He is an angel. | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

18 格好のトラップ


「総司か?」

土方さんもまた厄介な人物を寄越してくれたものだ。
この配役は想定範囲内ではあったが、ついに来たか。
格好のトラップ。
しかし現在の土方さんは俺に便宜を図る立場ではないのだから、無理もないと言えばそうだ。
思わず溜め息をつく。
左之は重大な話と言って呼び出しておいて、そのくせ大して本気で心配しているわけでもなさそうに見える。
ふいに口端を少し上げると胸ポケットのあたりを何やら大事そうに押さえ、手首に巻いたタグホイヤーにわざとらしく目を走らせた。

「おっとこんな時間かよ。俺はこの後予定があるんだ。んじゃここでな、」
「おい待て、左之」
「わりい、急ぐからよ」

左之が勢いよく立ちあがりそそくさと背を向け歩き出す。
広大な公園の奥へと一直線に向かう彼の進行方向の先にもベンチがあり、そこから立ち上がる人間の姿が遠目にも見えた。
それは女性であるようだ。
相変わらずな事だと思いながらも、今の俺はそれを注視している余裕などはなく、自身も足早に向きを変え、再度なまえのオフィスビルへと向かった。
総司はどこから現れるつもりか。
そして懸案のオフィスビルの中では。

「なまえちゃんだよね。会いたかったよ」
「ちょ……や、やめてください! あなた、一体どなたですか……っ」

なまえにとってはもう何人目かの得体の知れない男、総司が早速彼女に抱きついているところだった。
後で聞いたところによれば、この日は一日中総司に纏いつかれていたらしい。
総司は彼女の会社の新入社員として現れたのだ。
しかし何故よりによってなまえが総司などに、プロジェクトの詳細を説明する係を任じられたのだ。
就業時間が終わり、ぐったりと疲れ果て駅へと向かうなまえに寄り添いながら落ち込む原因を問うが、言葉少なくなったその時の彼女は説明も億劫だったのか、答えを得られずに俺は非常に落ち着かない気持ちで帰宅した。
もしも総司に全体重を掛けられ抱きつかれるなまえの姿を目の当たりしていたならば、俺は間違いなく瞬時にして聖剣で総司を一刀両断にしていただろう。
しかしその時の俺にはその状況を見抜く術がなかった。総司は俺の眼を掠めてビルに潜入していた様子であり、まだ俺の前に姿を見せていなかったのだ。
彼の目的は取りも直さずなまえがリリスの末裔であることの裏を取ることなのだろう。
この状況下ではそうとしか考えられなかった。





超がつく高級マンションのアプローチからメインエントランスへと進み、いくつもの煌びやかなシャンデリアの眩い灯りで照らし出されながらコンシェルジュデスクを過ぎり、テーブルの幾つも並んだエントランスラウンジを抜ける。
ここ自体が広大なパーティー会場と見紛うばかりの華やかさだ。
塵一つないピカピカに磨きたてられた床をコツコツと靴音を鳴らし、エレベーターに乗り込めば高階層まで瞬く間に連れて行かれる。
一番奥まで歩くと計ったように扉がゆっくりと開き、顔を出した赤毛の男は千鶴の顔を見て一つ頷いた。

「どうぞ。お待ちですよ」

ごくりと喉を鳴らして奥へ進めば、一体人が何人座れるのだろうというような大きなソファセットの最奥に、深く身を沈めゆったりと寛ぐ風間千景の姿があった。
優雅な動きで足を組み直し鷹揚に口を開くのとは対照的に、千鶴はビクリと固まる。

「首尾はどうだ」
「…………、」
「俺は待つのが嫌いだ」
「……あの……わ、私、やっぱり、」

風間は薄笑いを浮かべていた頬をそのままに、徐に立ち上がる。
時間を掛けて歩みを進め千鶴の前に立った彼の、しかしその深緋色の瞳は全く笑っていなかった。
長い指先を千鶴の頤に当てて上向かせると、至近距離にまで顔を近づける。

「では代わりにお前が? 本来ならばそれが筋だが」
「そ、それは……、」
「であろう? 俺にとっても不本意なことだ」
「…………、」
「俺が望むのは唯一人。解っているのならば速やかに事を進めろ」

それだけを言うとさっさと踵を返し、風間は千鶴の横をゆっくりと通り過ぎて、更に奥の部屋へと入っていく。
残された千鶴は青褪めてその場に力なく膝をついた。
どうして…………。
背後から音を立てずにゆっくりと近づく影。
赤毛とごつい風貌に似つかわしくない、落ち着いた優しい声で男は言った。

「お察しします。ですがあなたはやるべきことをやらねばならない」
「何も悩む事なんかねえよ。他人を陥れてでもてめえがいい思いをしたいなんて、ヒトの世の常だろ?」

どこから現れたのか、長い巻き毛を翻した少し悪そうな男が口を出す。
キッと睨み上げる千鶴に冷笑を浴びせると、巻き毛の男は両手を上げて肩を竦めた。
膝の上で固く握りしめた千鶴の両手が白くなっている。
私がいい思いを、この男はそう言ったのだ。
その言葉がズキリと心臓に突き刺さる。
思わず俯けば、握り締めた手の上に涙がポトリポトリと落ちた。
どうして……どうして、私が……





想像以上に面白い子だったな、とニヤニヤ笑いながら歩く。
少し触れただけでドギマギと赤くなったり青くなったり、これは当分退屈しないで済む。
総司は、天界で土方に任命された時の事を思い出していた。

「総司」
「はいはい解ってますよ。順番から言って次は僕だね。要するに一君の彼女がリリスだってことを証明してくればいいんでしょ」
「あ? 何言ってやがる。そうじゃねえよ」

土方さんも面倒くさいことを僕に押し付けてくれたよ。
そう思いながらもニヤニヤ笑いが止まらない。
ああ、だんだんと夜も蒸し暑くなってきたな、エアコンの効いた部屋で寛ぎたい。
独りごちながら辿り着いた狭い階段の端っこに腰かけ、空を見上げるが今夜も月は見えない漆黒の闇。
階段を照らす安っぽい蛍光灯がやけに明るく感じた。
一君みたいに弄りがいのある人がいなくなったら、本当につまんないからね。
ぶつぶつと独り言を呟いていれば、目の端で闇よりも更に黒い影が動く。

「そんなとこで何やってるの」
「…………、」
「ちょっと、」

影は渋々と言った様子で姿を現した。

「……あなたこそ何をやっているんですか」
「君に関係ないでしょ」
「俺の邪魔はしないでください」
「ふん。そこにいたのが僕にばれてる時点で、密偵としてどうなのさ、君」

全身黒ずくめの山崎は不機嫌そうに顔を歪める。
今日は100キロ程の距離を何往復もしてかなり疲労気味なのだ。
しかしそれなりの成果はあった。
ふと口端だけで皮肉な笑いを浮かべると山崎は切り返す。

「あなたに言われたくありません。予定にない行動を慎んでください。任務遂行の障りになります」
「それは君の腕の問題でしょ」

飽くまでも可愛げのない男だ。山崎のニヒルな笑いが引き攣った。
本日知り得た事を、斎藤に一言告げておこうと思って此処へ来たのだが、嫌な男と鉢合わせたものだ。
アパートのドアの一つを一瞥し、一先ず土方への報告を先に行う事にして、総司の嫌味を無視しそれ以上口を利かずに山崎は再び闇に溶けた。

「ふーん。山崎君も、ね」

山崎の消えた方向をいつまでも見遣りながら総司は再び呟く。
そして狭い階段の上を見上げた。
一君は弄りがいがあるんだよね、本当に。
消えてもらっても、困る。





はじめさんが用意してくれた食事の後、シャワーを浴びて出て来ると人心地ついた気がする。
ふにゃりとソファに座っていたら、無言で近づいてきたはじめさんが、手にしたドライヤーのスイッチを入れ、私の髪に当てた。
いきなりの行動に驚いてたじろぐ。

「はっ、はじめさん、じ、自分でできます……」
「疲れているのだろう?」

ドライヤーを奪おうとすれば拒否され、逃げようとすれば腰を捕まえられ、結局彼の足の間に収められた。
有無を言わさずに温風を当てられて、彼の優しい手つきに髪を触れられているうちに、恥ずかしさの半面何だか温かい気持ちになってきて、疲労に強張った心と身体が解れて行くのを感じる。
確かに今日は忙しかった。
眼を閉じて委ねていれば、自然と私の口が解れて行き、ポツリポツリと言葉が零れ出た。

「今日、平助君がお休みだったんです」
「……そうか」
「千鶴も早退しちゃったみたいで、」
「ああ」
「……それと、今日付けで新しい人が入って来て、」
「……新しい人とはもしや……」
「はじめさん?」
「それは沖田総司という男か?」
「え? 沖田さんを知ってるんですか?」

思い切り振り向こうとした頭がはじめさんの手によって元に戻され、彼は考え込むように私の髪にドライヤーを当て続けた。
私も何となく黙ってしまい、一日の出来事を取り留めなく思い起こす。
欠勤が居た上に余計な仕事まで舞い込んで、実際きりきりしそうな忙しさだったのだ。
新入社員は馴れ馴れしい人だった。
年齢的にははじめさんと同じくらいなのかな?
初対面でいきなり下の名前をちゃん付けで呼んで抱きついてきたり、やたらに手や頭に触れて来て、私は一日中戸惑っていた。
ああ、こんなこと、はじめさんには言えないよね。
彼は最初に想像した通り、やっぱりプロジェクトの新メンバーだったのだけど。
本当なら千鶴が主に詳細を説明する担当だったのだ。
でも居なかったので急遽その仕事が私に割り振られた。
そう言えば千鶴は一体どうしたんだろう?
今朝エレベーターで会った時様子がおかしかったし、その後姿が見えないから気になって、何度も電話を掛けて見たけど繋がらなかった。
平助君に事情を聞いてみようと思えば、彼も今日は姿を見せず仕舞いで。
本当にどうしたんだろう、何かあったのかな。
何となく単なる欠勤ではないような気がして、得体の知れない不安感が胸を過ぎり始めた時。
ドライヤーの温風が止まった。
はじめさんの指先がゆっくりと私の髪を梳き、その手が滑って来て頬を包んだ。

「何を考えている?」
「え?」
「総司に何かされたのか」
「…………、」

ふと見上げればはじめさんは何か難しい顔をしている。
私が言い淀んでいると、それは憮然とした表情に変わっていき、覗きこんでくるその瞳が、微かに探るような色を浮かべた。
ああ、解った。

「もしかして沖田さんて……はじめさんと同じ……?」

はじめさんは黙って頷き言葉を途切れさせた私は、ああやっぱりと彼を見つめ返す。
また警戒の対象が増えたというわけか。
ふう、と息をついた私の頭をはじめさんが撫でた。

「なまえ、」

心配するな、と言うように彼の手が柔らかく動き、もう片方の手が私を抱き寄せようとした。
私も彼へと手を伸ばす。
そこへ響いてきた唐突なインターフォン。それはその時の私達にはあまりにも予想外の音で。思いがけない時間に思いがけない音を聞いた私達は、二人して同時にびくりと肩を跳ね上げた。


This story is to be continued.

prevnext
RETURNCONTENTS


The love tale of an angel and me.
使



MATERIAL: blancbox / web*citron


AZURE