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02


頭を冷やしてからリビングに戻れば、なまえはソファに腰掛け料理のレシピ本を読んでいた。
いつもと変わらぬ光景だ。
特に変わった様子もない。
俺が心配するようなことは、何もないのだ。

「勉強中か」
「週末、何作ろうかなって、」

会社で土方部長の右腕として遺憾なくその実力を発揮し、素晴らしい仕事をするなまえが、実は料理が苦手なのだと知ったのは、交際を始めてからだった。
何をしても完璧に見えたなまえが、唯一俺に見せてくれた弱点。
ごめん、多分美味しくないと思う。
交際を始めて数ヶ月が経った頃、そう言って初めて振舞われたなまえの手料理は、確かに美味とは言い難かった。
そしてその事実が、俺には堪らなく嬉しかったのだ。

「無理をしてあんたが作らずとも、俺が作れば良いのではないか」
「そうなんだけど、」

幸い、俺はそれなりに料理が出来る部類の人間だ。
しかし最近のなまえは、料理の上達を目指している様子だった。

「何故そう拘るのだ。俺は別に、あんたの料理の腕前に文句はない。料理くらいは俺がする」

そのくらい、俺にさせてほしいのだ。
俺には他に、この年上の恋人に敵うものなどないのだから。

「だって、私もはじめに美味しいごはん作ってあげたい」
「……何?」
「良く言うでしょ。彼女がごはん作って待っててくれたら嬉しいとか何とか。そういうの、してあげたいなあって、」
「っ、」

その台詞は、わざとなのか。
あんたは確信犯なのか。

俺はなまえの隣に座ると手を伸ばし、彼女の膝の上から分厚いレシピ集を奪い取った。

「ちょっ、な、」

そして、抗議しようと身を乗り出してきたなまえの唇を捉え、己のそれで塞いだ。

「今のはあんたが悪い。諦めてくれ」

あんたの気持ちは嬉しいが、俺はあんたの作った料理よりもあんた自身を食べたいのだ。



そうして、感じた不穏な空気は水に流れたはずだった。
しかし。
土方部長への疑惑は、シャワーでは流しきれずに俺の中で燻っていたのだ。
それに気付いたのは、その翌週のこと。

月曜日のオフィス。
土方部長となまえが、何やら話をしている。
それ自体は、決して珍しい光景ではない。
だが、二人の距離がやけに近く見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。
なまえも、そしていつもは眉間に皺を寄せた厳しい顔ばかりの土方部長までもが柔らかい笑顔なのは、俺の目の錯覚なのだろうか。

しかしそれを土方部長本人に問い質す訳にはいかず、当然なまえにも何も言えず。
結局その週いっぱいを、俺は悶々とした思いを抱えて過ごす羽目に陥った。




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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