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あなたは私の猫


「わぁ、はじめ、見て。可愛い!」
「ああ、」
「片手に載っちゃいそう!」

なまえがはしゃいだ声を出す隣で斎藤も微笑む。
ガラスケースの中、今さっきまで眠っていた仔猫がムクリと起き上がり、給水機の水をペロペロと舐め出した。
それが終わると敷き詰められたトイレシートの端をカジカジと噛みながら遊び始める。
誰もが自然と頬を緩めてしまう可愛らしさだ。
大きなショッピングモールの中のペットショップ。

「よろしければ、抱っこ出来ますよ」

店員がニコニコ顔で近づいてきた。

「いいんですか?」

消毒のスプレーを手に掛けられ、ふわふわな産毛のかたまりのような仔猫を手のひらに載せてくれた。
なまえの小さな両手から落ちそうになった仔猫は、差し出した斎藤の大きな手にふわりと落ちた。
顔を近づけて覗きこみなまえは溜め息をつく。

「一緒に暮らしたいなぁ」
「ああ、そうだな。だが、俺達のマンションはペット禁止だろう」

暫く小さな仔猫を可愛がってから名残惜しげに店員に返し、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にした。
食品売り場で食材を吟味しながらカートを押す斎藤の隣で、なまえがまた小さくため息をついている。

「本当に可愛かったな、あの子」

斎藤がクスリと笑う。

「欲しいなぁ」
「ああ。確かに可愛かったが、無理なものは無理だ」
「うん……、」






土曜日の朝。

「なまえ、急がないと遅れるぞ」
「わかってる、」

朝からせかせかと出かける準備をしているなまえは本日、休日出勤。
なまえはメーカーの営業職に就いていて、どうしても土曜日しかアポイントの取れない顧客を抱えていた。
一緒に暮らしている斎藤はいつも通りの休日だ。

「帰りは遅くなるか?」
「うーん、お客様次第かな。でも多分定時には帰れると思う」

用意された朝食のオムレツやらサラダには手をつける時間がなく、立ったままトーストを一口齧りコーヒーを飲んだ。
思いの外熱かったコーヒーに噎せる。

「あ、あつっ、」

目を白黒させたなまえを見て彼が思わず苦笑する。

「落ちつけ」
「時間がないんだもの」

カップをテーブルに置き、まだ笑っている斎藤を横目で見ながらスーツの上着を羽織ると、彼がなまえの前髪を掻きあげて額に唇をあてた。

「夕飯を作っておく。気をつけて行って来い」
「ありがとう。行ってきます。わ、ほんとに遅れるっ」

玄関へ向かってバタバタと走っていく彼女の後をゆっくりと追いながら

「夜は雨が降ると天気予報に書いてあった。なまえ、傘を」

斎藤が声をかけた時には既に玄関ドアは閉まっていて、やれやれ、もう少し早く起きればよいのに、と思う。
寝起きの悪い彼女を起こすのは斎藤の毎朝の役目だ。
今日も三分に一度起こすのを五度繰り返し、十五分のロス。
だがそれは斎藤にとって決して嫌なこととは言えない。
なまえとは学生時代からの付き合いで、恋人同士になってからも随分長くなる。
本人はあまり気づいていないようだが、綺麗で明るいなまえは当時から男共に人気があり、火の粉を払うのに彼は水面下で苦労したものだ。
共に暮らす提案になまえが同意してくれた時は、喜びと同時に心からの安堵を覚えた。
寝起きのなまえは可愛らしく、その表情を自分だけが見る事を許されるという優越感がある。
特に休日の朝などは、何度声をかけても起きないなまえを起こしているうちに、いつの間にか斎藤もベッドに入って戯れながら二度寝を決め込む事もあるのだ。
新聞には今夜から雨と書いてあったが、窓の外を見ればよく晴れている。
帰りに雨が降って困れば連絡してくるだろう、と思い斎藤は洗濯を始めた。






時計の針が二十時を指した。
無駄にテレビをつけることのない彼独りの無音のリビングには、窓ごしに雨音が響いてくる。
カーテンを引いて窓外を見ればかなりの雨脚である。
定時と言えば遅くとも十九時には帰宅していてもいい。
なまえからの連絡はまだない。
斎藤はサイドボードの上の定位置にあるスマフォを手に取った。
無機質な画面に“接続しています”の文字が浮かぶと同時に、どこかで着信音が聞こえる。
まさかと思ったがスマフォを持ったまま寝室のドアを開ければ、コスメが並んでいる棚の上に彼女のそれは音を立てながら震えていた。
これでは連絡も出来ないわけだと、斎藤は玄関に向かった。
マンションと駅の距離は徒歩にして十分弱。
しかし斎藤は一往復半してもなまえの姿を見つけられなかった。
擦れ違ったのか、それともまだ駅に着いていないのか?
彼女なら遅くなると解っていれば会社にいる時点で連絡してくる筈だ。
特に今日はスマフォを忘れて行っているのだから。
なまえは寝起きが悪く多少慌て者ではあるが、営業職らしく時間にはきちんとしていて、そういった連絡は欠かさない。
何かあったのかと俄かに焦る。
再び帰路を歩きだす。
駅前の小さなアーケードの賑わいを抜ければすぐに住宅街に入り、急に静かな佇まいに変わる。
考えようによっては女性の独り歩きは危険な場所に思えた。
斎藤の焦りが濃くなる。
雨脚は先ほどよりも強くなった。
左右に眼を走らせながら小走りになまえの姿を探す。
その時。
住宅街の一画にある自動販売機の陰から小さな猫の鳴き声が聞こえた。
はっとそちらを見ると、仔猫を抱いたなまえが蹲るように座っていた。

「なまえ?」

販売機の置いてある軒下はいくらか雨が凌げる廂がついていたが、なまえはずぶ濡れになって自分のスーツの上着で仔猫を包んで抱いている。
青白い顔をしていた。

「ここで何を」
「はじめ……、」

なまえを連れ帰る時、斎藤は少し考え仔猫も一緒に連れて帰った。
斎藤の手ならばなんとか片手に収まるくらいの、生後一年にはまだまだならないであろう大きさの毛足の長い仔猫だった。
なまえがシャワーを浴びている間にキッチンのシンクで洗ってやり、タオルで丁寧に拭って軽くドライヤーを当てるとふわふわになり、どう見てもただの野良猫には見えない。
浴室から戻ったなまえがバスタオルで髪を拭きながらばつの悪そうな顔をする。

「いったい、あんたは何を考えている。あんなところで、」

呆れる斎藤になまえは小さくなって事情を説明する。
傘がなく駅で暫く逡巡していたら、迷い猫らしきこの仔が足元に纏いついて離れなくなってしまったのだと。
「連れて帰れないんだよ、」と説明しても仔猫はキョトンとした瞳でいじらしく小首を傾げて見上げて来るので、自分も離れられなくなってしまった。
仕方なく抱き上げて途中まで走って来たが、自宅マンションはペット禁止である。
斎藤に相談しようにもスマフォを持っていない。
このまま帰ったら斎藤を困らせる。
帰るに帰れない…。
彼は彼女の濡れた髪をくしゃりと撫でた。

「そうか、」
「はじめ、ごめんね」
「この仔猫にはきっと飼い主がいるだろう。見つかるまでは預かるしかないが、それまでだぞ?」
「はい……、」
「なまえの気持ちもわかるが、ここでは飼えないのだからな、」

しゅんとしてしまった彼女を斎藤が抱きよせる。
肩を抱いてソファにつれて行き自分の足の間に座らせて、今度は彼女の髪にドライヤーを当てた。
ふわふわの仔猫は、早速室内のあちこちを興味津々といった様子で探検し、気が済むとなまえの足元にすり寄って来た。
斎藤に髪を乾かされながらなまえが仔猫を拾い上げて膝に載せる。
微笑むなまえの横顔を見て斎藤の頬も思わず緩んだ。

「ほんとに可愛い、」
「確かに可愛いな」
「飼い主さんが見つかるまでの分、明日キャットフードを買いに行ってもいい?」
「ああ、一緒に行こう」

仔猫に薄めたミルクをやり二人も食事を済ませると時間は深夜帯に入っており、斎藤がシャワーから出てくればなまえはもうリビングにいなかった。
今日は疲れたのだろうと寝室を覗けば彼女はベッドの中だ。

「はじめ、見て」

彼女の胸の上に仔猫が丸くなってすやすやと寝息を立てている。
なまえは愛おしげに小さく上下する背中を指先でそっと撫でていた。
斎藤が身体を滑り込ませると

「あ、揺らしちゃ……」

仔猫の眠りを妨げまいと守るように言うなまえの声が、彼には少しだけ面白くない。

「随分、ご執心だ」

そう言って胸に仔猫を載せたままのなまえの顔の横に、両手をついて見下ろした。
そのまま肘を折るようにして唇に触れるとなまえが困ったような顔をする。

「今夜は……駄目か?」
「……ごめん、」

まるで仔猫に焼きもちを焼いているような自分に小さく苦笑いをし、斎藤は諦めてなまえの隣に横たわった。



朝日の中で斎藤が目を覚ますと、あれほどに寝起きの悪いなまえが隣りにいなかった。

「あ、はじめ、おはよう」
「休日に早起きとは、珍しいな」
「この子が手でカリカリッてして、起こしてくれたの」

彼女はリビングで仔猫と遊んでいた。
なまえの動かす長いリボンの先を必死で追いかけ、コロコロ転がるように仔猫がじゃれつく。
すぐに疲れてへたりっとなる仔猫を誘うようになまえが尚リボンを揺らせば、また果敢に飛びついて行く。
笑い声を上げてなまえは一心に仔猫をじゃらしていた。
斎藤がデジカメを取って来て、その光景を写真に収める。
仔猫は確かに愛くるしく、目を細めながら仔猫を見つめるなまえもまた愛くるしい。
幸せそうに笑う彼女と仔猫を、いずれは引き離さなねばならぬと思うと少し心が痛むが、マンションの規約に違反することは出来ないし、この毛足の長い猫は恐らく飼い猫だ。
飼い主は心配していることであろう。
ネット検索をしてめぼしい掲示板やら獣医掲示板などに書き込みをし、先程撮った仔猫の写真を加工して斎藤の携帯番号を記した簡易なチラシを作った。
マンションの管理にも事情を報告し数日仔猫を預かる許可を得て、二人はキャットフードを買う為にまたショッピングセンターに出かけた。
行きがけにある動物病院にも寄り、先日のペットショップにもチラシを貼ってもらった。
キャットフードの陳列棚を詳細に眺め、適応年齢や内容を書かれたラベルを慎重に確かめながら、なまえが次々とかごに缶詰を入れて行く。

「二日分程でいいだろう? 足りなければまた買いにくればよい」
「うん、でもどれが喜ぶかわからないし……、」

帰宅するなりなまえがいそいそと小皿に入れたキャットフードを食べた仔猫は、満腹になってあくびをし、彼女に抱き上げられ小さな身体を預けると眠ってしまった。
なまえは自分の昼食も中途のままに仔猫を膝にのせ、耳の間を指先で優しく撫でていた。

「なまえ、ちゃんと食べろ」
「うん、でも……、」

仔猫を膝にのせたなまえはもう動けない。
そこへ彼のスマフォの震える音が響いた。
なまえの顔が咄嗟に強張る。
思ったよりも早く連絡をしてきた飼い主は、昨夜から必死で仔猫を探していたらしく、今朝二人がチラシを預けた動物病院で張り紙を見たらしい。
これからすぐに引き取りに伺うとの旨を伝え、その電話は切れた。
何も聞かなくとも斎藤の口調で内容を察したなまえは俯いて、ソファを一歩も動かずに膝の上の仔猫を見つめ撫で続けている。
斎藤はその姿を言葉もなく眺めていたが、こればかりは仕方がない。
間もなくインターフォンが鳴り、斎藤が応対に出て一度戻って来た。
悲しげな目をして仔猫を抱き締めたなまえの肩に触れ。

「なまえ、」
「わかってる、」
「…………」

ほんの僅かの間をおいて、なまえは諦めた様に斎藤の差し出した手に、すやすや眠ったままの仔猫を載せた。

「本当にありがとうございました。昨夜から姿が見えず、雨の中迷子になっているのかととても心配していました。ご親切な方に預かって頂いて、お礼の申し上げようもありません」
「無事にお返しすることが出来てよかったです」

玄関の方から飼い主と斎藤の会話が聞こえた。
なまえは寝室に入ると、ベッドに潜り込んで頭からシーツを被った。
たった一晩一緒に過ごしただけなのに、寂しさが胸を塞ぐ。

「なまえ、」
「…………」

戻って来た斎藤が声をかけるが答えられない。
彼がそっとベッドの中に入って来た。
何もかもをわかった温かい腕に抱き締められて、思わず嗚咽を漏らして泣いてしまう。

「ごめんね……」
「何故、あんたが謝る?」
「いつも、はじめに心配かける」

一緒にシーツにくるまった斎藤がなまえの髪に顔を埋め

「その為に俺はいるのだろう?」
「…………」
「なまえの全てを受け止める為に俺がいる」

そう言って涙でぐちゃぐちゃになった頬に口づけ、唇に触れた。

「なまえ、」
「ん……、」
「今度引っ越すときは、一軒家にしよう」
「え、」
「猫と暮らせるように、な」

なまえが斎藤の首に腕を回した。

「うん!」
「それまでは、俺が、あんたの……、」

消え入っていく彼の言葉の語尾に、え? と聞き返せばなまえの唇は再び塞がれて、彼はもう答えてくれなかった。
失言したと言わんばかりに首筋に顔を埋めた彼の耳が、真っ赤に染まっている。
空耳でなかったとしたら、こう聞えたのだ。

――俺が、あんたの猫になってやるから。



「はじめ、」
「………」
「……はじめ?」
「…………」

涙はすっかり乾き、言質を取ったなまえはくすくすと笑い、からかうように悪戯っぽく言った。

「にゃあって、言って?」
「……っ、」

今泣いたカラスが何とやらだな。
その後長い時間をかけてなまえが斎藤に報復された事は言うまでもない。





2013.06.18


▼きみ様

この度は三万打企画への参加、ありがとうございました。
リクエスト内容は現パロの甘いほのぼの日常ということでしたが、こういう感じになってしまいました。
いかがでしょうか。
ほのぼの、という部分で私少し迷子になってしまいまして。ほのぼのって何ー!?と暫し苦悩致しました(笑)←普段どれほど穢れているのでしょうね、涙。
ほのぼのと言えば、あれか、猫ちゃんか!!と安易な発想により全体に猫ちゃんがモチーフになっております。因みに私猫ちゃんが大好きであります。←いらない情報。
かねてから斎藤さんに「俺があんたの猫になってやる」というセリフを言わせたいと思っておりました。
この機会に本当は音声で言わせたかったです。
そして調子に乗ったヒロインさんに「にゃあ、って言って」と言わせ、応じた斎藤さんに「にゃあ、」も言わせたかったのですが。
しかし結局言わせる事が出来ずに、からかわれ→羞恥赤面→野獣の報復、と言う図式になってしまいました(笑)
こんなものできみ様の癒しになれますかどうか、甚だ疑問ではありますがよろしかったら貰ってやって頂けると嬉しいです。
リクエストありがとうございました。

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

AZURE