He is an angel. | ナノ
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19 見え隠れの真実


開けなければよかったのだ、扉を。
止める間もなくなまえが開いたドアから機敏に滑り込んで来た総司は、まるで勝手知ったる家とでも言うようにズカズカと上がり込んで来て、この部屋に一つだけのソファに遠慮会釈もなく座り込んだ。

「何をしに来た」
「何しにって酷いなあ。僕は君たちの事が心配で来たのに。あ、今日の昼間はどうも」

総司は機嫌よさげになまえに笑いかける。

「あ、いえ、こちらこそ、」
「それよりなまえちゃん、僕喉が渇いて死にそう。なんかない?」

能天気な総司の言葉になまえが、あ、と言ってキッチンへと向かう。
絶句する俺には気づかずにいそいそと冷蔵庫を覗くなまえの後を、ヘラヘラと着いて行った総司は彼女に顔を寄せるようにして一緒に覗きこんだ。

「何を飲みますか?」
「うん、ビールでも貰おうかな」

あれ程近寄られても警戒心の欠片もない科白を吐くなまえに対してなのか、それとも総司に対してなのか、俺はそれすらも解らなくなり苛ついた声を荒げた。

「いい加減にしろ」
「あ、はじめさんも飲みますか?」
「いらん」

的外れな声を掛けて来るなまえ。
ここで思い出す。
なまえがビールを前にすると、何故か思考を飛ばすと言う事を。
缶ビールを手にして戻って来た二人が床にペタリと座り、仲良く飲み始めるのを見て俺は眩暈すら覚えた。
「やっぱりシャワーの後はビールですよね」と笑うなまえに「お風呂上がりなの?そう言えばいい匂いがするねなまえちゃん」などとニコニコと彼女に身体を擦り寄せた総司を見るに至り、俺は完全に頭に血が上った。
総司の手から缶ビールを奪い取るとその襟首を掴む。
テーブルにガツンと勢いよく置いた拍子に、ビールの飛沫が飛ぶ。

「いい加減にしろと言っている」

総司は俺に締め上げられた体勢で力を抜いたまま無抵抗だったが、ヘラヘラした笑いをピタリと引っ込めた。
そしてその唇から出た言葉は俺には理解不能だった。

「一君。さっきも言ったよね? 僕は君たちが心配で来たって」
「そのようなことを、信じられると……、」
「嘘なんかじゃないよ。せっかく土方さんの言った事を教えてあげようと思ったのに。そんな態度でくるなら、言うの止めちゃおうかな」

なまえが俺達の間に慌てて割って入る。

「はじめさん止めてください。話を聞きましょうよ、ね?」
「うーん、悪いけど話す気なくなっちゃった。一君がそんなに邪魔にするなら僕帰るね。なまえちゃん、また明日」
「え? 沖田さん、あの……っ」

来た時と同じようにズカズカと玄関に戻っていく総司を、一度俺を振り返ってから慌てて追おうとするなまえの姿に、俺の苛立ちはピークに達した。
羽交い絞めのような形でなまえを後ろから抱き締めて無言で引き留める。
ドアの前で総司がゆっくりと振り向いた。

「一君さ、少しは自分の立場を理解した方がいいんじゃない?」
「うるさい」
「はあ、やれやれだね。どうしてこんなふうになっちゃったんだか。君のせい?」

総司が呆れた視線をなまえに移す。
俺の腕の中でなまえが言葉を失い固まった。
最後に皮肉っぽい笑みを浮かべると、じゃあまたね、と言い残しドアはバタンと閉じられた。
嵐のように訪れて去って行った総司の消えたドアを睨みつける。
総司はまさに、トラップそのものだ。
あいつにはいつだって翻弄させられる。
俺は言葉もなくなまえの身体を抱き締め続けた。
なまえは今の総司の科白に何を思っただろう。自身を責めているのではないか。また新たな不安に苛まれる。
土方さんの言った事を教えてあげようと思ったと言った総司の意味深な一言は、俺の頭には全く入って来ていなかった。


一方、ドアの外に出た総司の頬に浮かぶのは、さも可笑しそうな笑顔だった。

一君ときたら本当に相変わらずだよね。
思い込みが激しいと言うか。

くくっと抑え切れない笑いが、後から後から湧いてくる。なまえちゃんに、どれだけ骨抜きにされてるんだか。
声を忍ばせて一頻り笑い、まあ、あの分なら彼らは大丈夫そうだね、と一人頷く。
それにしてもなまえちゃんって本当に面白い子だよ。一君にはもったいない、僕の方がよっぽど彼女にお似合いな気がするけどね。
悔しいからもう暫く一君には黙っていてやろう。
でも。
今考えなきゃならないのは、一君やなまえちゃんの事じゃない。
総司の顔から笑いが消える。大天使の言葉が甦った。

「斎藤でもみょうじなまえでもねえ。今、問題なのは平助だ」
「は? なんですか、それ」
「つい今しがた山崎の調べがついたところだ。恐らくあいつは風間千景のところにいる」

そう。
今、問題なのは、平助のことなんだ。





左之は腕の中で身じろぎをした女を、愛しげに見つめた。

「運命ってやつは不思議だな」
「ん?」
「お前にはなんにも隠すつもりはねえから言うけどよ、俺は女に惚れた事なんて今まで一度もなかった」
「何、急に?」

くすくすと笑う彼女の露わになった首筋にかかる毛先を指先で弄びながら、一つ口づけを落とす。
そうしてその背に回した腕に力を込めた。

「昨日の朝、お前と出会うまで、な」
「うん、」
「絶対に見つけ出してやろうと思ってたがな、案外早く会えたんでこれはもう運命だってな」

ベッドサイドには大き目のバッグが無造作に置かれていた。その中には彼女が落として去り、左之が拾い上げたシャープペンがある。
余程大切なものだったのか、今朝になってなまえのアパート付近を探していた彼女は、早くも左之に見つけ出されたのだ。
ちゃんと会って欲しいと言えば受け入れてくれて、彼女の仕事が終わるのを待って例の公園で待ち合わせた。

「俺はお前を放す気はないぜ?」
「プッ! 左之さん、顔真っ赤……っ、ってかその決心早すぎ!」

吹き出してから腕からはみ出す勢いで爆笑し始めた彼女から、自分の顔を隠すようにしてもう一度引き寄せ、やれやれ参ったなと苦笑いしながらも、擽ったいような幸福感を噛み締める左之だった。
恋に落ちるのに時間なんて関係ないんだな。
この感情を教えてくれたのは斎藤だ、と好きな女の髪に顔を埋めながら独りごちる。
左之の腕にくるまれながら彼女がほんの少し恨めしげに呟いた。

「でもね、今朝左之さんといた子、てっきり彼女かと思っちゃった」
「俺といた?」

早朝から付近を張っていた左之の目の前に、姿を見せたのは意外な人物だった。
千鶴。
「よう、どうした、こんなところで?」と声をかければ彼女はビクリと身を固くしたようだったが、構わずに近寄っていった。「仕事じゃねえのか?」と問えば、これからだ、なまえに少し用があってここまで出向いたのだと答えたが、彼女の来た道も進行方向も明らかになまえのアパートとずれていた。
多少不審には思ったがさほど気にも留めずに少し立ち話をしたのだ。ほんの他愛もない話をしただけだったが、左之が観察すれば千鶴はおどおどと目を泳がせた。
そこへ偶然現れたのが、今己の腕の中にいる探し人だったのだ。
流石の左之もそこで思考が飛んでしまい、千鶴とは当たり障りなく別れてしまったと言うわけだった。
思い出し頷くと、左之は再び苦笑した。

「ああ、千鶴のことか。あれは違う。平助の女だ」
「平助? それって金髪で瞳の赤い派手そうな人? 見たとこ並んだ姿があんまりお似合いとは言えなかったような……、」
「いや? 平助は……、ちょっと待て、並んだ姿ってなんだ? 金髪赤目の男と千鶴が一緒にいたってのか?」
「ちょっとどうしたの? 左之さんと会う前に一緒にいたの見ただけだよ? なんか雰囲気は凄く悪かったけど。とてもカップルって感じには見えなくて、」
「頼む。それをもっと詳しく話してくれ!」

左之は歩いても然程ない距離を走っていた。
時間は深夜帯に入っていた。
気が急いて果てしない道程に感じる。

「わりいな、急用を思い出した。このままここで待っていてもいいし帰りたければ帰ってもいい」
「じゃあ寝て待ってる」

好きな女を待たせるのは気が引けるが、彼女は物解りがよかった。
やにわに起き上がり、ベッドの下に散らばった衣類に手を伸ばす左之が申し訳なさそうに忙しなく告げれば、彼女は小さく微笑んだ。
愛しさがこみ上げてその額に一つキスを落とすと、気持ちを切り替えた左之は部屋を飛び出したのだ。
程なくして見えてきたなまえのアパートの前に斎藤の項垂れる姿を見つけ、彼は懸念通りの事態の悪化を悟り悔恨に胸が塞がれそうになった。
どうして、気づかなかった。
どうして、俺はあのまま千鶴を逃がした?





浴室へと歩く俺の背後で聞こえた着信音。
突然掛かって来た深夜の電話。
一瞬動きを止めて耳をそばだてれば、なまえは電話に応えてこう言った。

「あ、千鶴。どうしてたの? 電話が全然繋がらなくて心配したんだよ」

雪村千鶴とはなまえの友人であるという認識しかない俺は、気に留めずに浴室へと入った。
俺がシャワーを浴びて出て来た時、なまえの姿は既にどこにもなかった。


This story is to be continued.

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