He is an angel. | ナノ
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11 悪魔の末裔


どこに潜んでいたのか音もなく山崎が現れた。
さすがシークレットエージェントと呼ばれるだけの事はあるな、とつい自分もカブれそうになるのに苦笑しながら山崎の動きを見守る。
彼は慣れた手つきでマシンを操作しホログラムの立体画像を作り出した。
映し出された風間千景は息を飲むほどに精巧で、まるで実物が目の前にいるようだ。
癪に触って握った拳が出そうになるのを、半ば本気で戒める。
流石に無駄な事だと解っているからだ。

「山崎、取り敢えず風間千景の系譜を説明しろ。斎藤も大方の事は予測がついてると思うが」
「…………、」

土方にかけられた声にすら気づかず斎藤は、見れば見る程風間に酷似した3D映像を食い入るように凝視していた。
忌々しい笑み方までもそっくりそのままだ。

「おい、斎藤」
「は……、失礼しました。この風間があまりにも実物に、」
「あ? 何言ってやがる。そいつは風間じゃねえよ」
「は?」
「ルシファーだ」

斎藤は驚きの視線を再び3D画像に向けた。

「……ルシファー、これが、」
「そうだ。俺は風間千景を近くで見ちゃいねえが、奴はそんなに似てるか」
「似過ぎています」
「そうか。そんならますます間違いねえな。まあ解りやすくていい」

山崎が堕天使即ちサタンの系譜を大テーブルに広げた。
古いパピルスの様なものに古代文字で書かれたそれを土方と斎藤が覗き込む。
人名の所だけは英語になっている。

「やっと手に入れましたがかなり古いものです。ところどころ抜け落ちていますが確実に繋がっています、ここまで」

山崎の指が一番下の“Chikage”を指し、その指を滑らせ辿り着いて止めた箇所、つまり一番上の部分に“Lucifer”と掠れた文字が読み取れた。
配偶者“Lilith”との間には無数のサタンの名が連なっている。
風間と寸分違わぬ容姿を持つこのホログラムが堕天使ルシファーの姿か。
土方が頷いた。
天界史においては遥か忘却の彼方に葬り去った筈のサタンの復活は、これまで治安を取り締まって来た彼らを震撼させるかつてない重大問題である。
大天使はその眉間の皺を更に深く刻むと深くため息をついた。

「俺達の祖先大天使ミカエルと並んで、こいつも昔は大天使長だったんだがな」
「風間千景が堕天使の長であり、サタンを統括したルシファーの後胤であることは間違いありません」

ルシファーは最高の能力と地位と寵愛を神から受けていたが、いつしか驕り傲慢になっていき、やがて自身が神であるかのような振る舞いを始め様々な禁忌を破った。
そして天界から追い堕とされ、サタン=悪魔と同一視されるに至ったのである。
その後はリリスと共に全世界をサタンの力によって制圧しようとしたが、聖剣の前に倒れ長い長い期間封印されることとなった。
しかしサタンを一掃しきれずその血は脈々と受け継がれた。
封印が解かれなければ、薄まったその血が暴れ始める事もなかった筈なのだが。
冷静に山崎が説明を続ける。
そして斎藤が最も気になっていた点に触れた。

「長い間の封印が解かれた切っ掛けは、やはりみょうじなまえの存在のせいでしょうか」
「あの野郎が執着を始めたからには、そう見ていいだろうとは思うがな」
「し、しかし、彼女がリリスであるとは……、」

感情を飲み込み表情を押し隠していた斎藤の端整な顔が僅かに歪む。

「みょうじなまえとリリスの関わりについては、まだ調査段階です。彼女がリリスの末裔であるとは、考えにくいですが」
「山崎、何故そう思う?」

山崎の慎重に選ばれた言葉に、斎藤が即座に反応した。

「勘です」
「…………、」

山崎は山崎なりに斎藤に気を使っているようだ。
彼女がリリスの血統であるかどうかも斎藤にとって切実な問題なのだ。
むしろ心情としては、風間のことなどよりも切迫した事柄である。
エージェントでも勘による発言をするのかと少々肩すかしを食った気にはなったが、彼が優れたエージェントであるからこそ鋭い勘が働くのやもしれぬと、良いように解釈した。
もしも彼女がリリスであったならば、彼の想いは完全に行き場を失ってしまう。
リリスとは、神により世界最初に作られた人間の男アダムの妻であり、世界最初の人間の女である。
しかし多情であった為か淫乱であったが故か、生真面目なアダムを捨て悪魔ルシファーの誘いに乗りその妻となって多くの悪魔の子を産み落とし悪魔の母となる。
その子にはサッキュバス、リリム、そして同じ名を持つリリスなどがいる。
後にアダムの肋骨から作りだされたイヴがアダムの妻となるが、イヴをそそのかし禁じられた知恵の実を食べさせたのはリリスである。
自分からアダムの元を離れておいて、新妻イヴへ当てつけたらしい。
なまえという女は多情どころか、男女の仲などにはとんでもなく鈍感と見受けられた。
生真面目なアダムの元を逃げ出し、悪魔ルシファーに魂を売り渡した女リリスとは似ても似つかない。
なまえがリリスである筈がない。
斎藤は無意識に自身をアダムに重ねていた。
左胸を右手で掴み二人に悟られぬように奥歯を噛み締めた。

「とにかく風間の姿がルシファーと一致した事は解った。会議室に移るぞ」

土方、山崎と共に移動した大会議室には、地上に居る原田、平助を除く大幹部が既に揃っている。
大天使土方の軍議が始まる。
分厚い扉を開ける直前にふと足を止めた彼が斎藤の肩を引いた。

「お前の処分はなしになった。ただし、みょうじなまえの記憶を戻す事は一時保留にしろ。はっきりするまで今後の任務はなまえの監視だ」

斎藤に耳打ちをし彼の手に翼と聖剣が戻されることとなったが、今の言葉に益々打ちのめされる。
大天使は常の彼に似ず、少しだけ痛ましげな目つきで斎藤を見た。





天界で重大問題が持ち上がり、最重要人物として自分の名を出されているとはつゆ知らず、私はいつになく打ちひしがれていた。
こんなに気分が沈むなんてめったにないことで、私は向き合ってしまった自分の気持ちにまだたじろいでいた。
ほけっとソファに座った耳に、左之さんの声が薄ぼんやりと聞こえているけれど、内容は入って来ない。
色気のあるいい声をしているな。
イケメンであの性格だし、さぞもてるんだろうな。
でも私は低くて落ち着いたはじめさんの声の方が好き。
上滑りした思考でそんな事をぼんやりと考えていると、玄関のあたりでスマフォで通話していた左之さんが戻って来た。

「斎藤はどうも今夜はこっちに戻れねえようだな」
「……そうですか、」
「んな顔するなよ。お前酒好きなんだってな。よければ相手するぜ?」
「はあ、そうですか、」

ろくに聞いていないので返事が適当になってしまうけれど、はじめさんがまだ戻らないという部分だけはしっかり耳が拾った。
彼は今頃なにをしているのだろう。
もしかして好きな人と会っているのだろうか。
その為に帰ってしまったのだろうか。
そもそも本当にはじめさんて一体、何しに来たんだろう。
いいように人の心をかき回してさっさと行ってしまうなんて。
私は想いを振り切るように目を瞑ってふりふりと頭を振る。
だけどついさっき気づいたばかりの気持ちはもう、どうやってもだましようがなかった。
私は、はじめさんの事を、好きだ。


護衛と称してやってきた左之は土方から逐一の説明を受け、任務が監視に転向したことを通達されたが、もちろんおくびにも出さない。
なまえは斎藤に他に女がいるという、盛大な勘違いをしたようだが、この状況下においてはその方が都合がいいだろう。

「で、とりあえず夕飯はどうするよ?」
「はあ、そうですか、」

くそ、会話が成り立ってねえじゃねえか。
なまえの性格はかなり明るく、若干天然の要素があると斎藤から聞いてたが、どうやら今日の彼女は一味違うようだ。
まいったな、どうするか。
いつも女を相手にする時のように、いっそ落としちまうか?
なまえはとぼけた性格ではあるが、よく見ればなかなかの美人だ。
相手に不足はねえ。
その気になればこいつ一人くらいちょろいもんだぜ。
左之はそこまでチラリと考えたが、斎藤に露見した場合を考えて一瞬長身を縮込ませると、すぐにその案を引っ込める。
斎藤は聖剣を手にした筈だ。
抜き打ちに斬られて命を落とすなんざ冗談じゃねえ。
斎藤は天界でも総司と並んで一、二を争う剣の使い手だ。
それにしても、沈んだ女と一晩を同じ屋根の下で過ごすのは(しかも手を出すのは厳禁で)いくらなんでもしんどいものがある。
他の男を想っている女を、見守るだけなんてのは慣れてねえ。
いっそ今夜のうちにでも風間千景という奴が乗り込んでくれば暇つぶしになるんだが、などと大胆な思考を巡らせていると、再度スマフォが鳴った。
画面を見ると平助である。
なまえを横目に見ながら電話に出た。

『よう、左之さん。今こっちに降りて来てんだってな。今から行ってもいいか?』
「ああ? なんだよ、何しに来るんだよ?」
『いやぁ、俺もこっち長いからさあ、暫くぶりじゃん。会いたいじゃんか』
「いや、俺に言われてもなあ。ここ俺の家じゃねえしな、」
『大丈夫だって。俺、なまえと知り合いだし、千鶴も連れて行くからさぁ。今日はなまえにも悪いことしちまったし、千鶴も謝りてえって……、』

俯いたままのなまえに視線を走らせる。
やっぱりこっちの電話には全く注意を向けようともせず、どんよりとしている。
左之は溜め息をつき

「今はこいつがちょっとな、……いや、待てよ、」

言いながら急に気が変わった。
それも悪くねえな。
この非常時でも最強の天然攻撃をぶちかます平助と、なまえの友人である千鶴が居てくれた方が間が持つだろう。
平助の提案に左之は乗る事にした。

「わかった。なら来いよ」
『やった。じゃソッコーで行くなっ』

なまえはソファに沈んだままで、今の会話が聞こえていたのか全く反応を示さない。
黙ってればいい女なんだな、となまえの横顔を見ながら声を掛ける。

「なまえ、今から平助が来るらしいけどいいか?」
「はあ、そうですか、」
「またそれかよ。千鶴も来るって言ってるぜ?」
「え、千鶴?」

なまえがふいと顔を上げて左之を見上げた。
なんだよ、聞こえてるんじゃねえか、と左之は苦笑いをしつつ、やっと反応を見せたなまえに胸を撫で下ろした。
そしてたかが女一人の機嫌に左右されている自分に、新鮮な驚きを感じながら苦笑いをした。


This story is to be continued.

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