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フライング・サマー


「はじめ君、こんなところで、何してるのさ?」

スプリングに着替えた総司が、海の家の外でTシャツとサーフパンツ姿のまま立っている斎藤に、からかうような声をかけた。

「何でもない、早く行け」
「土方さんなんか、もうとっくに行っちゃったよ。相変わらず心配性だね。じゃ、お先、」

含み笑いの総司の背中を憮然と見る。
続いて左之、平助、新八がボードを抱えて現れた。

「おう、斎藤。まだ着替えてねえのかよ?」
「今日はいい風が来てるなあ」
「はじめ君も早くいこうぜ!」
「ああ、すぐに着替えて行く。先に行ってくれ」

皆それぞれにセンスのいいウェットスーツに身を包み、左之と新八の筋肉自慢はショートジョンで決めていた。
夏休み。
まだ暗いうちに出発して高速を使い二時間ほどの、ここ九十九里浜に会社のサーフィン仲間と来ていた。
土方の誘いで始めて二年程だが、持ち前の運動神経と日頃からスクワットや腹筋を怠らない勤勉さも手伝って、斎藤のサーフィンはなかなかの腕である。
いつも決まったメンバーで、時間を見つけては年中この気に入りのサーフポイントへ波に乗りに来ていた。
滅多に感情を顕わにしない彼ではあるが、オフショアにはやはり興奮する。
しかし今日はどこか気がそぞろである。
それには理由があった。
程なくしてはしゃいだ笑い声を上げながら、なまえと千鶴が更衣室から出てくる。
今日はこの二人が同行していたのだ。

「はじめさん、お待たせっ」
「いや、」
「あ、すみません。私、平助君たちと行きますね。なまえちゃん、また後でねっ」
「うんっ」

千鶴が気を利かせて平助達の後を追う。
後ろ姿を見送ってから、浜にすぐ隣接した駐車場に向かって歩き出した斎藤の後を、なまえは小走りについてきた。
分乗してきた二台のうち一台のトランクルームを開け、斎藤は着替える前に自分のパーカーをなまえに放った。
突然手の中にふわりと飛んできた白いそれを手に彼女がキョトンとする。

「え?」
「着ていろ」
「でも、」
「いいから、着ていろ」

大学生の彼女とは付き合ってまだ一年にならず、水着姿を見たのはこれが初めてだった。
なまえの華奢で童顔な普段の姿からは想像もつかない、清潔だが色気を感じるその姿に更衣室を出てきた時は息を飲んだ。
白いシンプルなビキニの下はスカート状になっているが、白い水着から覗く白桃のような膨らみを直視できず、斎藤は思わず目を逸らしてしまった。
羽織る物を何も持たず出てきた彼女に、着替えを待ったのは正解だったと心ひそかに思う。
なまえはそれ以上逆らわず、パーカーを羽織って助手席側のドアに凭れ斎藤を待った。

「わあ、かっこいい」

黒とダークグレイのツートンのウェットスーツに着替え終わった斎藤を見て、なまえが目を見開いた。
あまり肌を露出するのを好まない彼は、真夏でもシーガルを愛用している。

「はじめさん、素敵過ぎてなんだか心配……、ビーチには可愛い女の子が沢山いるし」

なまえが眉を下げるのに、斎藤は彼女の頬を一撫でした。
心配なのはあんたの方だ、と内心思いながらそれは口に出さず

「俺はなまえにしか興味がない」

と小さく笑んだ。
一般の海水浴エリアと画した場所の波打ち際で、なまえと千鶴はお喋りをしながらサーフィンをする彼らを眺めていた。
皆がなかなかの腕前の様である。

「あ、平助君が乗ったよ」
「平助君って普段はおちゃらけてるけど、ああやってるとかっこいいな、やっぱり」
「うん」

千鶴は斎藤となまえの紹介で平助と知り合い、最近いい雰囲気になっているらしい。

「平助君が花火買って来てくれたんだ。夜になったら四人でしよう?」
「えー、花火かぁ、楽しみ」

今夜は海岸沿いに宿をとっている。
大勢で来たとはいうものの初めての斎藤とのお泊りに、なまえはわくわくしていた。
二人は次に斎藤に目を移す。

「斎藤さん、さすがだね」

彼は巧みなパドリングでアウトサイドまで行っては波を待ち、綺麗なテイクオフを決めてロングライドしてくる。
なまえはその姿を言葉もなくポーッと見つめていた。
仕事帰りのスーツ姿や私服は幾度となく見ているが、彼はいつもスタイリッシュでクールな雰囲気を纏っている。
今目に映る斎藤はそのどの時とも違う精悍さを持っていて、あの人が私の彼氏なんて、そう思うとひとりでに頬に熱が上ってきた。
小柄ななまえには大き目の、斎藤の白いパーカーの合わせ目をきゅっと握った。
二時間程も波に乗ると彼らが岸に戻って来て、クーラーボックスの缶ビールを取る。

「あっちいー」
「平助くん、」
「おお、千鶴、疲れたぁ」
「お疲れ様、」
「今日の波はよかったな」

斎藤は土方と話しながら戻って来ると、缶ビールとウーロン茶を手にしてなまえの隣にやって来た。
皆がウェアの上を脱いでいる姿は目のやり場に困る。
なまえの隣に座った斎藤はファスナーを引き下ろしてはいるが着たままである。
それでも濡れた長い前髪を掻き上げる仕種やその度にちらりと見える胸元に、なまえは鼓動が速くなり、この音が聞えはしないかと思わず胸に手を当てた。
それをチラリと横目で見遣り斎藤がまた小さく笑う。
昼寝をしてくる、と駐車場に向かった土方の後を、左之や新八が俺達もとついて行き、総司もカップルと一緒じゃつまらないからとブツブツ言いながら立ちあがった。
彼らは一眠りしてからまた波に乗りに行くのだ。
昼まではまだ間があるが太陽は高い所に昇りジリジリと照りつけ始めている。
斎藤と平助は場所を移動して彼女達のビーチ遊びに付き合うつもりだ。
斎藤はその場でウェットスーツを脱ぎ、下に履いていたボクサースパッツの上にサーフパンツを履いた。
ふと自分を見ているなまえの視線に気づき、ほんのり目元を染めて動きを止める。

「あまり、見るな」
「あ、ご、ごめんなさいっ、」

私ったらジロジロ見て、変に思われたらどうしよう……

ドギマギと真っ赤になって俯くなまえの肩をそっと引き寄せると、斎藤は耳に唇を寄せた。

「後で俺も見せてもらうぞ?」
「え……?」

な、なにを……?
艶っぽい声で囁く斎藤の顔を思わず仰ぎ見て、なまえはさっきよりもっと煩く鳴る心臓をどうしていいかわからなかった。
平助の持ってきたビーチ用のテントを設置して荷物を置くと、交代で荷物番をということで千鶴達二人が先に海に入りに行く。
少し眠たげな眼をした斎藤の隣に座って、日焼け止めを塗り始めた。
斎藤がごろりと横たわる。

「はじめさんは、お昼寝に行かなくてよかったの?」
「海で遊びたいのだろう?」
「うん、遊びたいけど……」

早朝の波に乗る為に夜中に集合し夜明け前には出たのだから、昨夜はほとんど眠っていない筈だ。
その上、朝からサーフィンをして疲れていないのかと思う。

「少しくらい千鶴ちゃんと二人でいても、」
「女子が二人で浜などうろついていたら、危ないだろう」
「大丈夫だと思う。何かあったらすぐ駐車場に逃げれば……」
「駄目だ」

これだから彼女は、と溜め息をつく。
なまえは明るく天真爛漫で愛らしいのだが、自分の魅力にいまひとつ気づいていないふしがある。
警戒心がなさ過ぎる。
羽織るパーカーやTシャツさえも持って来ないのだ。
ただでさえ浮ついた真夏のビーチに、露出度の高い水着姿のなまえを置いて行けるとでも思っているのか?
狼の群れに子羊を投げ込む様なものではないか。
彼女は日焼け止めを塗る為に、斎藤のパーカーを既に脱いでいた。
寝不足で多少疲れを感じてはいるが、波乗りに来る時はいつもの事だから慣れている。
斎藤が目を瞑って横たわっているのは眠いからではない。
露出した彼女の白い素肌が眩しくて見られないのだ。
一頻り遊んだ平助達が戻って来る。

「今度は俺達が、荷物見てるからさ」

どんどん浜辺が遠ざかり、なまえは浮き輪につかまってゆらゆら海面を揺られていた。
浮き輪に手を掛け斎藤は沖合へと進んで行く。
サーフィンをしている時とは違った、穏やかでゆったりした斎藤の横顔が見える。
濡れた髪は後ろに掻き上げられていて、それでも顔に掛かる長い前髪がいつもより何倍も艶っぽい。
遊泳禁止区域との境目付近まで来ると波は一層穏やかになり、浮き輪に揺られ空を仰ぐと何だか別世界にいる様な気持ちになる。
近くには誰もいず浜辺は遥か遠くにあった。
向こうを向いたまま髪を掻き上げて斎藤が言う。

「三部屋、取ってある、」
「……え?」
「…………」

唐突に発せられた言葉の意味がわからず、きょとんとしてしまう。
普段から極めて口数の少ない彼の不意の言葉は、時々真意が読み取れない。
すぐに旅館の事かと気づき、部屋割はどうなってるの? と聞きたかったが、何だか聞くのが怖い気がした。
千鶴と自分、あとの二部屋を男性陣でというのが妥当だろうが、もしや……。
なまえと斎藤は付き合って半年強になるが、まだ最後の関係まではいっていない。
これまでは社会人である彼が自分を大切にしてくれているからだと彼女は理解していた。
しかしなまえとて、何も期待していないと言えば嘘になる。
いざそんな事を考えてしまうと心地よく冷たい海水に身体を浸して居ながら、知らず知らず身内から熱が上って来るのを感じた。
なまえが何も言えず固まっていると斎藤が彼女に向き直り、浮き輪ごと腕を回すようにしてなまえに顔を近づけた。
優しい笑顔を浮かべたかと思うとそっと唇を寄せる。

「はっ、はじ……んっ」

二人で水に浮いたままの口づけはやがて、蕩けるように濃厚なものに変わっていった。


宿に戻るとなまえと千鶴の荷物はやはり一部屋にまとめた。
先に大浴場で身体を洗って出てきた頃には午後のサーフィン組も戻って来ていて、10人程の小宴会用の個室に案内され早めの夕食となった。
新鮮な海の幸を前に例の三人が揃ってワイワイガヤガヤとやれば、この人数でも大宴会の様相を呈してくる。
空いたビール瓶が次々に溜まっていく。
その後は酒が運ばれてきて、今度は空の銚子がどんどん転がっていった。
このメンバーは土方を覗いて酒豪ぞろいなのだ。
土方の隣で波について静かに語りながら呑んでいる斎藤も、いつになく気分が高揚しているように見える。
なまえと千鶴は並びあって料理をつつきながら、ビールを少しとレモンサワーなどを口にして、女子同士のお喋りを楽しんだ。

「てめえらは全く、どこにいてもうるせえ奴らだな。小学生の修学旅行じゃねえんだぞ」

そう言う土方はまるで修学旅行の引率の先生みたいだと、千鶴と二人ふふっと笑う。
いつまでも終わりそうもない宴会の最中、トイレに立ったなまえが戻ろうとすると、はかったように目の前の襖が開き斎藤が出てきた。

「あ、はじめさん」
「なまえ、行くぞ、」
「え? どこに、」

彼はそれ以上何も言わずなまえの手を引き、玄関に向かってどんどん歩いて行く。

「あの、はじめさん?」

何処に行く気だろう?
四人で花火をしようと言っていた千鶴に何も言わずに来てしまい、少し後ろめたい気持ちになるが、引かれる手をそのままに彼の後をついて行った。
細い紐だけで肩が顕わになったサンドレス姿のなまえに、斎藤が少しムッとしたような顔をして再びパーカーを着せかける。

「あんたは、肌を見せ過ぎだ、」
「あ、」

だって夏だもの、と言い掛けたが、見つめて来る斎藤の瞳がいやに切ない色に変わっていき、小さくごめんなさい、と言うしかなかった。
玄関を出ると日はとっくに暮れていて、目の前の凪いだ海からの風が心地よかった。
このまま斎藤と二人でいたいとなまえも思う。
心の中で千鶴に手を合わせた。
旅館前の道路を渡り暫く歩くと立ち止まった斎藤がなまえに向き直る。

「勝手に連れ出して、すまん。……その、散歩をしないか」

ここまで来てしまった今頃になって、とってつけたように言う彼になまえはついクスリと笑い小さな声ではい、と答える。
斎藤は満足そうに微笑み、目の前の砂浜には降りず少し外れた磯の方へと向かっていった。
ずっと離さず繋いだままの手を引かれ、足元の悪い岩場をゆっくりと降りていく。
腰かけるのにちょうどよい岩場を見つけると斎藤が座るように促し、自分もなまえの隣に腰かけた。
お互いの腕が触れ合う程の狭い岩場で二人ともが言葉もなくじっと座っていると、触れた場所からじわじわと熱が這い上がりなまえの心を波立たせた。
そこは道路から視界を遮られて、時折さざめく小さな白い波だけが見える。
聞こえるのはザザッという波の音。
どうしてこんなところに、という問いはなまえの口からは出なかった。
鼓動が速く打っている。
斎藤は連れて来ておきながら、暫く無言で暗い海を眺めていた。
仄かな月明かりに目が慣れて来ると、彼の横顔の綺麗な輪郭がはっきりしてつい見とれる。ふいに此方を向いた彼と視線が絡んだ。
一瞬にしてなまえの頬が染まるが、彼はそれに気づいていないようでバツが悪そうに言った。

「……すまない、」
「…………?」
「本当は二人で、どこかに連れて行ってやりたいと思っていたのだが、」
「ううん、そんなこと。皆で来られて楽しいよ? 千鶴ちゃんも一緒だし」
「……そうか、」

何となく恥ずかしくて真っ赤に染まったままのなまえの表情にまだ気づかないのか、斎藤の声は心なしか拍子抜けしたように聞こえた。
さもなまえに申し訳ないような言い方をしたが、本心は彼の方こそが秘かに期待していたのだ。
この夏はなまえと二人きりでどこかに旅行でもして、出来ればもう少し関係を深めらられたらいい、と。
波乗りには通常日帰りで来ることが多いが、たまには泊りがけでどうだと三人組に持ちかけられ、珍しく乗り気になった土方にまで誘われてしまい結局約束した。
平助が心得たようになまえと千鶴を誘おうと言った。
学生と違って自分達の休みは限られている。
結局なまえとの夏のレジャーは、サーフィンに同行させるという、面白くない結果になってしまった。

「……俺は、二人が、よかった、」
「え?」

物言いたげに黙っていた斎藤がぽつりと呟く。
いつもの斎藤なら決して言わないような科白がその唇から零れて、なまえは目を見開いた。
目を合わせてから一度も逸らされる事のない視線が、食い入るように見つめてくる。
心臓が口から飛び出してしまうのではないかと言う程にドキドキと高鳴った。
彼の特徴のある深い海のような瞳は、濡れた光を宿して揺れていた。
吸い込まれそうなその藍色に、なまえの動きは完全に封じられてしまう。
微かな風に揺れる長い前髪の隙間から、なまえの心の奥まで覗きこむ様な熱のこもった視線が真っ直ぐに注がれていた。
こんな時なのに。
この人はなんて綺麗な顔をしているんだろう、となまえは思った。
無駄なものを全て削ぎ落したような輪郭に形の良い眉、切れ長の濃藍の瞳、すっきりと通った高い鼻梁に薄く引き締まった唇。
瞳を閉じる事も出来ないままに目を奪われたなまえが、彼の唇が薄っすらと開かれるのを見届けたと思うと、強い腕に抱き締められ同時に塞がれた。
柔らかく触れ合っていたのも束の間、ノックのように舌先でつついて難なく開いた唇の間に斎藤の熱い舌が侵入していく。
微かに怯えを滲ませて逃げようとする舌を捉えて絡ませ、強く吸い上げた。

「んんっ……ぅ、」

頬を上気させた彼女の細い腕が、いつの間にか彼の首に絡まった。
漏れる甘い吐息に勇気を得た様に、斎藤の唇がなまえの首筋に移動していく。
自分が羽織らせたパーカーの襟を押し開き、サンドレスの紐に指を掛ければなまえが初めて小さく抗った。

「ぁ……んっ、だ、だめ……」

首筋から顔を離し涙ぐんだような濡れたなまえの瞳を覗き、斎藤が切なげな声で問う。

「だめ、か?」
「だ、だって、ここ……外……」
「ならば、外でなければ……いいか?」

なまえが茹で上がったかのように真っ赤な顔を俯けた。
それを肯定と受け取った斎藤は、もう一度なまえの唇に優しく触れると、なまえの華奢な指先を握って立ち上がる。

「行こう、」
「あの、ど、どこに」
「さあ、な。だが旅館には帰らない」

なまえは恥ずかしさに頭の中を沸騰させ、それでも微かな期待に胸を震わせながら、優しく手を引く斎藤のうしろをゆっくりと歩いた。





2013.06.22
『プライベート・サマー』Behind the Scene*→SHORT STORYへ続きます(年齢条件を満たす方のみパスを入力の上)


▼ぶん様

三万打企画へのご参加ありがとうございました。長らく長らくお待たせ致しました。
最近迷子癖がついてしまったのか、今回も例外なく迷子でした。
そして作品数が増えるに伴ってどんどん文字数が増えていきます…orz
リクエスト内容は「社会人彼氏の斎藤さん、夏の海辺デート、サーフィン、照れ屋ヒロイン、甘い夜、裏微妙?」という事でしたが、インドア派の私にとってサーフィンとは未知の世界でして、サーフィンをご趣味にしていらっしゃる方が読んだらナニコレーな感じだとは思いますが、そこのところはひとつ…突っ込みは平にご容赦くださいませと言う事で(笑)
ヒロインさんの照れ屋設定も迷子です、ほんとにすみません、涙。
このお話の斎藤さんはクールビューティーで理性的というキャラにしたつもりなんですが(最初は)、夏の海辺でまだキス止まりのカップルの彼氏の方が、普段より露出9割増し健康的セクスィな彼女を見ちゃったら、はっきり言って夜まで生きた心地がしなかったのではないかと(笑)
安定のビースト斎藤さんで終わりましたとさって…もう重ね重ね申し訳ありません。
こんなものでよろしければ、どうぞお納めくださいませ。この度はリクエストありがとうございました。

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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