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雨音に紛れて囁く愛は 01


最初に不穏な空気を察知したのは、金曜日の夜のことだった。

定時で仕事を終え、行きつけのこぢんまりとした居酒屋でなまえと共に食事を済ませ、揃って帰宅した俺の自宅。
その時点で、時刻は22時を僅かに過ぎた頃だった。
いつも通りなまえが先にシャワーを浴びるべくバスルームに消え、俺はリビングのソファで読みかけだった経済誌に目を通していた。
その時。
ローテーブルの上で、なまえのスマートフォンが振動した。
マナーモードになっているらしく、バイブレーションの音だけが響く。
意識して見ようとしたわけではない。
だが、つい視線を向けてしまった。
そして、液晶画面に表示された名前に、胸騒ぎを覚えた。

何故、このような時間に土方部長からの着信があるのだ。

俺は、目の前で震えるスマートフォンを睨みつけた。
バイブレーションの音は、十秒かそこらで止まる。
ロック画面に表示された「不在着信1件」の文字。
俺は再び紙面に視線を戻したが、東京一極集中を特集した記事の内容は全くと言って差し支えないほど頭に入って来なかった。

数分後、なまえが濡れた髪をタオルで拭いながらリビングに戻ってくる。
俺は何も他意などない体裁を装って、なまえに声をかけた。

「先程電話があったようだ」
「電話?」

なまえが首を傾げ、ローテーブルの上からスマートフォンを拾い上げる。
彼女が着信の相手を確認する瞬間を、俺はそれとなく窺った。
その名前に対し、どのような反応をするのか知りたかった。

「部長からだ。何かあったかな、」

なまえは、夜遅くに上司から電話が掛かってきたことを知った女性として、極めて典型的と思われる反応を示した。

「ごめん、ちょっと掛け直すね」

そう言って、スマートフォンを耳に当てる。
数コールの後に、電話は土方部長に繋がったようだった。

「お疲れ様です、みょうじです。申し訳ありません、お電話を頂いていたようなのですが、」
「みょうじー、遅えんだよお前はよぉ」

なまえの口上を遮ったのは、離れた位置に座る俺にまで届いた大声。
その間延びした声に、事情を察した。

「…部長、酔ってますね?」
「ああ?誰が酔ってるって?」

どうやら、徹底してアルコールに弱いはずの土方部長だが、今夜は何故か酒を飲んでしまったらしい。
若干、呂律が回っていないようだ。

「もう、今どちらですか?どなたとお飲みになっているんです?」
「あー、そうだったなあ、おい」

いよいよ噛み合わなくなった返答に、なまえが俺の方を見て苦笑した。
その後なまえは、十分程度かけて土方部長の相手をし、最終的に当たり障りのない切り上げ方をして通話を終えた。

「あーあ。これは明日二日酔いだろうね、可哀想に」
「…だろうな」

なまえの言葉に頷きつつ、俺は内心で大いに戸惑っていた。
この電話の意味を、俺はどう解釈すれば良いのだろうか。

用件自体は、全く重要なことではなかった。
ただ酒を飲んで酔っていたに過ぎぬ。
しかし、何故土方部長はその状況で電話の相手になまえを選んだのだ。
土方部長が率いる部署には、なまえの他にも俺を含め多くの社員がいる。
そもそも、何も部下を話し相手にせずとも、他にいくらでも掛ける相手などいるはずだ。
それなのに、何故。
何故なまえに電話を掛けてきたのだ。

まさか、何か特別な感情があるとでも言うつもりか。

「はじめ?どうかした?シャワー、浴びて来たら?」

俺は、数分前から一向にページが捲られていない経済誌を閉じ、ソファから立ち上がった。

止めよう。
深く考え過ぎだ。
何とはなしにアドレス帳を開いて、適当にフリックして、偶然なまえの名前が目についた。
そのようなことだろう。
そこに深い意味などない。

土方部長となまえの間に、何か特別な感情などあるはずがない。

俺は己にそう言い聞かせ、バスルームに足を運んだ。
こういう時は心頭滅却し、邪念を捨て去るに限る。
俺はシャワーヘッドを上段のフックにかけ、温度調整ハンドルをC側に目一杯回した。




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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