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恋心クライマックス


「みょうじなまえ」
「……は、はい?」

また今日も斎藤君だ、嫌だ、と思った私の脳が意識を通り越して、勝手に足へとサインを送った。
反射的に踵を返す。
背中にかけられた声は低い。

「どこへ行く」
「え、どこって……学校へ」
「俺にはUターンをしているようにしか見えぬが」
「へへ……、ですよね、」
「登校をする気があるのならば、こっちだ」

斎藤君は右手の生徒名簿で校門を指し顎をしゃくった。
そしてボールペンを握ったままの左手をぞんざいに差し出す。
生徒手帳を出せと言っているのだ。
同じ学校の生徒なのに、それどころかクラスメートなのに。
なんだろ、この上から目線。

「言いたい事はあるか」
「いえ、別に」
「俺にはある。だがもう始業時間だ。話は放課後にする。教室に残るように」

えっ、嫌だ!
この人、何様?

「何か不満でもあるのか」
「……放課後は就業時間外ですから、いくら風紀委員長と言っても、一生徒を拘束する権限はないと思いますけど?」

すると、斎藤君はにやりと笑った。

「フッ、生憎だが俺はその権限を持っている」
「え?」
「土方先生から任務を委託されているからな。特にあんたのように登校時間を守らぬ者、髪を染めている、化粧をしている、……ス、スカート丈が短いなど、校内において不適切な格好をする者は徹底的に取り締まるように、とな」

あれ? 今、スカートって言うところ、ちょっとだけどもった?
ちらりと顔を伺うけど、斎藤君は無表情のままだった。





「なまえちゃん、斎藤君にチェックされてるね」
「やっぱり、そう思う?」

私は千鶴と一つの机を挟んで、コーヒー牛乳のストローを噛みながら、空になった紙パックをペコパコ鳴らしていた。
お昼ご飯はそれとメロンパンだけ。
千鶴は同じクラスの仲良しで、黒髪をポニーテールにしてスカート丈はきっちり規定通りの女の子だ。
清楚でいつもアイロンの当たったハンカチを持っていて勉強もよく出来るし、こういう子と何故私が仲が良いのか周りはみんな不思議に思ってるみたいだけれど、そんなの他人にとやかく言われたくない。
女の子の代名詞みたいな千鶴はすごくもてる。
千鶴の前にあるのは、毎朝お母さんと一緒に作ると言うお弁当。
いつもパンとかコンビニおにぎりを食べている私に、栄養偏るよって時々おかずを分けてくれる優しい子だ。
何から何まで正反対の私達。
でも私達には共有する小さな秘密がある。

「あ、斎藤君がまたこっち見てる」

ちらりと視線を向けると、彼が確かにこっちを見ている。
視線を受けて私がせっかく作り笑いを浮かべたのに、あっけなく無視された。
やっぱり、やなやつ!

「よくなまえちゃんのこと見てるよね」
「はぁ……いい迷惑だよ」

私は大袈裟にため息をついた。

「え? だって斎藤君てすごく人気があるんだよ」
「うん、知ってる」

神様は不公平だ。
私なんて勉強も運動も普通だし、ちょっとだけ髪を染めて巻いてるだけなのに不良呼ばわりされる。
第一、化粧なんてしてない。
少し色のつくグロスをつけてるだけで、肌が白いのはママ譲りの自前なんだから。
でも斎藤君の目には劣等生に見えるみたいだ。
私だってこんな風に目の敵にさえされなきゃ、彼のこと素敵だなってちょっとは思ってた。
彼はいつもシャツのボタンを上まできっちり締めて制服のネクタイが緩んだところなんて見たこともないし、背筋はいつもまるで定規を入れたみたいにピシッと真っ直ぐ。
成績はいつもトップだしスポーツ万能で剣道部の主将で、さらさらの紫黒の髪は爽やかで何よりも超絶イケメン。
涼しい蒼い瞳に整った鼻筋、前髪の間から少しだけ見える(普段は隠れている)眉さえ綺麗すぎる。
そして天下の風紀委員長様。
私とは完全に別世界のひと。

「そりゃ、もてるでしょ。ああいう人は、」
「でもなまえちゃんだって、斎藤君に……、」

千鶴が何か言いかけた時。

「雪村」

斎藤君が千鶴の名前を呼んだ。

「あ、ごめん。ちょっと行ってくるね」

そう、千鶴も風紀委員なのだ。
少し離れたところで、手にしたプリントをシャーペンで指しながら話す二人を眺める。本当にお似合い。
斎藤君に似合うのはやっぱり千鶴みたいな女の子だ。
ああ、解った。彼が見ていたのは私じゃない、千鶴なんだ。
だってどう、あの笑顔?
私はあんな笑顔を向けられたことないよ。
……ってやだ、私、何考えてるの?
あんなお堅い男に興味なんてこれっぽっちもないんだから。
前に一度だけ朝の校門で、ほんの少し彼の後ろ髪に寝癖がついているのを見たことがあった。
何から何まで完璧に見える人の、ほんの小さなお茶目な姿。それは私をキュンとさせるのに十分だった。
くすっと小さく小さく笑っただけなのに、彼は私を見て「大した余裕だな」と言い放ったのだった。
それ以来、何だか目の敵にされている気がするのだ。





千鶴と斎藤君はまだ話している。
お似合いだなぁと頬づえをつきながらぼんやり見ていると、彼がちらりとこっちを見た。
さっき無視された腹いせに、思いきりジロッと睨んでからアッカンベーをしてやったら、彼はすこし驚いたような顔をした。
どうせ下品とか思って馬鹿にしてるんでしょ。
斎藤君なんて、嫌い。
完璧すぎる男なんて、大嫌い。

「なに百面相してるの?」

そこへやってきたのは、私と並ぶ遅刻常習者の沖田君。

「べ、別にっ!」

沖田君は私の顔を見て斎藤君達の方に目線をやって、また私に顔を戻すと何だか頷きながら「ふーーん」と言った。
何、そのへんに長いふーーんって。

「なまえちゃんさ、今日一君に呼び出されてるんでしょ?」
「な、なんでそれを……って言うかなんで沖田君は呼び出されてないのさっ! 今朝、私よりも遅く来たくせに!」
「そんなこと僕は知らないよ」

沖田君はそう言うと、私の手から食べかけのメロンパンをさっと奪って、ガブッと齧った。

「ちょ、ちょっとっ! 人のメロンパン!」

もぐもぐと咀嚼しながら、またふーーんとさっきみたいに意味深な笑い方をする。

「なまえちゃんてさ……」
「なによ、沖田っ! メロンパン返せっ!」
「ふん、君も大概だよね」
「なにがだっ、沖田ーっ!」

沖田君はにやにや笑いながら後ろ手に手を振って席を離れていく。
お小遣いが乏しくて、今日のお昼はそれだけだったのに。
今日はついてない。
私はがっくりと項垂れて、斎藤君が私達のやり取りの一部始終を見ていたなんて、まったく気づかなかった。





6時限が終わると私は鞄に色々しまいこみ、サッと辺りを見回した。
やった。斎藤君は今いない。
この隙に帰っちゃおう。
こそこそと教室を出ようとすると、いきなり何かに顔面をぶつけた。
柔らかい、いや、ちょっと硬い。はっと顔を上げると、それは斎藤君の胸だった。

「さっ、さっ、さいと……、」
「どこへいく気だ、みょうじ」
「え、ちょっと、あの……トイレ?」
「鞄を持って、か?」
「これは、その、」

私は結局、窓際の席に戻された。
「話は皆が帰ってからする」とまた偉そうに言った斎藤君は自分の席で本なんか読んでる。
窓の外をぼおっと眺めてると帰宅部の皆さんがゾロゾロ帰って行く。
ほんとなら私もあの中に混じってたのに。
今日はママが遅いから、夕飯の支度は私がしなきゃならないのに。

「……みょうじ、」
「…………」
「みょうじ」
「……ん、……え? ……な、何、斎藤君……」
「何、じゃない。話があるといっただろう」

いつの間にか机に突っ伏して居眠りをしていた。
斎藤君が私の顔を覗きこむように見ている。
か、顔が近い!
鮮やかなオレンジ色の西日が入り込んでいた。
窓際の席にいる私と向かい合う斎藤君との影が教室の床に長く伸びている。
え? 今、何時なの?
見渡せば教室にはもう斎藤君と私以外誰もいない。

「な、なんでもっと早く起こしてくれなかったの? どうせ話ってあれでしょ? 遅刻するなとかスカートの丈の事でしょ。何度も言われて、もう解ってるからっ」

私はガタッと席を立った。

「いや違う。話とは……、」
「私、急ぐから。家にお母さんとご飯が待ってる人とは違うんだから!」

彼の横を通り過ぎようとすれば、腕をガシッと掴まれる。

「ちょっと、何するの?」
「遅刻やスカートのことではない。俺の話は、」
「なんなの? 私急いで……、」

斎藤君の顔が何だか赤くなっている。
西日に照らされているせいなのかな。
依然として腕は掴まれたまま。

「もう今日はいいでしょ、遅いし。また明日にして、」

振りほどこうとするのに、物凄い力で掴まれていて振りほどけない。

「なんなのよ、もうっ! どういうつもり……で……」
「好きだ」

私の声にかぶせるように、すごく小さい声で斎藤君が言った。
空耳?

「…………」
「…………」
「……あの、今なんて……? よく聞き取れなかっ……」

言い終わらないうちに抱き締められていた。
え? なに? この展開。
斎藤君の声が今度は耳元で聞こえる。

「あんたが好きだ」
「う、うそ……、」
「嘘ではない」

斎藤君の声は小さいけれど、耳にダイレクトなので今度はよく聞こえた。

「ずっと、好きだった」
「嘘……そんなの……信じられない。……だって斎藤君はいっつも、私を目の敵にしてて、」
「目の敵になどしていない」
「だって、いつも千鶴のこと見てたじゃない、」
「雪村など見ていない。俺はあんたを見ていた」
「嘘だよ、だって、目が合ったことなんてないし!」
「俺は近視だから、離れていれば視線を合わせられない」
「でもっ! 今日のお昼だって千鶴と仲良さそうにしてて……、」
「雪村は、その、相談に乗ってくれていたのだ。……あ、あんたとの事を、」
「じゃ、じゃあ聞くけど、なんで校門でいっつも私の事をネチネチと責めたの……、」
「責めたつもりはない。ただ、あんたと話をしていたかった」
「嘘だ、嘘ーっ!」

私はあまりに思いがけない事を連続で言われ、彼の腕にしっかりと抱き締められながらも軽くパニックに陥って、手足をバタつかせた。

「みょうじ、少し落ち着いてくれ」
「だって、私なんか斎藤君と釣り合わないよ……? 斎藤君だって私の事、不良って言ってたじゃない」
「そんな事は言っていない。不適切な格好と言っただけだ」

私を抱き締めたままの斎藤君にちらと目線を走らせると、彼は耳まで赤く染まっている。

「嘘だよ……信じられない……」
「どうしたら、信じてもらえる?」
「だっ、だったら、私のどこが好きなの」
「優しいところだ」
「え?」
「雪村が女子に絡まれていたところを助けただろう?」

ああ、そんな事が確かにあった。
千鶴は可愛くて優等生で男子に人気があるから、一部の女子に苛められかけたのだ。呼びだされていたところに突っ込んでいって、あのとき私は千鶴を囲んでる女子に言ってやった。

「自分が何も持ってないからって、努力もしないくせに、持ってる子を妬むのやめなよ!」

それは親切というより単なる小さな正義感だったんだけど、あれをきっかけに千鶴と私は親友になったんだ。

「なんでそれ知ってるの?」
「雪村に聞いた。あんたが母親と二人暮らしで、働いている母を助けて家事をしている事も、休日に校則違反のバイトをしている事も知っている」
「バイトの事も知ってるの……、」

いくら風紀委員長だからって、何もそこで校則違反ってはっきり言わなくても。

「事情が事情だから、俺は見逃す気になった」
「そう……。だけどスカートが短くて私のこと下品って思ってるんでしょ」
「げ、下品などと思ってはいないっ! 俺がいつそのような事を言った? ……ただ単に、規定より、じゅ、15センチも短いスカートは……、おっ、俺には……、」
「……?」
「め、目の毒だと……、」
「え、」
「……あんたによく似合っては、いるのだが、」

斎藤君の顔がいよいよ茹でダコみたいに真っ赤になる。
私はあまりにも意外な斎藤くんの言葉が可笑しくなってつい笑ってしまった。だってそれって私情っていうやつじゃないですか?

「それが斎藤君の私情なら、スカート丈、別に改めなくてもいいよね?」

すると彼はふいに顔を離し私をじっと見つめた。
その目つきが何だかすごく妖艶に見えた。

「……俺に15センチの先を見せてくれるのなら」
「はぁ?」

それって、それって、ス、スカートの中身を見せろってこと?
口を開けて呆れかえった私に、彼が急に顔を近づけてちゅっとキスをした。え、と思ううちにだんだんそのキスが深くなって。

「……っ」
「あんたの答えは」

触れ合う唇の隙間から彼は囁く。
なんのスイッチが入ったんだろう?
さっきまで顔を赤くしていた斎藤君が、急に大胆になってる。

「そ、それは……と、時が来たら……?」
「ならば俺の気持ちは受け入れるということでよいのだな?」
「え……、まあ……うん……」

斎藤君は急にほっとした顔をして、また目元を薄っすらと染めた。
この人、大胆なんだか照れ屋なんだかよく解らないけど、もう一度顔を寄せて「好きだ、なまえ」と囁く。

「斎藤君……」
「どこなどと言えない。全部だ。瞳も髪も、姿も、心も、なまえの全て」

見つめながらやっぱり耳の後ろまで真っ赤になっていて、ふいに切なげな目をするから私も何だか切なくなって、今まで自分をだまして押し込めていた想いをようやく解放することが出来たんだ。
恋心がクライマックス。

「私も……斎藤君の事、ほんとは好きだった」

やっと素直に言葉にしたら、彼はすごく嬉しそうに笑った。



***



「スカート丈を、やはり戻してくれないか?」
「どうして?」
「俺以外の男が見るのは困る。特に総司には気をつけろ」




2013.05.28 


▼ななお様

この度は三万打企画への参加、ありがとうございました。
熱に浮かされて書いたらこんなんなりましたァー(笑)
一君がシャイなんだか野獣なんだか、変な感じに。でも紙一重って言うんですかね?
それとも両極端の一致…、とグダグダ言い訳しております。
因みに説明しないと伝わりにくいかと思うんですが、千鶴ちゃんの「チェックしてるよ 」発言は言外に「なまえちゃんのこと、好きだから」って言ってるんですけど、なまえちゃんは「風紀委員長に目をつけられている」と解釈しちゃったわけですね。
こんな説明している時点で力量不足…orz しかも、告白大作戦って、一君、特に何の作戦もありませんでした涙。これ、ただの体当たりじゃないですか。
でも、初めての学パロ楽しかったです!!この企画は初めて尽くしでほんと楽しい!!
ななおしゃんの大学生シリーズで私の心の目が開いたような気がします!!
それを活かせるかどうかは、また別のお話ですけどねッ。
ワクワクキュンキュン出来るリクエストありがとうございました!!

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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