He is an angel. | ナノ
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16 あなただけに愛を誓う


なまえは今まで見た事もない程に意気消沈した様子ではあったが、仕事に戻ると言ってオフィスビルの中へと消えた。
俺の方が心許ない気持ちでその健気な細い背を見送る。
平助が俺の事を本気で気にかけてくれているのは解っている。
しかしなまえの心を傷つけ苦しめることは耐えられない。
俺は彼女に何も告げるつもりはなかった。
俺のすべき事は彼女を守る事だけだ。
今日は先日の様な妖しい“気”は感じない。
恐らく風間は出社していないのだろう。
少しだけ安堵して彼女の退社時間までビルの付近で待つ事にする。
周囲に怪しまれずに時間を潰す事は、密偵や潜入を得意としている俺には造作もない事だ。
何としても命に換えても彼女を守ると改めて強く決意する。





頭の中でいろいろな考えを巡らしながら、ひたすら淡々と入力作業をした。
先に戻っていた平助君が私のデスクまでやって来て、おずおずといった感じで、ごめん、と言った。
平助君は空気の読めない人だけど、悪意のある人じゃない事は解っている。
いつもおちゃらけている平助君の痛みを滲ませた瞳を見て、私は自分の知らないとても重大な何かが起こっているという事を確信した。
はじめさんを好きになって彼の気持ちも同じであることを知って、幸せを感じた。
けれどそれは何かの犠牲の上に成り立っているのかもしれない。
平助君の言葉を押しとどめて、はじめさんが私に隠そうとしている何か。
きっと犠牲になっているのははじめさんなんだ。
それは間違いのないことに思えた。
定時にオフィスビルを出て駅までの道を歩き出すと、どこからともなく現れたはじめさんが私に寄り添った。
少し驚いて顔を見上げると、はにかんだように小さく笑う。
悲しい程に切ない愛しさが胸を満たしてくる。

「待っていてくれたの?」
「俺はなまえから離れないと決めたからな」

昼休みに平助君を睨み据えた鋭さは跡かたもなく、私に注がれる瞳はただただ優しくて、抱き締められた腕の強さを思い出す。
見つめ返して微笑めばその瞳は、限りなく幸せそうに細められた。
二か月前にはじめさんが現れてから、彼との間にあった出来事を一つ一つ思い出す。
彼を忘れてしまっていた間もどんなに私を想っていてくれていたのか、今なら痛い程解るんだ。
はじめさんがとても好き。
だからこれ以上蚊帳の外に居るのは嫌だ。
私も決心を固める。

「私もはじめさんと離れたくない」

彼が私を見つめたまま、触れていた指をそっと絡ませてきて、私はその指をきゅっと強く握る。
その指先は心にじんわりと沁み渡って来るような温かさで、それが私にも勇気をくれる気がした。
今までのらりくらりと生きてきて、何かに真剣に向かい合った事なんてなかったように思う。
あまり深く物を考えた事もなかった私。
だからどうしても欲しい物も、失いたくないものもなかった私。
でも、初めて失いたくないと、私ははじめさんを失いたくないと思った。
私に出来る事なら、何でもしたい。
彼と一緒に居る為に。
だから、全ての事実を知りたい。
買い物をして帰り二人で食事の用意をして、僅かな幸せの時間を共有した後、私は少し改まってソファに並んだはじめさんに向き直った。
私の肩を両腕で包み込もうとする彼の腕をやんわりと外して、真顔になる私に怪訝な表情をした後、濃藍の瞳が不安げに揺れた。

「どうした?」
「少し話したいの」
「…………、」
「あの、はじめさんは今、天界でどういう立場にあるの? どうして昼間平助君にあんな態度を取ったの? 千景さんが私を攫おうとしたのはどうして?」

単刀直入な言葉に彼の眉がほんの少し寄せられる。
再び伸ばそうとしていた手をふいに引っ込めたはじめさんは、目を逸らし呟くような声を漏らした。

「なまえは知らなくていいことだ」
「どうして? 私の事でもあるでしょう? それに私のせいではじめさんの立場が、」
「何も心配はいらない。なまえのせいなどではない、」
「ならどうして隠すの? 教えて欲しいの、何もかも。私だって、」
「駄目だ!」

初めて私に向けられた強い口調と険しい眼差し。
息を呑んで一瞬黙ってしまう。
怯みそうになる。
それでも私は守られるだけの女ではいたくない。そう決めたんだ。再び目を逸らした彼の横顔にもう一度言う。

「愛してるってはじめさんは言ってくれた」
「…………、」
「私もなんだよ? だから出来る事があるなら何かしたい。自分の為じゃない、私だってはじめさんの為に何か」
「聞き分けろ。あんたを危険な目に遭わせたくない」
「そんなこと怖くない。……何も知らない方が悲しいし、それに苦しいよ!」

意識的に静かな声音に戻したはじめさんは悲しげな顔をしていて、それでも私の感情は高ぶって声がだんだん強くなり、気がつけば涙が両目から吹き出すように零れた。
顔を戻し目を見張ったはじめさんが私を凝視する。
止められない想いは涙となってあとからあとから溢れ、零れ落ちて嗚咽まで漏れだす。
彼の親指が私の涙を拭い、その手が首の後ろへと滑って行った。引き寄せられた手に激しく抗いながら私は続けた。

「全部教えて欲しい」
「解ってくれないか、なまえ、」
「隠し事なんて嫌だ。そんなの愛なんかじゃないよ!」
「…………っ」
「そんなんじゃ、傍にいられない」
「なまえ……俺は、」
「離してっ」

私の拒絶を強く抑え込んだはじめさんに、いつしかソファの上に倒され、覆いかぶさって来た彼は、涙でぐちゃぐちゃになった頬に唇を這わせ、私のそれに触れる前に小さく呟いた。

「離さぬ。決して離したりはせぬ」
「…………、」
「知りたい事に、答える……」

それはとてもとても切ない声で、私の胸がぎゅっと締め付けられた。
深い口づけが与えられた後、絶対に逃がさないとでも言うように強い意志のこもった腕に抱き締められて、身体を密着させたまま聞かされた事実は、断片的に聞き知って来た事だった。
ただはじめさんが天界さえも敵に回す事を厭わないと言った時は震えが来た。
そして、その理由を、最後の最後に酷く言い渋ってから、やっと教えてくれた時。
私は、合点がいったその事実にやはり戦慄した。
それは以前千景さんに呼ばれたリリスと言う名前のこと。
平助君に千景さんがルシファーであるという事を聞いた時、微かに思い当っていた。
だから敢えて会社に戻って必死で仕事を終わらせ、それは定時の直前だったけれど、検索エンジンを開いて“ルシファー”と“リリス”の二つのワードを入力したんだ。

わたしは、
リリスの末裔、
だった?





なまえに言いたくはなかった。
だが、いずれどこからか聞き知ってしまう事を考えたならば、今俺の口から話す方がいいのかも知れぬと思いなおしたのだが、彼女の無表情が俺の焦燥を煽り、抱き締めた腕に尚も力を込める。
結局告げてしまったその事実に、なまえの白い顔は暫くなんの感情も現さず、言葉も漏らさずに俺の腕の中でじっとしていた。
どんな些細なことでも、傷つけたくはなかった。
掻き抱き首元に顔を埋めて絞り出すような声で伝える。

「なまえ、俺の気持ちは変わらない」
「…………、」
「必ず、あんたを守る故」
「…………、」
「あんたがリリスであるかどうかなど関係ない。だから俺を信じてくれ」
「はじめさん、」

なまえがゆっくりと両手で胸を押した。
やっと聞こえてきた彼女の声はとても静かで、思いがけない動きについ力が抜ければ、彼女は俺の下から這いだした。
身を起こして向き合い、俺を見つめる瞳の奥からすこしずつ生気が戻って来る。
彼女は綺麗な笑顔を作った。
先程までの憔悴とは違う、その表情の変化に息が止まる程の驚愕を覚え、俺は少しの間口を開いたままで 彼女に見蕩れていた。
そしてはっきりと言葉を紡ぐ彼女の唇はこう告げた。

「はじめさんだけ、です」
「なまえ、」
「私がリリスの子孫だとしても私自身はリリスじゃない。愛するのははじめさんだけです。ルシファーじゃない」

これは今まで俺が見てきたなまえだろうかと思う。
彼女の差し出した手を強く掴み、再び抱き締めればピタリと添わされた互いの身体は、鼓動を伝えあい、これ以上の言葉はもう必要がないように思えた。
吹っ切れたようななまえの笑顔はこの上なく美しかった。

「思った通りだな」
「何が、ですか?」
「俺の唯一人の女はやはりあんたで間違いがなかった」

俺の腕の中でくすくすと笑いだした彼女は全ての迷いを棄てたかのように、俺の身体を強く抱きしめ返す。
そうだ、本当に思った通りだった。
やはり彼女は強い心を持っていた。
そしてそんな彼女に飽くことなく惹かれ続ける俺は、決して間違っていなかったのだと確信を持ち再び、いや、何度でも心に強く誓うのだ。なまえを離さないと。



そして、私も全ての覚悟を決めて、あなただけに愛を誓う。


This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
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