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03


そして迎えた金曜日。
その日俺は午後から外回りで、終わり次第直帰の予定だった。
昼頃から怪しかった雲行きは夕方頃に雨となり、俺が得意先の会社を出る時には酷い大降りとなっていた。
こんな日くらいは良いかと、偶然通りかかったタクシーを拾った。

後部座席に座り、左手側の窓から歩道を眺める。
時刻は18時半過ぎ。
土砂降りな雨のせいか、道行く人は少なかった。

なまえはまだ会社だろうか。
この雨では、電車で帰るのも一苦労だろう。
やはり直帰せず、一度オフィスに寄ろうか。
濡れないようにとビジネスバッグに仕舞い込んだ、スマートフォンを取り出した。

まだ会社にいるのか。

LINEでそれだけを送信する。
タクシーが赤信号で止まった。
返事を待ちながら、再び歩道に目を向ける。
その時だった。

一組の男女と思われる二人連れが、一本の大きな黒い傘に入って寄り添うように歩いて行く。
その後ろ姿の右側、女性の方に目を奪われた。
傾いた傘のせいで、肩から上は見えない。
だが、女性が右手に提げていたベージュのバッグに見覚えがあった。
あれは、なまえのものと同じバッグだ。
そして女性のパンツスーツは濃いグレー、午前中に見たなまえのスーツと同じ色だった。

まさか、あれはなまえか。
だとしたら、隣の男は誰だ。

濡れないようにという配慮からなのか、黒いスーツ姿の男はなまえらしき女性に密着して歩いている。
ともすれば腰や肩を抱き寄せそうな距離感だ。

そんなはずはない。
あれが、なまえのはずがない。

そう思いたかった俺の願いは、次の瞬間見事に打ち砕かれた。

不意に、女性の方がより一層男の方に身体を寄せて。
男の手から、大きな傘が滑り落ちた。
アスファルトの上に転がった傘。
その途端、傘で隠れていた二人の肩から上が明らかになる。

降りしきる雨の中、まるで縋り付くみたいに男に身体を寄せた女性は、やはりなまえだった。
そして、そのなまえを抱き締めたのは。

「土方部長…!」

その時俺は、己の中で何かが焼き切れる音を確かに聞いた。

「…降ろしてくれ」

ビジネスバッグから財布を取り出し、戸惑う運転手に一万円札を押し付ける。
そのまま釣りも受け取らず、バッグを掴むと手動で後部座席のドアを開けた。
アスファルトの上に降り立った途端、激しい雨が全身を叩く。
しかし、そのようなことを気にしている余裕はなかった。
俺は、雨水を跳ね上げながら歩道を駆けた。




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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