He is an angel. | ナノ
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17 ぬばたまの夜は更けて


ふと眠りから覚めた私は暗い天井を見上げた。
眠る前にはじめさんと交わした会話を思い起こす。

わたしはリリスの末裔?

はじめさんと話をしている時は必死で、全てを明確に知りたいと望んだけれど、知ってしまった今、実際には何をしたらいいのだろうか。
何が出来るのだろうか。
何をすることが最善なんだろう。
一つだけ確かなのは、私がはじめさんを強く想っているということ。
リリスは夫アダムに背いてルシファーに心を移したというけれど、私ははじめさんから心が離れたりしない。
はじめさんが言った通り、私は自身がリリスであろうとなかろうとどっちだっていいのだ。
ただ、彼が天界を追われる事にならない為には、一度は私が千景さんに向かい合わなければいけないだろうな、とぼんやり考える。彼を矢面に立たせてはいけないと思うんだ。
私は音を立てない様にそっとベッドから滑り下りた。
今夜は新月で月明かりのほとんどない漆黒の闇だ。
リビングのソファの上にはじめさんが眠っている。
ブランケットはかけずに畳まれたまま床に置かれていた。
ソファの長さが足りなくて足が収まり切れず、軽く膝を曲げた窮屈そうな姿が気の毒なようでいて、少し微笑ましい。
はじめさんは右手の甲を軽く額に当てて心持ち向こう側に顔を傾けている。髪が僅かに乱れて幾筋も肩に流れている。
暗闇に慣れてきた目に映る彼は、緩く握るようにした指の爪の先までが綺麗だ。寝顔を見るのは初めてだけれど、眠っていてもとても端整でため息さえ漏れる。
右手の当たっている部分以外の前髪は除けられ、綺麗な額の左半分が露わになっていた。切れ長の瞳を縁どる長い睫毛が今は伏せられ、高く通った鼻梁に引き締まった唇の造形美はまるで一枚の絵のようだ。
でもはじめさんは絵空事なんかじゃない。
その体内には熱い血が通っていて、表面は静謐に見えるその瞳の奥には蒼い焔が燃えていて、強い感情を剥き出しにして何度も私を守ってくれた。
胸の下辺りに置かれている彼の左手にそっと手を伸ばしてみる。
この手が、私を、いつも。
目を閉じて指先に温かさが触れたと思うと同時その左手が動き、いきなり私の手が握り締められた。
えっ?
と思った次の瞬間には強く引かれる。
気がつけば私は彼の上に覆い被さる体勢になっていた。いきなり至近距離まで近づいた彼の顔。
その瞼は開かれていて吸い込まれそうな濃藍の瞳が私を見ていた。
固まった私を暫く見詰めた後、左手は私の手を握ったまま右腕を私の身体に回し、ゆっくりと瞳を緩ませて吐息だけで彼が笑う。
悪戯を見つかった瞬間の子供のように、心臓がどきどきと激しく鼓動を打って胸が痛い。

「…………、」
「夜這いか? なまえ、」
「……よっ、よよ……、よば……っ?」
「冗談だ」

もう一度彼はふっと笑った。
そして力を入れて抱き締め直し、私の背を愛しげに何度も何度も撫でながら、首筋に顔を埋め急に切なげな声を出す。

「……だが、勘違いしそうになるだろう? このような事をされると、」
「か、か、勘違い……って……、」

蒸し上がったばかりの蛸の様な心地がする。
一気に顔に熱が上り、いや、顔だけじゃない全身発火している。
もう火だるまになっていると言ってもいい。
彼の言う勘違いの意味はもちろん解る。
いくら経験がないからって言っても、私はそんなカマトトってわけじゃない。
むしろ経験がない分、耳年増だと思う。
だけど、だけど、今のは本当にそんなつもりではなかったの。寝顔を見つめていたのはただ見とれていただけで。
そしてここに来たのは、ただ、はじめさんどうしているかな、と思っただけで。
ちゃんと眠っているかなとそれを確かめに、と言うか顔を見たくなって、いやいや、それを夜這いと言うのだろうか?
あああ、こんな場合どうしたらいいのかまるっきり解らない。
いくら私にそんなつもりはなくても、こんなシチュエーションならどう考えてもそう思われるよね?
はじめさんじゃなくても、誰だってそう思うよね?
つ、つまり、私のしている事はやっぱり、よ、よよ夜這い、なのだろう……か?
よ、よよ夜這いと言えば、それはやっぱり、そういうこと……だよね?
ち、ちち違う、本当にそんなつもりじゃなかったんです。
ど、どどどどうしよう。
ま、まだ、こ、ここ心の準備が……!
私の首筋を擽るはじめさんの吐息の熱さを感じて、一段と身体が強張る。
す、すす好きな人、なんだから、な、なな何も躊躇することはないんだ!
そ、そうだそうだ、ここはひとつ、決心を固めてっ!
誰でもいつかは通る道なんだしっ!
はじめさんなら相手にとって不足はないどころか、お釣りがジャラジャラ返って来るくらいだっ!
ああ、何を言っているんだ、自分でも意味が解らない。しっかりしろ、なまえ!

「わ、わ、私……っ、は、は、はじめさんなら…………だ、大丈夫、ですからっ!」

首元から顔を離したはじめさんが、激しくパニックに陥る私を見つめた。
彼の目がみるみるまんまるくなっていく。
一拍置いて彼は私から少し顔を逸らしたかと思うと、ブハーッといきなり盛大に噴き出した。
な、何かおかしいことを言った?
それとも、よほど鬼気迫るような面白い顔をしていたのだろうか。
私の両腕を掴んだまま横を向いて、肩を震わせるようにして彼は笑っている。
こんなはじめさんを見たのは初めてだ。
全身から力が抜けていく。
は、はは……、と私の唇からも脱力した笑いが漏れた。
色気も素っ気もないとは、まさにこのことだろうな。
ははは……
はじめさんはまだ完全に笑いを治められないままで、また私を抱き締める。

「す、すまない、笑うつもりでは……、」
「……い、いいんです、(もう、どうでも)」
「あんたが愛しくて」
「爆笑しながら言われても……、」
「こんなに笑ったのは、生涯初めてかもしれない」
「それは、何よりです、はは…………」
「……なまえ、」

再び私に戻って来たはじめさんの蒼い瞳は、限りなく優しく細められていて、私の頬に唇を触れてから耳元に囁いた。

「ただ、あんたの気持ちが嬉しかったのだ」
「…………、」
「無理強いをするつもりはない、今は」
「……はじめさん、」

はじめさんが何を思っているか、今だけはよく解った。
瞳を閉じたはじめさんの唇が私の唇に触れて、確かめるように「今は、な」と囁いた。
また私の身体が着火しそうになる。
そうしてそのまま頭を胸に引き寄せられれば、はじめさんの鼓動がダイレクトに伝わってくる。
すっかり笑いの引いた彼の胸から伝わるリズムはいつもより速くて、それは私以上の速さで、きっと彼は我慢をしてくれているのだ、と思った。
優しいこの人を、こんなに大切にしてくれるこの人を、私こそが守りたいと強く感じる。
何度でも誓うよ、あなただけに。


いつも通りの時間に出勤してエレベーターホールで待っていると、後ろから千鶴がやってきた。
おはよう、と声をかけるけど返事がない。
少し俯いて何か考え事でもしているかのようで、もう一度声を掛けて見る。

「千鶴?」
「あ、ごめん……おはよ、」
「何かあった?」
「……ううん、別に、」

別に、と言う顔では全然なくて、千鶴は私と目を合わせようともしない。
どうかした? ともう一度口を開きかけた時、チンと軽快な音を立てて扉が開き、私が乗り込もうとすれば、千鶴が一歩足を引いた。

「千鶴?」
「……ごめん、忘れ物しちゃった」
「え?」

千鶴が踵を返すのとエレベータードアが締まるのとは同時だった。
何か様子が変だ。
そう言えば昨日も社内では千鶴を見かけていない。
彼女と私は部署は違うけれど同じフロアーに居るので、どちらかが外出か欠勤でもしない限り一日中顔を合わせる事がないのは稀だ。
何かあったのかな。
平助君にでも聞いてみようかな、とエレベーターを降りれば、例のプロジェクトのリーダーが背の高い男の人を伴って歩いていく姿が見えた。
少し茶色がかった髪をしているが、私には見覚えがない。
千景さんが抜けた為に新たに他部署から補充されたメンバーかもしれない。
無意識に見ているとその人はリーダーにペコリと頭を下げて、くるりと向きを変えると此方に向かって大股で歩いて来た。
私の姿を認めるとその足が一度止まる。
そして満面の笑みを浮かべ、更に大股になって近づいてきた。

「なまえちゃん? 君、なまえちゃんでしょ?」
「……は?」





なまえが家を出てから俺は手早く朝食の後を片づけ、昨日と同じように彼女のオフィスビル近くまで赴く。
ボディガードと言っても、実際に社会生活を送る彼女の至近距離に張り付く事は出来ない故、こうしてオフィス付近に身を潜めて待機するより他はない。
そもそもなまえ本人も俺がSPのように張り付く事をよしとしていない。
ビルの内部に居るなまえの様子を知る手段などはなく俺は焦燥に駆られる。
天使とは言ってもエスパーではないのだ。
何らかの手を使って社員になりすまして潜入するのが一番なのだが、天界の後ろ盾を持たない俺にはその何らかの手段をとる手立てがない。
この就職難の時代、しかも中途入社を募集してもいない会社に潜り込むなど、現在のところ不可能である。
今日も特に風間が近くに居る気配は感じないが、俺は警戒を緩めずに彼女のいるフロアーあたりに目を遣った。
不意に胸ポケットのスマフォが振動する。
取り出してみれば左之である。

「左之か、なんだ」
『よう、お前知ってるか?』
「何をだ?」

重大な話があると言って、渋る俺を呼び出した左之が指定した直ぐ付近の都市型公園へ足を運べば、目立つその姿は直ぐに見つかった。
ベンチで足を組んで片手を上げる左之は相変わらず呑気な様子で、俺は俄かに気分を害す。

「悪いが俺はそうのんびりはしていられない」
「なまえのことなら心配いらねえよ、取り敢えず」
「何?」
「新しい監視……、おっとわりい、お前からすれば護衛だな。とにかく次のを土方さんが派遣した」
「誰だ? まさか」
「そのまさかだ、残念ながら。どう考えてもミスキャストだろ。土方さんも何を考えてるんだかな」


This story is to be continued.

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