返って絶句する。
顔が火を噴いたように熱くなる。俺を凝視していたなまえが目を見開いていた。
本来は感情が表に出ない性質である。しかし今この時ばかりは心まで裸に剥かれてしまった心地がした。
見慣れぬ様子に心底驚いたように固まるなまえを見返す俺は、また新たな羞恥に襲われ煮え立つ脳内をどうしてよいか解らぬ。
想いを吐露するような、このような状態には全く慣れていないのだ。
大きな瞳でじっと俺を見つめていたなまえの頬がやがてゆっくりと緩んでいき口端が上がる。
細い腕を伸ばし俺の首に絡めると引き寄せるようにして耳元に囁いた。
それは蜜のように甘い声だ。

「私のこと、好き?」
「言っただろう」
「もっと聞きたいんだもの」

骨抜きとはこのようなことを言うのであろうな。
つい先刻まで彼女に話すつもりのなかった本心を俺はいつか明かしてしまうのだろう。
それは存外近い将来かも知れぬ。
開き直ったわけではない。なまえの嬉しげな笑顔を目にすれば俺の中も限りなく満たされていくのだ。

「それほどに望むのならば何度でも言ってやる。あんたが好きだ。抱き壊したいほどに好きだ」
「嬉しい。私もはじめさんのこと、大好きだよ。……え、ちょ………、」
「好きだ、なまえ」
「うん、……て、ちょ……はじめさん、この手……、」
「まだ終わっていない」
「え……、」
「嫌か?」
「嫌じゃないけど……狡いです、そんな聞き方」
「狡くて構わん。あんたの気が変わらんうちにもう一度」

なまえへの想いは募るばかりだと。
俺がどれほどあんたに恋い焦がれているのかと。
言葉よりももっと強くその身に刻んでやろうと、俺は愛しい肌に触れ再び唇を落としていく。




2014/0/06/28


▼幸御美月様
20万打企画頁にあとがきしています



あんたの気が変わらぬうちに

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