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愛し君へ


「なまえ、今帰った」
「おかえりなさいっ」

引き戸が鳴ると、はじめさんが声をかけてくれるよりも早く、私は玄関へと小走りに急ぐ。
飛び付くように首に腕を回すと、苦笑しながらもはじめさんは優しく抱き返してくれる。
夫婦になって半年程、今でも私は彼が好きでたまらない。
不謹慎だけれど、彼が仕事に出ている時間は少し寂しくて、帰宅時間が近づくと何度も玄関の様子を伺ったり、戸を開けて帰ってくる方向を眺めたりしてしまう。
会津戦争が終わり容保様達と共に長く謹慎生活を送ったはじめさんが、やっと謹慎を解かれ私達は祝言を挙げた。
此処斗南に移り住んで半年ほど。
決して楽な暮らしとは言えなかったけれど、大好きなはじめさんと共に暮らせることがただただ、嬉しかった。

「今日も変わりはなかったか」
「はい!」

優しい彼の声を聞き、肩を抱かれながら二間ばかりの部屋に戻ると、私はいそいそと鉄鍋の中の味噌汁の様子を見、炊き上がったご飯の釜の前で沢庵を切りながら、声をかけた。

「お風呂沸いていますよ。先に入りますか? お食事もすぐに……、」
「なまえ、」
「きゃっ、」

いつの間にか近くまで来ていたはじめさんの腕がお腹に回されて、吃驚して手に持った包丁を落としそうになった。

「はじめさん、危ないですっ」

彼は苦笑いしながらも、私の手首を掴みそっと包丁を取ってまな板の奥の方に置く。

「なまえの旨い食事もいいが、先になまえが欲しくなった」
「……え?」

私を抱き締める彼に耳元で囁かれてしまうと、抗うことなど出来なくなる。

「は、はじめさん……もうっ」

そう言いながらも腕の中で向きを変え、彼の背に手を回した。
すると、抱き上げられ寝室にしている奥の部屋に運ばれる。
私を抱いたままの彼は、器用に押し入れから敷布を出し、乱雑に床に広がったその上に私を寝かせると、上から覆い被さってきた。

「なまえ、愛している」
「私も……」





――全文は年齢条件を満たす方のみBehind The Scene* にて閲覧ください――





余韻も冷めやらぬうちに私は、はっと起き上がる。
私に押し退けられた形で、はじめさんが面食らったような顔をした。

「は、はじめさん、今……中に、」
「ん?」
「ひ、酷い…」
「なまえ?」

急に引き攣った顔をした私を見て、はじめさんが困惑している。

「や、約束したじゃないですか。一年は二人で過ごそう……って、」
「あ、ああ、……だが、それは」



味噌汁を啜りながら上目使いでなまえを伺う。
完全に拗ねている。
空になった飯椀に細い手がすっと伸びてきた。

「いや、もう、」

俺の制止も聞かず、無言で代わりをよそいにいく。
もう三杯目だ。いくら俺でもこのような状態でそれほどは食えぬ。
確かに約束をした。
好き合っていながら長く離れていたのだ。
暫くは二人の生活を楽しみたいと。
しかし、なまえを愛すれば愛するほど俺の中では、彼女との愛の証である子供というものを抱いてみたくなった。
俺は子供好きというわけではないが、なまえに似た小さな娘ならば、どれほど愛らしいだろう。

「なまえ……、」
「はい、なんですか」

なまえが感情を殺した声で答える。
これ以上飯をよそわれては敵わない。
牽制の意味を込めて言った。

「その、食事が終わったら風呂に入りたい」
「沸いています、と先ほど言いました」
「あ、ああ」

風呂桶に浸かりながら、どうすればなまえの機嫌を直せるかと考えるが、そういう事に疎い俺にはまるでよい案が浮かばぬ。
風呂を上がれば、飯の後は綺麗に片付けられており、なまえは隣室に敷かれた布団の中だった。

「なまえ」

声をかけるが返事はない。
肩に触れてみる。

「なまえ……、」

耳元でささやく。
なまえの瞼は固く閉じられている。
俺は諦めてもう一方の冷えた布団に身体を滑り込ませた。
翌朝の食事の時も彼女は無言だった。
一晩経ってもまだ拗ねているとは参った。
戸口まで見送りに出てくれるが、なまえの表情に笑顔がない。

「……では、行ってくる、」
「いってらっしゃいませ」

夫婦になって以来、こんなことは初めてだ。職場に向かう足が重い。


はじめさんが出掛けてしまうと、急に後悔と寂しさが襲ってきた。
酷い態度をしてしまった。
あんなに好きで一緒になったのに、どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
今だって彼を大好き。
でも、子供を欲しいと望むはじめさんが、何だか私以外の人を求めているように感じてしまった。
こんな事を考える私は我儘で情けない。
あんなに大切にしてくれる彼に申し訳ない。
はじめさんは前に自分の事を焼きもち焼きだと言ったけれど、私の方が余程嫉妬深いと思った。


家路を辿りながらなまえはまだ怒っているのだろうかと考えていた。
躊躇しながらも戸に手を掛けると、中からなまえが飛び出してきた。

「はじめさん、嫌な態度をしてしまって、ごめんなさいっ」
「なまえ」
「あの、……嫌いになった?」

俺に抱きつき下から瞳を覗き込んでくるお前を、嫌いになどなれるものか。

「いや、俺の方こそ、すまなかった」

優しく抱き締めればなまえはほっとしたように微笑んだ。
滅多に怒ったりすることのないなまえだから昨夜は本当に戸惑ったが、いつもの愛らしい姿を見て心から安堵した。
夜の床に入る時、少し躊躇いながらも細い肩に手を伸ばす。
俺は彼女に触れねばいられないようになってしまったようだ。
そんな己を浅ましいと思うが、愛しいのだから仕方がない。
なまえが上目使いに俺を見る。

「大丈夫だ。昨夜のような事はせぬ」

そう言えばなまえは安心したように俺に身を委ねた。

「ごめんなさい、はじめさん。あともう少しだけ、二人でいたいの」
「ああ、そうだな。急ぐことはない」

そうだ。
愛しい彼女が傍にいてくれるならば、それでいい。
いつか、自然になまえが母になる決心をつけるまで、待とうと思った。


それから三月も経った頃。
朝、起きるとはじめさんが朝食の用意をしていた。

「ご、ごめんなさいっ。寝坊をしてしまって……」
「構わぬ、疲れているのだろう。ゆっくりしているといい」
「でも……」

何だか身体が熱っぽかった。
赤い顔をしているな、とはじめさんが私の額に額をつける。

「少し熱があるのではないか? 今日は寝ていろ」
「いえ、もう大丈夫です」

起きようとする私を押し留め「お前に何かあったら、俺が、困る。寝ていろ」と言ってはじめさんは見送りさえも許さずに出掛けていった。

――風邪かな。

暫く布団に横になっていたが、私はふとある事に気づく。

――そう言えば……

夕方、はじめさんの帰りを待ち切れず、戸口に立って待っていた。
やがて、見慣れた黒い上着が見えてくる。

「はじめさんっ」

駆け出したい気持ちを抑えて歩みを進めると、はじめさんは駆け寄ってきて少し怖い顔をした。

「なまえ、何をしている? 寝ていろとあれ程」
「子が、出来たのですっ」
「子どころではないだろう。お前の身に何かあったら……、」

そこまで言ってはじめさんは固まった。

「……い、今、何と言った?」
「ですから、子が、はじめさんの子が、お腹にいるんです」
「…………」

はじめさんはまだ固まったまま、私の言葉を噛み締めている。

「そ、それは、ま、誠か?」
「はい、お医者様にも診て頂きました」

はじめさんがふいに私を抱き締めた。

「子が……俺とお前の子が」

私の首元に顔を埋め、何度も呟く。

「はい」
「そうか……」

それからはっとしたように「な、何故、出てきた?休んでなければ駄目ではないか、」私の肩を抱き、家の中へと促す。

「はじめさんたら、妊娠は病気と違うんですよ」
「しかし」
「寝てたりしたら、子が大きくなり過ぎて大変なんですって」
「そうなのか?」

家に入ると私を座らせてお腹に手を当てる。

「ここに、俺達の子が、」

じわじわと沸き上がる慶びを噛み締めるように、はじめさんは笑みを浮かべながら、まだぺったんこの私のお腹をいつまでも擦っていた。





「なまえ、お前は子はまだいいと言っていたのではないか?」
「何を言ってるんですか。今ここに我が子がいるのに、」
「それは、そうだが……、」
「生まれてしまえば、こんなに可愛いものと知らなかったのが悔しいくらいです」

赤子に乳をやりながら、なまえはすっかり母の顔になっている。
俺を構うこともすっかり減り、朝から晩まで子に掛かりきりだ。
母となったなまえもとても美しいのだが、彼女の腕に抱かれる俺にそっくりな小さな息子に、奪われてしまったような気がしてならない。
息子にさえも嫉妬してしまう俺は、やはり少しおかしいのだろうか。
なまえの腕の中の愛しい息子に語りかける。

「今はお前に貸してやるだけだ。早くこの父になまえを返せよ?」

そう言うとなまえは花のように笑った。




2013.05.28 


▼忍様

この度は三万打企画への参加、ありがとうございました。
かなり糖分てんこ盛りにして気が付いたら若干バカップル風になってしまいました。
書きながら、なんだこいつらッ(怒)と少し(ほんとに少しです)と思ってしまった事をここに告白致します(笑)
斎藤さんは忍様(ヒロイン)に似た可愛らしい女の子が希望だったわけです。大好きな女の子が二人もおうちにいたら、そりゃ幸せですよね。しかし、予想に反して生まれてきたのは自分にそっくりな男の子。気がつけば息子と忍様の取り合い(爆)
でも息子だって大切な事には変わりない。
これからは愛しい妻と子、この二人をを大切に守って生きていくという斎藤さんの決意を込めて『愛し君へ』というタイトルにしました。
もしも、直して欲しいところなどありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいね。
微裏〜裏程度ですけど大人の表現が含まれますので、passを付けさせて頂きます事をご了承くださいませ。
素敵なリクエストありがとうございました。

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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