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親子ごっこ


土方歳三様へ

  貴方様の子です。仔細あって手元で育てる事が出来なくなりました。

  名はなまえです。ご厚情のほど、よろしくお願い致します。  ○○○


通された屯所の一室で対面した彼は手紙と私を交互に見比べ、ひとつ咳払いをした。

「お前、年は幾つだ」

「十になります」

……身に覚えがあるらしい。母の名前にも私の歳にもピクンと反応があった。そりゃそうだろう、じゃなきゃ来ない。

「ここは男所帯だ、女は置けねぇ」

「さっき女の人にあいました。……父様のうそつき」

ここまで案内してくれた子が男じゃないって事ぐらい、私にも分かる。小姓さんかな。まさか……いい人だったりして。

うそつき うそつき うそつき。 すけべ、節操なし、スケこまし。

ジーーーッ

土方さんはガクリと首を折って降参した。当然だ、視線でぼっこぼこだ。

「俺は……本当にお前のアレなのか?」

「あれってなんですか、はっきりしてください」

「……ち、父親か」

「ちちおやです」


なんなんだ、この迫力は。俺の血が濃く出ちまったのか? 里の姉貴にも重なるこの気の強さ。

まだ前髪も上げてねぇのに、おぼこい中にも先の楽しみが見て取れる。俺に似て悪くねぇ面だ。度胸もある。

「今、にてるなって思ったでしょ」

……ますます自分の子のような気がしてならない。絶妙に可愛げがない。

土方は爪でカリカリと結い髪の間から頭皮をひっかき、額にシワを寄せて瞑目した後、息をついた。

「分かった、お前の身柄は俺が預かる。ただし! 関係についちゃ他言無用だ、いいな」

ばれたらとんでもない事になる。折り返し確かな者に手紙を持たせて、こいつの素性を確認する必要もある。

不満そうだったがしぶしぶ折れたなまえは、最後にやっと、わかりましたと頷いて部屋を辞した。

襖が閉まった途端、一気に体の力が抜けた。

「まさか……出来ちまってたとはなぁ」

後の祭りとはこの事だ。



あれからひと月ほど過ぎた。さっき土方さんからお呼び出しが掛かった。

呼びに来た山崎さんのむずかしそうな顔からして、楽しい話じゃない事は間違いなさそうだった。

それはそうだよ、だって私、土方さんの子供じゃないもん。

土方さんがお母さんとおとなのかんけーだったというのは本当だ。

でもその時私はもう四つか五つで――――本当の父親は亡くなっていた。

土方さんが家に来るたび私は“近所の子供”になって、外で遊んでた。

草葉の陰でお父さん泣いてるよって思ってた。子供らしさなんてぽいだよ、ぽい。

家を出ようと思ったきっかけは、お母さんの再婚話だった。あんなののどこがいいんだか。

お金は持ってるみたいだけど、連れ子で入ってぺこぺこするなんてまっぴら御免。ぜーーったいやだ。

そんな時、新選組の活躍が噂になって耳に飛び込んで来た。あの人だ、お母さんの所に来てたあの人……京にいるんだ。

私はお母さんの筆跡を真似て手紙を書き、同じように真似た文でお伊勢参りの許可を名主さんに貰い、国許を飛び出した。

京に着いて土方さんが手紙を信じて置いてくれる事になった時、世の中ちょろいなって内心思ってた。

彼は忙しいから滅多に私と会わない。おかげで罪悪感もあまりなかった。

でもね、一度だけ、砂糖菓子を買ってきてくれた事があったんだ。


※※※


「ありがとうございます、千鶴ちゃんと分けます」

「いや、これはお前んだ。普段構ってやれてねぇからな、せめてもの詫びだ」

「……」

「もうここでの暮らしには慣れたか? 不便があったらいつでも言え。ただの我が侭じゃなけりゃ聞いてやる」

「……」

優しくされてどぎまぎした。なんだか気恥ずかしくて、でも嬉しくて言葉に詰まっていたら、頭をぽんぽんされた。

「くくっ、どうした? いつもの威勢の良さはどこいっちまったんだ」

「いっこだけ」

あれ? 私なに言ってるんだろう。口が勝手に動いてる。

「ん?」

「いっこだけ、あります。一回だけお父さんって…………呼んじゃ、だめ?」

ほんと、なに言ってるんだろう。この人はお父さんじゃないのに。私を養う義務もない、赤の他人なのに。

でも一回だけ呼んでみたかったんだ。何でだか分からないけど。緊張でゴクンと唾を飲んだ。

「ああ、言ってみろ。本当なら毎日言えるんだ、今だけ一回と言わず何べんでも呼べばいい」

優しい顔しちゃってさ。申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうな顔してさ。

ばっかみたい。私なんかの言葉を真に受けちゃって。馬鹿だよ、なんでこんな事頼んでるんだろう、私。

ずっと気が張ってたのかな。私の虚勢が落とした豆腐みたいに崩れた。

「と……さ。ヒック、とう……さん。お、父さんっっ!」

わぁああああっっ

プツンと糸が切れたら涙が溢れた。止まらなかった。

なんで泣いてるんだろう。なんでお腹にしがみついてるんだろう。なんで頭を撫でられて、こんなに嬉しいんだろう。

土方さんはお父さんじゃないのに。お父さんじゃないのに……なんで。

もらった砂糖菓子はどこか懐かしい甘さで、口いっぱいにホロホロと溶けていった。


※※※


あれから一度も顔を合わせてない。とうとうばれちゃったのかな……。だよね、嘘なんて調べたらすぐ分かる。

重い足取りで彼の部屋に向かい、声を掛けたらすぐ返事が返ってきた。

開けると困った顔つきの土方さんと目が合って、ばつが悪くなった私は俯いて目を伏せた。

「用件、分かってるようだな。……どうする」

「どうって……土方さんが決めることでしょ」

あのなぁ。呆れ口調で大仰に溜め息をついた彼は、足を崩して胡坐に座り直した。

速攻で出て行けと言われるとばかり思っていた私は、そんな彼の態度が意外だった。

「まぁ大体の事情は分かった。そういうとこに居たくねぇって気持ちも分かる。が――新しい親父さんは酒飲みか?」

「いいえ」

「女はべらかして仕事しねぇか」

「いいえ」

「お前や母親を殴ったり、稼いだ金を賭場に突っ込んだりしてるか?」

ぶんぶんと首を振る。全部違う。そんな事しない。私に好かれようと必死になってるのが滑稽で、イライラして……。

顔色を伺われるたびに、反発してた。あの人は…………悪く、ない。

うな垂れる私の頭にコツンと何かが当たった。土方さんの手が軽く握った形で頭をそっと小突いてた。

「馬鹿野郎、お前の母親も新しい父親も泣いてたって聞いたぞ。ったく心配かけやがって。

 すぐにとは言わねえ、気持ちに踏ん切りがつくまではここに居ていい。そう文に書いてやる」

だが、決心がついたらとっとと帰れ。

そう言った彼の口調は、ぶっきらぼうだけど優しげで。

私は小さくごめんなさいと言ったきり、顔を上げる事が出来なかった。


最初から薄々気付いていた。歳のわりに高い背丈。大人びた物言い。どこかで見たことのある顔立ち。

「至急娘を送り返して下さい」

と切願するこいつの両親からの文を受け取った時は、やっぱりそうだったかと疑問を確信に変えただけだった。

後家さん(こいつの母親)に入れ込んで通ってたあの頃、家の前で遊んでいた近所のガキ。それがなまえだったんだろう。

しょっちゅう顔を見るから、一度だけ砂糖菓子を買って、くれてやった事がある。

甘い菓子なんてそう買える懐じゃなかったんだが、いつもぽつんと一人で遊んでる姿が淋しげで。

菓子を口に入れた時の、甘さに驚いた顔を見て、いい事をしてやった気でいた。

母親のしている事を承知の上で、外で遊んでいたに違いないってーのに。

まさか子持ちだったとは。手紙を読んで真っ先に湧いたのは、罪悪感だった。


うな垂れるなまえにポツリと零す。

「一瞬だが……いい夢を見られた。自分のガキがいるってーのは、案外悪くねえもんだな。

 お前に“お父さん”って呼ばれた時にゃもうきっと違うだろうとは気付いちゃいたが、それでも……いいもんだった」

ついと上げた顔は今にも泣きそうで、そういうのが苦手な俺は言っていいもんか迷っちまったが。

「大きくなったな、砂糖菓子うまかったか?」

二つの思い出がカチリと繋がったらしいなまえは、目を大きく見張り。

「うん、美味しかった。甘くて……懐かしかっ、た」

案の定。ポロポロとその両眼から涙を溢れさせて、何度も何度も頷いた。



三日後、なまえは風呂敷に荷物をまとめて皮足袋に履き替え、屯所の玄関でくるりと振り返った。

「お世話になりました」

「本当に誰かに送らせなくていいのか?」

「あはは、行きも平気だったんです。大丈夫!」

門まではさすがに隊士の目もあって送れないが、せめて玄関までと出てきていた土方はまだどこか心配そうだった。

なまえはそんな彼の様子を見て瞳を悪戯っぽく輝かせ、その首に腕を回して大きく背伸びした。


ちゅっ


「っ! ばっ、何しやがる!」

「エヘへ、どう? お母さんみたい? 私お母さんに似てるって言われるからさ、きっと美人になるよ。

 そしたら土方さんのお嫁さんになって、今度は本当の子供を産んであげる! だから待っててね!」

顔を真っ赤にした娘と、口元を片手で押さえて赤くなった男は、ほんの一瞬だけ瞳を交錯させ。

互いの目元をふっと緩めると、くっくっと笑いあった。

じゃあ行くね、また着いたら手紙を書くよ。と元気に言い残して玄関を出たなまえの後ろ頭に向かって

「ばーか、十年はえぇよ」

と投げつければ。もう一度振り返った彼女は

「親子丼、お楽しみに!」

ととんでもない事を言い捨てて門へ向かって歩き出した。

その捨て台詞に腹を抱えてひとしきり笑った土方は、

「まったく、とんでもねぇ跳ねっかえりだ。嫁入り前の娘が口に出す言葉じゃねぇだろ」

と苦笑を噛みながら、一人ぼやいたが。

遠くからみとめた監察の山崎が何事かと凝視するほど、いつまでもいつまでも肩を揺らして笑っていた。








▼葡萄様のサイト開設二周年記念のフリーSSSをまたしても拉致してまいりました。
土方さんの眉間の皺が寄ったり和んだり、少女に翻弄される様が目の裏にありありと浮かんできます。
鬼の副長の奥深くに眠る人間性や優しさを揺れ動かす出来事。
副長はもちろんですがヒロインさんが本当に可愛らしい。
人間が愛おしいものだと再確認出来る作品で、どうしてもこちらに飾らせて頂きたくて。
当サイトは斎藤onlyを提唱してはおりますが、そんなことはどうでもよいだろうと思ってしまう程に魅力的なお話でした。

aoi




MATERIAL: SUBTLE PATTERNS / egg*station

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