He is an angel. | ナノ
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10 思考回路はまるで迷路


何一つ説明もなくすぐに戻るとだけ言って、はじめさんは踵を返し行ってしまった。
来た時も去る時もあまりにも突然で、私の理解はとうていついて行けない。
会社での千景さんがなんだか怖かった。
スマフォの画面にはじめさんの名前を見た時、心の底からホッとした。
駆けつけてくれた時もこの人に守ってもらえるのだと、この人の傍にいれば安心なんだと、私は強く感じていた。
とにかく、彼の顔を見て、すごくすごく嬉しかったんだ。
こんな気持ちになるなんて、私は、はじめさんをやっぱり好きなんだ?
きっと、そうなんだ。
昨夜ベッドの中で堂々巡りした思考が戻ってきた。
それなのにこの気持ちを置き去りにして、彼はあっと言う間に行ってしまった。
どういうことなんですか、一体。
この心に芽生えた仄かな想いを、どうしてくれるんですか。
しかも。
さっきの出来事も何ひとつ消化出来ていない。
千景さんがリリスとか言っていたけど何だろう。リリスって人の名前?
それに、はじめさんと千景さんはどういう関係なんだろう。
二人のやり取りは昨日の溶鉱炉並み熱視線バトルと同じに見えて、実際は全然違った。
怒りというものは熱く燃え滾っているよりも、冷たく凍てついている方が何倍も怖くて迫力があるのだと言う事がよく解った。
親の仇でもみるような二人の絡む視線は身も凍りそうな恐ろしさだった。
それにしても私ははじめさんのことを何も知らない。
そりゃ、そうだよね。だって昨日会ったばかり。
もっと、知りたい……のかな、私。はじめさんの事を。
でも、はじめさんは?
彼は私の何を知っているのだろう。どうしてここに、私に会いに来たのだろう。
私達の間柄を、知り合いと言うよりも愛し合っていたのでは、と言った。
いつしか何度も何度もあの言葉を反芻していた。でもあまりにもいろいろな事があり過ぎて、言葉の上にいろいろな出来事が重なっていって、その意味が私の中で希釈されていく。
もしかしたら都合のいいように解釈しようとしているのかもしれない。
疑問がここへきて改めて頭を擡げ、それと同時に頬に熱が上ってきた。
私は何を望んでいるのだろう。

「腹減らないか? なまえ」
「は?」

バッグの中の鍵を探る事も忘れ、暫く独り心の迷路を彷徨っていた私は、その一声にビクッとしてふいに現実に戻される。
隣に立つ、原田左之助と名乗った長身に反射的に目を向けると、彼は私を見下ろしながら人懐こそうな、いや、からかうような笑みを浮かべていた。
もしや、何か見抜かれている?
よく見るとこの人もイケメンだ。
どうなってるの、最近、私の回りは。
しかしこの人は、この空気感をあまり読む気がないのだろうか。
今私はとても動揺しながらも気づき始めた想いを、必死で自分に確認していたところなんですけども。
ここでいきなりの空腹宣言?
それはそうと、なまえって呼びました?
呼び捨てしました?
馴れ馴れしいな。
はじめさんの友人て言ってたけど、私がはじめさん自体をよく知らないんだから、その友人のあなたは完全に他人ってことですよね。
なんてモヤモヤと考えつつ、そうは言ってもこうしていつまでも玄関前に居るわけにもいかずに、私はやっと鍵を取り出した。
ドアを開くと原田さんは手のひらを上に向けて室内に伸ばし、私に先に入るように促す。
これはもしや、レディファーストの仕種?
でもここ私の部屋なんですけどね。
何となく、失礼します、なんて言いながら玄関に入る流されやすい私。
原田さんは馴れ馴れしい上にフェミニストな人なんだと思った。
とりあえずバッグを置いてキッチンに行くと、朝の食器が予備洗いをした状態でシンクに置かれたままだった。
今朝までのはじめさんの生活態度から見てあり得ない事だから、余程焦って部屋を出て来てくれたんだと解る。

「土方さんからいきなり此処へ来るように言われてよ、朝飯食いそびれたんだ。わりいが何か作ってくれねえか?」
「はあ、」

いきなりと言われれば、こっちこそいきなり来られた方なんですけどね。
だいたい土方さんて誰。
だけどまあ、折しも時間は昼時だ。
私はシンクをそのままに、とりあえず冷蔵庫を開けてみる。
あ。
ドアポケットの牛乳の隣に、はじめさんが昨夜入れた麦茶ポットがあった。
中身は丁寧に取った出汁で、明日の昼にと言って彼が嬉しそうにしまい込んだものだ。
昼食をうどんにするって言ってたな。
なんだか、胸がジンとする。今朝はこんな状況を予想すらしてなかった。
そもそも金曜日の夜から予想外の事が、立て続けに起こっている状況ではあるのだけど。
はじめさん、どこに行ったのかな。
いつ帰って来るのかな。
本当に……帰って来るのかな。
麦茶ポットを見つめて立ち尽くす私にまた声が掛けられた。

「なまえ、気持ちはわかるけどよ。ずっとそこ開けてると電気代の無駄だぜ?」
「…………、」

なんだ、このイケメンは。
また人の思考を遮って。
というよりもイケメンが電気代の心配?
いや、イケメンが電気を節約しちゃいけないというわけではないのだけれど。
取り敢えず麦茶ポットを取り出して軽く睨んでみた。
馴れ馴れしくてフェミニストで割に生活感のあるイケメンめ。この人とは距離を取ろうと思う。

「うどんでいいですか。はじめさんの取った出汁ですけど(棒読み)」
「お、いいな。あいつの取った出汁は手抜きなしでうめえからな」
「はじめさんの手料理、食べたことあるんですか?」
「そりゃあ、あるぜ」
「はじめさんの事、いろいろ知ってるんですか?」
「まあな」

そうだ、この人ははじめさんの友人だと言っていた。
だったらこの原田さんにいろいろと聞いてみればいいんじゃない?
私ときたら急にまなこをカッと見開き、自分でもわかるほど瞳をキラキラさせて、現金にも原田さんに詰め寄った。拾われた犬のように千切れる程尻尾を振る勢いで。もしも尻尾が着いてたら間違いなく振ってたな。さっき距離を取ろうと思ったことなんか完全に忘れた。

「原田さんはじめさんとすごく親しいの? 他にどんなことを知ってるの?」
「おいおい、そんな必死な目で他の男の事を聞くなよ。俺の事ならなんでも教えてやるけどな」
「はあ?」

そうきたか。
ニヤつくこの人は、馴れ馴れしくてフェミニストで生活感がある上に、所謂典型的な女たらし?
このイケメンのキャラがかなり掴めてきたよ。
のらりくらりとしたこのイケメンと話しても、あまり聞きたい事を教えてもらえそうにないので、私はもう黙ることにして出汁に醤油と味醂を加えうどんつゆを作り始めた。
せっかくはじめさんが取った出汁なんだから、香りを飛ばさない様に丁寧に弱火で加熱する。

「取り敢えず現在、特定の女はいねえぞ」
「そんなの聞いてないんですけど、原田さん」
「原田さんてのやめてくれねえか。左之でいいぜ?」
「……左之さんですか、わかりました」

つゆがいい感じに出来あがったので、冷蔵庫から袋入りのうどん玉を出して片手に持ったまま、ついでに葱を出そうと(これは、はじめさんの冷奴用の葱だけど)野菜室を漁っていると、左之さんが続けた。

「それとな、女がいねえのは俺じゃねえ。斎藤のことだ」
「……え?」
「好きな女はいるようだけどな、」

手にしたうどん玉が床にぼとりと落ちる。
続いて葱も落下。

「その女ってのは、おま……、」
「わーーっ! それはいいです! そのことはいいです、聞かなくても!」

焦って屈み込みうどんを拾い上げながら私は、まるでバカみたいに大きな声を出して、左之さんの言葉を遮った。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!
好きな女の人がいたなんて話は全然、全く、聞きたくない!
少し驚いたふうに見開かれた左之さんの目なんて、私は見ていなかった。
その後続くつもりで途切れた言葉も、勿論聞いていなかった。
この瞬間思い出されたのはさっきの玄関前でのはじめさん。

なまえちゃんだろ、斎藤の恋人の、

左之、やめろ!

あの時スルーしたけど本当は、私、ちゃんと聞こえていた。
困惑を通り越して怒りが滲みかけたはじめさんの表情だって覚えている。
はじめさんは私のことをはっきりと否定した。
迷惑……だったんだよね、きっと。

愛し合っていたのではないかと、思う

記憶の曖昧になってきた言葉よりも、より真実味を帯びていた左之さんへのはじめさんの反応。
一瞬でその記憶に蓋をしようとした私は、心のどこかで期待していたのだと気づいた。はじめさんの優しさはもしかして私だけに、特別に与えられたものなんじゃないのかって。
少し、いやかなり自惚れていたんだ。恥ずかしくなるほど。
いつのまにか握り締めていたうどんの袋。
墨書みたいなフォントで印刷された、うどん、の文字が少しだけ霞んだ。
ああ、馬鹿みたい、私。
握力で端っこが少しペッタリしてグチャッとしてるけど、別に味は一緒、大丈夫、食べられる。
私の現実逃避が始まった。
思考の迷路からリタイアした私はうどんのビニール袋のギザギザを指先で開けようとしたけれど、手元が狂ってうまくいかない。
苛ついて歯でギリッと切ろうとしたら、貸せよ、と言って取り上げた左之さんが、指で難なく開けてくれた。
私は何にもわかっていなかった。
手の甲で一度だけ目をぎゅっと拭ったところを左之さんが見ていた事も、続けようとした言葉の語尾を彼が飲み込んだ事も。
言葉はこう続く筈だった。

その女ってのはお前の事だ





其処は周囲の環境と一線を画した場所、HEAVENの荘厳な門の前に門衛として立っていたのは6名の兵士で、彼らは斎藤を目に留めるなり姿勢を正して最敬礼をした。

「Captain of Third platoon!Vice Commanderがお待ちです!」

僅かに眼を見開き彼らを認めた斎藤は、仰々しい、と思いながら頬を引き締め軽く顎を引く。
これは大神官伊東あたりの方針であろうか。三番組組長、副長がお待ちです、と言った方が余程解りが早いと思うが。
伊東参謀は常に刷新的、または革新的、端的にいえば新しい物好きであるが、以前からこういったところが往々にしてあった。一時は大天使との間にかなりの齟齬が生じたようだが最近はどうなのだろう、とちらりと案じるがそれはまたいずれで良いとして、今は可及的速やかに考えねばならぬ件が待っている。そのような瑣末な事に関わってはいられぬ。
門衛の数が常の倍に増えているところを見ると、厳戒態勢が敷かれているようである。
足を速め奥へと入って行けば、思ったほど剣呑な様子でもなかったが、最上階のグレートエグゼクティブフロアーへ降り立てば、やはり漲る緊張感が斎藤の身を支配した。
大天使土方の執務室を訪ねる。

「只今、戻りました」
「おう、斎藤、やっと来たか」
「早速ですが詳しい話を、」
「まあ待て。まずはエージェント山崎の話からだ」

常には物に動じず、ほとんど心を露わにしない斎藤の左眉がほんの微かにピクリと上がった。

エージェント山崎、だと? 何故、監察の山崎と呼ばぬのです、あんたは……?

彼の眉が僅かであっても動くと言う事は、内面におけるかなりの動揺を示す。
これまでなまえの前で見せた斎藤の態度は例外中の例外であった。それは別人であると言っても差し支えない程にだ。
本来の斎藤は自身を簡単には他人に悟らせない。
努めていつもの無表情をキープすると、斎藤は神妙に山崎の登場を待った。


This story is to be continued.

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The love tale of an angel and me.
使



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